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1-1-8 【桜瀬七波】 沸き立つ心

 パリン……かしゃーん…… 七波「……っ……!? 何っ!?」 ゲフリーレン「声を落とせっ……!」  その音はあたしたちが来た方向から、でも、かなり遠くから……  パリンっ……かしゃーん……! 七波「また……!」 ゲフリーレン「……近づいてきている」  そうだ、同じような音だけど、最初の音より少し大きい――それはつまり、こっちにその音が近づいているという事。  そして、それはつまり……!  パァンっ……! かしゃーん……!! 七波「フレイバーン……!」 ゲフリーレン「何を壊している……?」  三度(みたび)繰り返されるその音は、間違いなく何かが割れるような音。  ここはさっき思いついたアレを試す時。  隠れているビルの柱から出て、表通りギリギリに体を寄せて、来た道の方へスマホのカメラだけを柱から出して――! 七波「……何も写ってない、画像もよくないけ……」  パァンっ……! かしゃーんっ……! 七波「っ……!?」  僅かだけど、変化。  その変化にあたしは息をのんだ。  奥の方に『本当に何も見えなくなった部分』が出来た。  それは一言で言えば『闇』。つまり―― ゲフリーレン「奴は街灯を撃ち壊しながらこちらへ進んできている……!」 七波「ま、まずいよ! 周りが見えなくなったら、あたしたち、今よりもっと逃げられる確率低くなっちゃう……!」  柱の陰へと駆け込みながら泡を食ったように言うあたし。 ゲフリーレン「いや……逆にそれを好機と見る事も出来る」 七波「好機?」 ゲフリーレン「……ここからは手筈通りだ」  ゲフリーさんはすっと立ち上がる。  ……手筈って……さっきの通用口での打ち合わせ……。 七波「ま、待って……」  せめて一回落ち着いてから……! ゲフリーレン「状況はお前の心構えなど待ちはしない」  パァンっ! かしゃーん! 七波「……っ……!」  かなり、近い……!  ゲフリーさんの言う通りだ……でも……! ゲフリーレン「ナナミ、お前はここにいろ」 七波「えっ……?」 ゲフリーレン「そもそもお前が俺に付き合う理由はない。ここなら大丈夫だろう、お前だけなら朝までここでじっとしていれば奴から逃れることも難しくないと考える。……もちろん奴が気まぐれにここを探さないという保証はないが、それでも出て行って動き回る姿を捕捉されるよりは、よほど助かる見込みが高い」 七波「で、でも、さっき打ち合わせた逃げ方……ひゃっ!?」  ゲフリーさんが跪いて、いきなりあたしの太ももに手を置いた。  いつもだったら反射的に引っ叩いてたと思うけど、その手にはあたしの考えるような気持ちが何にも籠ってないのをその目に見て、じっとしていた。  その代わりに。  じっとしていて、分かってしまった事。  カタカタと。  カタカタと、足が。 ゲフリーレン「……震えているこの足では、出て行っても先ほどの検討が有効であるとは思えん」 七波「そっ、そんな事っ……!」  ……。  ……ない、とは言えなかった。  震えていることは、事実。  そしてあの甲高く、ゆらりと、あたしたちを探しながら歩いているのだろう固い足音に、あたしは間違いなく身を竦ませているのだから。 ナナミ「あた、しっ……あたしはっ……!」  かしゃりっ……! ゲフリーレン「声をっ……!」 ナナミ「っ……!!」  あたしは慌てたよう口を塞ぐ。  ふと気が付けば、フレイバーンの足音は話していても耳障りに感じるぐらいの音を立てていた。  ……まだ、距離はあると思う。  でも、ここまで近づかれたら、ぺらぺらと話をしていていい状況とは決して思えない、そんな距離。  かしゃり……  かしゃり……  かしゃり……  音を、立てるな……。  かしゃり……  かしゃり……  かしゃり……  息を、潜めろ……。  かしゃり  かしゃり  かしゃり  身を小さくして……  タァンっ!  パァンっ! かしゃーんっ!! 七波「……っ……!?」  暗闇……!  この場所にまで光を届けてくれていた街灯が、無残にも粉微塵にされたんだ……!  周囲は本当に闇に包まれた。  何も見えない。  視覚というものが感じるはずの、一切があたしから奪われた。  でもフレイバーンには見えている。  あたしたちを視界に入れれば、その姿をくっきりと捉えて、一気にあたしたちへと迫るだろう。  なんてチートだ……これじゃホントに勝ち目のある話じゃ……  かしゃり……! 七波「……!」  すぐ、そば……!  かしゃり……!  かしゃり……!  かしゃり!  かしゃり!  かしゃりっ!  かしゃりっ!  かしゃりっ!!  かしゃりっ!!  かしゃりっ!  かしゃりっ!  かしゃり!  かしゃり!  かしゃり……!  かしゃり……!  かしゃり……  かしゃり……  ……通過していく、フレイバーン。  この辺りで歩く方向を変えられないか、この場所を覗き込まれないか……不安ばかりが募り、ネガティブなイメージばかりが先行したけど、それも杞ゆ……  かしゃり……  かしゃり……  ……  ……  …… 七波(音が……?)  しなく……なった……?  まさか……まだ、音が完全に聞こえなくなる距離じゃない。  どんなに小さくても、聞こうと思って耳をすませば聞こえる距離だったはず。  ……音がなくなったって事は……? 七波「止まった……の……?」  小声で、本当に囁くように掠れたような声を絞り出す。  いけない……表通りは一本道だ。道路の前に仁王立ちで待ち構えられたら……!  ……。  ……。  えっ……? 七波「ゲフリー……さん?」  ……。  ……。  返事が、ない。  当然、ただの屍になっているわけがない。  だとすれば。 七波(ホントにあたしを置いて……ここを出て行っちゃったの……?)  足音は一切しなかった。  人の動く気配も一切しなかった。  もちろんあたしは神様のところで修業した悟空みたいな武道家じゃないわけだから、人の気配なんて読めようもないわけだけど、でも流石にこの暗闇だって目を開けていたんだから、ここから出ていく人には気付ける……はず。多分、空気の動きとかで。  手を伸ばす。  何かにぶつかって、とんでもない物音をたてないように、静かに。  でも、さっきまでゲフリーさんがいた場所には何もなく、手が空を掻く。  手を伸ばす範囲を広げてみたけど、手が何かに触れる事は一切なかった。 七波(……なん……で……?)  ……打ちひしがれたように、あたしは心の中でつぶやいた。  ……。  ……そんなの決まってる。  あたしが頼りないから。  息巻いて、ゲフリーさんを安全な所まで送り届けて、そして自分も暖かい家に戻ろうなんて言った癖に、いざという時になって竦んだ足。 七波(……そうだよ、ね……)  ぽつり。  闇の中で、一人。  ただの、何者でもない女子高生。  そんなのが、ポッと現れて、生き死にを賭けて逃げてるゲフリーさんの助けになんてなるワケがない。  ぽつり。  ぽつり。 七波(『また』……取り残されちゃったかな……)  ぽつり。  闇の中で、一人。  不安が渦巻くけど、安心でもある。  あいつは。  フレイバーンは動かない。  足音がしない。  なら、危険はない。ここへとやってきたりはしない。  あいつがどんな特殊な動きができるかは分からない。  だから突然、ぴゅーんと飛んだりしたら分からないけど、さっきの音の消え方は少なくともそう言う特別な動きをしたようには聞こえなかった。  ゲフリーさんが言った通り、朝までここにいれば、あたしは少なくとも殺されることはないと思う。  ぽつり。  ぽつり。  それでいい。 七波(あたしは、『それ』でいい)  それでいい。  それで。  ぽつり。  ぽつり。 ??(ナナちゃん、ウチね……)  ……ふつり。 七波(……『それ』って、何)  なんだ、あたし……?  何を考えてるの?  暗闇の中で、何を見てるの?  ――笑顔。  大切だと思える、友達の、嬉しそうな顔。  『何か』になろうとした、今、何かになりかけている、彼女の笑顔。  ……ふつっ……ふつっ…… 七波(あたしは、何)  あたしは、何だ。  何者でもない、女子高生だ。  それはいい。  なら、何になるんだ? どうなりたいんだ?  そもそもあたしは、一体どこにいる?  ……ふつっ……ふつっ……!  この暗闇の中で一人佇んで。  あたしはまた、混沌の中に身を浮かべて。  『それ』とかいう状況に――事なかれ主義とか言う状況に、あたし自身を許すのか? そこに安心を求めるのか? 七波(分からない)  分からない。 七波(あたしが何なのか、分からない)  でも、それの何が悪い? 七波(いいよね)  うん、いいよね――分かんなくたって……。 七波(あたしは)  あたしは、ただ。 七波(あたしはただ、『あたし』になればっ!)  ……ふつふつふつっ!  あたしは何度確認した?  ゲフリーさんを助けたい気持ちがあって。  失敗なんか考えもしなくて。  恩義も感じてる。  どうやったかなんて知らない。でもゲフリーさんはフレイバーンから確かにあたしを助けてくれた。  足は溶けて、満足に走れもしないゲフリーさん。  ここまで息を切らせながら痛みをこらえて走らなきゃいけないような体なのに、ゲフリーさんはまたあたしに、ここにいろ、助かれと言ってくれた。  ……ダメだよ、ゲフリーさん。  逆なんだよ。  そんなの、聞けるわけがない。  そんな人をほっておく奴は、あたしじゃないんだよ! 七波(今はまだ何にもなれなくていい。でも) 七波(あたしはせめて、今のあたしでいる!)  間違って何が悪い。  悪くない? 間違った選択をすれば死ぬだけだ? ……ああそうだよね。  それでお兄ちゃんや咲子を悲しませるかもしれない。  もしかしたら嬉しい事に他の誰かも悲しんでくれるのかもしれない。  でも、あたしがあたしでない生き方をして、ゲフリーさんの事を引きずって生きて、みんなに誇れるあたしになれるなんて――! 七波(全然思えないんだよね!)  視線を表通りへと向ける。  擬音をつけていいのなら、『』と。  人間の目って優秀。完全に暗闇だと思っていた周囲なのに、どっかの光をちょっとでも拾って、辺りを、ほんの僅かに浮かび上がらせる。  全部じゃないけど――それどころかさっきの状況に比べたら、もう1%ぐらいという、見えてないにも等しい見え方だけど――  見える。  今は、フレイバーンはあたしの視界にはいない。 七波(ゲフリーさん、悪いね。ゲフリーさんの性格じゃ気遣いかどうかなんて考える方が間違ってんだろうけど)  状況をよく思い出してみる。  あたしはどんだけ、この暗闇でくすぶってたかは分かんないけど、時間にして5分も経ってないハズ。  その間、あいつは動いたか?  ……ううん、動いてない。あのイラつくカシャカシャいう音はあたしの耳には、あの後聞こえて来ていない。  なら、この周囲にまだいると信じて。 七波(あたしはやっぱり、ゲフリーさんの事ほっといてなんてやんない!)
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