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1-3-19-4 【桜瀬七波】 魔人の魔法 4
そこに佇む黒は、街灯の光を逆光に浴びていた。
だから、体の前面がさらに黒に覆われて、『誰』であるかは判別できない。
でも……あたしは知ってる。
『それ』が、『誰』であるかは分からなくても、『何』であるかは……!
??「gi……shu、izui……みつ……みつ、けた……ぜ……!」
声が、震えてる。
そこにある感情は、それだけでよく感じ取れる。
――興奮。そして歓喜。
その二つが絡み合って生まれ、あいつに宿るのは『狂気』に他ならない……!
昼間には、その狂気を糧にとうとう警察官まで殺した。
……あの夜の人殺しは事故だったらしい。でも――シチュエーションは分からないけど――そう何度も偶発的に事故で人を殺すなんて事はないはずだ。
会話まで交わせるほど言葉も通じる相手だけど、もうこいつに、あたし達の人間的な倫理を求めるのは間違っているのかもしれない。
黒い姿に赤い光が二つ、ぼぅっ、と輝いて……その異常性をさらに掻き立てているようで……!
??「一緒、一緒に、にに逃げたんだもんなぁ……ひ、ひひっ……今度は、答えてもらうぜ……!?」
と、詩遥ちゃんがあたしを押しのけて、そいつとの間に立つ。
詩遥「誰ですかっ!?」
その小柄な体で、あたしを守るかのように。
その姿に、あたしは自然と勇気が出て、声を上げた……!
七波「詩遥ちゃん! あいつ!」
詩遥「何っ……?」
七波「あいつがさっきの写真の男を殺した犯人だよ!!」
詩遥「……殺し……っ……!?」
七波「警察官まで殺してる……! 完全にDQNだから気を付けて!」
詩遥「えっ……? ……くっ……!」
一瞬、詩遥ちゃんがあたしの言葉に、奇妙な顔をしたような気がした。……その理由はあたしには分からない。
でもこの際、真偽や意味はどうでもいいと考えてくれたんだろう。
そうでなくても目の前のあいつが発する異常性は、この状況において危険すぎると察知してくれたに違いない。
詩遥ちゃんは油断なく、小脇のバッグから……何かを引っ張り出して構え……!
??「……邪ぁぁぁ魔だ、ゴミがぁぁっ!!」
詩遥「……ぁっ……!?」
――刹那。
10mは離れていたはずのあいつは、一瞬でその間を詰めて、詩遥ちゃんに肉薄する……!
そして……!
……ごっ!!
詩遥「……くぁっ!!?」
側頭部を殴り払われ、詩遥ちゃんの体が宙を舞い、そして地面を転がる。
……からからと、身構えようとしていたそれが――拳銃が地面を滑ってその後を追った。
七波「詩遥ちゃんっ!!」
??「よそ見すんじゃねぇよぉぉっ!!?」
あたしの胸倉を掴むそいつ。
そしてその片腕で、詩遥ちゃんが転がっていった方とは反対の壁に、あたしを叩きつけるように……!
七波「あぐっ!?」
押し付けられる、あたしの体。
余りの勢いに、一瞬、息が肺から抜ける感覚。
??「さが、したぜぇっ……!?」
その顔面は大きめの黒いバイザーに覆われており、その奥で、双眸が赤色を増す。
『フレイバーン』。
それがそいつの名前。
そしてこの黒い甲冑の内側には、その体を操られた作家が……!
じゃきり、とあたしに、顎元から銃を突きつける。
その大きめの銃は、例の人体を溶かす液体を放つ溶解銃。もう、それで二人もの命を奪っているワケだけど……!
七波「んっくっ……こんな、壁ドン……好みじゃないんだけど……!?」
あたしはそんな軽口が出た自分を、心の中でそこそこ褒めた。
確かに怖かった。いくつもの死の危険を迫られた。
でも、こいつのこの姿は……あの時の小心者の気性を思い出させて、心の底からビビるには至らなかったらしい。
ただ、あの時とこいつの精神状態が一緒じゃない事で……この場をしのぎ切れるかどうかは……!
フレイバーン「何を言ってるかは分からねーが、俺が聞きたいことはぁ……分かってんだろ?」
七波「それが……分かっててもさ……! あたしのその答えにあんたが満足するかは……んくっ……別問題なんじゃないの……!?」
フレイバーン「……どういう事だ、コラ?」
七波「想像で答えて……いらない事喋りたくないんだよね……!」
不意に、フレイバーンがあたしの胸倉から、パッと手を放す。
七波「んぅっ……!?」
その急な行為に、あたしは足から落ちたにもかかわらず、踏ん張り切れずにそのまま尻もちをついた。
フレイバーン「心配すんな……俺がお前に期待してんのは一つしかねェんだ。……間違いようはねェさ」
七波「……そうかな」
フレイバーン「じゃ寛大な俺様が、盛大なヒントをくれてやるぜ」
そう大げさに言って、フレイバーンは再び銃をあたしに突き付けて……。
フレイバーン「……どこだ?」
七波「……」
くだんない言葉遊び。
言葉が変わったってあたし達二人の中で、求める物も、出したくない物も、たった一つだけ。
それは何も変わらない。
そう、これは時間稼ぎだ。
あたしはフレイバーンの求める答え――つまり『ゲフリーさんの居場所』を知らない。答える事ができない。
だから『知らない』と安易に答えて、いきなりぶっ放される事がないように、注意してはぐらかした答えをしなきゃいけなかった。
もちろん、『何か起きる事』を期待してじゃない。
『何かを起こすため』の、あたしの模索する時間を……!
??「銃を……下ろしなさい……!」
フレイバーン「あ?」
七波「……っ……!」
その声の主は、向こう側に叩き飛ばされた詩遥ちゃんだった。
フレイバーンの硬質な甲冑――その拳だって、当然かなり固い素材でできているはず。
そんな物で殴られた右のこめかみ辺りから、一筋、二筋と血を滴らせながら、拳銃を構えてフレイバーンに狙いを定めている……!
フレイバーン「く……ひ、あははははははっ!? 何してる? 何してる、お前!?」
詩遥「もう一度言います、その玩具みたいな銃を下ろして手を上げなさい!」
七波「詩遥ちゃん、違う、違うの! ……これ、玩具なんかじゃない……! これは……!」
詩遥「……分かんないけど……だったら猶更よ! その子から離れて!」
フレイバーン「ひっ、ひひひっ……玩具はどっちだろうなぁ……?」
あたしに油断なく銃を突きつけたまま、フレイバーンは顎をしゃくりあげるようにして詩遥ちゃんに顔を向けて。
フレイバーン「撃てよ」
詩遥「え……」
フレイバーン「撃って、原始人が戦艦を殴る気持ちでも理解しやがれ」
詩遥「くっ……」
詩遥ちゃんは、構え直す。
距離にして3m強ほどしかない。この距離なら外さないだろうし、あたしに弾が流れてくる事もないと信じたい。
でも、詩遥ちゃんは苦しそうな表情で歯を噛みしめていた。
詩遥「……最後の警告よっ! その子から離れ……」
フレイバーン「なんだ、撃ち易くしてやるか? 手間かけさせやがってよ……オラ」
と、溶解銃を握っている手とは反対の手を腰に運び、そこから何かを引き抜くフレイバーン。
七波「っ……!!」
あたしはそれを見た瞬間、全身を丸めて右を上にして地面に転がり、体を強張らせ……!
タァンッ!!
詩遥「ぁっ……!?」
七波「ぃっ……あぁ、がっ……!!?」
至近弾。
それがあたしの肩に放たれた。
例の、ゴム弾の銃だ。
……治りかけてた右肩を、再び撃たれ……あたしは激痛で、鈍い動きで体をのけ反らせる。
震える体……全身に力を込めて、何とか痛みを逸らし……!
七波「ぁ……ぁぁぁっ……!」
詩遥「……ぅぁぁああああっ!!!」
パァンッ!!
再び、破裂音。
詩遥「はぁ……はぁ……はぁっ……」
痛みでぼんやりとする頭で見た詩遥ちゃんの顔は、怯えに引き攣ってた。
もしかしたら、銃を初めて撃ったのかもしれない。
詩遥「はな、れて……! 七波ちゃんからっ……離れっ……!」
フレイバーン「ったく……調整項目だきゃ多いくせに、こんな豆鉄砲程度の振動通すとか……つまんねぇスーツ作りやがってよ……!」
不快感を示すも、やれやれと何事もなかったかのように腰の辺りをさするフレイバーン。
それを、愕然と見つめる詩遥ちゃん……。
詩遥「そん……な……銃が……」
フレイバーンを見つめたまま、愕然と力を落とす詩遥ちゃんの顔の怯えの色が濃くなっていく……!
七波「……詩遥……ちゃん……!」
震えながら顔を上げ、あたしは詩遥ちゃんの顔を見つめる。
詩遥「……七波……ちゃん……! 今、助けっ……!」
そんな恐怖に捕われながらも、詩遥ちゃんはよろよろと立ち上がって、あたしへと駆け寄ろうとしてくれた。
でも……それは叶うことはなく。
フレイバーン「何度も……ナメられるワケねェだろうがぁっ!」
フレイバーンの横をすり抜けようとした詩遥ちゃんのお腹を、フレイバーンの小銃の台尻が捉える。
どすっ!! と言う鈍い音がして……!
詩遥「あ……かっ……!?」
詩遥ちゃんは、くの字に体を折って、地面へと倒れ込んだ。
七波「詩遥ちゃん……っ!!」
詩遥「かっ、くっ……ぁっ……。……はっ……はぁ……はぁ……ごめん……ごめんなさい、七波ちゃん……私が……私がもっと早く撃ってたら……!!」
震えながら上げられた顔……その目端に浮く、涙。
怯え、痛み――そして何より――正義感の強い人がそれを正しく遵守できなかった不甲斐なさと口惜しさ……それらが綯い交ぜになった感情が溢れてて……。
フレイバーン「……ったく、イライラするぜ……。……おい、イライラするぜ……! ……ぁぁああっ!!! イライラするぜぇぇ!!?」
七波「っ……!」
意味もなく繰り返される音の繰り返し。
そこにあたしは、再びフレイバーンに忘れていた狂気が舞い降りてくるのを感じた。
フレイバーン「ナメられたよな、こいつは俺をナメやがったよなぁっ!!?」
七波「あんたは……!」
あたしに向けて感情むき出しの言葉を投げつけてくるフレイバーン。
フレイバーン「処刑だぜ、また処刑。処刑、イイよな、うん、何度やってもイイ。処刑、syo、igugi、igigigigぃぃぃ……いいわ、俺が処刑するわ」
溶解銃をカチャカチャといじるフレイバーン。
それが何をしているかは分からないが……その結果――。
詩遥ちゃんに、銃が向けられて……!
七波「っ!? ……やめろっ……やめてっ!!」
その腕に必死に縋り付いて、止めようとするあたし。
やめて……やめてっ……!!
七波「目を覚まして……作家ぁぁぁぁっ!!!!」
フレイバーン「うっ……ぜぇっ!!!」
フレイバーンはそんなあたしを振り払う。地面を、転がる。
七波「ぐ、ぅっ……!」
……ダメージは大したことはない。
でも『届かない』。全力で声を張り上げたのに、『あいつ』には――。
……きっと、その方がショックだったと思う。
と……顔を上げて……フレイバーンを見上げると。
フレイバーン「……」
曲面のバイザーに見える赫眼。下から見上げたそれは、僅かに湾曲して。
にんまりと。
とてつもなく下卑た笑みを向けられた気がして、ぞっとした。
表情。
まるで人が――作家が笑った気がして……。
その顔が、詩遥ちゃんに向く。
銃を持つ手に、力が……!
??「……ナナ……ちゃん?」
フレイバーン「あ?」
七波「……っ!?」
そこに、いたのは。
七波「……咲子っ!!」
何が起きているか分からないという表情で立っていた親友の姿に、あたしは声を上げずにはいられなかった。
そうだ……ウチに来るなら、咲子もこの道を通る可能性があったんだ……!
そして……!
フレイバーン「あー……」
何を考えているか分からない、フレイバーンが銃を向けた先は……!
咲子「……え……?」
七波「やめろぉぉぉぉっ!!!!」
そう言って。
あたしはありとあらゆる感覚を遮断して、
フレイバーンの横を駆け抜ける。
もう、撃つ、と指に頭から命令を送っていたらしいフレイバーンは。
無慈悲に。
無表情に。
引き金を、引く。
どんっ、と低い音が、あたしの耳に届いたのは。
七波「く、んっ……!!」
咲子「ナナちゃっ……ぁっ……ラフっ……!」
あたしが辛うじて咲子の体を抱き留めて、更にどうにか体をよじって横へと飛び退り。
弾みで咲子が、その手からラフの入ったバッグを取り落して。
そのラフへと、咲子が手を伸ばした所だった。
――希望を生み、希望を繋ぐための、右手を。
……。
ばしゃりっ、という音が、今の今まで咲子がいた場所の、少し先でする。
首筋に、風。
背中が、抉り取られたかと、錯覚した。……覚悟した。
でも……あたしの体に、痛みは何一つなかった。
どさっ、と、咲子と一緒に、道に倒れるまでは。
そこでようやく、地面にしたたかに体を打ち付けて、痛みを感じる。
遮断していた感覚が、戻ってくる。
咲子「つっ……!」
七波「くはっ……!!? ぁはっ……かっ、はっ……!?」
もう一度、肺から無理やり空気が飛び出す感覚に、あたしはただ、ひたすら咽 込む。
七波「はっ、かはっ……! さき、こっ……無事っ……?」
咲子「いたっ……」
七波「咲子っ……!?」
咲子「右手……いたっ……痛いっ……。……痛いっ!」
その言葉で、
あたしと、咲子の間に現れた、
その右の腕には。
――なかった。
あるはずの場所に、
どろりとしたバターのような、肉が乗り。
その合間にうっすらと見える、骨があって。
それらに絡まるように赤がマーブル模様を描いていて。
咲子の顔が、『何を見ているか分からない』という表情で凍り付く。
強張っていく、その表情。
身の毛もよだつような、その表情。
赤が、吹き出す。
あたしは、生まれて初めて
人の絶望に、恐怖した。
咲子「――――!! ――――――――――!!!!!??」
キーンと、あたしの耳が、甲高い音に包み込まれた。
何もできない、あたしの目の前で。
絶望と、激痛に、咲子は地面をのたうち回る。
七波「……」
あたしはそれを、見つめている。
鮮烈な、赤色が、空を舞う。
鮮烈な、赤色が、頬を叩く。
それは、咲子がまき散らした、咲子の内側にあったモノ。
あたしはそれを、見つめている。
詩遥ちゃんが、駆け寄ってきて、
絶叫して、激しく暴れる咲子を押さえつけようとする絵を。
あたしはただ、見つめている。
……いくつもの光。
それが道の向こうから現れた。
そこから誰かが咲子に駆け寄って、
何かをしているのを
あたしはただ、見つめていた。
……その、
さいごにみた、さきこのかおには
なにも、なかった。
七波「……」
たくさんのひと。
おおぜいのひと。
なにか、みんな、さけんでる。
どたばた。
どたばた。
これはなに?
これはなに?
これはなに?
これは
これはこれは
これはこれはこれはこれは
これはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれはこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここここ
詩遥「……七波ちゃん……!」
ひくりっ、と体がすくんで、視線が落ちる。
傍らの、イラストのラフを収めた咲子のバッグが
真っ赤に
染まって。
七波「ぁ……ぁっ……!?」
七波『……一緒に楽しんじゃおうよ、咲子』
咲子『はいっす! 了解であります!』
七波「――うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
その右手は。
あたしの希望と
咲子の希望を、
繋いでいた――はずの……。
魔人「それなら君たちの国が亡べば、すべては解決だね。振るう力が一つだけでいいなんて、僕も楽ちんだ。さぁ、望みを叶えてあげよう!」
そう言って魔人は、一つの魔法で、国に厄災を撒き散らした。
そう言って魔人は、
二つの希望を、刈り取った……。
ああ、全く、
どうして
こんな時に――。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい
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