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第零部‐彼、ラフタに降り立つ。

 彼が始めて地に足をつけた世界。それは魔法が主流な世界で、銃や爆弾などの近代兵器は存在しない世界である。  人の住んでいる街から一度外に出ると、魔物や盗賊などが存在する無法地帯へと変わる様な、そんな世界だ。  際立った特徴にはならないが、エルフやドワーフ、吸血鬼や魔族、竜人族などの様々な人種が存在している。  そして、更に特徴を上げるとするならばダンジョンがある事で、ダンジョンは主に2つ種類がある。  主な類は魔物を倒し、自身のレベルを上げる為にのみ存在する。  だが、主人公が初めて攻略するダンジョンは特殊な類な為、上記に含まれない。  基本的な町並みの背景は、高くても3階程度の建物(城などの特殊な建物を除いて)が有るか無いかである。また、当然道は舗装されておらず、粗雑に剥き出しになっている町が多い。城下町の1部や大きな街では舗装されている地域もある。  その世界の名はラフタ。  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆   「んんっ…」  彼は目を覚ました。彼が居るのは雨風を凌ぐためだけの洞窟だ。辺りの土は彼の麻色の服に付着する。 (何か食べたいな…)  思ったところで、彼の前に食事が現れる訳では無い。 「能力創造、"創造魔法"」  創り出す能力を創り出せば良い。 (これで良い? なら、次は…)  彼は"創造魔法"を行使する。創り出すは記憶の中にある薄い牛肉だ。創り出されたのは焼肉屋さんに有りそうなカルビだった。 (火が欲しい。…魔法だな) 「能力創造、"元魔法"」  創り出された魔法は自然界に存在する全ての属性を含んだモノ、それを彼は知っていた。  彼は片手に火の玉を、片手にカルビを持ち、重ね合わせて火を通した。そして口に入れる。 (不味い)  ただそれだけだった。まるでカルビのレプリカを食べているのかと言いたくなる。 (そう言えば…"創造魔法"は生物を作れるのか?)  肉を一枚食し食事への興味を無くした彼は、"創造魔法"の可能性が気になった。 ("惑星(ほし)教科書(あるきかた)"で最弱の生物を…、成程、スライムか)  彼は試すだけだからと、自らに最も負担が掛からなさそうな最弱な生物を探す。手に入れた情報から、スライムを創造する事を決意した。  彼は創造魔法を行使する、創り出すのは液体状の身体だ。  だがしかし、中々それは形にならない。彼は更に魔力を、過剰に魔力を込める。  彼が放った力が目前に収束し始める。それは過剰に込めた魔力すらも吸収する。  彼の身体が引き裂かれる様な感覚がする。  ――やがて、彼の分身とも呼べる存在が産み落とされた。  ――彼の意識も暗転する。 ☆☆☆☆ 「…ん」  彼は目を開く。すると彼の目の前に別の人型が存在していた。   「おはようございます。主」  彼女は彼に告げる。言葉を紡いだ彼女の顔は、人形を想起させる程に感情が篭っていない。 「…スライムなのか?」 「いいえ。ですが、主が私をスライムとして創り出そうとした事は知っています」  彼は彼女の返答で、目の前に居る存在を自らが創り出したのだと理解する。 「液体状には?」 「このように」  びちゃっと音を立てて、彼の言葉に答える為に彼女は体を崩した。どうやらスライムである事に変わりは無いようだ。 「なるほど、戻って良いよ」  人型に戻らせる。改めて見ると彼女の外見は黒髪に碧眼でスラっとしている。 (これは…私の何かが関係してたりするのかな?)  そんな事を考えてみても、彼の思考に答えは接続されない。憶測なんてしても無駄だろう。 「スライムの名はレイ、それで良いかな?」  彼は名付けを行う。少なくとも彼の記憶上で彼女に名付けをした記憶は無い。彼女に告げた名は、彼がよく読んでいた…と記憶している物語の主人公の名だ。 (あの物語…名前が思い出せない)  記憶上では、何度も何度もページを捲った記憶があるのに、なのに名前が出てこない。虫食いだらけになった記憶。 「わかりました。…ですが、主の名を決めるのが先では?」  先程まで彼の一部だった彼女は彼の名が無い事を知っている。だから、彼女は思考を回転させている彼の歯車に針を挟む。当然、何を考えていたのかをレイは知らない。 「忘れてた。なら…シンにしよう」  レイと同じ様に、2つの音から為る名前を彼は選んだ。 「では、その様に。早速ですが主、お食事の準備をしましょうか?」 「…出来るの?」  レイの提案に、彼は少しだけ心を弾ませて問い直す。 「主から調理に類する技術を頂ければ可能かと」 「…わかった。能力創造、"家事"」  彼は彼女の提案に特に疑う事も無く創り出す。調理ではなく"家事"を創り出した理由は簡単、そちらの方が応用が利きそうだからだ。  "家事"と呼ばれる技能の元になった情報は、"惑星の教科書"からラフタと呼ばれる世界で"家事"として記憶されているモノだ。 (あれ…? "家事"をどうやってレイに与えれば…。ああ、別の能力を作る必要があるのか) 「能力創造、"能力譲渡"」  彼は能力を与える引き金を創る。 (能力譲渡、"家事")  彼は彼女に技術を与えることに成功した。 「では、主。狩りに行きましょう」 「…は?」   ☆☆☆  彼らは洞窟から出て、獲物を探し森の中をさまよっていた。材料が無ければ食事が作れないのは道理ではあるのだが、シンには"創造魔法"がある。  それで良いじゃないかと、当然シンはレイに告げた。だがしかし、"主は肉を知らないので創造など出来ないでしょう?"と言われてしまった。  確かに彼が知っているのは肉の外見と味だけだったりする。いや、それすらも朧気で覚えていない。肉について知っているのは形と"うまい"という事実だけだ。  その現状を知っているレイは当然拒否した。素材がゴミの塊では、美味しい料理を作るなんて持っての他である。 「主、居ました」 「…あれか」  シンもレイも獲物を視界に捉えた。豚顔で二息歩行のそれは、所謂オークと言われる魔物だった。 「…大きいな」  シンの足は簡単には狩れ無さそうだと前に進むのを嫌がる。彼よりも数段大きいのだから仕方が無いだろう。 「相手の能力がわかれば良いのですが…」 「なるほど、それで行こう。レイ、周囲の警戒を宜しく」  彼は小さく声に出して"能力創造"を発動する。そして"真・鑑定"と言う様々なモノを詳しく知る事の出来る能力を創り出す。  そして早速発動させる。彼はオークの表を視た。  種族 オーク  Lv.30  スキル  棒術Lv.2  ユニークスキル  金剛Lv.3 「金剛…か」  シンは早速、その能力を"惑星の教科書"で探す。見つかった。どうやら筋力を底上げして体を硬くする能力らしい。 「…レイ、窒息させて仕留めよう。私が囮になる」 「わかりました」  やるべき事は決まった。彼はオークの表に躍り出る。  彼にオークの目線が突き刺さる。そしてオークは雄叫びをあげた。  彼に向かってオークは襲い掛かる。デカ物な腕を彼は避けながら後退する。オークは自らが捕食者だと疑わない。彼も自らが捕食者であると疑っていない。  一撃、一撃、また一撃、全てが空を切る。彼が被弾する気配は一度たりとも存在しない。そんな余裕が、彼に遊び心を持たせる。  本当に"金剛"とやらは体が硬くなるのか? もっと言ってしまえば、どれほどに硬くなるのか?   その疑問が彼に反撃をさせる。彼の右手には魔法で生み出された土の槍が握られた。そして突き出された。  オークの体重と金剛の硬さで土の槍は正面から圧し潰される。彼の身体にオークの腕が伸びる。  彼は身体を無理に捻ってオークの手を紙一重で躱し切る。オークの進行方向から直角に躱し、地面を蹴り放ち距離を取った。 (硬いとは言えここまでか…)  彼はその硬さに舌を巻いた。  そんな彼とオークの戦いもここまでだ。  オークの頭上には液体状のレイの姿、それはオークの顔面に張り付いた。オークは剥がそうとするが、シンが魔法の弦でオークをがんじがらめにする。  身動きが取れなくなった命の灯は、ゆっくりゆっくりと消え去るのだった。 ☆  オークを仕留め、彼らは洞窟へと帰ってきた。 「主、火元を貰えないでしょうか?」 「能力譲渡、"元魔法"。これで良い?」  シンは自らが使っている魔法を、あっさりとレイに与える。 「では、その様に致します」  レイは右手に火の玉を灯し自らが使えることを確認する。使えると分かり次第、彼女はオークの解体をしようとする。…が、手が止まった。 「…主、刃物などはありませんか?」  スライムは刃物を創れない。故に、オークの解体は出来ない。だって切れないから。 「ちょっと待って」  彼は"創造魔法"で鉄のインゴットを生み出す。そして"元魔法"の火でインゴットを変形させる。  数分後、形は悪いが刃物を生み出す事に成功した。  刃物を生み出す事に少しだけ懐かしさを覚えたシンだったが、彼はそれを端に寄せて気にしない事にした。 「では、調理を始めます」 「任せた」  オークの腕が概形を留めたまま、彼らはそれを食す事となる。  食後、目的が消失した事を彼は理解した。 (明日からどうしたものかな…)  正直に言えば、彼らが食事を取る必要が無い。"食べたい"、そう考えていても肉体的にはどちらでも良かった。 (鍛冶でもやってみるかな…)  何かをしたいとか、何かをしなければいけないとか、そんなモノは彼には無い。だから、物作りでもしてみようと思った。 (…引き篭もれるから良いか)  食事などは全てレイに丸投げをして、彼は引き篭もる事に決める。端的に言ってしまえば、彼は人を疎ましく思っているからだ。  それは本能的な物なのか、それとも人付き合いに疲れた事が彼の記憶にあるのか、それはわからないが…。 ☆☆☆☆☆  それから5日程が経ち、彼が住んでいる洞窟には様々な道具が転がっていた。彼も道具と共に地面に転がって眠っていた。  彼の右手には空間を捻じ曲げて作られた様々な物を仕舞える箱が、彼の左手には銀色の剣が握られている。  銀色の剣は、"創造魔法"により生み出された鉄のインゴットを、ただひたすらに彼が知っている感覚で打ち続けたモノだ。  問題は箱の方だ。これは所謂アイテムボックスなどと呼ばれる類の物であり、ラフタと呼ばれる世界には存在している。  世界に存在しているのだから、いつも通り"惑星(ほし)教科書(あるきかた)"で調べれば良い。そこまでは問題が無かった。…が、そこに書かれていた情報通りであるのなら、それを再現させるのは不可能である。  それが生き死にをする通常の生命体であれば…ではあるが。 「主、お目覚め下さい」  眠っていた彼の頬をレイが軽く叩く。 「…何かあった?」 「そろそろ陽が真上に上ります」  眠り過ぎだったから、彼女は彼を起こしに来ただけだった。 「…起きよう」  彼は重たい体を起き上がらせる。 「主、本日は大物を捕らえて来たので食事は期待出来るかと」 「へえ? 何を狩ったの?」 「牛型の魔物です。牙が長く襲い掛かられたものですから」  彼女は何の事なく告げるが、彼女が戦い殺し捕らえた生物は全長4m程の巨体を持つ魔物である。  彼女はシンから"体術"という技能を与えられている。それ以外にも剣術など…言い出すとキリが無い程だ。  彼は彼女に洞窟の外へと連れ出される。彼女が狩った大きな魔物が目に入った。それは洞窟に入りそうに無かった。 「主、アイテムボックスに仕舞って貰えますか?」 「必要な分は?」 「取りました。調理が終わるまで、まだ暫く時間は掛かりますが…」  レイはアイテムボックスを持っていない。今まで必要になる事も無かったからだ。 「能力譲渡、"空間魔法"」  そんなレイに、シンは自らがアイテムボックスを作り出す際に必要とした能力を与える。 「これは…、わかりました。ではその様に」  彼女は与えられた能力で亜空間を創り出し、その中に死骸を放り込んでしまった。 「…少し引き篭もる」 「主?」  その光景を見ていた彼は一つ、やりたい事が出来たらしい。今の彼にとって"やりたい事"は、かなり大事なモノになる。 彼は引き篭もってから2日間の間、一度も目を覚まさなかった。 ☆☆  2日間、シンは眠り続けた。  シンが眠りに付く直前、洞窟の辺り一面の生物が、洞窟に巻き起こった恐ろしいほどの魔力の奔流を感じ取り、有象無象のそれらは洞窟の周りから消えてしまっていた。  当然、レイも感じ取り、すぐさま発生源であるシンの元に駆け込んだ。そこには横たわった、けれども息絶えてはいない彼が居た。  彼を簡易なベッドに、彼女は無造作に転がす。それから2日が経った。 ☆☆☆  彼は目を覚ます。自らが倒れた瞬間も覚えている。その結果、何を産み出したのかも思い出した。  彼は立ち上がる。レイの気配がする方へと足を動かした。  レイは洞窟の前にあるベンチに腰掛けていた。 「レイ、おはよう」 「説明をお願いします」  彼の挨拶はピシャリと彼女に叩き切られる。 「少し大きな物を造ってしまってね」  彼は彼女の要求に応える。そして更に答えを晒す為に、自らの身体から魔力を放出させて目の前の空間に穴を開ける。 「…それは?」 「これは私が創った、生物をも仕舞える亜空間だ。名は"ヘブンズガーデン"と言う」  不可思議に何も無い空間に穴が開けられて、彼女の目は丸くなる。  彼が生み出した"ヘブンズガーデン"と呼ばれる亜空間は、お皿の様な大地があり草木も生えている。つまり彼は、天地創造を空間を生み出す事から始めたのだ。  そして、たった2日だけ、行動不能になるだけで実現させた。  その際に、彼の中にはレイを生み出した時にも味わった自らが引き裂かれる感覚を覚えたのだが、それが何を意味するのかまでは解らなかった。 「中で過ごす事も出来るのですね?」 「…まあ、そうだね。でも、中で狩猟は出来ない」  草木は生えているが、それはとてもではないが、食事を必要としない彼らが食したいと思う物では無い。  彼は空間の穴を閉じた。 「なるほど、私はヒロインでは無いので止めはしませんが、誤って自爆は止めてくださいね?」  せっかく産まれたのに死んでたまるか、というのが今のレイの心境である。 「それは解ってる。それから…今から、レイと私が共有できるアイテムボックスを作ろうと思う。何か要求は?」  それに頷きを返した彼は、これから作成するモノについてを彼女に訊ねる。  「でしたら、私と主が仕舞ったモノを一覧出来る様にして貰いたいですね」 「うっ…、それは…結構難しいな」  この世界には液晶などは存在しない。彼は液晶の作り方を知らない。 「無理であれば結構ですが…」 「一覧…一覧…一覧…、ああ、もしかしたら出来るかな?」  シンは一手を思いつく。自らの能力を見る表の事だ。 (あれを応用すれば作れるかもしれない)  そう思ったら即実行に移す。 「レイ、私はまた引き篭もるから」 「はい? ええ、わかりました」  彼の言葉に驚いたものの、彼女は止めることはしなかった。シンは随分とやりたい放題に様々な事柄に手を伸ばしているので、 レイとしても呆れが先に来てしまう。  彼女はふらりと洞窟の外へと出て行った。   ☆    シンは"表"の構造を知ろうとする。  そして彼は知ってしまう。その"表"は"ステータス"と呼ばれるらしい事と、そんなステータスとやらの異常性を。
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