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1-3-17-3 【桜瀬七波】 開扉の先 3

 作家で、間違いない。  野暮ったい服装も、どうにも頼りなさそうな体つきも、あたしがよく見知ったものだった。  でも、その表情は明らかに違った。  作家は天然ボケだけど、誰かを傷つけるような奴じゃない。  あのメンバーの中でも比較的温和で、少し気弱だけどみんなと笑い合うのが大好きな奴で……。   ◆ 作家『いやー、退院祝い買ってたら遅くなっちゃって』 作家『『退院しました』の方がみんな安心すると思うんだよね』 作家『まぁ、七波に何かあった時は、今回みたいに人治郎さんと一緒に色々手伝うからさ』   ◆  ――確か、故郷に妹がいるとか言ってた。  詳しく聞いてはいないけど、あたしによく似てるっていう。  だから、あいつはその妹さんと接するようにあたしに接してくれたんだと思う。  頼りないけど、優しい――お兄ちゃんとは違う、兄的な存在だった。  なのに……今のあいつの顔は『粗暴』と呼ぶ以外にない――そんな形相をあたしに向けていた。  あんな顔……見たことがない……作家に、一体何が……!   ◆ ゲフリーレン『寄生型の精神生命体だという。他の知的生命体の精神を乗っ取って体として、活動をするタイプの生命体らしい』 七波『……人を、乗っ取る……? ……まさか……この星の人間に取り付いたり……!?』 ゲフリーレン『可能性としてはあり得る』   ◆  さっきの、ゲフリーさんとの会話。  そうだ、そうとしか考えられない……! それでそいつに操られて、あの何とかスーツを着てゲフリーさんを追い、この星の人間を殺すまでした。  そうじゃなきゃ、作家がそんな事、できるはずない……。  そうじゃなきゃ、作家があんな顔で、あたしの事……! ??「……チッ、見られた……!!」  びくりっ、と、ここで身を竦ませるのは何度目になるのか。  心臓を、びくん、びくんっ、ってあたしの意図しない所で誰かに何度も鷲掴みにされる気分……って、そんな事言ってる場合じゃない……!  振り返る、作家……憎々しげにあたしを真っ直ぐに見つめ、近づいてくる。 七波「ぁ……ぁっ……!」  あたしの目が、間で倒れる目の前の死体に一瞬視線が落ちた。  死。  そこにあるのは、惨たらしい死。  それがあたしの未来の姿を予見しているような気がして、体が震える……尻餅をついたまま、後ずさる……。  こいつは臆病な奴だったはずだ。  だから睨みつけてやれば、またビビッて何もできなくなるんじゃないか。  でも、それはあの甲冑姿なら。  赤い目を光らせたあんな無機質な姿でも、あいつはもうあたしに弱みを見せた――それなら、あたしも同じことが出来たかもしれない。  けど今は、生身の人間の姿――あたしのよく知る作家の姿だ。  見た事のない、決してあり得ない虚ろな目は、いつもの物静かな作家の姿とあまりに乖離しているからか、一切の慈悲が感じられない。  人を殺すことに躊躇いを感じられないその顔が、あたしの真っ向から言葉をぶつける気力を叩き壊す。  でも、立たなきゃ……! 立って走らなきゃ、今度こそあたしは殺される……! 七波(お兄ちゃん……!)  目をぎゅっと閉じて、少しずつ息を吐き出す。  お兄ちゃんと約束した。  無茶はしても、生きるための努力を怠るなって……!  だから……! ??「……あ? テメーは……」 七波「っ……」  ふと、作家は『ここで怯えているあたし』が誰なのか気付いたようだった。  いや、中身は作家じゃないんだろうけど……こいつと対話を試みてどうにかなるだろうか?  ……その時。 ??「……な……んだ……?」  ふと、作家は足を止めて後ろを振り返る。  建物の向こう側――表玄関側が何やら騒がしい。それに気を取られて、作家は足を止めた。  ……あたしも気にはなるけど……今しかない……! 七波「……くっ……!!」  目を見開き、意を決したその目で、走り出す!  ――対話を試みるには、状況が悪すぎる。  あんな死体を前にして……そもそも作家の中にいる凶悪な中身があたしと対話に応じる保証はない、無事に帰す保証なんてもっとない! なら、今はこの場を離れるべきだ……!  みっともなくても、今のあたしがしなくちゃいけないのは――この手にした情報をどこかに運ぶ事。  それができなければ、この町に訪れた『何か』という危機は必ず悲劇を生む。  ううん、もう現に起きたじゃないか……!  止められなかった事は悔やまれるけど、それなら繰り返さないために、あたしにできる事は、あいつから逃げる事だけだ……! ??「ぁ……おいっ! くっそっ……逃がすか!」  ……建物の中から飛ばされるその一言。当然気になんかしてられ……! ??「なっ……テメェ、言う事をっ……!」 七波(……何……?)  一瞬聞こえた声に、あたしは違和感を覚える。  姿は見えなかったけど……一緒にいた誰かに、何らかの行動を遮られたんじゃ……?  でも、確認できない事を頼りに、足を止められるわけがない。  角を曲がって、この建物の敷地に入ってきた細道に飛び込んで、更に走る。  細道を、ゴミ箱やら酒瓶の箱やらをかわしつつ一気に駆け抜けて、食堂街のメインストリートへと飛び出した。 七波「んくっ……!」  道行く人たちが、唐突に現れたあたしを見て振り返る。  でも、気にしてらんない……まだ、危ないかもしれない。  あいつに見つかってこの道を惨劇の舞台にするわけにいかないから……とにかく遠ざからないと……!  そんな思いで更に100mぐらい走って、別の小道へと隠れるようにして飛び込んだ。 七波「はぁ、はぁ、はぁっ……」  ……壁に背を預け、荒い息をつく。  緊張と全力疾走で心臓が破裂しそうなほどに鼓動していたのが、今になって分かった。  ……呼吸が少しずつ落ち着いて。 七波「んっくっ……。……い……きてた……」  へたり込むように緊張していた体を脱力させて座り込み、荒い息をつきながら僅かにそんな言葉を漏らす。  この事件は、ヤバい。  あたしの知ってるリアルじゃ、何も対抗できない。  溶かされた死体。  乗っ取られた作家。  宇宙人たちの存在、そのテクノロジー云々。  ……あたしの厨二脳の中にしかない設定ばっかじゃないか!  こんなの相手に、どう戦えって言うんだ……! 七波(……。……待て待て、目的を忘れるなあたし)  ……そうだ。落ち着け。  今日の行動は、あの夜の出来事の確認だ。  最終的にばったり倒れて夢落ちじゃないかと勘繰ったあの一件が、もしも本当にあった事ならほったらかしにはできないと、あたしなりの捜査をしようとしたんだった。  成果は言わずもがな。もう十分すぎる成果だ。  むしろ踏み込み過ぎたというべきなのか、あたしはまた殺されかけたし。  結論――『あの夜の事は現実に起きた事』だ。  しかも、更に人が一人死んでた……相当ヤバい事になってる。  ほったらかしにできないとか言うレベルじゃない。  じゃあ、ここからどうするか?  あいつと戦う事も一つの選択肢だろうけど、その方法も含めて、どうするべきなのか――一歩考えを進めて、それを――  ――ヴーーーーーーーっ!! 七波「ひんっ!?」  あたしのスマホが、無機質なバイブを発した。
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