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1-1-2 【桜瀬七波】 鉄筋の檻
胸が、高鳴り続けてる。早鐘を打ち続けている。
そしてそれは、破裂しそうな痛みに変わりつつある。息を吐くたびに喉の奥にヒューヒューと言う音が絡み始めて、足が次第に重くなっていく。
それでもあたしは、背中から迫る死を振り切るべく、後ろで結んだポニーテールを跳ねさせながら、ビルの狭間を疾走する――。
これだけ重厚なオフィスビルの立ち並ぶ区画なのに、人っ子一人いない。低くても20階は間違いなくあろうビル群が、あたしを上からあざ笑うかのように見下ろしている。
街灯がいくつか立ち並び、地面に落ちる光がぼやりと周囲を浮き上がらせるが、世界は青色であるかのようにその光は冷たく凛として、あたしが孤立していることを更に浮き彫りにしてくれるだけ。
昼に見れば爽やかな景色となるはずの植え込みや木々は、さやさやと10月頭の涼しくなり始めた風になびかれるのみで、今はあたしに何を語りかけてくることもなかった。
いない。人、いなさすぎ。
何故って今日は三連休真ん中の夜!
まっとうな働き手、特にこの辺の一流企業の社員の皆様なら、悠々と家族揃ってヴァキャンスを楽しむのが当然というもの。
でもこれだけ人の働き口があるなら、休日出勤とかしててくれよ、一人ぐらい、マジで! あたしは一体何に助けを求めたらいいのか! 今ならあたしは助かるためにはブラック企業にでもすがりたい。
……ブラック企業が果たしてこの状況のあたしを保護してくれるかは、分からないけど。できればそんなトコの社長様でも人の情が残ってて欲しい。
いや、そんなのはどうでもよくて。
ホントヤバい。
状況は尻上がりに悪くなっていく。
あたしはこの区画には結構よく足を運ぶ。
別にこのオフィスビル街は一般から遠ざけらていたりはしない。一言で言ってみれば、ただのちょっとばかし広くて小奇麗なメインストリートを中心に、高層ビルが立ち並んでるだけ。
不思議な事に、ここは高台の斜面を中心に栄えたオフィス街でメインストリートはゆったりとした坂道だ。『与野城 通り』っていう。
昔は高台の上には天守閣があったらしいけど、今は跡地が残るのみで、そこから道は麓まで結構まっすぐ下っている。
そこから左右にかなり広くビルが立ち並ぶという、なぜこんな土地になったか、地元の人間も良く分からない日本でも有数の珍しい場所となっていた。
そしてその高層ビル群は、今や凝ったデザイナーズオフィスばかりで――つまり珍しい形をしたビルが幾多も並んでるためにちょっとばかりシャレた場所として、仕事後の恋人たちのデートスポットに選ばれるぐらいだ。
『リア充爆発しろ』が命令通り実行されれば、金曜の夜のこの通りは、全体的に連続爆発で木っ端みじんことなるに違いない。
場所によっては眺めが良かったり、ちょっとした公園っぽくなったりしてるトコもあって、一人で物憂げにぼんやりしてるにはちょうどいい場所だったりする。
でも、あたしがそんな折に来る場所というのは、メインストリートからちょっと入った所にある決まった場所で、それ以外の場所は訪れない。
そう、つまり何が言いたいかといえば――そのメインストリートから外れた奥の方がこんなに入り組んでいることを全然知らなかったんだ。
もしかしたら、入っちゃいけない場所に入り込んじゃったかもしれない。
デザインされたビルって言うのは、時としてこんな風に方向感覚を奪うものなのか、;人気(ひとけ)のありそうな場所へ出るための道が見つからない。
そもそも、入り口に飛び込んだつもりなんてないのに、気が付けば頭上の景色はビルの吹き抜けだ。
見上げれば。
屋上が、
落ちてきそう。
錯乱した頭が、景色を湾曲させる。
高層ビルの屋上の縁がこちらに傾いてくるような錯覚。
そのせいで……
ああ、そのせいで……。
屋上から、
『さっきのアレが落ちてきそう』。
七波「ひっ……!?」
ひくんっ、と身がすくむ。『目を見開く』。
リフレインされる記憶があたしの脳を支配する。
死ぬ。
殺される。
今度は言葉だけじゃなくて、イメージも一緒になって、あたしの頭の中を支配する。
立ち止まれない。
目を閉じる事も出来ないあたしは、錯乱しながらも、歪な空への視線を振り払い、再び走り出すだけ。
七波(いやだ、こんなトコで……こんなトコで絶対……あんなのは……!)
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