18 / 88

1-2-13-1 【桜瀬七波】 喫茶店『穂積』 1

 ……亜彌(あみ)市って、字面がもう面倒臭いよね。  特に『彌』の字。画数実に17文字。特に最後の『バッテンバッテンバッテンバッテン』とか九州地方か。九州の人に失礼だわ、あたし。  ……失礼しました。  メ! メ! メ! メ! でもいいけど、頭の中で反芻しすぎると、人によってはお母さんにめっちゃ怒られているような気持ちになって次第に凹んでいき、遂には鬱になったりならなかったり、しないよね。  何が言いたいかと言えば、この町に生まれてしまった以上、あたしはこのやたら画数の多い字を、何かしら折に付けて書かなきゃいけない運命をこの身に宿してしまっているって事……。フッ……宿命というやつさ……。  あたしの家は、その亜彌市の下与野城(しもよのしろ)町にある。  商店街の端っこ、住宅街との境みたいな場所にある喫茶店『穂積(ほづみ)』。  ここが、あたしがお兄ちゃんと一緒に住み、お兄ちゃんが経営している場所だ。  お父さんとお母さんが死んじゃった後、お兄ちゃんはここを譲り受けた。  あたしの生活環境を変えないために、そして思い出の場所をなくさないように――いつか記憶を取り戻すことができた時に、思い出を懐古できるようにと、お兄ちゃんはここを守り続けてくれている。  もちろんその記憶を取り戻すことが、一体あたしにどんな影響を及ぼすかは分からない。  前に言った通り、とんでもなく酷い体験があたしの記憶を封じたのだとすれば、溢れ出た記憶があたしの心を飲み込んで、あたし自身がぶっ壊れてしまうかもしれないというのはある。  でも、幸せな時だってあったはずだ。  万が一の時、心の安らぎを得る事の出来る場所があれば、きっとそれを乗り越えられる――『穂積』はそんな場所でもあってほしいってのが、お兄ちゃんの考えだって話。……それこそ幸せな話だよね。   ◆  ちなみに『穂積』って喫茶店の名前もなかなかノスタルジックだ。今っぽくないなとは思う。  ……なので。 七波『……何でウチは『穂積』って名前なのかな? お父さんとかから聞いてる?』  ある時、お兄ちゃんに聞いてみた事がある。 人治郎『いやぁ、実はないんだけど……でも可能性のありそうな話ならあるよ』 七波『マジ? どんな?』 人治郎『『穂積』っていうのは8月1日なんだって。『八月一日さん』って苗字の人は『ほづみさん』っていうらしいのね』 七波『『四月一日(わたぬきさん)』みたいな?』 人治郎『そそ』 七波『……会った事ないけどね、そんな苗字の人、ゲームでしか。……でも、じゃあなんで8月1日なの?』 人治郎『10月1日は世界的にコーヒーの日なんだってさ』 七波『……へー、そうなんだ』 人治郎『で、6月1日は牛乳の日』 七波『……はぁ』 人治郎『で、その真ん中の8月1日はカフェオレの日なんだって』 七波『なんじゃそら!?』 人治郎『いや、ほら、牛乳とコーヒーが半々で混ざると……』 七波『それは分かってる!』 人治郎『って、グリコが言うから』 七波『グリコが決めたの!?』 人治郎『まぁ、正確にはグリコの『カフェオーレの日』らしいけどね』 七波『……あの横から見たら台形の、いかにもスタックに困りそうなアレか』 人治郎『そそ。まぁポッキーの日だって似たようなもんでしょ、11月11日。あの日はサッカーの日とかでもあるみたいだけど。結局大体こじつけで、バレンタインとか丑の日とか恵方巻とかみたいに、商業戦略目的だろうし』 七波『そうかもしんないけど知られてないじゃん……意味あんのかな、それ……。……え、でも、ウチ、カフェオレ専門店じゃないでしょ!? なんでグリコの手先みたいになってんの!?』 人治郎『だよねー。謎は深まるばかりだよ……』 七波『深めたのお兄ちゃんじゃん! その説、却下!』 人治郎『あとは……誰かの誕生日とか?』 七波『……誰?』 人治郎『……あ! 七波ちゃんとか! 娘の生まれた日で店の名前付けるとかオシャレじゃない?』 七波『誕生日? ……あたしの?』 人治郎『『ななみ』だから……あー……7月73日だっけ?』 七波『ねーよ、そんな日!! 言うにしたって『7(なな)』『3(み)』で7月3日だろう! んで8月1日どこ行った! 大体あたしの誕生日は12月3日ですぅー! 初代プレステの発売日とおんなじ日付ですぅー!』 人治郎『だよねー。謎は深まるばかりだよ……』 七波『勝手にドツボにハマってく人がいるよぅ……』  なお、お父さんやお母さんの誕生日も、どっちも8月1日じゃなかった。  まぁ……『穂積』が『8月1日』の意味じゃない可能性もあるけど、とりあえず今のところは納得のできる答えにはたどり着けてないです、ハイ。  でも、いつか知りたいな、とは思う。  もしかしたらお父さんやお母さんの知り合いとか知ってるかもしれないね。探してみようかなぁ……。   ◆  それはともかく。  あたしは一日病院でお世話になった後、我が家へ帰ってきた。  肩は相変わらず固定されてる感じだけど、明日ぐらいには包帯取っていいって話だし。  足の方は痛みはだいぶ引いている。歩くには支障はないと思う。  背中は全然問題ない。  という訳で肉体的にはほとんど問題ないだろう。  先生はメンタル面を心配してたけど、正直そっちはやっぱりまだ先生には話せなかった。先生は結局終始呆れっぱなしだったけど。もう大丈夫ですから、と言っても苦笑いされるだけ。 七波『……ショーシャンクのモーガン・フリーマンの、釈放の時のセリフみたいにした方が良かったかな? クソくらえ的な』  スーパー怒られた。  とはいえメンタル面は、お兄ちゃんが経過を注意しながらって事で退院を許された感じ。……先生ご迷惑をおかけしました。   ◆  ……やった事を考えれば、こうして無事に帰ってこれた事は割とホントに奇跡なんじゃないかと思える。普段何気なく見ている喫茶店の入り口も、不思議と感慨深く見えて。  その入り口に張り紙。  『本日午後15時から開店いたします』 七波「……ごめんお兄ちゃん。お仕事大変なのに……」 人治郎「気にしないの。身内の入院に付き添ってあげられないほど、ウチはギリギリじゃないよ」  お兄ちゃんは入院のあたしの付き添いで、病院に泊まってくれた。だから今日は普段やっているモーニングもお休みになった。……結構いい稼ぎになるみたいだから、お兄ちゃんだけじゃなくて、普段利用してくれてるそれなりにたくさんの人にも申し訳ないよね……。 七波「なんだったら昨日に引き続いて、あいつらに頼っても良かったのに。みんな喜んでやると思うよ」 人治郎「昨日は甘えちゃったけど、連日はタダじゃ頼めないなぁ。そもそもみんな昼過ぎ組だし」 七波「寝てるか。ダメ人間どもめ」 人治郎「辛辣だねぇ……」 七波「こんなセリフ、どうって事ないわぃ。むしろ、あいつらの業界だとご褒美なんだもん……」  楽しんではいない。そこまであたしもゴミじゃない。  叩けば叩くほど喜ぶ(悦ぶ)ドМどもに、むしろいつも呆れてるわけだが。 七波「全く……これはあいつらにはもったいないかなぁ……」  と、あたしの手にはミスドのロングバック。店頭販売してた10個入り1000円のお買い得ドーナツを買ってきたのは、あたしの退院祝いを兼ねて、昨日頑張ってくれたという常連連中とみんなで食べようという話になったからだ。 人治郎「1個100円のドーナツでももったいないって、相当だよ?」 七波「奴らには、人の口にするものなど与える事すら惜しい」 人治郎「そうでしたか……」  お兄ちゃんはお店の鍵を開けて、ドアを開いた。  カランカランカラン……とドアに付いたカウベルが乾いた音を響かせる。  お兄ちゃんの後について、店に入って。 七波「……」  中を一望するあたし。  昼過ぎ、夕方前の日差しが天窓から入り、明るい店内がセピア色に見えて暖かい。  テーブル席のテーブルや椅子、カウンター――シックなこげ茶にまとめられた調度も、落ち着いた店の雰囲気を膨らませてくれる。  カウンターの向こうの綺麗に並んだカップやグラス、コーヒーを入れるための様々な道具は丁寧に手入れされて、それを見ているだけでおいしいコーヒーが出てきそうな雰囲気を醸し出している。 七波「……ん。異常なし」  それは今まで気づきもしなかった幸せなのかもしれない。  帰るところがあって、そこに帰ってこれる事。  失いかけて初めて気付くってのはこういう事なんだろうね。 人治郎「荷物置いておいでよ。コーヒー入れるから」  お兄ちゃんがスイッチを入れると、飾りのついたシャンデリアが点灯する。  オレンジ色のそれは、店の雰囲気を壊すことなく、むしろもう一度店の雰囲気を明るくして、店内を見る人をホッとさせてくれるんだよね。 七波「まー、荷物は後でいいでしょ? まずはカウンターで一息」 人治郎「別にいいけど。お湯あっためるトコからだからちょっとかかるよ?」 七波「大丈夫大丈夫!」 人治郎「はいはい」  笑いながらお兄ちゃんはカウンターに入っていくと、慣れた手つきでやかんを火にかけた。  あたしは背負っていたリュックと外したキャスケットをカウンターの一席に置くと、その隣の椅子に腰かける。そしてミスドの箱をカウンターに置いて、お兄ちゃんがコーヒーを入れる様を見ていた。  とかく、お兄ちゃんのコーヒーを入れる姿ってのは安心する。  じっと見ていなくても、かちゃかちゃとカップを準備する音や、お湯の温まる音、サイフォンのこぽこぽという音が聞こえる中に、お兄ちゃんがいると感じられるだけで、あたしはあたしの日常を感じられる。  あの、あたしを襲った異質を忘れられ……。  ……。 七波(……っと忘れちゃダメなんだって……!)  危うくあたしはいつものその喫茶店の光景に、『落ち着いた』って意味で我を忘れかけたワケだけど、そんな日常に浸るためには、心のざわつきをもう少し鎮めなきゃいけない。 七波「お兄ちゃん、新聞は!?」 人治郎「あ、ごめん、レジの脇に置いてない?」  普段はモーニングのお客さんのために、マガジンラックに入れておく新聞だけど、今日はモーニングがなかったからまだ折りたたんだまま――。 七波「あった! ありがと!」  昨日の晩から、知りたい情報を病院の中でスマホで調べてたけど、発見できなかった。  新聞を開いてそれがあるとは思えないけど、一縷の望みって奴にすがる思いで……。  と、その時。  ――カランカランカラン  ドアのカウベルがけたたましく鳴り……。 ??「あー、いたいた! よかったぜ! 早く来すぎたかと思った!」 七波「……ジャグラー。……まだお店開けてないんだけど」  ……新聞から目を離し、ジト目でそいつをお迎えする。 ジャグラー「いーじゃんいーじゃん! 開いてなかったら店の前でジャグ始めるだけだし」 七波「やめろ! 人の店を大道芸の背景に使うな!」 ジャグラー「え、ダメ? 穂積の店構え、かなりジャグに映えるんだけど」 七波「せめてもっと上手くなってからやれ! 店の名に傷のつく芸はお断りだ!」 ジャグラー「キービシーねぇ! あははははっ」  笑いながら片手でボールをお手玉するこいつは、店の常連の一人。  さっきっからあたしが呼んでる通り、ジャグリングを生業としている。……しようとしている。  正直、しょっちゅうお手玉を手から落と……あ、また落とした。 人治郎「春くん、店ン中で投げる系のジャグリングはダメだかんねー」 ジャグラー「いーけねーいけねー。あははははっ!」  笑いながら玉を拾う姿が無様だ……非常に軽い性格で、こんな調子だからホントにやっていけるか怪しいモンで……。  お兄ちゃんは春くんと呼んでるけど、あたしはジャグラーの本名は忘れた。ってか覚える気ねぇ。 ジャグラー「七波ちゃん、はいコレ!」  とジャグラーが手に持っていた物をあたしに差し出してくる。 七波「……。……ナニコレ」 ジャグラー「退院祝いだよー! いやー、驚いたよね、七波ちゃんが店の前で倒れてるの見つけた時は! 無事で良かったよー!」 七波「……それはありがとう。……しかしだな」 ジャグラー「10個1000円はお買い得だよねー! お土産にぴったり!」 七波「うん、よく知ってる。……何故ならね」  と、それを手に持ったまま視線を持ち上げる。  カウンターの上……果たしてそこには、手に持っているものと同じものが鎮座していた。 ジャグラー「……うお!? 増えた!?」 七波「増やしたのはお前だ!」  言わずもがな、それはあたしたちが買ってきたモノと寸分違わぬもの。  ……ミスドのロングバックである。 人治郎「春くんごめーん、モールの中のミスドだよね。こっちもタイミング良く見つけちゃってさぁ」 ジャグラー「いやー、人間考える事は割かし似ちゃうもんだよね、あはははっ!」 七波「とりあえず……ありがとう……」  あたし達の買ってきた箱の横に、そっとジャグラーの買ってきた箱を並べる。  ……まぁ、好きだからいいんだけどね。  ――カランカランカラン!  ……と、再びドアが開かれると。  じゃらーん、とギターを構えてかき鳴らし、現れた男が一人。  ドアに背中を預けたその姿は…… 七波「……」 ??「お歴々方……今日も、揃ってるかい?」 七波「……ムジカ」 ムジカ「俺の小耳に流れてきた風の噂じゃあ……」  じゃらーん(Em) ムジカ「俺たちのバンビちゃんが……無事に息を吹き返したってェ話だそうだ」  じゃらーん(Am) 七波「誰だよバンビちゃんて。あと死んでねーから」 ムジカ「祝福で一曲……流させてもらうぜ……!」  じゃらーん(G) ムジカ「ワンッ ツッ スリッ フォッ えら」 七波「流すぞ川に!!」 ムジカ「あ、はい」  危うく恥ずかしい歌を朗々と歌われる前に止める。  フォークソングを愛する男。通称ムジカ。  最初はカッコいい音楽が聴けるかもしれないと思って、厨二魂でドイツ語で『音楽家』なるあだ名をつけてみたが、今は激しく後悔している。  どこへ行くにも愛用のギターを持って現れる謎の男。  残念ながらそのセンスが流行りからあまりに外れているため、一般受けするであろう歌をあたしは聞いた事がない。  昼はなぜか大体ここにいる事が多い。夕方過ぎにはモールへ消えていく。  なんかモールの飲み屋では割と有名人らしいけど、まぁ音楽なんてものは聞く人次第なわけで、その界隈ではこいつの歌を好きな人もいるんだろうけどね。 ムジカ「ハッハッハ! 七波ちゃん、Welcome home! You are Welcome home!」  笑いながら軽やかに手を上げて、ギターをぶら下げたままあたしへと向かってくる。 七波「どういたしましてはいいから、ギターケース拾ってこい!」 ムジカ「あ、いけね」  いそいそと表に出て、ドアの向こうに置いておいたであろうギターケースを拾って戻ってくる。  外でわざわざ準備して、ポーズ作ってからドアを開ける切ない姿が目に浮かぶわ……。 ジャグラー「中川くん、おっはようさーん!」 ムジカ「お、春ちゃん早いじゃないか!」 七波「早いとかおはようとか、もう昼過ぎだからなお前ら……」  大体学校から帰ってくるといるから、まぁこのぐらいの時間がこいつらの起動時間という訳か……。 ムジカ「七波ちゃーん……大変だったねぇ。体の調子はもう大丈夫なの?」 七波「お蔭さまでね。なんかみんなで助けてくれたんだって? ありがと」 ムジカ「気にしない、気にしない! 快気祝いにお土産を買ってきたんだぜ!」 七波「ほほう」 ムジカ「君の心のドーナツホールに、イン! サート!」  と、突き出された長い箱は。……ってかその前に。 七波「……今のシモ?」 ジャグラー「シモ」 人治郎「多分、シモ」 七波「削れろ尻っ!」  すぱーん!! ムジカ「あひゅうんっ!?」  蹴り上げられた尻を抑えて悶絶するムジカの顔が、恍惚としているのがムカつく。  こいつは時折、息をするように下ネタを吐くので、注意せねばならない。いつかセクハラで訴えてやろうと思う。 ジャグラー「ちなみにどんなシモか聞きたいかい?」 七波「いらんわっ、そんな解説!」  突っ込んだ後で、ほっぺたを撫でるあたし。 七波「……でだ」  ムジカを蹴り上げる前に、その手から救済した箱を持ち上げて。 七波「これについてだが」 ムジカ「いひひ……うん、いいよね、コレ! 10個1000円でお買い得!」 七波「……どうしてお前らの思考はこうも似る」  カウンターへと視線を投げれば、そこには。 ムジカ「うお、増えた!?」 七波「お前らの手によってなっ!」  これで10個入りミスドの箱は3つ。 ジャグラー「だから言ったでしょ? 人の考える事なんて大体似るんだって、あはははは」 ムジカ「なはははは」  ミスドもこれだけ愛されれば本望だろうが、ドーナツは30個になった。  喜ぶべきところなのは理解してるんだけど……さて、どうしたもんかと……。  ――カランカランカラン! ??「だから言うてるやろ! そんなん無理することないて!」 ??「こういうのは気持ちだって言ってるでしょ」 ??「やりすぎはアカン言うてんねん!」 ??「全く……そう言うのを、お里が知れるっていうんだよ」 ??「実家、三軒隣やんけ!! お互い様や!」  騒がしく――いや、こいつらに限らず揃いも揃って騒がしいんだけど――とかくやかましい二人が入ってきて。 七波「……拍斗(はくと)と、ツッコミ」 拍斗「あ、七味(しちみ)だ」 七波「だからあたしは唐辛子じゃねェっ! 七波だって言ってんでしょ!?」  漫才コンビの登場である。  揃って芸人養成学校の生徒でまだまだ発展途上中の二人組だ。  今の会話でもチラッと言っていたが、揃って上京してきたのが去年だったはず。何もない時はこの穂積が拠点でみんなと和気藹々としてる。  ツッコミとボケの拍斗。  ツッコミの方は例によって名前を覚える気がないのだが、拍斗の方はボケとは呼ばず、何となく名前を覚えてしまった。  と言うのも、こっちはちょっとだけ知的障害があるらしい。最初は、そう言う人とあんまり会話の経験がなくて、おっかなびっくりで話をしてたんだけど、話していると毒の多いキャラに見えて不思議と人の事を考えてるのが分かる、優しい奴だってのが分かった。……年上のハズだけど、同い年か、年下に見える。  色々と印象的な事をしでかす事もあり、名前を覚えたのはそのせいもあるかもしれない。  ツッコミの方は、このメンツでは比較的常識人――なんだけど……とにかく騒がしい。しかもあたしがいると時々安心してボケようとする時があるから、さらに面倒臭い……。 七波「入って来て早々、何」 ツッコミ「いや七波! 聞いてくれや、こいつ、いつもの通り極端なんやもん!」 七波「極端……?」 ツッコミ「そんなに買っても食えへん言うてるのにやな!」  と、二人がバッと掲げたそれぞれの手に。 七波「……ぎゃああああああああああああ!」  ツッコミの手に一箱……拍斗の両手に一箱ずつ。  合計三箱。……言わずもがな……ミスドのロングパック……。 拍斗「喜び過ぎでしょ」 七波「悲劇を嘆いてんだよ!」 ツッコミ「10個1000円でお買い得や言うのは分かるけど、二人で3箱はいらんやろ、なぁ?」 七波「それどころじゃない……」 ツッコミ「……なんやねん?」 ジャグラー「君塚(きみづか)ちゃん、アレ」  と、ジャグラーが指さした先を見て。 ツッコミ「うお!? 倍になった!?」 七波「何回やらすんだ、この(くだり)!」  ミスドのドーナツ60個て……。 七波「あたしはロリ金髪のヴァンパイアかっ!!」 ツッコミ「ぱないの」 七波「男が言うのは禁止だ、あーほうぅっ!!」  ――カランカランカラン! ??「あ……あれ? 一番最初に来たつもりだったのに……」 人治郎「お、作家くん、いらっしゃい!」  ……さっきまでお兄ちゃんと二人きりだったのに、穂積に一気に増える人口。 ツッコミ「よぅ、待っとったで!」 拍斗「俺は待ってねーからな? 調子乗んなよ?」 ツッコミ「なんでそんな殺しそうな毒を吐く!?」 七波「お前らも来たばっかだろう……」 作家「あはは、みんな、こんちは」  こいつは作家。  小説家だか物書きだかを目指してる大学生だったか。  作る物語が意味分からん、訳分からんものばっかりで、これまた生きる方向性が見えない……。  とは言え5人の中じゃ、割とクセがなく、どっちかっていうと突っ込み役で、モブ臭全開な突っ込み役とか苦労人にしかならないのが目に見えてる。万事屋のメガネとか。  ……あたし的には面倒が一つ減るから、重宝する人材なのだが。 作家「いやー、退院祝い買ってたら遅くなっちゃって」  ……退院祝い……ですか。 七波「……そうだよね。みんな根はいい奴らだからね……」  とあたしの目がカウンターの上にスライドすると。 作家「……あ」  作家が硬直する。……そのリアクションが案の定過ぎて。  後ろ手にそそくさと手にしていた箱を隠すが、横長のそのロングボックスが足の端っこからはみ出てる。  ……何て……悲しい生き物なんだ……。 七波「結局、5人とも揃っちゃったよ……しかもドーナツ70個付き……」 人治郎「そんだけ愛されてるんだよ、七波ちゃん」 七波「なんで素直に喜べないんだろう……」 作家「か、カウンターに置いておくから、適当に食べて、ね」 七波「この量を適当に食えというのかっ!?」  ――カランカランカラン! 七波「なんじゃい! もう誰が来てもっ……」 ??「え……七波ちゃん……」  ドア口でハトが豆鉄砲喰らったみたいに驚いた、その――これまでの5人とは明らかに身長の違うその子は。 ??「……ごめ……ごめんなさ……」 七波「うぅぅわぁぁぁっ!? 莉々菜(りりな)ちゃん、ゴメンゴメンゴメン!!」  ロケットスタートでその子――莉々菜ちゃんに駆け寄る。 七波「違うの! あたし、さっきからお祭り騒ぎの盆暗ばっかり相手にしてたから気が立っちゃってたの!」 ムジカ「おいおい七波ちゃん、誰が盆暗だよー」 拍斗「鏡見ろよ」 ツッコミ「お前もその一人や!」 七波「莉々菜ちゃんはいつだって大歓迎! 何だったら七波ちゃんの妹ちゃんになっちゃいなさい」 莉々菜「……そうなんだ……良かった……。でも……七波ちゃんの妹ちゃんになるのは……難しいかな……」 七波「あはは、そうなんだぁ!」  莉々菜ちゃんは何にも間違ったこと言ってないけど、真面目に答えられたのはそれはそれで軽くショックだったりして。  沢上(さわがみ)莉々菜(りりな)ちゃん。『穂積』の近所の女の子で小学校4年生。  ちょっと引っ込み思案なところがあって、おどおどしがちだけど、誰かに何かあると、すごく頑張って手伝おうとしてくれる、とってもいい子。この盆暗共にだって一目置かれてる。  ……まぁ、あたしが害虫を近づけさせたりはしないがな……!  何より、将来美人になる事が約束されてる可愛さである。  もう……この子が来てくれるだけで……くはぁぁぁ……! 癒されるわけですョ……! やっと穂積に癒しが……。 莉々菜「七波ちゃん……もう大丈夫、なの……? 救急車で……運ばれたって……」 七波「うん、大丈夫大丈夫! 元気になったから病院から戻ってきたんだしね!」 莉々菜「……よかった」  にこっ、と覗かせるその笑顔だけで、帰ってきたかいがあるというものですなぁー……!  ……で、だ。 七波「えぇと……莉々菜ちゃん、手に持っているのは……」 莉々菜「あ……七波ちゃん、これ、お見舞い……お母さんが持たせてくれたの……。10個1000円で……お得だから持っていきなさいって……」 七波「ほーほほー……なーるほどぉぉ……」  ミスドのロングバック……。  屈んだ状態で顔は莉々菜ちゃんに向けたまま、後ろ手で、カウンターに向けてお尻のあたりで手をぶんぶん振る。  『隠せ! ドーナツを隠せ!』を伝えるために。 七波「莉々菜ちゃん、ぱないのって言ってみよっかー」 莉々菜「え……なに……?」 七波「ぱないの」 莉々菜「ぱない……の?」 七波「くぅぅっ! かわ良い!」 莉々菜「ふにゅっ……」  余りの可愛さに抱きしめてみたりして。  ちょっとおどおど、疑問な感じがまた何より……! 七波「七波ちゃん、嬉しいっすわ! さぁ、そのミスドのドーナツ……」  さぁ、もういい頃かと思って、振り返ると。 ムジカ「コケーっ!!」 ジャグラー「コッコッコ……」  5人が、アフリカの部族が神を崇め奉るように、カウンターに積み上げられたミスドの箱の周りを、コケコケ言いながら踊り狂っている……。 作家「コッコ、コケっ……って、ホントなの、コレ……?」 七波「……何のマネだ貴様ら」 ツッコミ「お前がやれ言うたんやないかい! 後ろ手に、手をヒラヒラさせてホレ、鶏のモノマネ」 七波「ちッがうわァァっ!! 察しが悪いにも程があるッッ!!」 拍斗「だから言ったじゃん! 七味しちみはオナラを隠そうとしてたんだって!」 七波「殺すぞ! あと七味って言うな!」 莉々菜「な、七波ちゃん……私は……全然、その……臭く、ないから……」 七波「しっ、してないからね!?」  あたしはお尻を押さえて後ずさった。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!