1 / 3

Chapter 1

 ほとんど崖じゃん。  心の中でそうつぶやいた時、背中をバンと叩かれて、心臓が口から飛び出そうになった。 「やめろよマジで!」  抗議しながら振り返ると、ホークが笑いながら言った。 「ビビってんのか?」 「いや……最高」  そう言って笑い返すのが、僕なりに精一杯の強がりだった。 「ねぇ、ホントに行くの?」  と、タチアナの声。 「行くさ。今さら引き返せないだろ」  と、ホークが答えた。  みっしりと積もった雪が午後の陽射しを強く反射して、あたりは空気そのものが輝いているみたいに眩しい。 「天気崩れないうちに、さっさと行こうぜ」  と、ホーク。 「ちょ、ちょっと待って! 心の準備!」  と、タチアナ。 「オッケー。じゃあ、三、二……」 「早い早い!!」  いつもと変わらないじゃれ合いのはずなのに、僕には何だか大人びて見える。  金髪を短く切り揃えたタチアナ。  銀髪を軽く遊ばせたホーク。  そして僕、ロイドのくせっ毛が赤銅色と言えなくもないせいで、僕たち三人はよく“表彰台”なんて呼ばれた。  何をするにも一緒だった。  でも、小さい頃からの仲良し三人組もそろそろ店じまいだ。  ホークとタチアナはたぶん、冬休み明けには恋人同士になっているだろう。 「あのさ、これ、死なない?」  と、タチアナが真顔で言った。 「平気平気。昔はコレが“卒業の儀式”だったんだから」  と、ホーク。 「でも、危ないから立ち入り禁止になったんだよね?」 「今の季節は背鰭熊(シャーク・ベアー)も冬眠してるし、傾斜ヤバいのは最初だけだって」 「うーん……」  終業式を終えての里帰り。  バトランド山山頂に建つ我らが学び舎から、麓への一時帰宅。  普通は小型飛空艇で送ってもらう。  そこを僕たち三人は、この裏門坂をブレイクボードで滑っていこうってわけだ。  ホークがじれったそうに言った。 「おい、ロイドも何とか言ってやってくれよ」  正直、僕はリタイアしたい。  いざここに立ってみると、正気の沙汰とは思えない。  けど、きっと三人で遊べるのはこれが最後なんだ。  やめるわけにはいかない。 「行こう。この中でボードが一番うまいのタチアナだろ」  と僕が言うと、タチアナは 「……まぁね! よーし!」  と言って、自分の頬を両手で打った。  二人の関係について、具体的に見たり聞いたりしたわけじゃない。  何となくだ。  何となく感じるもんだろ、こういうのって。  季節の変わり目みたいに。  澄んだ空気の中を雷鳴が轟いた。 「お前ら、何やってる!!」  雷鳴と思われたのは、“ゆでだこ”の愛称で親しまれるジャックス先生の怒声だった。  ホークは嬉しそうに 「やっべ、見つかった!」  と言って、ひらりとブレイクボードに飛び乗り、一気に斜面を滑り始めた。 「あ、待ってよ!」  と、タチアナがその後を追う。  その後を、僕が追う。  わかりやすすぎる構図だな――なんて、皮肉なことを考える余裕があったのは最初の一瞬だけだった。  視界が風圧に覆われた。  これ、思った通り、っていうか、思ったより、やばい。  滑ってない。  落ちてる。  全力で後ろに体重かけてんのに全然減速する気がしない。  マジで、死ぬかも。 「ロイド!」  と、後ろからホークの声。  いつの間に追い越してたんだ? 「そんなに飛ばすな! 膝使え膝!」  いや、僕だって飛ばしたくて飛ばしてるわけじゃ……  その時、正面に岩。  やばい!  右へ!  左のかかとを思いきり踏み込む。  あ、そうか。  直滑降じゃ速すぎるはずだ――と、当たり前のことに気づきながら、僕は紙一重で岩をよけた。  心臓がバクバクいってるところへ、ホークが追いついてきて言った。 「驚かすなよ」 「ごめん。ちょっと焦った」 「楽しんで行こうぜ。じゃないんだからさ」 「……うん」  そうだよな。  ならもうとっくに勝負がついてるんだ。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!