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1-3-19-3 【桜瀬七波】 魔人の魔法 3
その女の人の姿を把握できて、あたしは心底胸を撫で下ろす。ふと視線を横に流してみるけど、もちろん、脇の小道になんか誰もいない。
……SAN値、ちょっと下がった気がする。
しかし。
七波「……ぇ……?」
女の人があたしの方へと歩いてくる。
あたしはその姿に。
七波(な、何ィ……!)
これ以上ない突っ込みを禁じえなかった……!
七波「あ、あのぅ……どなたー、ですか……?」
??「ごめんなさい、急に声をかけてしまって。私、下与野城警察署、捜査二課のまんざんじっていいます」
七波「け、警察の……」
……。
七波「……え、なんて?」
??「……まんざんじ」
七波「はい?」
??「まーんーざーんーじーですーっ!」
と、その人はふてくされたように、小脇に抱えたバッグから何やら取り出し、それを広げてあたしに見せる。
七波「……おぉ……警察手帳だ。初めて突き付けられた」
燦然と輝く警察の徽章。
??「そこじゃなくてもっと上。名前」
言われて、視線を上げる。ほぼ眼前だ。
そこには警察の制服を着た、その女の人の写真。そして記されていた名前は。
七波「……まんじやまでら」
『卍山寺詩遥』、と書かれている。苗字であろうと思しき部分を、そのまま読めばそうなる。
??「はい。それで『まんざんじ』って読むの」
七波「まんざんじ、しはるか」
??「卍山寺 詩遥 って読むのっ!」
七波「いや、さすがに読めないでしょ」
詩遥 「……分かってます。もう慣れっこだから」
分かる。上も下も、読まれ方ですげー苦労しそう。ってか、この顔は確実にしてる。
でも一発で覚えられそうでもあるなー、と。ってか覚えた。この名前はちょっと忘れられない。
……そして。
七波「……」
詩遥 「桜瀬さん、唐突にごめんなさい。どうしても伺わなければならないことがあって……」
七波「……」
詩遥 「で、今日は、こちらも認識していないことを確認しなければならないことがあって……」
七波「……」
ヤバい。
なんか卍山寺さんが言ってるけど、最初に気付いた突っ込み所が気になって、これっぱかしも頭に入ってこない。
詩遥 「だから、こうして直接桜瀬さんに……って何」
七波「……えと」
……あのですね。
ついに警察という行政機関の女性がこうしてあたしの前に出て参りました。
高校生のあたし。
警察の卍山寺さん。って事は、間違いなくこの人は年上。
とすれば、みんなに生じてる誤解が確実にあると思うので、今それを言葉にして正します。
七波「……ちっちぇえ」
詩遥 「……ぬぅがぁぁぁぁっ!! きーさまぁぁぁっ!!!!」
一瞬で小鬼になった。
この卍山寺さん……ってかもう、詩遥 ちゃんって呼びたい。これがさっき感じた突っ込み所だ。
視線があたしの10cmは下にあります。
あたし身長156cmだよ? それよりも10cm低いとか146cmだよ?
さすがに莉々菜ちゃんよりも大きい気がするけど……あれー……どうだー、この身長差ー……?
莉々菜ちゃん……細くて身長、結構あった気がするぞー……?
横に並べてはいけない気がする……。
髪の毛ボブを仕事の都合で後ろにまとめてんだろうけど、ほどいたら確実にボブと呼ばれずにおかっぱ確定……。
目がくりっと大きくて真ん丸なのも、顔の幼さを引き立ててて……まぁ、それがめっちゃ可愛いんだけど。
で、この身長にオフィススーツなんて……なんかの冗談か、間違ったコスプレにしか見えないんですが。
詩遥「えー、そーよ! 小5で『はッ、私……これ以上伸びねんじゃね?』って思ってそこから10余年! もう慣れたとか強がってみたって、心のどっかでは引っかかってるもん! 署長に初めてあいさつに行った時に『……何故小学生がいる?』とか萌えアニメでしか聞かないセリフ言われたとかマジねーわ! 諦めてんのー! 諦めてんだからこの傷口に塩とか塗り込まないで貰いたいのーっ!!」
……全然諦められてない気がするんだけど。
七波「まぁまぁ詩遥ちゃん、落ち着いて」
詩遥「馴れ馴れしい! 近寄るなっ!!」
七波「あ、ごめんなさい」
がるるるる、と牙を剥いてくる詩遥ちゃん。
ただ、後で知ったけど、警察に入るには身長制限があるって聞いた。身長足りない人が、頭にシリコン入れるとか有名な逸話がある。
……でもそこに設けられた数字はあくまで基準だって話。その身長基準をここまで覆して警察官になれるってことは、詩遥ちゃんはかなり優秀なのかもしれない……今んトコそうは見えないけど……。
まぁ、それはいいとして。
詩遥「はぁ……。……久しぶりに真正面からちっちぇえって言われた……JKこえーよ……」
七波「いえ、それほどでも」
詩遥「褒めても讃えてもない! 怒ってんの!!」
あー……なんかあたし……この人好きになりそう。
七波「で、何の御用なんですか?」
詩遥「……」
と、詩遥ちゃんは額をこんこんと、握り拳の側面の人差し指で叩きながら、しぶーい顔で。
詩遥「……。……相手は人外……相手は人外……相手は人外……」
七波「……」
……どうやら詩遥ちゃんの中で、あたしは人認定されないらしい。
でも、そこで小さく息をついて、気持ちを切り替えた詩遥ちゃんの目は、あたしみたいな軽いノリの女子高生の知らない――後々いやでも知る事になる、警察官の目をしていた。
詩遥「……ごめんなさい、あなたのお家……穂積って喫茶店で待たせてもらってたんだけど、遅いから様子を見に来たの」
七波「え、ホントですか? ……よく会えたな、あたし別の道で帰ってくるつもりだったんですよ?」
詩遥「……商店街の方?」
七波「うん」
詩遥「そうね。警察としては、この時間じゃ確かにそっちを推奨するかな」
うんうん、と頷く卍山寺さん。
詩遥「まぁ、この状況……色々運が良かったと言えばそうかもしれないわね。お兄さんにも商店街の道とこの道を二つ教えてもらったんだけど……一緒に聞かせてもらったあなたの性格を考えると、多分こっちかなって」
七波「ん……?」
……あたしは首を傾げる。って事は。
七波「あの……もっかい聞くんですけど、あたしに何の用です?」
そう、警察の人の用事。
しかも聞き込み、とかのレベルじゃなくて、直接あたしにって事は、そこそこ濃ゆい内容みたいで、あたしは少し怪訝な表情をしてしまったと思う。……とりあえず、あたしは何にもしてないと思いますけど……。
……。
……もしかして、昼間のあの警察官が死んじゃってた事……だろうか……?
それに思い当たった瞬間……さーっと、血の気が引く感じがして……!
しかし、卍山寺さんが気を取り直したように軽く頷いて語り始めるのと、それに気が付いたのがほぼ同時だったようで。
詩遥「……最初から話すわね。私は、ある事件の捜査で一人の容疑者を追っていました」
七波「容疑、者……?」
……なんだろう……。どうも昼間の事件とは違う話らしい。
それであたしは、内心胸を撫で下ろす。
でも……この時点で、あたしは自分の交友関係に、卍山寺さんの言う『容疑者』となりそうな人間が思い当たらない。
七波「……何の事件?」
詩遥「横領。ある会社からごっそりお金を持ち逃げした人がいてね」
七波「はぁ……悪い奴っすね」
……これは昼の事件とは完全に違う話だね。
でも、横領とか、あたしみたいな女子高生に縁遠い話な気がするんですが。
詩遥「七波ちゃんにはなかなか伝わりづらいかもしれないけど、当の会社の人たちは大慌てよ。相談受けて、ウチが口座からお金の流れを追って……って何、ニヤニヤして」
七波「いや……なんか卍山寺さんに『七波ちゃん』って嬉しいなーって」
詩遥「べっ、別に他意はないわよ……! ……馴れ馴れしくはならないでよね」
むー、と睨んでくる詩遥ちゃん。
あー……素の感情がちゃんと出る女の人って、なんでこんなにかわいいんだろ。
それはともかく、お互い気を取り直して。
七波「で、なんでその容疑者追ってて、あたしのところに来るんです?」
詩遥「はっきり言うとね。あたしにもそれは分からないの」
七波「ファッ?」
……言葉を失うとは、もうこの時に使うために生まれてきた言葉だと確信するに至る。
詩遥「ただ……ね」
と、詩遥ちゃんは、再び小脇のバッグから警察手帳とは別の手帳を出して、そこから一枚の写真を……。
七波「……。……っ!!?」
息を、飲む。……本当に一瞬、息が止まった。
――そこに写っていたのは。
◆
――「てめ……このガキ……!!」
◆
あの夜……あたしを後ろから襲った……あのヘビのような目つきをした男……!
七波「ぁ……ぁ……!」
写真から再びその目であたしを見つめられて――あたしは一体どんな顔をしているだろう。
詩遥ちゃんが、これ以上ないほどに心配そうな顔をしている事には気付けない。
詩遥「ご、ごめんなさい……そこまでのリアクションは想像してなかったんだけど……!」
七波「こっ……こっ……んっ……!」
詩遥「七波ちゃん! ごめんなさい、落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから!」
息を飲んだまま、過呼吸に陥るなんて、想像もしなかった。
そんなあたしを、詩遥ちゃんはその小さな体で抱きしめて、必死に落ち着けようとしてくれた。
震えが、止まらない。
あの男の、『あの時の姿』を思い出してしまったから。
何も悪いことはしていないのに。
あたしは何も悪くないのに、その姿を思い出しただけで、どうにかなってしまいそうな、その理由は。
七波「……んんっ……んっくっ……ふぁ……はぁ……はぁ……ゴメン、詩遥ちゃん……大丈夫……もう、大丈夫……」
詩遥「うん……うん……」
詩遥ちゃんは、あたしが『詩遥ちゃん』と呼ぶのを許しながら、静かにあたしの背中をぽんぽんと叩いて――大丈夫と言いつつもまだ息の荒いあたしを、落ち着かせようとしてくれた。
そして、まだ震えていつつも、呼吸の整ったあたしが少しは落ち着いたのを見て、ゆっくりと離れる。
七波「何が……何が起きてるの……?」
詩遥ちゃんは少しあたしの様子を見て、状態を確認しているようだった。
そして、見極めをつけたか、あたしに語り出す。
詩遥「何が起きてるのか。私もそれを知りたくてここへ来たの。……僅かな手掛かりを求めてね」
七波「手掛……かり……」
詩遥「この男、ね。実は今……行方不明なんだ」
七波「……っ……!」
ZAHAAA――!
ZA! ZAZAAA……
詩遥「……何か知ってる顔ね。でも大丈夫、これは正規の捜査じゃないから、話したくない事は話さなくていい」
七波「正規の捜査じゃ……?」
詩遥ちゃんはこくりと頷いた。
詩遥「ホントは話しちゃダメなんだけどね。あたしがこの男を追ってて、色んな情報を仕入れて、なんとかまだこの男がこの街にいるって突き止めたの。そしてもう少しでその行方が判明しそうってところで……」
そこで一度、詩遥ちゃんは小さく唇を食 んで。
詩遥「……課長――上司から捜査の中止を申し渡されたわ……」
七波「それって……ひょっとして強制的にって事……?」
あたしの、どこかのアニメだかドラマだかの展開から仕入れた想像に、詩遥ちゃんはまた頷き、少し遠い目で空を見上げた。
詩遥「被害にあったのは与野城の郊外の小さな町工場でね。みんなが必死に稼いだお金だったって。この男は町工場の経理だったって話。……業績が悪いと作業員の人たちに平気で皮肉を言うような人だったみたい」
……あいつとはたった一瞬の――思い出したくもない接触だったけど、それは分かる気がした。
詩遥「私……何とか取り戻してあげたかったの。みんな路頭に迷う、みんなが頑張って盛り立ててきた工場が潰れる危機だって。もうちょっとでそれを助けてあげる事ができたかもしれないのに……突然の捜査の中止なんて……悔しくて、どうにかしたくて……!」
詩遥ちゃんの眉の根がぐっと寄る。
それだけで、詩遥ちゃんの気持ちがはっきり分かる。
と、詩遥ちゃんが少しだけ、苦笑したような表情になって。
詩遥「……ごめんね、警察官があんまり感情的になって、普通の人にこんな話、聞かせちゃいけないんだけど」
七波「ううん、気にしないで。実際、ヒドイ話だと思うし。って、もしかして詩遥ちゃん……その工場の人たちのための一人で捜査してるって事?」
詩遥「まぁ……そう、なるかな。仕事を持ってかれちゃって、一時的だと思うけど、手が空いちゃったからね」
精神的にちょっとキてたはずのあたしなのに、むしろ今は、詩遥ちゃんの気持ちに寄り添いたい気持ちでいっぱいだった。……正直な人は、好き。
詩遥「で……話は戻るんだけど。そんな中止の話をかなり一方的に聞かされて、課長が席を立ったんだけど、その時、課長が持ってたファイルを取り落したのよ」
七波「ファイル? なんの?」
詩遥「具体的には分からないけど、結構緊急の捜査中止命令みたいだったから、課長が裏にして置いておいたそのファイルが原因だと思ったの。で……その散らばったファイルの束から一瞬だけ見えたのが……」
詩遥ちゃんが、顔を上げて。
詩遥「……七波ちゃんの名前と、写真だった」
七波「……あたし……が……?」
なんで? 一体……どうしてそこに、あたしの名前が……?
……。
……ぞくりとした。
もしかして。
もみ消されようとしてる。
詩遥「……七波ちゃん。さっき言った通り、無理強いはしないわ。でも……もしも何か話せる事があったら、教えて欲しいの」
七波「……」
いつものように、ない頭が、フル回転する。
やっと巡ってきた幸運か、それとも破滅の罠か――そんなどっかで聞いた言葉が、一瞬脳裏を過った。
もしも……いや、かなり確率は高いけど、詩遥ちゃんの追ってた事件は、今考えたように警察上部でもみ消されたのだとすれば。
警察はすでに、今この町で起きてる事を把握してるんじゃないのかな?
そりゃ事が事だ。
今のこの状況で『宇宙人が町で暴れてる』なんてNHKが夜のニュースで流したら、そんなのきっと国が亡びる前兆ですぞ。
宇宙人なんて来てたら、その存在をどうにかひた隠しにしようとする――この情報の氾濫してる社会じゃ難しそうな気もするけど、それが一番納得できる話。
……あれ? って事は……まさかずっと前から地球には宇宙人がやってきてるとか?
……。
……待て待て待て、色々考えたいことはあるけど、今はそっちはいい。
宇宙人絡みの事件を、もみ消す話に戻すとだ。
……もっとどエライ、あたしの知らない『上の方』とか『お上の意向』とか言う機関がなかったことにしようとしてると考えれば、詩遥ちゃんの捜査の中止指示も頷ける。
もう、あたしの事ことは知られてるんだよね……?
それであれば、その機関が何らかの行動を開始している可能性は濃厚。
その機関というのは、どこまで知ってるんだろう?
一体、何をする機関だろう?
……それをちょっと考えただけで、なんか怖くなった。
ただ、目の前の詩遥ちゃんは、警察官とは言え、まだ何も知らされてないみたい。
あたしをどうこうしようって話で来たわけでもないらしい。
七波(……)
あまり、時間はないと思う。多分、ここで行動の方針というものを定めないといけない。
……分かっているのは。
何を選ぶにしたって、この件はあたし一人で抱えるには、もう事が大きすぎるってこと。
なら逆に……。
七波(逆に、あたしが乗り込んでったらどうかな?)
警察が……ううん、ちゃんとあたしの事気遣いながら話をしてくれる詩遥ちゃんが、あたしの言葉を信じてくれるなら。
マジで、幸運か破滅の罠か分からないけど……うまく事を運ぶことができれば、この街で起きてる事は、きっと次のチェックポイントに到達できる気がして……!
七波「詩遥ちゃん」
意を、決する時。
詩遥「……うん」
七波「今からあたし……とんでもない事話す。多分簡単に信じられるような事じゃないけど、もしもそれが詩遥ちゃんに許されるなら、別の見方をしてもらってもいいから、どこか一つでも、信じて聞いて欲しい」
詩遥「……分かったわ」
会って5分も経ってない人を、あたしは信じた。
この人は、あたしが信じるに足りた人だったから。
……行くぞ。
七波「今この街には、宇宙人がいる」
詩遥「……」
……詩遥ちゃんはそこで、押し黙った。
じっと。
あたしの言葉を推し量るため……。
詩遥「……」
……違う。
表情が、変わっていく。
そして、その目が見てるのは。
あたしの顔じゃない。
あたしの……後ろ……!?
詩遥「……だ……誰……?」
その詩遥ちゃんの言葉と同時に、あたしは勢いよく後ろを振り返った。
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