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1-1-9-1 【桜瀬七波】 始まりの声 1

 ポケットから、さっきの路地の奥にあったゴミ捨て場――そこに散乱し、溶け残っていたゴミの中から、持ち運びやすくて比較的綺麗だったもの――火のつかない使い古しのライター2本を、2つとも取り出す。  そして。  ぶんっ!  ……かつんっ……からんからんからんっ……!  表通りの真ん中辺りに放られた1本のライターが、音を立てて地面に弾かれて、もう一度軽く跳ねた後に、石畳を転がる。 七波(どう出るよ……!?)  正直、これでフレイバーンにどんなリアクションがあるかは分からない。  更にぶっちゃければ、あいつが今、どっちを向いて、何をして、どこを見ているかさっぱり分からない状態。  なので先手を打たせる。  かしゃり……!  ……動いた……! 七波(んくっ……!)  高鳴る、心臓。  当たり前だ、こんな状況で足が震えない方がどうかしてる。  そうだよ、ゲフリーさん、こんなの当たり前のことだって……! 七波(はぁぁっ……すぅぅっ……!)  呼吸を整える。仕事だ、あたしの厨二脳……!  イメージしろ、あいつがどう動こうとしているか。  イメージしろ、あいつがこの状況で何を考えるか……!  大事なのは、たった一つだけ……!  かしゃり……  かしゃり…… 七波(これ……こっち側だよね……!)  車通りの向こう側の歩道じゃない。  こっち側の道を歩いてきてる――それが辛うじて音の位置で分かった。  いい形だ……構えろ……!  ――表通りから見えないように柱の陰に身を隠しながら、体を道に対して直角にしてまっすぐに立つ。  そして腕を真正面に突き出して、顔は道路に向ける……!  バカだ、絶対バカだ。  どっかのヒーローでも気取るつもりか、こんなカッコで闇の中に立ってるとか、モノの知らないド素人のガキだと思われたって文句は言えない。  でもいい。そんな自分に酔ってていい。  こんな暗闇で蠢く恐怖を間近にして、酔わなきゃやってられるかっての!  かかって来い、やってやんよ……!  その突き出された腕の先。『あたしのその手の中には』。  かしゃり  かしゃり  ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるその音。  さっきよりも、ゆっくりだ。警戒をしているんだろう。  あたしがあいつで、あいつのように何かを探している時、どう動く?  それをイメージする。  でも固定したイメージじゃない、様々な状況に臨機応変に対応できるように……!  そして……!  かしゃりっ……!  柱の影から、現れる黒い姿。 七波(今……っ!)  あたしは指に力を籠め 七波(違う……っ!)  その指を止める……!  その姿は。  後ろ向きだ。  あの二つの赤い目がない。  それがあたしを見ていなければ意味がない……!  手に握っていたもう一つのライターを……!  ……かつんっ!  あたしの左手横、2、3mの場所に投げる……! フレイバーン「……っ!!」  フレイバーンは完全に虚を突かれたようにそのライターが音を立てた場所へと体を向けた。  赤い双眸が、こちらに見えた……!  最良の形――フレイバーンはあたしを捉えずに、あたしは奴の目を捉えてる……! 七波「っ!!」  震える指を、そこに――伸ばした手の先に構えていたスマートフォンの盤面に押し付ける……!  その瞬間……! フレイバーン「……Guaruaaaa!?」  暗闇に一気に広がる強い光。  スマホの背中についているライトが、フレイバーンのマスクをで照らす!  フレイバーンは仰け反ってふらついた。  あたしはそれを逃さず、一気に駆け出してフレイバーンの脇をすり抜けて、走り出した……!   ◆ ゲフリーレン『――完全な暗闇であった方が、このプランは逆に効果的なのかもしれないとは考える』 七波『……真っ暗な方が? そっちの方がヤバいんじゃなくて?』 ゲフリーレン『無論、完全な暗闇という状況で分があるのは奴だという事に変わりはない。だが、相手はこちらが照明器具を持っているという事を知らない。完全な闇であれば、奴は最大感度でこちらを探す。それを強い発光で照らしてやれば、相手のノクトビジョンは完全に殺せる』 七波『おお』 ゲフリーレン『およそ時間にして10秒前後は回復するまい。そこから状況の把握まで15から20秒。この間に一気に奴から距離を取る――その状況を作れるかどうかが決め手ではあるのだが』   ◆  1秒……  2秒……  タァンッ! タァン、タァンッ!! 七波「んくっ……!」  銃声。  でもそれはあたしが今の今までいた場所を狙ったものらしく、あたしはそのまま走り続ける……!  3秒……  走る。15秒あれば、あたしの足なら単純に直線距離で100mぐらいは距離を取れる……!  4秒……  5秒……  スマホは……まだ圏外……! ゲフリーさん、困るよ……!  6秒……  何とかしてここに人を呼べれば、少なくともフレイバーンはここから……!  7  タァンッ!! 七波「ぃあっ!?」  右足――太腿の裏側に熱い点が……!?  力が……入らなっ……! 七波「……んぁうっ!?」  つんのめるようにして、地面を横に転がる体。  横転が止まった瞬間、腿の裏の熱い点が、一気に脊髄を経由して脳に激痛を訴える……! 七波「……うぁっ……ぁっ!? ……うぁぁぁああああああっ!!?」  撃たれた。  暗くて、視界がないから、足の状態がどうなってるか分からない。  でも、その痛みは本物で、右足が全く言う事を聞いてくれない。  上げた叫びは痛みもあるけど、それ以上に撃たれたという事実から生み出された恐怖と絶望への叫びで……!  かしゃり……  かしゃり……  かしゃり……! 七波「……ぁ……ぁ……や……ぅぁ……!」  闇の中をかき分けるようにして、まっすぐにあたしに向かってくる、その二つの目。  あたしはまともに動かない体を、ずりずりとナメクジのように這わせて、後ずさりするしかできない。  ……もちろん、それは何の意味も成さない。  そしてそいつは――フレイバーンは悠然とあたしの前で立ち止まって……。 フレイバーン「……ah、ah、ruarare……donaruga……n、ん、ぁっ……こうか。通じてるか、オイ?」  不可思議な幾何学模様がマスクにいくつか映った後に、そいつ――フレイバーンはあたしに語りかけてきた。  あたしのよく知る日本語で。  だけど、それは低く、どこか無機質な機械が発したような声だった。 フレイバーン「ガキが……浅知恵でくだらねェ事してくれるじゃねェか……少しばかり焦ったぜ?」  ぼんやりと見えるそのシルエット。  多分、銃を突きつけられている。――はっきりと見えなくたって、この状況――誰にだってそれは分かる。 フレイバーン「良かったなぁ、警察様はお優しいんだ。現地民の皆さまを傷つけないように……ははっ、こいつはゴム弾だ。死にはしねェから安心しな」  左手で手にしていた――形状ははっきりしないが――小型の拳銃をこれ見よがしに見せるフレイバーン。 フレイバーン「だぁがぁ……?」  腰にぶら下げていたらしいそれを右手で突き付けてくる。 七波「っ……!?」  同じく形状ははっきりしないが、それは人を溶かす弾を撃つ銃――さっきの通用口で見たフレイバーンが使っていた大型の銃だろう。  右手に持って突き付けてくる。 フレイバーン「こいつは――ひぅひひっ……さっき見てたのはお前だよなぁ? あのクズヤローが避けやがるから現地民一匹溶かしちまった。これにモノを言わせなきゃいけなくなるんだがぁ……?」  あたしはその言葉に、ただ、ごくり、と喉を鳴らす。  乾く眼球――『瞬きができない』。  そんな中であたしは、混乱する頭に止め処なく溢れる疑問の一つを、意味もなく口にしていた。 七波「ノクトビジョン……強い光で使えなくなるって……」 フレイバーン「あぁ? ……ぅひはっ、未開の原住民らしい知識だなぁ!? ノクトビジョンなんて緊急時の初期化(イニシャライズ)に大して時間はかからねぇっての」  トントン、と拳銃でマスクの側面を軽く叩いて見せるフレイバーン。 七波(それって……)  ゲフリーさんは……知らなかった事なんだろうか……? フレイバーン「さて、それでは俺の質問タイムだ。正しく答えた方が身のためだぜ?」  マスクで見えないが、その奥ではにんまりとしたいやらしい笑みを浮かべているのは想像に難くない。  そして、声を更に少し低くして、フレイバーンは聞いてくる。 フレイバーン「ゲフリーレンはどこだ」 七波「……」  ゲフリーさんの言っていた通り、フレイバーンの目的はゲフリーさん自身だった。 七波「あんた……本当に警察なの……?」 フレイバーン「……ああ、もちろんだ。善良な市民なら警察に協力してくれなきゃな、お嬢ちゃんよ?」 七波「あの人は……」 フレイバーン「おぅ」 七波「あの人は一体、何をしたの……?」 フレイバーン「……チッ……!」  タァンっ! 七波「ひぅぐっ!!?」  肩に焼け付くような痛み。  弾かれるようにして横倒しに倒れるあたし。 七波「ひっ……ひあああああっ!! あっ……あっ!?」  肩を抱きしめるようにして、ぎゅぅぅっ……と体を縮こまらせる。  タァンっ!! タンっ、タンっ!! 七波「っかはっ!?」  更に撃たれた弾丸は、威嚇らしくあたしの周囲を跳ねるが、跳弾した一発が、まだかなりの弾速を保ったまま、あたしの背中をしたたかに打つ。  あたしはそれに仰け反って痛みに耐えるしかなかった。 フレイバーン「今の内に言っといてやる。……質問してんのは俺だ」 七波「あぐっ……あ、くぁぁぁ……」 フレイバーン「おら、起きろ。これ以上面倒くせェのは困るんだよ」  そう言って溶解銃の方を突き付けてくる。  ……今フレイバーンが何発も撃ったのは、ゴム弾の銃だ。  まともな返事をしなかったあたしに――時間のない中、面倒なあたしの質問に、フレイバーンが出した解はそれだった。  ……。  ……そう、なんだ。 七波「はぁ……はぁ……はぁっ……んっくっ……んっ……ふ」  激痛の収まらないままの荒い息の中、あたしは身を起こしながら。  つっと、涙を流して。 七波「ふぁはっ……あは、あはははっ……」  笑ってた。  (ィィィィィィィィィ……!)  普通に考えたら意味が分からない。恐怖で頭が変になったかと思った事だろう。  実際、さっき通用口でこいつから隠れてる時、飛び出して楽になりたいとか考えた、アレは確実におかしくなった頭が望んだこと。  でも……どうやら、あたしのこの笑いはそういう類の物じゃなかったらしい。 フレイバーン「なんだぁ、テメェ……?」 七波「はぁ……はぁ……ん、うっ……。……痛いと、さ……」 フレイバーン「あ?」 七波「何も喋れなくなるよ、人って」  涙で潤んだ目に、少し虚ろな色を湛えて、あたしはフレイバーンを見上げる。 フレイバーン「……。じゃあ、喋れる内にさっさと喋れよ」  ……ああ……。 七波「変だな、すーっとしてきた」 フレイバーン「……。……さっきから何言ってんだ、テメェはッ……!」  すーっと。  すーっと……。
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