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1-3-18-1 【桜瀬七波】 Nadiaの導き 1

 慌てたようにあたしはポケットから、ぷらぷらと携帯バッテリーのぶら下がるスマホを取り出した。  ……そんなトコに入れておいた割には、走ってる間にどっかに飛んでいかなくてホッとしてる。  バイブを発する相手は―― 七波「……咲子?」  ……充電は100%。よしっ、とバッテリーを引っこ抜いて受話ボタンを押した。 七波「……もしもし?」 咲子『……え?』 七波「ん? ……何、咲子?」 咲子『……ナナちゃんやんな?』 七波「……そうだけど?」 咲子『……どないしてん、声めっちゃ(ひく)ない?』 七波「え? ……ああ、ええと……!」  最初の第一声が、物凄くくぐもった声になっちゃったらしい。咲子はそれに不信感を抱いたんだろう。  通りの方を確認するけど、特に何か変化が起きているようには見られない。  ここで見つかるとしたら、もうあたしの声が原因じゃない気はする。  フツーに声出して返事。 七波「……何でもないよ、大丈夫」 咲子『そう? んなら良かったんやけど。元気に療養して……へんわな?』 七波「まぁ、無理だよね。あたしは飛び歩くよね」 咲子『風邪とちゃうねんもんな。せやったら多分ナナちゃんは家で籠って腐ってるより、外出てヒャッハーした方が元気出るやろ?』 七波「ヒャッハーなんかするかい。せめてブーンだ」 咲子『余計悪いわ、今時ブーンて何しとんねん』  揃って噴き出す。  どこまで緊張しとくべきかなんてのは分からないけど……何となく、日常に帰ってこれた気分。  咲子のおかげで、あたしはようやく胸を撫で下ろすことができたようだった。  けど……さっきのあのビルでのことを考えると完全に気は休まらない……。  あたしはそれでも、咲子に今の緊張を悟られまいと、一つごくりと唾を飲み込んで、息を吐きだす。 七波「ふぁ……。……どうしたの電話してきて?」 咲子『暇ちゃんしてるんちゃうかなー思て電話してみてんけど』 七波「暇ちゃんは……してないね、うん」  むしろ盛大に緊張の連続だったわけだが。  そう考えてしまうとまた少し警戒心が芽生えるけど……とりあえず周囲に気を配りつつ、咲子と会話を続ける。 咲子『退屈で死んでへんねやったら良かったわ。今晩って穂積行っても大丈夫?』 七波「ん? ……うん、大丈夫だよ」 咲子『体調あかんかったらやめるつもりやけど』 七波「心配ないって、ありがと。咲子と喋ってる方が布団潜ってるよりいいしね」 咲子『さよか。せやったらラフ何枚か持っていきたいねんけど、見てもろてええ?』 七波「はーやーいーっ! まだ一晩たってないじゃん」 咲子『ウチには授業中という持て余した時間があってやな……』 七波「問題すぐる……」 咲子『嘘や。昨日の晩やて、描いたんは』 七波「……そっちの方が問題に聞こえんだけど。ウチから帰ったの何時だよ……」  たしか色々どっぷり話し込んでたから、10時は過ぎてたと思う。  そこからまた絵を描いてたってんだから、生み出すエネルギーがハンパない。寝るより楽しい事あるってのはいい事だよね、きっと。 咲子『多分7時過ぎるかもしれへんけど、どない?』 七波「いいよ、それまでにはあたしも帰ってるはずだし」 咲子『おーきにや。したら、7時過ぎに穂積で』 七波「らじゃ」 咲子『ナナちゃん、無理せんで帰るんやよー』 七波「はいはい」  苦笑いしながら、あたしは通話ボタンを切る。 七波「はぁ……」  深いため息の後、もう一度キョロキョロ。  ……何はともあれ、ひとまずあいつから逃げ遂せる事はできたみたいだけど、さて、ここからあいつをどう対処するかは改めて……。  ……ん? 七波「……なんじゃこりゃ?」  通話が切れた後に、表示されたスマホの画面。  見慣れたあたしのアプリのアイコン群に交じって、一つ――見慣れないアプリのアイコンがあった。  そのアイコンは真っ黒だった。  一見するとスマホの壁紙に穴が開いたようにも見えたけど、一つのアプリの(てい)を成しているようではあった。  スマホのアプリは基本的はストアからダウンロードしてくるはずだけど、あたしはこんなアプリをダウンロードしてきた覚えはない。  そのスマホのアプリのタイトルは。 七波「……な……でぃあ……ナディア、かな」  『Nadia』と英語表記だが、読み方は合ってるだろう。  それだけ見ると、どこぞの褐色肌の青い宝石持ったわがままベジタリアン少女が頭に浮かぶのは、きっとあたしの周囲のせい。  まさか、スマホのバグ……だろうか? あるいはウィルス……とか。  こーゆーモンは開くべきじゃない。頭ではわかってたんだけど。 七波(ぁ……)  ……なぜか。  ……そのアイコンに吸い寄せられるように。  あたしはアイコンをタップしていた。  その瞬間だった。 七波「っ!?」  ぞんっ! という、上から押し付けられるような圧迫感の後に、世界が真っ暗になった。
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