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第零部‐アイリス、彼らと共に。

 コンコン  翌朝、シンの私室には扉がノックされる音が響き渡った。  シンが扉を開けずに、何かレイに呼ばれる理由があっただろうかと考えていると… 「アイリスです」  そんな言葉が扉の向こうから聞こえたのだった。どうやらシンの予想は人物像そのものから外れてしまっていたようだ。 (アイリス…アイリス…アイリス? ああ、あの拾った子か) 「入って良いよ」  シンは少し忘れかけていた、先日に拾ったエルフの少女の名前をギリギリに思い出し、入室の許可を出した。 「失礼します」  シンが許可を出すと、少しおっかなびっくりになりながらもアイリスが彼の自室へと足を踏み入れた。 「で、何の用だい?」  そんなアイリスの様子を見て、少し何を問われるのかに面白みを感じながらも、シンはそう問い訊ねた。訊ねられたアイリスはアイリスで、彼の外見を改めてまじまじと見ていた。  シンの外見はガリガリでは無いが典型的な魔法使い体系であり、茶色の髪に紫目を蓄えている為、色合い的に人目を惹きそうではあった。 (やっぱり、むら…さき?え?珍しい……)  アイリスは特に紫目に自身の目を惹かれた様だ。 「…ここは何処なのですか?」  惹かれはするが、聞かないと何も始まらない。そう思いアイリスは訊ねる。 「ここかい? ここは私が作った世界だよ?」  シンはごく普通に答えたが、アイリスにはそれは想像が出来なかった。 「どうい…「外を見てごらん?」」  アイリスの声は遮られ、シンが自室の窓を開けた。  シンの隣にアイリスは近付き、彼が開けた窓から外を見た。そこには当然、彼女にとって見た事の無い風景が広がっていたのだった。  アイリスが今居るのはシンが自身で作り出した"ヘブンズガーデン"と命名される亜空間であるのだから、見知らぬ風景が広がっていなければ逆におかしいだろう。  アイリスの視界には雲が一つもない空、それから草原、そして自身が覗いている窓の建物の少し前の小屋が入って来た。 (え…?あ…? なに?ここ? 何なの? ……え? 嘘…まさか…)  ここでアイリスはやっと、シンが"天地創造"を行った張本人だと言う事に気が付いた。 「ぼっ、私は貴方様の、世界に居るという事で良いのでしょうか?」 「さっきそう言ったよ? あ、別に私じゃなくて良いよ?敬語でなくても良いし」 (か…神様なのっ!?え?け…敬語でなくても良い!?畏れ多すぎるっ!??!?)  シンは軽く流そうとするが、空間や大地の創造などはおとぎ話であるのが普通で、アイリスの知っている事柄でも、それは例外無くおとぎ話の類だった。 「いいえ、そういう訳に…「別に今は良いけど食事の時に敬語は使わないでね」はい…」  シンが食事中に畏怖を抱かれたくないと思うのは当然で、もっと言えばゆったりとする時間にびくびくしている姿が視界に入るのが嫌だった。だから、強引にアイリスを頷かせたのだった。  …敬語に拘っている訳では当然無いのだが…。 「貴方様は神なのですか?」  アイリスは少し緊張が解けて来たのか、そうシンに問い訊ねる事が出来た。敬語がどうの言っている割には思い切りが良いと言えば良いのかもしれない…。 「神ではないよ?」  当然シンは神様では無い為、それを否定した。 「・・・」 「で?聞きたい事はそれだけ?……他に聞きたいことは?」  少し沈黙が続いたため、シンは話を一旦切り上げようとする。 「無いならリラックスしてから聞けばいいさ」  "何かを聞かないといけない"そんな思いが顔に浮かぶアイリスを見たシンは更にそう告げて、 「ああ、そうそう、ちょっと待って」  その後に、実は前もって決めていた事を、いかにも今に思い付いたように声に出した。  それから、アイリスに手を翳して、 「能力譲渡"念話"」  そう呟いた。 「何…「これで、さっき見えた小屋の所に行ってみると良いよ。そこにはユニコーンのユウがいるから、思う存分話しておいで」…」  シンはアイリスの疑問を強引に潰し、部屋の外に出て行くように促すのだった。 「は…はい、わかりました…」  そう強引に進められ、否応なく外に出るしか無いと思わされてしまったアイリスはそそくさとシンの自室から出て行くのだった。  ☆☆  アイリスはおどおどとしながらも、シンの家から外へと出て、言われた通りに小屋の前に来た。 (…ここ、本当にユニコーンは居るの? …静か過ぎない…?)  アイリスはそう疑問に思いつつもユニコーンが居ると言われた小屋をノックして中に入った。 「すみません…、ユウさん?居ますか?」  そして、光が無い小屋の中で探る様に声を出した。  すると…アイリスの頭の中に突然、 『お主がアイリスか?』  …と声が響き、 「ぴゃい!!」  彼女は叫んでしまった。 『そんなに驚くでない、さっき説明されなかったのか?』  アイリスの目の前には、いきなり大きな大きなユニコーンが現れた。 (ほ…本当にユニコーンだ…)  そう驚くアイリスだったが、聖獣らしい雰囲気を出す為に、念話の口調を目の前のユニコーンが変えている事を知ったらどう思うだろうか? 「いっ、いえ! されました!!」 (こ…恐い…)  だが、そんな事を知る由も無いアイリスはその巨体に恐怖を覚えるだけでしかなかった。 『だから、そんなに堅く無くても良いものを…もっとテキトーに話してもらって構わんぞ?』 「私が、そんな…」 『うむ、わかった、お主が元の一人称なるまで私はお主とは話をしないし、逃げ出すことも許さんぞ?』  ユニコーンのユウは完全に硬くなっているアイリスに無理難題を押し付けて、 『ほれほれ、どうした?』  更におちょくるように急かした。 「わ、分かりました…」  それに対して、なんとか、やっとの思いでそう告げる事に成功したアイリスだった。 『で、何か聞きたいことは有るか?』  そんなアイリスの様子を見たユウは、話題を変える為に調子を変えてそう言った。 「僕は…シアさんやレムさんが何者か、知りたい、です」  口調を変え、恐る恐る、目の前の巨大なユニコーンに視線を受けながらアイリスは言うと、 『ふむ、まあ、落第点だな。…何者か、というのは職業でいいかの? 私はそれくらいしか知らんしな』  ユウはそう告げて、自身の知っている数少ない彼らの事についてでも良いのかを訊ねる。  ここでユウが告げた"落第点"と言うのは、アイリスの態度の事である。 「それでもかま…良いです」 (うう…辛い)  ついつい出てしまう敬語口調を、何とか地に直しながらアイリスは言う。 『ふむ、先にレムからだ。レムの職業はパーフェクトメイドだ』 「パーフェクトメイド?」 『うむ、何でもこなすメイドの事らしいぞ、ちなみに1対1でやり合ったら私なんか秒殺される。秒だぞ、秒』  アイリスのその返事を聞いたユウは、まるで他人事の様にレイについてを淡々とそう言った。 「秒殺!?」  目の前の巨体を秒殺すると告げられ、アイリスは驚きの声をあげた。 『そして、シアの方だがな? あやつの職業は確か…世界の旅人だ。あやつは色々な武器を使えるが、レム程1対1で強くはない。まあ、私が戦ったら確実に負けるがな、それに、レムとも互角かそれ以上だ。搦手が物凄くうまい、勝負にすらならない』  しかし、ユウはそのままアイリスが驚いた事実すらも受け流し、シンの説明も行ってしまった。それはユウが、シンやレイの規格外さに諦めをつけているからだ。 「勝負にすらならない?」  アイリスは頭に引っ掛かったその言葉を問い訪ねると、 『私が最初に出会った時なんか、足に棒を引っ掛けて転ばせた後に剣を首に当てて、「仲間にならないか?」だぞ?』  ユウがそう言った為にあまり戦うのが得意な人ではないのかと、アイリスは考えた。 『……足に棒引っ掛けて吹っ飛ばないあやつはおかしいと思うぞ?』 「……確かに」  …が、ユウのその後の言葉によって、そんなアイリスの考えは払拭されてしまった。普通の馬であっても脚に棒を巻き込めば、体は持っていかれてしまうだろうに、かのユニコーンの脚に棒を引っ掛けてビクともしなかったのだから、シンも十二分におかしいのは簡単に理解出来るからだ。 (……って事は物凄い力が強いのかな? …あれで?) 「シアさんたちの本名は知らないのですか?」  そうシンの体格や力に疑問を持ちつつも、アイリスは更に別の質問を投げ掛けた。 『知ってはいるがこの後に言うつもりなんじゃないか? 現に私の本名を教えているからな』  だが、その質問に対しての答えは答える事への遠巻きな拒否だった。 「だから、本人に聞け…と?」 『ああ、そうだ』 「わかりました。後もう一つ、ユニコーンは僕が間違っていなければ、聖獣だと思うんですけど…」  結局、地が敬語に戻ってしまっていたアイリスだったが何かが吹っ切れたのか、グイグイと別の質問を続ける。 『その認識は間違ってないぞ? ただ、聖獣も魔獣も余り変わらん。ただ単に聖獣の方が気が荒くなく、平均的に強いだけだ。…後は聖魔法が使えるというところくらいだな』 「そうなのですか?」  それへの答えは少しばかりアイリスを驚かせる物だった。それは、聖獣と言う存在をアイリスはもっと神秘的な物だと考えていたからだ。 『まあ、私は使えんがな』 「え!?」  更に続けられたそれ以上のユウの爆弾発言に驚きの声があがってしまった。  それはアイリスの中での聖獣と言うカテゴリーは、聖魔法を得意とする獣であるという先入観故だった。 『私は元々、元魔法を使えてな? 聖魔法を使う意味が無かったからな』 「……そんな事あるんですか?」 『うむ、基本的に聖獣が生まれ落ちて最初に使う魔法は聖魔法だ。だが、私は元魔法が元々あったのでな。生まれ落ちてからずっと、そっちを使っておったのだ』  実際、聖魔法はあまり使い勝手が良い魔法では無いから、ユウの選択は至極当然の物だった。  聖魔法はその名のイメージ通りに、癒しや身体を治すことを得意としていて、逆に言えばそれくらいしか出来ないからだ。…ごく稀にその他の使い方を出来る存在も存在するがそれは今回は捨て置いておく。  コンコン 「アイリス?居るかい?」  小屋の扉がノックされ、外からはシンの声が聞こえて来た。 「はい」 『主、アイリスの一人称が変わったから、それで会話するまで、話をしてはいかんぞ?』  シンの声が聞こえたユウは、アイリスと彼に聞こえる様に念話を飛ばした。 「何だ? 新人イジリは良くないぞ?」 『私は人ではないのでな』 「そーかい、アイリス行くよ」  そんなユウに対しアイリスを庇うような芝居をしつつ、シンは彼女を小屋の外へと連れ出した。 「……シアさんの本当の名前は何て言うんですか?」  突然にシンに連れ出されたアイリスは、機会を逃すまいと彼に問い訊ねた。 「それは、食事の時にレムと一緒に話すよ」  シンは二度手間を避ける為にその場で回答する事は避け、やがて辿り着いた彼の家の扉を開ける。  ガチャり 「レイ、食事出来てる?」 「勿論です。主」  何気ないシンとレイの会話に対して、"レイって?"という思いをアイリスは浮かべた。  アイリスが声のした方を向くと、そこには先日、彼女に対してレムと名乗った女性が居た。  彼女をそっちのけにして、レイとシンは少し話し込んだ。 「この椅子がアイリスの椅子だよ?」  少し話し込んだ後にシンはアイリスに1つの椅子を見せた。  ここでシンの言う"アイリスの椅子"とは、木によって作られた自然チックな物である。それはいかにもエルフに似合いそうな作りであった。 「…これが僕の?」  アイリスが確認するように聞くと、 「へえ…僕っ子って珍しいですね? 主?」  興味を示した様にレイはそう言った。  「案外そういう文化かもしれないよ?」  シンはおどけた様に言うが、そんな事実は当然無い。 「まあいいや、とりあえず席に着こうか?」  シンはアイリスに椅子に座る様に促す。アイリスはされるがままにその椅子に座ると、今度はレイによって食事が目の前に置かれた。  突然そんな事をされたせいで話の展開についていけないアイリスを気遣い、シンは用意された内の1つのパンを彼女に押し付ける様に手渡した。  ぐ~…  美味しそうなパンの匂いと、シンと出会ってから何も食べていない事実にアイリスの腹が音を鳴らす______________  もぐもぐもぐもぐ…  ______彼女は欲求に負けて、手渡されたパンにかぶりつき食べ始めた。 「じゃあ、食べながらで良いから自己紹介をしてしまおうと思う。…良いかい?」  シンはそんなアイリスを見て、元々予定していた自己紹介をしてしまう事にした。彼女はそれについて頷きを返す。 「じゃあ、まずは私からだ。私の名はシン…ごめんね、それ以外は説明出来る事が無いよ」  申し訳無さそうに自身の事をそう告げるシンだったが、それ以外に説明しようがない為に仕方が無い。 「次は私ですね。私の名はレイと申します。ここでは主の身の回りの世話をさせて頂いております」  レイの方が、幾らかはマシな自己紹介になった様に思えた。 「そして、私達のレベルは共に205だ」  そして、最後にアイリスに爆弾発言を投げつける。  「!? ゴホッ!ゴホッ!」  アイリスはそのレベルの高さに驚き、喉を詰まらせてしまう。  ラフタと呼ばれる世界でのシン達のレベルは、ほぼ間違い無く超人扱いだ。…彼らが超人よりも質が悪いのも事実だが。 「大丈夫かい?」  シンはそんなアイリスの背をさすってそう聞く。 「主、恐らくそれは食事中に話す内容ではないと思われます」  そんなアイリスを見てレイは言うが、少し言うのが遅かったのではないだろうか? 「アイリスの反応を見るとそうっぽいね。じゃあ、私とレイは少し外に出ているからゆっくり食べるんだよ?」  シンは1人の方が落ち着いて食べれるかもしれないと思い、室内にアイリスを置いてレイと共に外へと出ていくのだった。  そうしてアイリスは1人、静かな部屋の中に1人取り残された。  ☆☆  アイリスを残し外へと出てきたシンは、共に出てきたレイにアイリスについてどう思うかを訊ねた。  …外とは言ってもシンが創り出した亜空間の中ではあるが…。 「特に何も思いません。扱いずらい性格をしてる訳ではないですし、何か特殊な技術を持っている訳でもありませんから」  特に可もなく不可もなく…と言った具合にレイは回答する。考え方はあまりシンと大差が無いようである。 「主、特にやる事が無いのであれば座りませんか?」  レイが急に突飛な事を言い出した。 「何をするつもり?」 「いえ、暫くの間突っ立っているのもどうかと思ったので…」  レイの言う通りで、アイリスが食べ終えるまでの間をずっと立ち続けてる必要は無かった。 「そうだね、そうしようか」  シンは"元魔法"で土の椅子を作り、それに腰を掛けた。  すると、座ったシンに丁度良い高さに土製の丸形のテーブルが作られた。 「…レイ?」  それを作った張本人にシンは問いかける。 「一応、それなりの格好はつけておこうと思いました」  更にレイはアイリスに出したサンドイッチと、野菜の果汁により作られたそれらをそのテーブルに並べた。深い意味は当然無く、ただ単にレイが格好を付けたいだけだった。 「それなり…? まあ良いや、貰うよ?」 「ええ、もちろん」  シンがそれを聞いてサンドイッチを取るのと同じタイミングで、レイもそれを手に取った。 (まあ、少しの間だし…ね)  それからシンとレイはのんびりと間食を食べ、彼らが良いと思った段階で、家へと戻る事にした。  ☆☆☆  一方、自らが用意されていたパンを完食していた事に、アイリスは気が付いた。 (…これって、不味いよね?全部食べちゃって良かったのかな?)  それが原因でアイリスが段々と自身の心に焦りを持ち始めた頃、シンとレイがその部屋へと帰ってきてしまう。  シンは空っぽになったお皿を見て目を丸くして、何やらレイと話し、彼だけがアイリスの前に来た。 (…やばいやばいやばい)  アイリスはそんなシン達の行動を見て焦る焦る焦る。 「さあ、何か聞きたいことは有るかな?」  だが、しかし、アイリスが焦っていた事などは全く知らないシンは、彼女にそう言うだけだった。 「…怒らないんですか?」  恐る恐るシンの顔を見て、そう言うアイリス。 「…何が?」  そんなアイリスに、シンは全く訳がわからないとでも言うような顔をしていた。 「あの…その…全部を食べてしまった事を…」 「怒る? 何で? あれはアイリスの為にレイが用意したものだよ?」  途切れ途切れに告げるアイリスにシンはそう聞き返す。流石にこの場で意地悪をする気は彼には無いし、何かの冗談を言う気も勿論無かった。 「ん~… わからないからもう一度聞くよ? 何か聞きたいことはある?」  シンは問い直す。 「ここで生活しても良いんですか?」  それを聞いたアイリスは今度ははっきりとした声でそう聞く。彼女自身、安心しても良いかもしれないと思い始めている事が、彼女の口にそんな言葉を吐き出させた原因だ。 「勿論いいよ? ただ、出来れば不老不死の薬を飲んで欲しい。…長年付き添った人間に死なれるのは辛いからね」  シンは肯定をした後に、自身の望みをアイリスに告げる。 「レイさんやシンさんは本当に不老不死なんですか? あと、ユウさんも不老不死なんですか?」 「ユウは違うよ? 彼は最後まで神格を得る為に頑張るつもりみたい。最悪、無理矢理飲ませるつもりだけどね」  "神格"と言うのは、神になる為の能力だと思って貰えれば良いだろう。 「世界の旅人って何ですか?」 「私の職業を知ってるのかい? 言葉のまんまだよ? 世界を旅する職業だ。この世界だけじゃないけどね」 (…この世界だけじゃないって何?)「どういう事ですか?」  疑問に思いながら更にアイリスは聞き続ける。 「世界は一つだけじゃないという事さ。そして、仲間になるという事は別の世界に私と一緒に来るという事だ」  次々に質問を飛ばし始めたアイリスに、1つ1つ答えて行くシン。 「つまり、旅仲間になれと?」 「…まあ、アイリス達の世界が初めての世界なんだけどね」  シンは少し自嘲するようにアイリスに言った。彼自身、職業通りに旅をするのかと言われると微妙だった。 「…もし、僕が旅仲間になったらずっと傍に居てくれますか?」 「勿論傍に居るよ。ずっとずっと、何億何万年とね」 「本当に? …だって、僕、赤の他人だよ?」  普通そんな事は有り得ない。アイリスがそう思ってしまうのは至極当たり前な事である。 「だって、住んでた村も無くなっちゃったよね? アイリスには何も残ってないよね? これからのアイリスは私達の輪の中だけのアイリスになるんだから、それは凄い繋がりになると思わない?」  シンはシンで、アイリスが自身の仲間になってくれるであろう事を予想して、今までの事柄を口に出しているのを彼女は勿論知らない。  もし仮にアイリスの住んでいた村が無くなっていなかったのなら、シンはここまで待遇を良くしようとは思わなかっただろう。  彼女が大切だと思ってしまう物が、ラフタと呼ばれる世界に残ってしまっている事になるのだから。 (…そっか、何も僕には残ってないんだ。…だから、シンさんはこう言ってるんだ)  段々と、シンが自身を誘っている理由を理解し始めたアイリス。 (赤の他人だからって僕が裏切る理由は無いから…、…ああ、そっか、今僕は誰から見ても赤の他人なんだ…)  そう思考の中で結論付けたと同時に、アイリスの瞳からはポロポロと涙が零れ落ちるのだった。 『レイ、どうしよう? 本当にどうしよう? 私が何か変な事を言ったかな?』  シンはそんなアイリスを見て、体面は保ちつつも、焦りながらも、レイに念話を飛ばす。 『主、そこは慰めてあげるべきですよ?』  …が、レイはそう返すだけだった。彼女にだってそんな時の対処法なんて解らない。 「…アイリス、君に起こった出来事がどんな事であっても私は同情はしない、哀れんでなんかやるつもりもない、可哀想だなんて言ってやらない。それは君が送ってきた時間を否定する事になる…からね。だから、変わりに約束してあげよう。これからずっと、私達は君の傍に居てあげる、だから、これから一緒に居よう?」  そう言ってシンはアイリスに手を差し伸ばした。本当は励ましの言葉を与えたい彼だったが、励まそうと取り繕った言葉を今の彼女に告げる気にはならなかった。 『サラッと巻き込まないでください。私はアイリスと婚姻する事は出来ません』 『…少しは空気を読んでくれる?』  シンは当然そんな気は全く無く、少し茶々を入れてきたレイにそう文句を返した。 「ぐすっ…ぐすっ…」  やがてアイリスがシンの手を取る。  彼女が手を取ったと同時に、彼女の小さな体を優しく落ち着かせるようにシンは抱き寄せた。  優しく抱き締められた事により緊張の糸が完全切れてしまったのか、アイリスは完全に泣き始めてしまった。  アイリスが自身の感情を吐き出し、泣き、眠りに落ちるまでの間を抱きしめ続けたシンは、やがて彼女が眠りについた事を確認する。 『レイ?ソファーの上にアイリスを置いとくから…面倒を見てくれる?』 『分かりました。主はどちらに?』 『…風呂に入ってくる』 『あ、はい、わかりました』  確認した後に、眠りについたアイリスをレイに任せ、シンはバスルームへと向かう事にしたのだった。  ☆  シンの代わりに入れ替わる様にアイリスの面倒を見る事になったレイは、ソファーへと寝かされたアイリスの気持ち良さそうな寝顔を見て軽く微笑んだ。 (…胸に突っかかった物は取れたでしょうか?)  などと、内心をアイリスに対して思うレイだったが、それをアイリスに告げる事はしない。それは彼女の身に起こった事柄を否定も肯定もしない為で、わかった気にもならない為だ。  それはレイ也の他者への敬意の振る舞い方である。  やがて、レイは気持ち良さそうに眠っているアイリスに"もう見ていなくても大丈夫だろう"と結論付け、その場を後にするのだった。  その場を後にしたレイは自身の趣味とも呼べる物に没頭し、シンも体を洗い終えてからは、レイと同様に自身の趣味とは言えないが、自身が今やりたい事に没頭するのだった。  ☆☆☆☆☆☆☆  アイリスは目を覚ました。自身の身体に柔らかな布が掛かっている事に気が付いた彼女は、"誰が掛けてくれたのだろう?"と考える。 (…シンさんかな?)  アイリスはそう予想したが、柔らかな布を彼女の身体に掛けたのはレイである。  それから落ち着いて、自身が眠ってしまう前の事を思い出そうとする。 (…そっか、帰れないんだよね、無くなったんだもんね)  そして、自身の故郷が無くなった事をも再度理解した。  眠る前に散々泣いたのだから、切り替えないといけない。そう思い、アイリスは憂鬱になってしまう考えを振り払ってから、自身の未来について考え始めた。  とは言え、シンやレイがこれから何をしようとしているのかを、アイリスは全く知らない。 (……わからない事は聞きに行こう)  そう思い、アイリスは自身が横になっていたソファーから立ち上がった。 (…あれ? シンさんもレイさんもどこに居るか知らないや……)  …が、そんな行動すらもそんな思考によって遮られてしまい、アイリスはソファーに座り直した。  だからといって、アイリスは自身が居る部屋を無闇矢鱈に散策する気にはならなかった。それは彼女が眠る前に、シンがああまでして自身の事を受け止めてくれたからだ。…不義理な事はしたくなかったのだろう。  何も出来ないアイリスは、暫くの間、ぽっかりと空いてしまった時間を過ごしていた。  突然、アイリスが居る部屋の扉が開かれた。そこに居たのはレイだった。 「おはようございます。アイリス」  レイは目覚めているアイリスを見てそう告げる。 「おはようございます、レイさん。…どうしたんですか?」  自身に、ここにレイが訪れた理由があるとは全く思っていなかったアイリスは不思議に思った。 「どうも何も入ってはいけませんか?」 「あ…いや、そうではなくて…」  レイは真顔で表情1つ変える事無くそう告げた為に、アイリスは少し焦る。 「クスクスクス、別にそんなに焦らなくても大丈夫ですよ」  だが、そんなアイリスはレイに笑われてしまった。 (…というか、レイさんって笑うんだ……)  そんなレイを見て思わずそう思うアイリス。 「笑いますよ? 失礼ですね」 「ぴゃいっ!?」  しかし、まるで思考を読み取ったかのようにレイはアイリスに告げて、彼女を更に焦らせるのだった。 「その反応は…もしかしなくても考えていた事に的中しましたか?」 「…はい、どうして?」 「ただの勘です。気にしない方が良いですよ?」  レイはアイリスに訊ねられ、何の事無く言い捨てる。 「…そういう能力ではなくて?」  アイリスはそんな能力があるからそんな事が出来たのだと思っていたのだが… 「ええ、人の心なんて読むものじゃありませんよ?」 「…そうなんですか…」  それをレイは否定してしまった。 「と、まあ、私なりのコミュニケーションの取り方でしたが…どうでしたか?」  本当にそんな能力は持っておらず、レイは単に空気を和ませる為に言っただけだったのだ。勘が外れたら笑えば良いだけだから。 「…驚きました」  正直にそう告白するアイリス。  前までは顔色一つを変えずにキツい口調で、レイは彼女と会話をしていたので、今の一連の会話で、彼女の中のレイに対してのイメージ崩れつつあった。 「そうですか、それは良かったです。アイリスもなるべく早く、私達に馴染んでくださいね?」  しかし、そんな告白をも右から左へ受け流す様に言いたい事だけを言って、レイは部屋の外へとさっさと出ていこうとした。  アイリスはそんなレイを、起きてから今まで聞きたいと思い溜め込んだ物を聞くために、何とか呼び止めるのだった。  ☆☆☆☆  それから場面は変わり、少し時間も経った頃…。 「アイリス、レイ、おはよう」  シンは鍛冶-自身のやりたい事-を一旦切り上げて、リビングルームへとやって来た。 「おはようございます、主」 「おはよう、シンさん」  シンにそうお互いに返す、レイとアイリス。…どうやらそれなりに仲が良くなった様だ。 「食事は何? レイ?」  シンが上がってきたのは"そろそろ食事の時間かな?"と思ったからだ。 「前に作った和定食にしようかと……」  レイが少し濁らせる様にそう告げたのは、"和定食"らしいだけの料理しか作れないからだ。一言で言うと食材が無い。 「わかった。ねえ、アイリス? 一つ聞いていいかな?」  シンはそんなレイの懸念を他所に、アイリスに話し掛ける。 「何ですか?」 「エルフの寿命って何年くらいなの?」  これはシンがアイリスを仲間に引き入れる際に、最も気になっていた事柄だった。  それを聞いたアイリスは顔に手をやって考え出し、 「平均で500年くらい?かな?長老とかは1000年?超えてると思う…」  記憶を探る様に言った。 「そう、長いね。じゃあ、1000年の間を私達と共に生きてから、私達と共に来る決心が出来たのなら…「薬を飲んで欲しい?」」  今まで遮って来たせいか、シンの言葉を今度はアイリスが遮った。 「そう。でも…いきなりは怖いよね?」 「うん、でも、薬、飲んでもいいかな?って思ってるよ?」  アイリスは既に心の内が決まっていた。 「…私達の予定を言うから取り敢えず聞いてて?」  そんなアイリスの言葉を聞きつつも、先に説明しておかなければならない事がある為、シンはそう言う。 「…うん」 「私達は今から人に見つかっていない、前人未踏のダンジョンに行こうと思っている。きっとユウの背中に乗って走り続けたら1日で着くと思う。でも、今日からアイリスが増えるから馬車を作るつもりだ。きっと馬車を引くと、最低でも2日以上は掛かると思う」  アイリスの反応を見て、口早にこれからの予定をシンは話し始めた。 「僕も外に?」 「うん、ここにずっと居たくないだろう?」 「そんな事は……無いよ」  シンの中には、この"ヘブンズガーデン"の中だけでアイリスを生活させる気は無かった。だが、彼女は外に出たくないと言った。 「ダメ、無理矢理にでも外に連れて行く」  しかし、それをシンは許容しなかった。 「どうしても?」 「どうしてもだよ? 何も無いこの世界に1人でずっと居るなんてバカバカしいよ? それに、私達の仲間になった時は一緒に世界を見て回るんだから、閉じ篭ってもらっちゃうと私達の仲間とは呼べないからね」  仲間とは呼べない、その言葉をしっかりとアイリスの目を見て、彼女の心に突き付ける。  少し緊迫感が出てしまい、そんな緊迫感から逃げる様に、 「…わかった。ところで、シンさんは何歳なの?」  アイリスは話を変えようとそう言った。 「19」  シンは隠す事でも無い為、正直に伝える。 「あれ?案外若い? やっぱり勇者様?」  アイリスはそんなシンの年齢を聞き、自身が知っている伝記上の勇者もそれくらいであった事を思い出した。 「勇者?あれかい? あの、魔王を倒したって言う…」  シンは前にアイリスに言われてから、"惑星(ほし)教科書(あるきかた)"で勇者について調べた為に、その概要は知っていた。 「そう、その勇者」 「それは違うよ。…絶対に違う」  シンは勇者に対する拒絶を混ぜ合わせて断言した。  …彼と勇者では明らかに比べる尺度を間違えてると言えるだろうが…。だって彼、そもそも人種と言えるのか怪しいし。 「そう…前人未踏のダンジョンって?」  アイリスは少し疑いの目を向けたまま、シンに次の事を訊ねる。 (……勇者より先に、前人未踏のダンジョンの事を聞くと思うんだけどな…) 「誰も最奥地までたどり着いた事のないダンジョン、因みに恐ろしく強いモンスターがたくさんいる」  シンはアイリスに対してそんな事を思いつつも答える。 「僕も入るの?」 「もちろん、私達はそこで100年かけてダンジョンを制覇する予定」 「100年!?」  それを聞きまたもや驚いたアイリスだったが、それに対してシンは"長命種なのに驚く事なんだな"と思っていた。 「だって私達は不老不死だよ? たかが、100年くらい……」 「不老不死でもそんな事しないよ。そんな事したら吸血鬼最強だよ?」  ラフタと呼ばれる世界の常識では不老不死の種族と言えば吸血鬼である。それを持ち出して、アイリスはシンの考え方に抗議した。 「……確かに、そう考えると私達はおかしいのかな?」 「…おかしいとは思うけど……、何で行くの?」  そうまで言われるとは思っていなかったシンは考え方を改めようとし、アイリスは心底不思議そうにそう言った。 「強くなる為」  シンの目標はそれだけだった。 「え、でも…」 「私達の目標のレベルは、ステータスに計測不能と出る事だよ」  シンの答えを聞いて困った顔をしたアイリスに更に詳しく告げた。 「どういう事?」  それでもわからなかった様だ。 「自分のステータスが見れるでしょ? そのステータスにレベルが書いてあるよね? そのレベルが表示されなくなるまでだよ」 「それって…」 「そう、これが表示されなくなるかなんて私達は知らない。けれども、そこを目指す」  アイリスが何も言えずに固まっている。シン自身はそれが可能だと思っていて、どうせ死なないのだから、気長にやって行こうかと思っているのだった。  アイリスは固まっていた口を開いた。 「…神でも殺す気ですか?」 「敵になったら殺すよ?」  本気か否かは置いておくにしても、例え神なる存在がシンの前に現れたとして、素直に従う気は全く無い。  そんな言葉を聞いたアイリスはとんでもない人の所に来たのでは無いかと思う反面、頼もしいなとも思ったのだった。  それからアイリスが更に幾つかの質問をしていくと、レイが食事の準備を終えるのだった。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

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