34 / 88

1-3-18-4 【桜瀬七波】 Nadiaの導き 4

 あたしは一体どこにいたんだろう?  あの咲子との電話の後、スマホの画面にあった謎のアプリを立ち上げた瞬間――あたしはどことも知れない場所に立たされた。  あそこは一体、なんだったのか。  なんというか……アニメとか映画とかで見る電子空間? とかみたいな印象の謎時空。  そんな場所にあたしは放り込まれた……んだろうか。  何せ、何が起きたのか、今もってさっぱり分からない。  ただただ不快、いるだけで体力が全部持っていかれそうなあの感覚は、できればもう味わいたくないもんだけど……。   ◆ 七波『……二度とご免だよ……こんなトコ……!』 ――『フフ……そうはきっと、行かないと思うよー……?』   ◆  あの解説イルカ――クレシダ、とか言ったっけ。  あれも謎の存在だが、なんだかあたしがまたあそこに行かなきゃいけないような事を仄めかしてた。何が悲しくてあんなトコに行かなきゃいけないのかっての。  そもそも一体、どうしてあんな場所にあたしが放り込まれたのか。  ……。  ……一つ、思い当たる事がある。  あたしは咲子との電話の直前に、スマホから携帯バッテリーを抜いた。  その時の充電は100%だった。  その前――マックでスマホの充電を確認した時は80%ぐらいだった気がするけど、あの時にはまだ、あのアプリは表示されていなかった。それはよく覚えてる。  つまり、あたしの持ってる携帯バッテリーが何か悪さしたのかという想像。  そこから考えを更に発展させると。   ◆ ――『この程度のテクノロジーに合わせて、多様に口を合わせる事のできる仕様機構など、規格をいちいち取り決めねばならんこの星では考えられんか』   ◆  ……とか言って、あの夜――いつの間にかちょろまかしてたあたしの携帯バッテリーを放って寄越してきたのは、あの異星人の科学者・ゲフリーさんだ。  やり方とかは、あたしなんかには見当もつかないけど、未知のテクノロジーとかで、あの短時間でバッテリーに細工でも施したんじゃなかろうか?  思い当たる事と言えばもう一つ。   ◆ ――『悪とは『重力を持った孔』と俺は仮定している』 ――『ある『悪』へと関わりを持った人間のメンタルは、その孔へと引き寄せられる。重力の中心と考えれば、落下していくという見方もできる。そしてその悪とリンクする』 ――『視覚化された悪孔の観測……それは確かに必要だが、お前なら、近い内に必ずそれを視認する』   ◆  ……午前中のゲフリーさんの話は、何だかさっきの空間に色々と符合するところが多い。  あたしをブッ貫いていたあのいくつもの線が、人の悪とか言うものに引き寄せられる別の人のメンタルだと考えれば……? 七波(……。……何してくれてんだ……あんにゃろは……)  そんな悪態を、ぼんやりとした頭の中でつぶやく。  ……そして。 七波(……作家……)  軽く、無意識に閉じていた手が、きゅっ……と握られる。  あの廃ビルで起きた事――あれこそ、夢だったんじゃないかと感じるばかり。  でも、それはただそうであって欲しくないという願望だろう。  鼻につく、錆びた鉄のような匂いも。  赤黒い、剥き出しの肉の質感も。  顎を残して頭の溶け去った、あのおよそ人としてはありえない死に様も。  思い起こしたくなんかないけど、自分でも驚くほど鮮明に思い出せる――白昼に出会った、惨劇。  アレを……『あの』作家がやったというのか。   ◆ ――「ああ、また殺すぜ……! もう……形振(なりふ)りなんか気にしてらんねェからな……!」   ◆ 七波(……違う)  もう一度、今度はさっきより、少し強く握り締められる手。 七波(あれは作家じゃない)  心の中で、断言する。  それはあの切迫した状況の中でも思った事。願いとか祈りとかじゃなく、絶対にアレは作家じゃないと言い切れる。……だってアレは。   ◆ ――『寄生型の精神生命体だという。他の知的生命体の精神を乗っ取って体として、活動をするタイプの生命体らしい』   ◆  ゲフリーさんも言ってた事。  もちろんその言葉が後押しになったと言うのはあるけど、アレは『作家の体を乗っ取った宇宙人』の仕業だ。  行為も、言動も、状況も、それで全て辻褄が合うと言う物。  なるほど、それはいい。状況には納得できた。  じゃあ。 七波(どうすれば、作家を助けられる……?)  ぶるり、と体が少し、身動ぎした。  その方法が、今は何も見えないから。  事は、ただあのフレイバーンをどうこうすればいいというだけじゃなくなった。  それすら今は困難だってのに、それを超えて作家を助ける方法まで模索しなきゃいけなくなったのだ。 七波(……ふざけんなよ……ドン臭いんだから……!)  全く、何がどうなって、宇宙人に寄生なんかされたんだか……。あのぼんやり天然ボケは、町中の怪しいキャッチにもコロッとついていっちゃいそうだからな……。  ……そう考えたら一瞬、無性に腹が立ったけど、あたしは絶対に作家を助けたい――その気持ちは決して揺らぐことはないって自信を持って言えた。  あたしはもう、ずいぶん前ではあるけど、たくさんのものを失った。  大切なものがこの両手からこぼれていった。  それはもう、元には戻らなくて。  取り戻そうとしても、手が届かなくて。  だから、他のものを拾い集めた。  穂積の日常。  お兄ちゃんが支えてくれて、あたしがお兄ちゃんを手伝って。  咲子が明るく笑ってくれて、莉々菜ちゃんが微笑みながらはにかんでくれて。  そして常連のみんなが楽しくバカやってくれて――うるさくてもにぎやかな日々。  どれも、もう失いたくなんかないよ。  またこの手からこぼれて掬えないなんて……そこから何かが欠けて、なくなるなんて……! 七波(……考えらんない、絶対……!)  あたしの手は、いつの間にか、固く、固く結ばれていた。  きっと、助けられる。  何の根拠もない。全てが終わった時、自分の無力さに力無く膝をつく姿なんて想像すらしない、したって全くリアルじゃない。  信じて、向き合う。――それが今、あたしが持てるただ一つの武器なんだから。  ……。  ……そう、だ……! 七波「……ゲフリーさん、なら……」  うん、そう。  他力本願は性に合わないけど、今はそこに頼るしかない。  思い返せば全ての原因はあんにゃろだ。ゲフリーさんが大人しくしょっ引かれないからこういう事になったワケだし!  その責任は何としても取ってもら…… ??「……七波ちゃん、大丈夫?」  ふと、あたしの小さな呟きを耳にしたその人から声をかけられて、あたしは思考を一時中断する。  ……握られていた手を、もう一度――はっきりと意識して、ぎゅっと握りしめた。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!