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1-3-16-2 【桜瀬七波】 『悪孔力学』 2
七波「ゲフリーさん」
ゲフリーレン「ん?」
七波「……ゲフリーさんは、何者なんだい?」
ゲフリーレン「さぁな」
七波「あのね、『そなたはいかなる存在であるか』的な、なんつーか荘厳な質問してるんじゃないからね」
ゲフリーレン「お前の質問は、どうとでも捉えられる質問が多すぎる」
七波「はいはい、そうですね、失礼しました」
ファジーな質問はゲフリーさんには通じませんでした、と。
じゃ、少しずつ具体的な質問をしてみる事にして。まずは……。
七波「……なんで日本に来たの?」
ゲフリーレン「……」
変化はないが、どうも憮然な表情らしいゲフリーさん。
七波「……何」
ゲフリーレン「お前は一つどうも認識したくない事柄があるようだが」
七波「はい?」
ゲフリーレン「それを認識しないのであれば、俺がどんなにこの後俺の事を話しても理解は出来ん。そんな人間に物を話しても時間の無駄だ」
七波「な、なんだよう」
ゲフリーレン「今もなお、『なぜ日本に来たか』という括りで聞いているのであれば、お前は既に俺が何度も話している事柄を認めていない事が分かる」
七波「っ……」
……そういう事か。
七波「……。……分かったよ、諦める」
……いや、もう、ほとんど認めてはいるんだけど。お兄ちゃんとは既にそういう体 で話をしてるんだし。
七波「ゲフリーさんは。――『なんで地球に来たの』?」
ゲフリーレン「ん」
ゲフリーさんは、そこでようやく手にしていた本を閉じて、右手で左の耳たぶをいじくる。
まぁ……あたしの知る範囲で起きた事であってほしい――そう願って、あたしはゲフリーさんを『外国人』として話を押し進めようとしてた。それは認めなきゃいけない。
でも、それじゃもう、話は通じないのは事実。しかも認めていない事が多分、この後のゲフリーさんの話をややこしくする可能性だってある。つまり『宇宙人がやってる事なんだから』と考えた方が受け入れやすい話もいっぱい出てくんだろうって事。
……大体ここまでに理解の範疇超えて起きてることがありすぎるんだから、今更外国人だろうが、うちゅーじんだろうがどっちだって構わないって話で。
ゲフリーレン「そもそも、俺は最初から望んで、自分からソル星系を訪れたわけではない」
七波「……そるせいけい?」
ゲフリーレン「……待て、翻訳のレベルを下げる」
七波「なんだ、あたしのレベルが低いってか」
ゲフリーレン「……よし」
七波「よくねぇ」
無視だし。
と……ゲフリーさんは目を閉じてじっとした。
……少しの間。……何か起きてんのかな?
そしてゲフリーさんが目を開くと。
ゲフリーレン「……太陽系。……通じる訳 ができているか?」
七波「あ、それなら」
ゲフリーレン「固有名詞を、全てこの星の人間に理解できる訳で発するのは難しい。……察しの悪いお前にも対応できるといいのだが」
七波「最後の一言が無かったらよかったのに」
さらっと人をdisるからな、この人……そう言うつもりがないのかもしんないけど。
七波「で、えーと……なんだっけ」
ゲフリーレン「太陽系に来たのは、最初は俺の意思ではなかったという事だ」
七波「あそっか。……うん、じゃなんで来たの?」
ゲフリーレン「海王星公転軌道外にある収容施設へ収監されるためだ」
七波「あ、出た、悪い奴設定」
ゲフリーレン「お前の認識で俺がそうなるなら、俺はそれを改めろとは言わんが」
七波「分かってるって。こないだも言ったでしょ。あたしが言ってんのは……」
……。
ゲフリーレン「なんだ」
七波「……いや、別にあたしは目の前で悪い事されてないから、それは世間の認識、って言おうとしたんだけど、あたし、ゲフリーさんに殺されかけてるわ。改める必要ないなって」
ゲフリーレン「……ふむ、俺もお前に改める事を要求できる立場にないのか。失念していた」
七波「そうだよ、全く……」
ため息をついて見せるも、やっぱり不思議な感覚に捉われる。……なんなんだ、あたしらのこの関係は。
七波「で、その牢屋に閉じ込められる途中で、ここに立ち寄ったの?」
ゲフリーレン「俺が警察の護送船を奪取した」
七波「奪った? 警察車両を? ……あ、宇宙船か」
ゲフリーレン「ああ。……俺はこの太陽系に発展途上にある文明惑星があるという情報を得ていた。――この星、地球だな」
七波「うん。……発展途上なんだ、地球って」
ゲフリーレン「俺たちの水準から言えばな。そしてこの惑星の主要生命体――つまりお前たちの知的レベルだが、それが俺の求めていた研究サンプルの知的水準と合致した。直後、俺はある容疑で捕縛されたのだが、収監先が太陽系という事で、研究を推し進めるために訪れるには実にタイミングが良かったのだ」
七波「待て待て。えーとだ、超タイミングが良かったのは分かったけど、要するに。……すっごい要するにゲフリーさんは警察の護送車を足代わりに使ったと」
ゲフリーレン「車ではなく船だ」
七波「そこじゃねーわ問題は! 人はフツー、そんな前向きに警察に捕まらないからね!?」
ゲフリーレン「使えるものは使うべきだと思うが」
七波「使い方間違ってんの! ……あー、分かった! ゲフリーさん警察に捕まった自覚ないでしょ!?」
ゲフリーレン「いや? 捕縛されないと警察の船には乗れんからな」
七波「……あー……」
……分かった。この人の『捕まった』という認識は世間一般に言われる『捕まった』とは明らかに違うんだ。
七波「警察の船を……奪った、か……。……どうやったかは聞かない方がいいんだろうなー……」
警察が犯罪者に、『ハイどうぞー、運転していいよー』と子供のアトラクションのように護送船だかの運転席を譲るワケがない。となれば、どんなやり方だとしたってロクな手段じゃない事は明らかだ。……そして。
ゲフリーレン「俺も実際に行った手段を細かくは覚えていない」
七波「こえーな、それも……」
この人の語り口調は、ここを訪れるために、決死の行為で持って警察の船を奪ったって感じじゃない。……それはそれで怖いと感じるに足る話で。
七波「……そんなんで、ここに来たのはいつ?」
ゲフリーレン「今から一週間前。……理解できる言葉で訳 せているか?」
七波「え……あぁ、大丈夫だけど。あたしと会った日から……3日ぐらい前か」
ゲフリーレン「そうだ。船を奪取したはいいが、行った交戦で不時着を余儀なくされた」
七波「……宇宙からぁ!? 良く生きてたな……」
ゲフリーレン「俺の移動としては珍しい着陸方法ではないので、生存の手段は常にいくつか講じられる」
七波「……。……ゲフリーさんと飛行機には乗りたくないな……。……でも、どこに落ちたの?」
というのも、そんなモンが宇宙から落っこちてきたら、日本のどこに落ちたって結構なニュースになりそうなモンなんだけど、パッと思い出す限り、その類のニュースをあたしは見た事がないんだよな……。
ゲフリーレン「地球についての地理はまだ詳しく調査できていないが、この場所から南南東およそ12kmの距離にある森林地帯だ。分かるか?」
七波「分かるかい、そんなアバウトな情報」
距離なんて言われたってピンと来ないけど……ただ、町の南側は低いながらも山になっている。裾野には大きく森が広がってるから多分そこのどっかだろう。
人が頻繁に出入りする地形じゃないから、発見や情報が遅れてるんだろうか? ……後でニュースになってないか、調べてみようかな……。
七波「……そっから山を下りてきて。んで、この町に来たの? ……熊みたいだな」
ゲフリーレン「森林の豊かな土地を訪れるのは久しぶりで悪い場所ではなかったのだが、周囲に人間がいないのでは、ここを訪れた意味がないだろう」
七波「……訪れた意味……ねぇ……」
ゲフリーさんは研究のためにここを訪れたって事なんだけど、そのためにわざわざ捕まった。
つまりゲフリーさんは、あたしが言う所の、警察に追い回される『悪い奴』であることに間違いはないんだけど。
七波「……結局さ。ゲフリーさんは何をして警察に捕まったの?」
ゲフリーレン「呼吸をし、心臓を動かした」
七波「今時の小学生でも、もう少しまともな答え返すぞ!? ……何したか分からないのに、捕まる訳ないと思うんですけど?」
ゲフリーレン「自分がやっている事が警察の捕縛対象となる理由として、納得していないという事だ」
七波「心当たりはあるって事?」
ゲフリーレン「研究とは思想。そして思想とは得てしてそういうものだ」
七波「……つまり、ゲフリーさんのしてる研究が原因?」
ゲフリーレン「という事だそうだが」
面白くもなさそうに、フン、と鼻を鳴らすゲフリーさん。
七波「どんな研究なんだっけ? なんか悩みがどうとか、空間が綻んで穴が開いたとか」
ゲフリーレン「……『悪孔 力学』」
七波「え?」
聞きなれない言葉に、あたしはなんか、また翻訳が正常じゃないのかと思ってみたが。
七波「……あこうりきがく、で間違いない?」
ゲフリーレン「間違いない。お前の言葉で、この星の言葉に俺なりに訳した結果の名称だ。これ以上訳せない固有名詞となる」
ゲフリーレン「……『悪』の『孔』と書く」
◆
ゲフリーレン『――なるほど』
ゲフリーレン『悪、か』
◆
七波「あ……あの時の、あたしが教えたアレ……」
ゲフリーレン「その通りだ」
あの時にこの人の目に浮かんだ色は、はっきりと異質な物を孕んでた。
求め続けていたものを見つけた時の――欲望が満たされた獣のような充足がそこにあるように感じられたんだ。
とはいえ……この人は知らないからその言葉を選んだんだろうけど。
七波「いいのー? あんな……ゲフリーさんの言う所の、レベルの低いあたしが教えてあげた、厨二病の苗床みたいな言葉で」
ゲフリーレン「きっかけとしては十分だな。そもそも発想と知能レベルは別のものだ」
七波「あんまりフォローされてる気がしない」
ゲフリーレン「してないからな」
七波「あ、そう」
ゲフリーレン「そして言葉の選定についても俺は十分に行っているつもりだ、この言葉を充てる形で間違いない」
七波「なら良かったんだけど」
ゲフリーレン「ところで『ちゅうにびょう』とはなんだ。脳の異常に伴う精神疾患のようなものか」
七波「……」
……えーと。
七波「……ゲフリーさんが気にしなくていい」
……概ね間違ってないと思うけど。
ゲフリーレン「現地人の精神に関わる事ならば、実に興味深いのだが」
七波「ヤメテヤメテ! 持ち帰って宇宙にヘンなもの蔓延させないで!」
あたしが原因で宇宙に地球人の恥部が撒き散らされたら、それこそ全人類に詫びの入れようもない……。
『地球人には『厨二病』と呼ばれる特殊な精神疾患が生じるケースがある。』
……。
……ィーャァァァァー……。
七波「はぁ……で、その赤穂浪士だか何だかは何?」
ゲフリーレン「間違ってほしくないものだな。『悪孔力学』だ」
七波「失礼しました。うん、で、それは?」
と、ゲフリーさんはベンチを立ち上がって、腰に手を当てて語り出した。
ゲフリーレン「『悪孔』――俺はこれを全ての知的生命体が歩むためのエネルギーと定義付けたのだが」
七波「……なんかそんな事言ってたよね。どういうことなの?」
ゲフリーレン「ふむ……お前のような存在に、レベルを落しても正しく解説できるか否かも、研究をまとめ切れているか、俺が判断するいい機会だ。座れ」
七波「先生! 仄かにバカにされてる気がします!!」
しかし、ゲフリーさんは気にせず、少し悩み出す。
あたしはそれを横目に、静々とベンチに腰を掛けるが、そんなあたしに視線を向けて。
ゲフリーレン「ナナミ、お前に聞こう。……お前の言う『悪』とはなんだ?」
七波「え? ……そりゃアナタ……まぁ、『悪い』事? ……うわ、自分で言っててつまんない答えだな……。……あ、分かった! くはははははっ! 我が闇」
ゲフリーレン「待て」
七波「何」
ゲフリーレン「物事を複雑化させるのは勝手だが、お前の知能レベルで複雑化した全てを理解するのは不可能と判断する」
七波「なにおう」
ゲフリーレン「とりあえず、お前の言う『悪い事』と言った表層的な意味合いでいい」
七波「……分かったよぅ」
ゲフリーレン「顔を元に戻せ」
七波「やかましい!」
不満顔のぶっさいくは分かってんだよ。
ゲフリーレン「では、その『悪』が身近に存在していた時、お前はどうする?」
七波「身近に、悪? ……例えば?」
ゲフリーレン「災害はお前にとって悪か?」
七波「災害。まぁ……悪だよね。火事とか台風とか」
ゲフリーレン「ではその火事でいい。それが身近にあった時のお前の最適な解決手段は?」
七波「身近に火事……そりゃ逃げるんじゃなくて、解決させるってんなら火を消そうとするけど」
ゲフリーレン「うむ。世にある、あらゆる『悪』たる事象。その周囲にあるものはそれを解決するために働く。それは必然的な行為だ」
七波「まぁ……火事は消さないと広がっちゃうしね」
ゲフリーレン「火を消す方法は?」
七波「そりゃ、手っ取り早いのは水をかける、かな?」
ゲフリーレン「ふむ、では必要になる水の量は?」
七波「そんなの、かけてみなきゃ分からないでしょうよ」
ゲフリーレン「不足していたらどうなる?」
七波「……火は消えない」
ゲフリーレン「消火できなければ、改めて水を調達すればいいが、それを繰り返し行うのは非効率的な消火活動という訳だ」
七波「全体的に見ればね」
ゲフリーレン「その水の量が的確に計上できるとすればどうだ?」
七波「……便利なんじゃないかな」
ゲフリーレン「悪孔力学はその火――『悪』と、それを解決するために必要なエネルギーを数値、視覚化し、量、質、方向性を観測、測定……究極的には管理するのが本質だ」
ゲフリーレン「『悪』を取り除くエネルギーの、方向性や力の質、量は正しいのかを判断でき、効率化につながる」
七波「はー……つまりゲフリーさんの研究は、火事を効率的に消す方法」
ゲフリーレン「そこだけ捉えるな。今の思考実験……と言うにはあまりに稚拙だが、これは最も単純な悪孔力学の表層的な一例だ」
七波「え……良く分かんないけど、それって便利で正義な事なんじゃないの? それを研究することで、警察がゲフリーさんを捕まえる理由、どこにあんのさ?」
ゲフリーレン「さぁな」
そう答えて、また何とも無表情なため息をつくゲフリーさん。
……今のところ、あたしにもゲフリーさんが捕まる理由が全く――警察の乗り物を平気で奪っちゃう事ぐらいしか、理由が無いように思える。……十分な理由という説もあるが。
七波「でも、『悪』を『管理』かぁ……。……なんか人のやる事を操っちゃうって事?」
ゲフリーレン「そもそも『悪』という事象は、知的生命体の考える二元的な物だけではない。この星の言葉はそれをよく体現している。『災害』『突出するもの』『剽悍 さ』『他を圧倒する力』……それらをこの星では『悪』と呼ぶという話だが」
七波「『この国』な、多分」
ゲフリーレン「なるほど。……だが、これらは全て『他へと干渉した結果』、『定められる力』だ。知的生命体であろうと、無機物であろうと、他へと手を伸ばし、影響を成す時にそれらは他の存在によって、『悪』という評を冠される」
七波「……自分で『悪』と名乗ったりはしないと」
別に名乗ったっていいとは思うけど……口には出さないが、そんな事を喜んで自分から言う奴は、やっぱり厨二病患者だけだろう……。
ゲフリーレン「『悪』とは、他に干渉するエネルギーであると、俺は考える。それが生じれば、周囲にも必ず余波が生じる」
ゲフリーレン「悪孔力学の管理とは、このエネルギーを制御、管理する方法を模索する学術だ。お前の言う通り、他の人間の精神を『操る』ことも含まれる」
七波「……。……それ、なんか怖くない?」
ちょっと引っかかって、そんな声を上げてみるが。
ゲフリーレン「この星の人間とて、普通に行っている事だと認知しているが」
七波「え、そうなの?」
ゲフリーレン「ある人間の心が沈み込んでいる時に、別の人間が声を発し、その人間に心を取り戻させるのは、他人の心を操作するのとどう違う?」
七波「……極端じゃね? でもまぁ……そういう見方もできなくはないのかな。元気になってほしい! って思って友達に声をかけて、立ち直ってくれたら、そりゃ確かに大袈裟に言えば精神操作みたいなもんだけど」
ゲフリーレン「その考えが相手にとって適切かどうか。そう言ったことを視覚化するのが悪孔力学の目指す本質だ」
ゲフリーさんに言われるまでもなく、実際に学のないあたしじゃイマイチ要領を得ないトコが多いんだけど……ただいくつか引っかかる事は。
七波「それってさ、何か物事、ってか、悪い事が起きたら、『その結果を見て』数字とかにするの? 後からなら『アレはこういう事が原因でー』とかいくらでも言えるんだし、意味あんのかな、それ?」
ゲフリーレン「否だ。同時間軸上で起きた全ての事象を、並行して視覚化する」
七波「え……」
さらに広がる違和感。心がざわつく感覚は錯覚じゃない。
七波「それって……リアルタイムでって事だよね? もしかして……」
ゲフリーさんの言ったことを、あたしなりにまとめると、だ。
七波「えーと……他人の悩みが『悪』だとして、『相手の求めている答え』が、その『悪』を解決する手段?」
ゲフリーレン「うむ」
七波「つまり、『相手の求めている答え』ってのは、相手の悩みをちゃんと把握できれば、より『解決しやすい答え』が見つかる。……この『悩み』と『答え』も視覚化されるって事だよね」
ゲフリーレン「その通りだ」
七波「その視覚化ってのがどんな形で視覚化されるのかは分かんないけど……それを読み解くことができたら……」
ゲフリーさんを、まっすぐに見つめて。
七波「相手の考えてる事が分かるようになるって事なんじゃ……?」
ゲフリーレン「正しい。そして、求められる結果はそれだけではない」
七波「えっ……?」
人の考えが分かるって事、それが既にある程度とんでもない事なんだけど……まだ何かあるっての?
ゲフリーレン「悪とは『重力を持った孔』と俺は仮定している」
七波「あな? ……そう言えば穴がどうの、綻びがどうのって言ってたっけ? それの事?」
ゲフリーレン「そうだ。ある『悪』へと関わりを持った人間のメンタルは、その孔へと引き寄せられる。重力の中心と考えれば、落下していくという見方もできる。そしてその悪とリンクする」
ゲフリーレン「この際、リンクしたメンタルは『悪』に飲み込まれるか、或いは『悪』と同じ性質に変質する可能性がある」
七波「んー……飲み込まれるってのは、死ぬって事?」
ゲフリーレン「必ずしもそうではないが、自然事象と重なり合えば死亡するか、負傷するという結果が導き出される事だろう」
七波「なるほど。で、変質ってのはヤバいモノ見た時に影響されて、自分もヤバいことやっちゃうとか?」
ゲフリーレン「それも一つの例だが、行為に及ぶ状況を生じさせるためにクリアしなければならない条件は多岐にわたる。簡易な例としては、事故を目撃した時に、心が沈み込むこともこれに該当する」
七波「あ……うん。ひっどい事故現場とか、ブルーになるよね」
ゲフリーレン「この力が視覚化されると、『悪』の孔へと落ち込んだメンタルのリンク状態も観測できるようになる。結線先を辿るとその人物に行き着くことが可能だ」
ゲフリーレン「それは、誰がどの悪に影響されているかを知る事が出来るようになるという事でもある。つまり、お前の言う通り、本来この世界で視認できるはずのない他人のメンタルの状態が、ある程度把握できるようになるという事」
ゲフリーレン「その流れを読むことができれば犯罪の未然防止に繋がるだろう。この世の全ての知的生命体が引き起こす事象は、『悪』となり得るメンタルが引き金になると考える事ができる。つまり……それを完全に読み解くことができれば」
ゲフリーレン「未来予知も可能となる」
七波「未来、予知……?」
ゲフリーレン「ごく近しい未来に限られるが、相互関係が生む影響のシミュレーションが確立できれば、遠い未来も演算で求められる可能性はある」
七波「……。……それなんじゃないの? 警察に追われる原因は」
あたしは自分に沸き立った胸騒ぎを、そのままゲフリーさんに伝えた。
ゲフリーレン「言わんとしていることは分かる。使い方を誤れば社会全体の不信感を煽る事にもなりかねない」
ゲフリーさんがまた、右手で左耳たぶをいじる。
ゲフリーレン「俺としては、未完成の研究を、一つの犯罪のように扱われるのは心外なのだがな。……しかし……他人の物事の見方を否定する事は俺にとっても本意ではない。警察の捕縛が一つの意見の形だとすれば、俺の逃亡も、それへの反論だ」
七波「はー……なるほどね……」
適当な相槌を打ってみるものの、頭の中に入ってきた情報にどう整理を付けたらいいか分からず、結構こんがらがった状態だ。
ゲフリーレン「少しは理解できたか」
七波「……始めの方は、何とか。でも最後の方はごちゃごちゃした」
ゲフリーレン「その理由を答えられるか?」
七波「あー……多分、その『悪』の『視覚化』ってのがピンと来ないんだと思う。それを実際に目の当たりにすれば今なら理解できるんじゃないかな? この国には百聞は一見に如かずってことわざがあってね」
ゲフリーレン「……ああ、ピピンモがパヤッパーをセグリャントできる、のようなものか」
七波「訳せてない訳せてない!」
まぁ……どこの言葉か知らんけど、別の言語に直せたんなら理解してもらえたと判断しよう。
ゲフリーレン「ふむ、視覚化された悪孔の観測か……それは確かに必要だが、案ずることはない」
七波「……なんで?」
ゲフリーレン「お前なら、近い内に必ずそれを視認する」
七波「まじで? 何きっかけで?」
ゲフリーレン「きっかけについては俺も予想できるものではない。そもそもお前の行動は予想しろという方が間違っている」
七波「……褒められてる気がしない」
ゲフリーレン「褒めてはいない」
七波「あ、そう。じゃ、その時を楽しみにする。……するけど」
ゲフリーレン「……何か言いたげだな」
七波「まぁね。……今の聞いてた総合的な感想」
ゲフリーレン「興味深いな、聞かせてくれ」
七波「ん……」
まだこんがらがったままの頭。……そんなあたしが出す言葉は。
七波「ゲフリーさんはゲフリーさんなりに考えてるのは分かったけど。……ただ、まぁ……あたしみたいな何でもない人間からするとさ」
あたしは一度キャスケットをかぶり直して、言葉をつなぐ。……髪の毛が一瞬、風で眼前に揺らめく。
七波「ゲフリーさんの言ってる事、やっぱ何でもない人間には、ちょっと怖いんだよ。それで何をするのか、それで何が起きるのか分からなくて。……地球だとね、アニメとか漫画とか映画とか小説とかでいっぱい聞くよ、未来予知だのなんだのって。でもそれって大概お話の中じゃヤバい事になってて……それと同じこと言ってるってのは、怖いでしょ」
七波「しかも……あたしはゲフリーさんが宇宙人って事は知ってるし、宇宙人って人達がどれだけのテクノロジー持ってるか分かんないから、その研究の成果で何が起こるかそれこそ理解できないし……殺されかけた事も考えたら……ゲフリーさんから距離を取りたくなっちゃう……」
ゲフリーレン「……なるほど、貴重な意見だな。やはり研究対象としてこの星の人間を選定しておくのは選択として良い傾向にあるようだ」
七波「そりゃどーも。ま……いい方向に転がってくれるのを祈るけどね」
あたしは苦笑気味に笑って、そんな言葉を伝えるだけだった。
七波(しっかし……ヘンな事言ったな、あたし……。最後の一言余計だろ……)
ゲフリーさんから距離を取りたくなるなんて……むしろ、取らなきゃいけないはずだと思うんだけど。
もしかしたらこの人は次の瞬間、あたしの首にナイフを突き立てるかもしれない。そんなあたしの知ってる手段すら使わずに、一瞬であたしを殺しちゃうかもしれない。
でも、どうしても今のゲフリーさんが、あたしをその手にかけるとは考えられず――そう思わせる事ができるのが、世間を騒がせる人殺しの異常性なのかもしれないけれど。
こんな事してたら、本当はあたしの事心配してくれてるお兄ちゃんに顔向けできるはずもない――そんな事も一瞬頭に過ったりもする。
ただ、こうしてゲフリーさんに近づくことは、あたしがお兄ちゃんにした隠し事――『ゲフリーさんの人間性』をはっきりさせるためでもあるんだ。
ゲフリーレン「まぁ……お前が自主的に俺から距離をおく事については気に病む理由などないだろう。お前が俺と共にある必要はない」
七波「フン……わかってますよーだ」
ゲフリーレン「ああ。俺は俺で勝手にお前を観察しているだけなのでな」
七波「あたしの身の回りにストーカーは要りません」
ゲフリーレン「そもそも、俺はお前から離れた方がいい理由もある」
七波「……何それ?」
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