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第零部‐馬車でいざ往かん。

   アイリスとの親交を深めたシンとレイは、彼女と共に馬車の中に居た。  この馬車は"始まりのダンジョン"と呼ばれるダンジョン向かう馬車だった。  そんな馬車を引いているのはユニコーンのユウで、そんな馬車はシンよって作られたミスリル製の馬車であった。  ラフタと呼ばれる世界ではミスリルは高価な素材ではあったが、オリハルコンやヒヒイロノオオカネ程では無く、シンは少しばかり馬車に自重したと言えよう。  また、シンがミスリルを使用したのは加工しやすいが故にである。  馬車は当然森の中は走れない。その為、昨日森の中にテントを広げていたシン達は一旦馬車道へと出てから馬車を取り出さなくてはいけなかった。  レイがユウに乗り、その腰にはシンの腕が巻き付く、更にレイが脇腹にアイリスを抱えて森の中から強引に抜けたのだった。  ガタガタガタガタ…  そうして彼らは馬車の中に居る訳だが、いかんせん馬車の揺れが激しく、今にも尻を痛めてしまいそうだった。  それは、ユウが通常では有り得ない速さで馬車を引いているからである。ユウは普通の馬ではなくユニコーンなのだから。  馬車道とは即ち、彼ら以外も頻繁に使用している道である。  レイは自身らが乗っている馬車に、あっという間に抜き去られた、名も知らぬ商人の馬車を見て心の中で笑う。  だって、商人らしき馬車を引いていた男が唖然としている顔が見えたから…。  一方馬車の中は、外の景色の変わりようとは打って変わって静かなものだった。  アイリスは軟らかなレイの膝の上に頭を置く、そしてガタガタと揺れる馬車の中なのにも関わらず安らかな眠りを。レイはそんな彼女に膝を貸しつつもボーッと外を見ていた。  仲間外れにされてしまっているシンも、レイと同様に外を見ていた。  だが、彼らが通っているのは人通りのある馬車道である。商人が通ると言う事は当然それらを襲う盗賊も存在するのだった。 「ふあ…んん…、レイさん…おはようございます…」  アイリスは目覚め、膝を貸してくれていたレイに挨拶をする。 「おはようございます。アイリス」  起き上がったアイリスの頭をそっと撫でるレイは、完全に幼子を世話するメイドだった。…服装は全くもってメイドらしくないのだが…。  彼らが乗っている馬車は進行方向が見えるようになっていた。その為、外を見ていたシンやレイはすぐに道を通せん坊しようとしている存在に気が付く。 「命が助けて欲しけりゃあ有り金全部置いて来やがれっ!!」  通せん坊している存在は走っている馬車の中に聞こえる様に大声で叫ぶ。  そんな声を聞いてレイの隣に寄り添う様に座り直していたアイリスがぶるっと震える。  だがしかし、ここで思い出して欲しい。果たしてユニコーンが引くミスリル製の馬車はそんな通せん坊ごときで止まるだろうか?  答えは否である。シンはユウに"轢いて行くように"念話した。ユウはその指示を聞いて横に避ける事が出来たにも関わらず、通せん坊している存在を轢き殺した。  …まあ、言動が完全に悪党だったのだから問題も無いだろう。  轢き殺すと同時に、シンとレイは複数の矢が自身らの馬車に降り注ぐことを感知した。 『ユウ、止まるな』  ユウにそう念話で告げたシンは、魔力だけで作られた魔力玉を大量に感知しただけ-視界にすら入っていない-の矢に向けて放ち、寸分違わず撃ち落とした。  別の悪党と思える者達が、そんな止まる気配の無い馬車に剣を振り下ろす事によってユウを害そうとする。  無駄だった。ユウが"元魔法"により地面から生やされた土槍でその者達を貫いたから。  止める者が居なくなったと同時に、その悪党共が待ち構えていたと思われる一帯を完全に通り抜けた。 (凄いな…)  アイリスはそんな戦闘とは言えない様な戦闘シーンを見てそう思う。同時に自身の身体の震えが止まった事も理解した。  それを行った張本人であるシンは、馬車の壁に寄り掛かり軽く眠る事にしたのだった。  ☆☆☆☆  それから5時間程経った頃、シンは再び目を覚ました。…軽くと思いつつもがっつりと眠ってしまったようだ。  彼は少し体を解す為に伸びをする。 「主、そろそろ昼食にしましょう」  レイがそんな彼を見て、提案とも決定だとも聞こえるようなそんな声音で告げる。 「ああ、わかった。ユウ、止まってくれ。食事を取ろうと思う」  シンはそれを聞きユウにそう指示を出す。ユウは馬車道で他の馬車の邪魔にならない様に端へと寄った。  揺れた馬車の中では折角の料理を零してしまうからだ。 「主、アイリス、今日の昼食はビーフシチューとパンです」  レイがそう言うと、 「ビーフシチュー?」  それを知らないアイリスは彼女とシンに聞いた。 「取り敢えず食べてみると良いよ」  …が、シンはどの様に説明をしようか悩み、やがてユウにも食事を与える為、そう告げて逃げる様に馬車から降りた。  馬車から降りたシンはユウに新鮮な野菜の入ったバスケットを与えた。ユウはまるで人の様に念話で会話する事が出来るものの、人の様に味付けされた食事は好きでは無いのだ。その為に新鮮な野菜が入ったバスケットを毎回食事の時間に与えられるのだった。  …ユニコーンと言う馬なのだから当然と言えば当然かもしれないが…。  そうしてユウに食事を与えたシンは、良い匂いのしている馬車の中へと戻った。  中では既にアイリスが、パンをビーフシチューに漬けてモキュモキュと食べていた。  随分と幸せそうな顔をしているアイリス。そんな彼女を視界の片隅に置き、シンも用意されたビーフシチューにパンを漬けて齧った。  アイリスは小さく見えても既に15歳。年若い事に変わりは無いが、この世界の成人年齢と同じである。  いかにも少女らしい愛らしい格好をしているが、成人はしているのだ。  だからといって可愛らしい事に変わりは無く、シンとレイは共に"小動物らしい可愛さ"があると感じていた。  やがて、食事の時間は終わった様だ。  シンが食事を終えてボーッとしている。そんなボーッとしている彼の耳にレイとアイリスの話し声が聞こえる。 「じゃあ、レイさんの事をこれからレイ姉って呼ぶね?」 「別に構いませんよ。お好きに呼んでください」  そんな声は"はっ?何の話をしてるの?"とシンに思わせるには充分過ぎる内容を含んでいた。 「シンさんの事もシン兄って呼んで良い?」 「別に良いけど…」  何故こんな話になっているのかをシンは当然知らない、それでも嫌では無く否は無かった。 「やったっ!じゃあこれからはそう呼ぶねっ!!」  アイリスがそう言って喜びを露わにした。 『レイ…いったい何が??』  そんなアイリスから視線を外し、念話で彼女に聞こえないようにレイに問い掛ける。 『まだ言葉使いが堅かったので、さん付けを止めれば良いのでは…と思い色々と話をしたのです。…主には関係ないのかもしれませんが……』  少し拗ねた様な感情と共に、レイは念話をシンに返した。 『もしかして…羨ましかった?』  彼が更にそう聞く。 『…はい』  彼女はそれを認めた。  レイが羨ましく感じたのは、昨日の最後からアイリスのシンに対しての口調が砕けていたからだ。彼女に対しては堅い口調なのに、彼に対しては砕けている、それらによる疎外感とも呼べそうで呼べない様なものから来る羨ましさだった。 『…意外』  シンはそんなレイに対して少し驚きつつも最後にそう告げて念話を切った。 「じゃあ、アイリス。これから君の事をアイと呼びたいんだけど、それは良いかな?」  シンはシン兄と呼ばせる代わりにそう提案する。アイリスよりもアイと呼んだ方が楽なだけであまり深い意味は無い。 「うん、良いよ」  アイリス、もといアイはそう頷いて返す。 「じゃあ、それで決まりだ」  シンはこれからアイと呼ぶことに決めた。  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  そんな日から五日が経ち、シンは馬車を走らせていた。しかし、本来の彼の予定では、既に目的地付近まで到着しているはずだった。  理由は様々ではあるが、大半の理由は盗賊や魔物との遭遇だった。  シンはユウというユニコーンに馬車を引かせている為に、一日に普通では考えられない様な距離を進んでいる。それが祟ったのだ。  シン達が乗っている馬車が様々な場所を通過する度に、その地に潜んでいた盗賊やら魔物やらに遭遇してしまったのだ。それらの中には当然そのまま通過できない様な存在が居る事もあり、一々馬車を止めて迎撃をする必要があったモノもあった。  もちろん、それだけではない。  それ以外の代表的な五日間の出来事と言えば、ミスリル製の馬車とユニコーンがそれを引いていると言う事が相まって、貴族‐たまたま遠方に出ていたのかは知らないが‐に絡まれた事だろう。  シンは当然取り合わずにそのまま馬車ではねた。当然それなりの振る舞いをその貴族がしていたのなら彼は取り合ったのだろうが、その貴族は傲慢過ぎたのだ。  それからはねたのはわざとで無く、勝手に貴族が馬車の前に飛び込んだだけだと言う事も明記しておく。  後は単純に、シンの"ヘブンズガーデン"に引き篭もる時間が多くなったことだろう。ベッドの上でだらだらと横になっていただけだが…。 「主、そろそろ昼食の時間です。どうしますか?」  レイがいつも通りに昼食の時間が差し迫っている事をシンに告げる。 「そうだね、昼食を取ろう。ユウ、何処か良い所があったら止まってくれ」  シンはそれを聞いて、昼食を食べる為に止まる場所を探す様にユウに告げた。  やがてユウは、馬車道から外れた、少しばかりゆっくりと休めそうな草原へと馬車を引いた。  草原に馬車を引いたのは完全にユウの独断だったが、シンはそれに乗じて馬車から降りるなり、アイテムボックスからテーブルや椅子などを並べていった。  並べられた直後に、テーブルの上にはレイの手によって作られた料理が置かれ、ピクニックと言っても間違いではないような昼食の時間が始まろうとしていた。 「…アイは?」  始まらないのはアイが馬車の中から降りてきていないからだ。 「まだ、馬車の中で眠っているかと」  シンの問い掛けにそう返すレイ。 「主はアイを起こしに行ってください。私はユウに食事を与えて来ます」  更にレイにそう言われ、まるで子供の世話の様だなと思うシンだった。が、実質彼らにとって、アイはまだ年端もいかない子供である。  シンが馬車の中に入り込むと、アイが小さく毛布に包まって爆睡しているのが見えた。 「アイ、食事の時間だ。起きて」  そんなアイに寄り添って、シンは彼女の肩を揺らした。…が起きなかった。  あまりにも気持ちよさそうに眠っている彼女を驚かして起こすのも気が引けたため、彼はそのまま彼女を抱き抱えて馬車を降りる事にした。  今、アイが着ているのは水色の丈が踝まであるワンピースの様な洋服だが、それはレイによって作られた服である。"家事"という技能は料理をする事だけではないのだ。  今やシンの服の大半もレイが作っている。  アイを抱えたシンは、彼女を椅子へと座らせた。 「んん……シン兄?」  このタイミングでやっとアイはお目覚めの様だ。 「おはよう、アイ」  シンはそんなアイにそう言葉を掛ける。 「…おはよう」  相変わらず眠そうな顔をアイはしていた。  やがてレイが戻って来る。ピクニック擬きの昼食の時間が始まるのだった。  ☆☆  やがて昼食の時間を終わる。シンはせっかく落ち着いた草原に居るのだからと、外でゆっくりとする為の時間を取る事に決めた。  そんな中、アイは弓を片手に弓術の練習をしていた。その弓はシンが片手間に生み出しただけの物で、本当に只々、世間一般的な弓だった。  アイは体を動かしつつ弓に矢を番えて放つ。更に、近くに敵が来たものだと仮定して、弓で敵を殴るような動きを何度も繰り返していた。  弓に矢を番えて放つ。それを動きながら行う事は当然簡単ではないが、アイがかつて住んでいた村でも行っていた事だった。  そんなアイにとっての新しい動きは、弓で敵を殴る事だった。これは、シンが彼女に"弓を持ち替えないで、ある程度の近接戦闘を出来るようにしろ"と言ったからだ。  そんなアイの一連の繰り返される動きを、"元魔法"で水を出して食器を洗いながらレイは見ていた。 「主、少し組手をしませんか?」  そんなアイに触発されたのかレイは、シンにそうお誘いを出した。どうやら、ゆったりとする彼の時間はすぐに終わりを告げた様だ。 「…素手だけだよ?」 「はい」 「トランスアームも使わないでね?」  釘を刺す様にレイにそう告げるシン。トランスアームは彼女の腕であり、例えば、それを変形させて彼を斬り付ける行為も、素手の部類に入ってしまうからだった。 「わかってます。主、お願いします」  元々そのつもりだったので、当然レイに否は無い。  そうしてお互いに位置に着いたシンとレイ。 「このブレスレットが落ちたらスタートね?」  シンはそう言うなり、自身の手首に付いているブレスレットを外して上へと放った。  "ちゃん"、そんな音を立ててブレスレットが地に着く、同時にレイはシンに向かって走り始め、彼の前方でしっかりと地面を踏み、綺麗な右ストレートをシンに向けて放つ。  彼はそれを手で押さえながら後ろに飛んで、空中で一回転、さらにそのまま"謎のコンバットブーツ"に付いている"完全歩行"の能力を駆使して空中を蹴った。そして、更に先程した一回転とは真逆の回転をして彼女に踵落としを放った。  彼女はそんな踵落としを左手で受け流し、彼のその足が地面に着いた事を確認する。…と同時に彼の顔面に目掛けて容赦無く膝を撃ち込んだ。  彼はその容赦無い膝蹴りを何とか手で押さえると、その勢いのまま空中へと逃げようとした。 (…逃がしませんよ)  レイはそう思い自身の"謎のコンバットブーツ"に備わっている"完全歩行"で、追いかけてシンを仕留めようとする。  彼女は空中に浮かんだ彼の顔面へと右、左と打ち込む。それから腹に正面から自身の体重が乗る様に打ち込んだ。  彼は顔面へのパンチを全て捌き切ったが、彼女の-腹への-最後の一撃を腕で受け止める事になる。その一撃によって地面へと落とされた。  "ずしゃあ"、彼が地面に足を着くと同時にそんな音がした。それ程に力を込められた拳を撃ち込まれた彼は若干の満身創痍になる。  …当然、そんなスキをレイは見逃すことなく、彼の意識を刈り取ってしまうのだった。  シンの意識を刈り取る事によって、実質仕留める事に成功したレイは、満足げな顔をしていた。  …何か恨みでもあったのだろうか?と思ってしまいそうだが、そんな事は無い。  シンは意識が無いままに馬車の中に放り込まれ、レイは何もする事が無くなってしまった。  そんなレイがチラッとアイの方を見ると、彼女が弓矢の片付けを始めているのが目に入った。それによって、彼女はこのままこの地を出発してしまう事に決める。 「アイ、そろそろ先へと進みましょうか」  レイは片付けをしているアイの元に近付いてそう言う。 「シン兄は?」  アイは少し周りを見回して、シンが居ないのを不思議に思って訊ねた。 「主は今、私との組手に負けて眠っています」 「え?勝手に出発しちゃって良いの?」  レイの申告に思わずそう聞き返した。アイの知っている中では、ずっとシンが主導して移動していたからだ。 「ええ、もうここでやる事は無いので。さあ、乗り込みましょう」  そんなアイに再度レイは馬車に乗る様に告げた。  そうして、彼女らが馬車へと乗り込む。 「ユウ、お願いします」 『うむ』  馬車を引いているユニコーンのユウに、レイがそうお願いをする。ゆっくりと彼女らの乗った馬車は走り出すのだった。
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