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1-4-22-1 【卍山寺詩遥】 心中、披歴 1

◆ 視点変更 『卍山寺詩遥』 ◆ ********************  ……ぱたん、と病室のドアを閉め、ゆっくりとその扉にもたれ掛かり、しばし中空を眺める。  そして。 詩遥「……。……はぁ……」  心の奥の方から溢れ出る感情を乗せて、私はため息を吐き出した。  ……この病室の中で、何度ため息をついたか知れない。  なぜなら偏に。  私はこの部屋の中で、どんな感情で『あの子』と向かい合っていいか、分からなかったからだ。 『……ぅあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』  病室の外――正にここで、私はその絶叫を聞いた。  一瞬、立場を忘れて扉を開ける手が躊躇してしまうほどの、彼女の――七波ちゃんの叫び。絶望した人間にしか上げる事のできないその声。  私は刑事人生……ううん、生まれてきてから初めて感じた恐怖に、身を竦ませたのだ。   ◆ 七波『……やだっ……ぃやだぁぁぁぁぁぁっ!!!!』 詩遥『七波ちゃんっ! しっかりしてっ、七波ちゃんっ!!』   ◆  何とか震える足、そして自分の心に活を入れて部屋に飛び込み、七波ちゃんに駆け寄って声をかけ続けても、彼女は叫び声を止める事はなかった。  『心ここにあらず』という言葉は、上の空という意味にだけ使われる言葉じゃない。  ……今にして、私はそう思う。  激しく頭を振り乱し、吸った息は絶望を退けようという声を発するためだけに使われ、押さえつけようとしても私の手はその体に振り払われた。  彼女を卑下するつもりはないが、その様を一言で言い表すなら。  『人の皮を被った獣』――。 詩遥「……」  ……私はそんな言葉を思い浮かべてしまったことに、涙しそうになった。  フレイバーンという――七波ちゃんに言わせれば宇宙人だという事だそうだが――あの重要指名手配犯が、所持していた武器を発砲し……その特殊な液状の弾薬で利き手を奪われたのは……七波ちゃんの親友だという。   ◆ 人治郎『……本当に楽しそうでしたよ。一人じゃ立ち向かえない困難を、二人で協力しあって打破する、みたいな感じで、揃ってやりたい事に全力で。……いいですよね、夢を語り合える友達ってのは』   ◆  優しく、笑顔を絶やすことなく……でも、どうしても隠し切れない物憂げな色を表情に交えて、七波ちゃんのお兄さんである桜瀬人治郎さんは、私にそう聞かせてくれた。  青川咲子ちゃん――彼女が絵を描いて、七波ちゃんがそれを見て、直す方向性を伝える――私にはよく分からないんだけど、監修というのかな。二人で協力して、一つの作品を作り上げようとしていたという。  凄く――言い方はアレだけど――青春真っただ中という感じ。とっても羨ましい話。  勉強だ、部活だ、色々あるだろうけど、その中でただ無心に好きな事に打ち込める女子高生たちの姿は、私にだって覚えがある。  それだけを見ていてほしかった。それだけで満たされていてよかった子たちなのに……。  ……。  それが、もう……。  ……。  それじゃ仕方がない。そんなのは絶叫せずにいられるはずがない。  七波ちゃん。――とっても優しい子だ。  女の子なのに妙に飄々としてて、ふっとした瞬間にそのペースに飲み込まれちゃうのに、それがどういう訳か不快じゃない。  不思議な魅力を持った子だと思う。  会ってまだ二日。一緒に過ごした時間なんてほとんどないにも等しいのに、私は彼女が笑顔でいることを望んでしまっている。何より、十近くも離れたあの子に、私は刑事としての自分の在り方を許され、救われたんだ。  ……ホントに……なんて子だろう。  そしてきっと……そんな飄々としていても、すごく責任感の強い子。  彼女のせいじゃない、そんなのは分かってる。  でも、結果……彼女を追ってきたフレイバーンが、あの場に現れてしまった親友の利き手を奪った。  それが意味する事は一つ。  違うとどんなに周囲が叫んでも、そんな事になってしまった『あの事態』を、七波ちゃんがどう感じるか、どう捉えるか……それを思えば……! 詩遥「あんな風になっちゃっても……仕方ないじゃない……!」  ……声を上げることで、感情を押し留めようとする。  溢れそうになる涙を押さえつけるのに必死だった。  崩れそうになる膝に活を入れるので精一杯だった。  そしてあの絶叫の後に、私を見た七波ちゃんの目……。   ◆ 詩遥『……七波ちゃんっ!!』 七波『……。……あ……詩遥ちゃん……無事だったんだ……よかったぁ』 詩遥『……っ……!』   ◆  『戻ってきた』彼女の目に宿る、闇の混濁した色。  蒼白な顔色と相俟って……私はまるで別人を――いやむしろ、蝋細工の人形を見ているかのような錯覚に陥った。  『戻る』前に、『そこ』に何かを置いてきてしまったような。  人として、なければならない何かが失われてしまっているような。  彼女はそれで……変わってしまった……のだろうか……。  ……。  ……そこから始終、七波ちゃんは七波ちゃんであろうと、平然と振舞おうとした。  『自分であろうとした』。  それに違和感を感じつつも、応対をした私の姿は、正しかったんだろうか……。 詩遥「……んっくっ……」  顔を上げて、一つ、洟をすする。  私も戻らなきゃいけない。  あるべき姿に。一警察官としての、立場に。 詩遥「……はぁ……」  ため息。……全くもって、嫌になるクセだ。  でも、それで気持ちが切り替わるなら、これをする事そのものは悪い事じゃないのかなとも思う。
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