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1-3-17-1 【桜瀬七波】 開扉の先 1

 大きく深呼吸して、もう一度状況を振り返って言葉にする。 七波「……あんにゃろは人殺し」  ネガティブな言葉の意味を頭の中で反芻して、顔がブスったれた所で頭の切り替えは完了。お兄ちゃんが目の前にいたら確実にツッコミを貰うであろう汚い顔であろうが、周りには誰もいないんだ、知ったこっちゃない。  そうそう、あんなのに頼ってどうする。  人の気持ちに付け込んで他人をいいように利用して、挙句に人の事殺そうとするとか、そんなの横に置いとくなんてどー考えてもおかしいだろ。  ……。  ……た、た、大切だとか!  ……もうちょっと信頼できる奴から言われたいもんね!  フンだ。  ……。  ……何を言ってるんだあたしは。……はぁ……。  ……さて。  ゲフリーさんと話をしてた、オフィス街のあの場から動くにあたり、あたしはゆっくりと――あのゲフリーさんの肩越しに見えた人影を警戒しながら歩みを進めた。  もちろん、あの人影ヤローの隠れていたビルの物陰を遠巻きに見つめながら、距離を取って。  一定の距離はあるが、近づくビルの物陰。  高鳴る心音。そこに何がいるのだろうか……?  でも。  そのビルの物陰になった奥へと続く道には。 七波「……いない」  その道は、こないだあたしが逃げ込んだ袋小路とは構造が違い、奥には更に隣のビルの裏を抜ける小道があって、そこから簡単にあいつは逃げていけたようだった。  見つかったとしても、さすがに白昼堂々あたしを殺しにかかるような、そんな短絡的な奴じゃないと信じたい――所だが、今のところ、ウチュージンを信じる気にはあまりならないのは仕方がないと思ってほしい。  とにもかくにも。  あたしはそのまま周囲を警戒するも、特に何事もなくオフィス街を抜ける事が出来た。  とりあえずホッと一息。  でも、あたしの捜査はまだまだ始まったばかりで。  お昼になるとお店は混むだろうってのと、『もう一つの別の理由』から、手っ取り早くオフィス街の中にあるマックに入りダブチのセットで軽く腹ごしらえ。  ハンバーガーとポテトを片手にSNSを色々漁るも、特に変わった事は見当たらなかった。それが果たして悪い事なのか、あるいは何事もないと安堵するところなのか。  携帯バッテリーはぶら下がったまま。持ちづらいから充電早く終わってくんないかな……。現在78%ってトコ。   ◆  そして食事を終えて、あたしは次の目的地に向かう事にする。  あの犬の殺されたという現場。  あたしはそこへと赴こうとした――のだが。 七波「……ん?」  ――お店を出たところで、気になった光景。  サイレンは鳴らしていないが、パトカーが2台、連なって走っていくのが目に見えた。  一台でパトロール、とか言う光景はよく見かけるけど、2台って少し物々しさを感じる。  ……何かあったのかな?  とはいえ、それはあたしの向かうべき現場とは逆の方へ走っていくみたいだったから、関係はないだろうけど……。  ……。  あたしが何かしたわけでもないのに、なぜか心の奥で不安を感じつつ、パトカーから距離をとるようにその場を後にした。   ◆  目的の現場ってのは、オフィス街の客目当てに並ぶ食堂街にある。  この食堂街になっている地区は、それこそこの与野城町に、まだ櫓とも取られかねないような小さな天守閣があった頃――江戸時代初期から続くメシ屋街なんだって。  なもんだから昔気質の人が多いらしくて、割と古い建物が多い。ちょっとゴミゴミしてる印象は拭えないかな。  でも、その江戸時代から周辺の町民、現代にいたってはサラリーマンのお腹を十分に満たし続けてきた場所だ。どの店一つとっても、味も値段も量も、何より人の温かさも昔と変わることなく、それがお客さんを引き付けて離さない要因……って話。  あたしも咲子や他の友達連中と、頻繁ではないけど、たまにお昼にラーメンをすすりに来たりする。ハズレの店なんて入った事ない。お店から流れ出てくるおいしそうな匂いは、ご飯前にはテロですよテロ……。  で、さっきのマックに入った『もう一つの理由』ってのがコレだ。  お昼になるとサラリーマンで溢れかえるので、できればその時間を避けたかったんだよね。  そんで、何故ここでご飯を食べなかったかと言えば、マックなら少し時間潰せるけど、こういうお店だとお昼は回転率重視だから長居できないからだし。まぁ、マックもお昼時に席を占領してはいけないと思いますけどね……。  という場所だが、さっきも言ったようにちょっと古い場所。  なんか、昭和の終わりごろにここに大手レストランがビルを建てて進出してきたことがあったんだけど、見事に惨敗。まー、付近住民の反対を押し切って建ててみても、老舗の味と温かさには適わなかったという人情話らしいけど……問題はその後。  そのビルが今でも廃墟として残ってるんだ。  建てた場所が良くなかったのか、取り壊すお金までなかったのか。そんでもって周りの人たちが気にしないからなのか(人によっちゃ『勝利の証だガハハハハ残しとこう』なんて人もいたりするらしい)、外壁がボロボロになったそのビルはただじっとたたずんで、時だけをその身に刻み続けるだけの存在となった。  もう言わなくても分かると思うけど、例の犬の異常な死体が発見されたのは、このビルの敷地内――その裏路地だ。……やっぱりこういう廃墟はどうしても良くない出来事の苗床になるのかにゃ。  発見者のおじさんは、どうも飼い猫を探してこのビルの裏路地に入ったらしい。しかし、自分の猫を見つける代わりにそこに転がっていたもので、おじさんの度肝が抜かれたというのは想像に難くない……。  ぐーるぐーると辺りを周回して、ビルの外観を眺めるあたし。  周りはいろんなお店に囲まれてるから、遠巻きに見ても何が発見できるわけでもないな……。  人の目を少し気にして、あんまり人影のないタイミングを見計らって、路地への細道へ足を踏み入れた。  その細道は、真っ昼間(まっぴるま)だってのに薄暗い。ひんやりした空気が頬を撫でる。  表通りは食堂とかだから、その裏道になってるこの細道は、ゴミとか置いとく場所になってて、衛生的じゃないってのも不快感を煽る。  こーゆートコ女の子一人で入ると、また怒られんだろうな……。あの夜にあたしを襲った男みたいのに遭遇しない事を祈りたい。  アレを思い出しただけで鳥肌が立つ。内股をきゅっ、と締めてしまう感覚があって、足が一瞬竦んだ。でも、入っちゃった以上、前に進むしかない。……後ろを振り向くのが怖くなったというのもあるんだけど。  とにもかくにも歩いていくと。 七波「……ここ、かな……?」  ほんの少し広くなった道に出た。  左右に広がる道。突き当りの壁は古くなった灰色の壁。……遠巻きに見ていたビルの壁と同じ色だ。多分、ここが目的の場所だろう。  今あたしのいる細道から左手に歩いて出られる表通りは、さっきあたしが歩いてた食堂街のメインストリートに続く道になってるんだけど、見事な不法占拠で現在は道としては機能していない。もう、このビルに用のある人なんていないはずだからその道が使えなくなっても誰も文句は言わないみたい。  ……実際にこのビルに来ようとすると、結構な大回りをするか、この細道を使うしかないって感じ。車は大回りの必要があるよね……大変だぞ、コレ……。  ……でだ。 七波「んー……犬ってどこで……」  ……死んでたんだろう?  しまった、もう犬は保健所が対応した後だから、未だに転がってるわけがないわけで。  ここぐるーっと回って……。 七波「ぁ、でも……そっか」  よくよく思い出したら違う。  別に犬の死体を見に来たわけじゃなくて、犬が死んでた場所付近で何か変わった事はないかを調べに来たんだった。  あわよくば。  ……あいつの痕跡が見つかれば。  ゲフリーさんも言ってたけど、溶けて死んでた犬なんてのは、間違いなくあいつ――フレイバーンの仕業。  であれば、何かが残ってないか――もしかしたら、この廃ビルこそがあいつの今のアジトになってたりしたら、それはそれで成果……だけど……そんなんだったら、鉢合わせしたら……。 七波(……。……ああ、くそ……!)  悩んでたって仕方がない。あたしが何のためにここに来たかを考えれば、こんなトコで二の足踏んでたって仕方がないんだ。  ……とは言え、想定することは大事だ。何が起きるか、それをあらかじめ考えておくことは、とんでもない事が起きた時に身を竦ませて動けなくなることへの防止に繋がる。  あとは、それをビビらない事。前へ進むために、色んな事を頭で想定しつつ――左手はどうやらビルの入り口に出るから、裏路地になる右手側に進む事に決める。  ゆっくり、ゆっくりと、見えている突き当りの曲がり角――ビルの真裏側へと入る道を目指す。  あいつがいるかもしれない。角を曲がったらいきなり鉢合わせもあるかもしれない。  ……耳を澄ます――今のところは周囲に誰かいそうな足音はない。奥から誰かが歩いてきそうな気配もない。  他に何が起きるだろう?  ……もう、そんな事を考えながら、歩いていく。  見た感じ、30mないぐらいの距離が、とんでもない距離に感じられた。警戒しているってのもあるけど、一瞬、本当にあたしがそこへ辿り着けるだろうかという、おかしな不安にまで駆られた。  でもあたしは何事もなく、そこへと辿り着こうとした。  ……問題はここから先だ。  曲がり角の先――そこに誰かがいるかもしれない。  その可能性を念頭に、角の淵っこに歩み寄って膝立ちになる。そしてゆっくりと、スマホを建物の陰から差し出して、シャッター無音アプリで曲がり角の先を撮影して……。  ……。  ……。  七波(……ぇっ……!?)  写メに写った角の向こう側。  ビルの裏口の扉が開かれていた。
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