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1-4-20-1 【桜瀬七波】 中心からの帰還 1

七波「……え……? なっ……ちょっ……!? おわっ……終わりィィィィっ!!?」  電子メディアの普及著しいこのご時世にも拘らず、大変ご丁寧に紙に印刷された文字だけの童話。  穂積のボックス席の一角で、マンガだったら確実に目玉の飛び出たような絵になるであろう盛大なリアクションをもって、その物語の締めくくり部分に、あたしは自分の視線をブッ刺した。 七波「な、ぁっ!? え、あ、ちょっ……待っ……あっ……? ……はぁぁぁっ!!?」  錯乱するのも許してほしい。  だって……ホントに『これで終わった』んだもん……。  ページをめくり間違えたのかと、手でめくった前のページを見返すが、通し番号となっているページは、今テーブルの上に乗っている物が最後。  いっそ『裏もあったんかーいっ!!』って言えれば良かったんだけど、果たしてその最後の一ページの裏面は、潔いぐらいに白一色だった……。 作家「……読んでみて、どう思う?」 七波「うん、どうかと思う!」  ほとんど抗議に近いぐらいの勢いで、あたしは目の前に座る作家に言い放つ。  魔人と、二人の兄妹のお話。  ……こう言えばきっとみんなも呆気にとられて頂けるに違いない。  そう、その物語は――  『魔人が国を滅ぼして終わり』なのである!  『魔人は二人のお願いを聞いて、国を滅ぼしましたとさ。おしまい』  これがこの童話の結びなのですよ。……どうかと思うでしょうよ……。 七波「なんでかな? なんで二人の兄妹は魔人のトコに行ったのかな? なんで二人は頑張ったのかな? なんで二人はいっぱい苦労してでも山に行ったのかな?」 作家「いや、そんないっぺんに質問されても」 七波「結局一つの事しか聞いてないのーっ!!」 作家「そうなの?」 七波「うっひょー……」  あたしはこれ以上ないほど信じられない物を見る目で作家を見る。  そうなのだ、これが作家の作風なのである。  不条理モノ、と言ってしまうと、世の不条理モノの作品作家の皆さんを敵に回してしまうかもしれないが、とにかく『どうしてこうなった?』を地でいく作品ばかり作る。  魔女に滅びるって宣告された国で、国民みんなが全裸になって海に向かって飛び込んでくとか。  魔王から国の危機を救うために、国を挙げてお祈りしたら隕石が降ってきたとか。  寒さの厳しい国に暖かい季節を呼び込もうとか言ってたら、国の真ん中で火山が噴火しちゃったとか。  フツーの物書きにできない終わり方を平然とやってのける。  そこにシビれぬあこがれぬ。 咲子「ふふふ……でもウチ……作家さんのお話、結構好きやねんけどな」  あたしの隣で、もう一部刷られたその物語を一緒に読んだ咲子は、心の底から楽しそうにそう語る。 作家「ホント!?」 七波「マジで!? ……どの辺よ!?」 咲子「何が起こるか分からへんトコ。……結構毎回ドキドキしながらページめくるウチがいたりしてな。この結末は誰も予想できひんもん」 七波「……コレは予想する方が間違ってるとも言うが」 咲子「ま、まぁ……それはそれやて」  破天荒であることは認めるけど……でもなぁ……。 作家「うーん……空き地に集まって聞いてくれた子供達には好評だったんだけど……」 七波「それはやめろ! このご時世、事案になるから!」  そもそもこのご時世……空き地に集まる子供達って……。 作家「効果音がミソね。すぽぽーんっ! とか、ばびゅびゅーん! とか」 七波「そういうのいらない」  確かに小学生とか、子供が好きそうではあるけれども。 作家「ちゃんと伝えるべき教訓だってあるんだよ」 七波「ホントですか!?」 作家「『古い言い伝えを簡単に信じちゃいけない』っていう……」 七波「……世知辛過ぎる……! そしてかつ、遠回しすぎる……!」  効果音に喜ぶ子供たちに、伝わるとは思えない……。  まぁ……それはいいとしてだ。 七波「いや……あたしが世の中の人全ての代弁者とか言うつもりもないし、人の作風とやかく言える身分でもないけどさ……。これ本屋さんに並べたいんでしょ?」 作家「まぁ、うん」 七波「お金払ってコレだったら、あたしは怒っちゃうかなぁ……。……少なくともあたしは笑って許せそうにないよ」 作家「う……うーん……」  真剣に眉の根を寄せる作家。……基本的に真面目ではあるんだよな。 七波「咲子はこれ、お金出せる? ……あれ、作家。今絵本って本屋さんで買うといくらぐらい?」 作家「んー……ピンキリだけど、1000円とか、いい奴だと2000円とか」 七波「フルカラーで、絵もついてとは言え、結構するなぁ……マンガとは違うね……。……どう、咲子?」 咲子「せやねぇ……」  そりゃお金云々でモノを考えるなんてのはあんまり品のいい話じゃないけど、結局、形を伴って世に出るってのはそういう事だから、『本屋という店に作品を並べたい』って言葉に対しての判断基準はそこになるとあたしは思う。 咲子「子供が読む絵本言うても、買うのって親やんか。ウチがおかーさんやとして、ウチが一人で楽しむ分にはええとしても、子供に買ってあげる本言うと……まぁ厳しいかなー思うなぁ……。そんなにナナちゃんの言葉、世間から外れてへん思うよ?」 七波「んむ」 作家「そう、なのかぁ……」 咲子「ふふ……そういうの真剣に考えたことなかったさかいに、ちょっと新鮮やね」  絵を描いて疲れた手をマッサージする咲子のクセ――右手首を左手で、にぎにぎしながら作家に笑いかける。  全く……咲子に気を遣われるなんて幸せな奴め。 七波「作家さ」 作家「ん?」  あたしは少し……これまでの作家の物語を読んで、思っていたことを話してみようと思った。 七波「このお話の、先とか考えるつもりないの?」 作家「話の先って?」  まぁ……そりゃここで終わろうってんだから、考えてるはずもない。  でも、だからこそあたしは作家に提案してみたかった。 七波「作家が作ってるのは、結構な悲劇って自覚はある?」 作家「いい事だからとか、当たり前の事だからって、それを鵜呑みにしたら悲劇が起きるって自覚ならあるけど」 七波「ぐ……さっきの教訓か……!」  なるほど、コレは強敵かもしれない。  それでも――考えの押し付けと言われても、一度ぐらい話してみない事には気が済まない。 七波「悲劇。そう、悲劇! 作家の書く話は全部悲劇で終わってるんだよ。ならそれを……そこからみんなを救う話って書いたらダメなの?」 作家「……」  あたしに言われて作家は、少し考える素振りを見せた。いや、実際真面目な奴だから、あたしの言葉をちゃんと考えてはくれてた。  ……ただ。 作家「……それは、英雄とか、勇者とか、ヒーローとかを書かないのか、って事かな?」 七波「……。……うん。有り体に言えばそういう事」  ちょっと低くなった作家の声。  それに少しだけ気圧されながらも、あたしは自分の言葉を正しく伝える。 七波「今の作家の話はモヤッとしてるんだよ。世間ってさ、子供たちに絵本とかを通して『良い事』だけを伝えたがるんじゃないかな? ……いや、それが100%いい事とは言わないけど」  作家はじっとあたしの話を聞いてた。  ……あたしはそのまま言葉をつなげて。 七波「でも作家の書く悲劇って、咲子も言ってるけど、あたしも結構凄いとは思うんだ。だから逆に、そこからそれをひっくり返す話とか、凄く気持ちよくなるんじゃないかなって思ってて」  ……一回だけ。  あたしは一番忌憚のない意見を作家に投げかけたいと思った。  それでどう変わるか――変わらないかも知れないし、もう作家の童話を読むことはなくなっちゃうかもしれない。  それでもあたしは、作家が自分の望む姿になるために、あたしなりに一番正しいと思える言葉を伝える。  どんな結果でも、それならあたしは、後悔しないから。  ……すると。 作家「……良く、分かんないんだよ、それ」 七波「え……?」  作家は苦笑とも、嘆くとも違う……何とも言えない表情で、テーブルの真ん中辺りをじっと見つめながら言葉を続けた。 作家「俺も……子供のころから特撮とかアニメとか、見てこなかったわけじゃないし。そういう話の展開があるのは知ってるよ。それが世間に受け入れられてるのだってさ。……でも……」  テーブルの上に乗っていた作家の握り拳が、少しだけ強く、結ばれる。 作家「書こうとすると、分かんないんだよ。書くものがリアルに感じられない。テキストエディタでそういう話、何万字も書いた事があってさ……読み返すとすっごく分かりづらいの。登場人物がその時何を感じてたか、俺が何を考えて書いたか全然分からない。そもそも、多分まとめれば数千字で収まるような話だったと思うし」  ……わずかに出た苦笑は、明らかな自嘲を孕んでて。 作家「リアルじゃない、感情が見えない。だからそれ一回やって……消して……そこからそんな話は、書いた事がない……」 七波「……作家……」  少し、驚いた。  どうしても冗談みたいな物語ばっかり書いてる作家が、そんな饒舌になるほどの苦悩の末に、今の物語を捻り出してることに。  そして同時に作家の姿勢を軽く見ていたことに、反省もする。  ……そして。 作家「やっぱり……『俺は誰かを救ったことなんかないから』さ……」 七波「えっ……?」  その作家の言葉に。  ……あたしは何か違和感を感じた。  ただ『いい話を想像できない』っていうだけじゃない、葛藤のような何かを。  それを、聞いてあげるべきだったのかもしれない。  そこに、何か解があったのかもしれない。  ……でも。  あたしはその言葉の内側を見ることが出来なかった。  どうしても……その『言葉そのもの』を、受け入れることが出来なかったから。 七波「そんな……それじゃ、推理作家とかはどうなのさ!? 殺人事件とか書いちゃう人は、誰かを殺さなきゃその話を書けないって事!? そんな訳じゃないじゃん! ……これだけ人がいっぱい死んじゃう話とか書いてるのに……」 作家「起きたことで人が死んだなんてことは一度も書いたことないよ」 七波「えっ……?」  さくっ、と胸に短剣を突きこまれたような感覚に、あたしは言葉をあっさり止める。 作家「俺の物語のラストで起きた事で、結果、人は死んじゃうかもしれない。でも俺はそこを描いたことはないんだ」 七波「……」  ……そう言えばそうだ。  不条理で、どう考えても国家崩壊、人類絶滅、みたいなことを書いても、それを作家が直接描写したことはない。  国民全員が海に飛び込んでも。  隕石が降ってきても。  火山が噴火しても。  魔人が魔法を国に使っても。  誰かがそのせいで死んだという描写を、あたしは確かに一度も見たことがなかった。  でも……。 七波(でも、違う……!)  あたしが言いたいのは、そういう事じゃなくて……!  『誰かを救う物語』って言うのは、そんなんじゃなくて……! 作家「ただ、さ……」 七波「え……?」  作家の声色が、変わった。  ……そして。 作家「俺にとっては……人を救うより、そっちの方がリアルなんだよね……」  ……漂う空気が、変質するのを感じた。 七波「救う、より……って言うのは……?」 作家「……うん」  作家の向こうに、昼の陽光。  手をかざした時に感じられる温かさを、想像できるほどの麗らかな日差し。  それなのに。  空気が凍り付いたように。  その陽光が、油絵具で描かれた、ただの抽象画であるかのように。  ――どこにも温かさの感じられない、その空気を発しているのは。 咲子「……痛い」 七波「……咲子……?」  視界の端に映る咲子が、座ったまま体を丸めてる。  恐る恐る……そこへと視線を移そうとした所で。 作家「救われるより、失われる方が」 七波「っ……」  作家の声があたしの視線を、引きずり戻す。 作家「生み出されるよりも」  作家「消える方が」    作家「あるべき」        作家「ものが」   作家「無くなる」       作家「方が」 七波「さ……作家……?」 咲子「痛い……いたいっ……!」  咲子の姿勢は変わらない。  変わらず……  左手で、右手首を押さえていて……! 作家「それを、作る方が」  作家が、咲子を指さす。 作家「俺にとっては……ほら」  作家が、にたりと、笑って。 作家「……自然なことなんだよね」 七波「っ……!」 咲子「いたいぃっ!!」 七波「咲っ……。……ひっ!!?」  振り返った、視線の先で。  ボックス席が、赤にまみれる。  赤にまみれる。  赤にまみれる。  赤に、まみれる。 咲子「ナナちゃん……ナナ……ちゃん……」  弱々しく、震える声があたしを求めている。  その凄惨な光景に思わず、ボックス席の奥へと追いつめられるかのように、後ずさってしまうあたし。  ふと、泳いだ目が、テーブルの向こうを見る。 七波「ぁ……!」 ??「……」  そこにいたはずの作家は、黒い姿に変わっていた。  黒い、甲冑姿。  その顔の真ん中で光る赤い目が、歪んで――笑う。  その笑みを……あたしは知っている。 咲子「ナナちゃん……ウチ……ウチ……は……」  ハッとして、視線を戻す。  持ち上げられる、咲子の手。 七波「……ぁっ……ぁぁっ……!!」  震える声と、血まみれの顔に貼り付いた絶望。  それが、あたしたちの、希望の代わりに――『その上』に。 咲子「ウチ……もう……もう、絵が……」  咲子の、涙……。 七波「……咲……子……咲子……!」  その姿に……あたしは。 七波「――――――――――――っっっ!!!!」  ふかい、やみ。
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