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第23話OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで②共に生きる(B)
M95星ーーーその前線基地は小高い丘のふもとに構えられていた。
普段はのどかな星なのだろうが、宇宙正義の全戦力が集ったいまとなってはそんな面影は微塵もない。
無数の迎撃システム、数千もの戦闘機、巨大母艦バラバ。そしてデナリを筆頭とする高エネルギー生命体の面々と宇宙正義の兵士たち。
いよいよだ。いよいよ総力戦が始まる。
これが、この戦争の最後の戦いになるだろう。
デナリ率いる第一部隊が先陣をきり、フィネ率いる第二部隊がそれを援護するという作戦だ。
オレが第一部隊のすぐ後方に着き、デナリの後を追って敵本拠地に突入するという筋書きらしい。
小細工なしの正面突破ーーー望むところだ。
自分の小型飛行船に乗り込み、細部の最終確認を行っていると、不意に通信機から声が響いた。
「間も無く帝国軍がこのM95星を包囲するだろう。決戦の前に、皆に話しておきたいことがある。少しだけ、私の話に耳を貸してくれ」
それはデナリの声だった。
静かだが決意と覚悟に満ちたその声が、通信機越しに流れる。
「この戦争の中で、我々は多くの仲間を失った。数え切れないほどの仲間たちが、宇宙正義の勝利を信じて散っていった。我々の戦いは、彼らの死に報いるためのものだ」
青い空のその向こうにうっすらと見える三日月に似たそれが、徐々にその輪郭をはっきりさせながら迫ってくるーーー帝国軍本拠地、sEvEns-hEavEn。ついに、この時が来たのだ。
「今日、この戦いで、長きに渡ったこの戦争は終わる。帝国軍を打ち倒し、この宇宙に平和をもたらすのだ」
無数の影ーーー大小様々な機兵獣の群れが金属音を響かせながら空を覆う。
静かに、それでも力強く、デナリの言葉が響いた。
「皆………行くぞ!!」
それが合図だった。
デナリを先頭に高エネルギー生命体の一団が飛び立つ。
それを追ってオレが、そしてその後ろをフィネの部隊が続けざまに発進した。
先陣を切って進むデナリが空中に静止し、右腕を天に翳した。瞬間、その手の先に光の玉が現れる。さながら小さな太陽のようなそれを、デナリはsEvEns-hEavEnの中心に据えられた巨大な砲台へーーー恐らくフラッシュプリズム・コンバーターの発射口へと向けて投げつけた。
一瞬のちに巻き起こる爆発と砕け散る砲台。それを皮切りに、高エネルギー生命体たちが一斉に攻撃を開始した。
光球、稲妻、光の渦…そのどれもが空を埋め尽くす影を削り落としていく。
その爆炎の中を、ひたすらデナリの後を追って突き進むーーーと、その時、突然機兵獣が目の前に降りてきた。
巨大なハサミを持った甲殻類を思わせるそのフォルムを確認するや否や、オレは迷わずメモリクレイスを生体コネクタに挿し込んだ。
ーーーーVALCANーーーー
「邪魔だぁあああッ!!」
翼の下に生えた二丁の砲身から放たれる弾丸の前に、機兵獣は粉々に砕け散った。しかしーーー。
「ぐぅっ!?」
コックピットに飛び散る火花、揺れる視界。
背後を確認して驚愕するーーー飛行船後方に、巨大なハサミが突き刺さっていたのだ。おそらく爆散する寸前、すれ違いざまにやられたのだろう。
出力が低下している。このままではーーーしかも目の前にはさらなる騎兵獣が迫っていた。
ちくしょう……!
オレの焦りも虚しく、目の前の機兵獣から放たれた光が飛行船を包むーーーー!
瞬間、オレは生体コネクタのついた小箱を取り出し、それにメモリクレイスを突き挿した。
ーーーーARCAーーーー
巻き起る爆炎。その中から、オレは方形の新たな小型飛行船に乗って飛び出した。
小箱ーーーサムタンキューブだ。試作実験されたばかりの新型兵器であり、武器としてではなく主に飛行船や小型車両などの移動手段として用いるために開発を進めていた。
しかしまさかこんな風に脱出にも使うことができるとはーーー我ながらナイス判断だ。
不意に上空、敵本拠地で大きな爆発が起こる。
どうやら既にデナリが突入し、内部を破壊し始めているらしい。その証拠に三日月型の要塞に設置された砲台は動きを止め、代わりにあちらこちらから煙と炎が噴き出している。
ーーー今がチャンスだ。
サムタンキューブが変形した飛行船も、持続時間は普通のメモリクレイスと変わらない。その上二度は使えない手であるため、これ以上の失敗は許されないのだ。
オレは覚悟を決め、最大速度でsEvEns-hEavEnへ向かった。
機兵獣が次々と射出される発射口に、船体を無理矢理ねじ込むようにして突入する。
出撃する直前の機兵獣を何体も薙ぎ倒し、次々と巻き込んでいく。轢き飛ばしたそれらをクッションにして無理やり停止させた飛行船から、オレはついに敵本拠地の内部へと侵入を果たした。
歓びの剣を抜き、前方に翳す。すると剣先から一条の光が、まるで進路を示すかのように真っ直ぐに伸びた。
マホロの言葉が脳裏に蘇る。
ーーーこの剣が、ピエロンさんを星のかけらの元へと導くでしょう。
この光の先に、探すものがある。
オレはそれを確信し、歩き出す。
通路はデナリによってことごとく破壊しつくされ、あちこちに兵士や機兵獣の破片が散らばっていた。
おかげで敵と遭遇することなく進むことができる。
どうも罠があちこちに仕掛けてあったらしいのだが、それらも全てデナリによって壊し尽くされていて機能していないようだ。
それでもやはり敵地は敵地。オレは確認するように、一歩一歩慎重に進み続けた。
と、そのとき、オレの真横の壁が吹き飛んだ。
咄嗟に物陰に身を隠して様子を伺うと、散乱した瓦礫と立ち込める煙の中、誰かがゆっくりと立ち上がるのが見えたーーーデナリだ。
デナリは真っ直ぐ、前方の砂塵の中に立つ人影を睨みつけていた。
「おいおいどうした?こんなもんじゃないだろ」
ゆっくりと、その声の主が姿を現す。
瞬間、全身を悪寒が駆け巡った。
こいつは…こいつはまさかーーー!?
「がっかりさせないでくれよ…俺はお前に会えるのをずっと楽しみにしてたんだぜ。そろそろ白黒つけたかったもんでな」
ブロンドの長い髪を靡かせた端正な顔立ちの顔。薄笑いを浮かべてデナリを見下ろす、黒く塗り潰されたような瞳。
デナリと対峙するその姿ーーーこいつが銀河帝国皇帝、ラスタ・オンブラーか。
「さぁ、始めようぜ。宇宙を賭けた一戦を」
言い終えるや否やラスタ・オンブラーが動く。
殆ど同時にデナリも動いていた。
二人は目にも留まらぬ速さで何度も宙で激しくぶつかり合う。その度に閃光が迸り、衝撃によって周囲が次々に崩壊していく。
ラスタ・オンブラーの腕先が黒い霧に包まれ、瞬時に刃と化した。その一閃を素早く躱し、デナリが皇帝と距離をとる。
どうやら奴はあの霧と一体化して自らの身体を変形させられるらしい。だとすれば素手であるデナリは戦いにくいだろう。この状況は、幾らデナリとはいえ不利と言わざるを得なかった。
ましてや長期戦ともなればそれはさらに顕著となるだろう。
オレは喜びの剣の柄を握りしめた。
その先端からは相変わらず光の線が伸びている。
これを返せばーーーいや、まだダメだ。オレにはオレのやるべき事があるんだ。
激化する戦闘に巻き込まれないよう、身を屈めて迅速にその場を離れる。
ーーー悪い、デナリ。もう少し待っていてくれ。
慎重さをかなぐり捨て、オレは光を辿って走り出した。
光が指し示す先にあったのは、sEvEns-hEavEnの中枢機関室だった。
薄暗い室内のその中心に据えられたカプセルの中で、ひときわ輝きを放つそれが目に入る。
オレは直感で理解したーーーあれが、星のかけらだ。
カプセルから伸びる何本ものコードから、どうやらこの星のかけらから得るエネルギーを動力の一部にしているらしい事がうかがえる。
早くこいつを回収して、デナリに歓びの剣を返さなければ。
オレはピッキングドリルを取り出し、カプセルめがけて大きく振り下ろした。
高い金属音が響き、火花が散る。
「マジかよ…」
オレは思わず呟いた。自慢の道具はオレの手の中でひん曲がり、使い物にならなくなってしまっていた。
オレは心の中で舌打ちした。
さて、次はどうするかーーーそのとき、歓びの剣が唐突に光を帯びた。まるで星のかけらと呼応するかのように、微弱な明滅を繰り返す。
剣を使えと、言われたような気がした。
オレは恐る恐る、光る剣を星のかけらへ向ける。その切っ先がほんの少し振れた瞬間、先ほどまでの強度が嘘のようにカプセルが弾けた。
光を放つ石が、軽い音を立てて床に転がる。
これが、星のかけらか。
正の意思の分身ーーその最後のひとつを、オレは震える手で拾い上げた。
聞こえてくる機械音が徐々に弱くなっていく。どうやらこれから得られるエネルギーを主な動力源にしていたらしい。これで多少は外の戦いも宇宙正義の有利になるだろう。
さぁ、早くデナリの元へーーー踵を返したその時。
「やれやれ、また君か。困るなぁ、実験体だけじゃなくその石まで持ち去ろうだなんて。これじゃ私の研究が進まないじゃあないか」
白衣を纏った猫背の男が、いつの間にか部屋の出口でオレを見据えていた。
忘れもしない、貼り付けたような薄気味の悪いその笑顔ーーー。
「ロゴス………!」
「また会えて嬉しいよ。この前は最高に楽しかったねぇ…。あの時の興奮が忘れられないんだ。さぁ!続きをしようじゃないか!!おっとぉ、今度は逃げないでくれよ?」
高笑いしながら、奴の体が黒く大きく変化を始める。その姿を見た瞬間、オレの心の中にどす黒い感情が芽生えた。
震える声で呟く。
「あぁ、奇遇だな。オレもお前に会えて嬉しいぜ。討たせてもらうぞ、あいつの仇…ッ!!」
怪獣の姿へと変質したロゴスがその長い尻尾を振るい的確にオレを狙う。
「ッーーー!」
咄嗟に横っ飛びでそれを躱し、物陰に隠れて星のかけらを懐へしまう。とにかく一旦奴との距離を取らなければ。
今しがたの攻撃で壊れた壁を乗り越えて隣の部屋へと移ると、オレを追ってロゴスも壁をぶち破ってくる。
「ハァーーハハハハハ!!!仇討ちするんじゃなかったのかい!?いつまでも逃げてばかりじゃ、何も変わらないヨぉ??」
ーーーうるせえな、分かってんだよ。
オレが逃げる後を追ってロゴスが迫る。その巨体が、尻尾が、火球がオレを狙う度に壁や床が壊れて行く。自分たちの本拠地だというのに御構い無しだ。
そんなことを繰り返しているうちに、やがて今いる階層は破壊し尽くされ、なかなかの広さのスペースが開けたーーー適度な距離を取って戦うには充分な広さだ。
俺は踵を返して奴に向き直った。
いいか、こっからが本番だ。
覚悟しやがれ。
ーーーーVALCANーーーー
メモリクレイスを挿したサムタングリップが、幾つもの砲身を持ったガトリングへと変形する。
瞬間、雨あられの銃弾がロゴスへ浴びせられたーーーしかしその何百発の弾はすべて強固な怪獣族の皮膚に弾かれてしまう。
「おぉ?やっとやる気になったみたいだね。でもそんなの効かないよ?」
嘲笑うロゴスを前に、オレは自分でも驚くほど冷静さを保っていた。
まだ、奥の手はあるのだ。
オレは手の中のサムタングリップをーーーゼノビアをちらりと見た。その先端には、生体コネクタが二つ付けられている。
田中が何を意図してサムタングリップに改造を施したのか、オレにはその意味が分かっていた。しかしそれはまだ机上の空論でしかなかったはずだ。
こんな無謀なことが果たして本当にうまくいくのかーーーいや、やるしかないか。
オレはメモリクレイスを二つ取り出し、二つの生体コネクタにそれぞれ突き挿した。
ーーーーVALCANーーーー
ーーーーSTUN BALLーーーー
「喰らえッ!!」
メモリクレイスの掛け合わせは、開発当初から考えられていた発想のひとつであった。
それぞれの特徴を合わせた武器を即席で合成、開発することができればと思っていたのだが、組み合わせには情報因子同士の相性があるらしく、まだ解明するに至っていなかったこともあってその実用化は見送られていたのだ。
田中はそれを分かっていてこのサムタングリップに二つの生体コネクタを取り付けたーーー少しでもオレが生き残る可能性がある方に賭けたのだ。
何百発もの弾を打ち込むVALCANのメモリクレイスと、高圧電流を流して相手を足止めするSTUN BALLのメモリクレイス。
掛け合わされた二種類の兵器が、何百発ものスタンボールとなってロゴスの全身に炸裂した。
まるで稲妻が直撃したかのような光と衝撃に、わずかにロゴスが怯むーーー行くぞ!
駆け出したオレに向けて数発の火球が放たれた。
ーーーーBARRIERーーーー
ーーーーARCAーーーー
発生させた方形のバリアで自分を包み、火球を防ぎつつまっすぐ突進する。
視界の端で長い尻尾が動くのが見えたーーー地面に転がってそれを躱し、メモリクレイスを挿し替えた。二つの機械音声が重なり、サムタングリップが変化する。
ーーーーARMーーーー
ーーーーBARRIERーーーー
黒い柄が伸びたーーーその先端にはいつものようなアームではなく、光の壁 が展開されていた。伸びるその勢いのまま、思い切りそれをロゴスに叩きつける。
「ぬぅう!?」
どうやら突然のことに反応できなかったらしく、伸びたバリアに押されるがまま、ロゴスの巨体が背後の壁へと突っ込んだ。
畳み掛けるべくオレが再び走り出した時、ロゴスの目がぎらりと光を帯びた。
「調子に…乗るなよ……!」
ドスの効いた声とともにその口が大きく開かれ、背中の水晶が強く輝いた。口内に光が満ちていくーーーオレは思わず笑った。
待ってたぜ、この時を。
いまこそ、とっておきを見せてやる。
オレは一本のメモリクレイスを取り出し、サムタングリップに挿し込んだ。
ーーーーDRAIN ROPEーーーー
機械音声とともに放たれた透明な光の帯がロゴスの全身に絡みつく。瞬間、口の中に集められていた莫大なエネルギーが煙のように霧散し、それに連動するかのように背中の水晶も輝きを失った。
「ーーーッ!?」
「てめぇの胸糞悪りぃ実験成果、活かさせてもらったぜ!」
ロゴスの手記に記載されていた、高エネルギー生命体についての情報。そこから着想を得て生み出されたのがこのドレインロープだ。
対象に絡みついてその生体エネルギーを吸収する、所謂"対高エネルギー生命体"に特化した兵器であるため、反乱を防ぐためにその開発やメモリクレイス化には多くの制限や条件が設けられた。
上層部への試作品の提出、組織内部での存在の秘匿、さらに帝国壊滅後にはこの兵器の一切の情報を廃棄することなどがその一例だ。
その特性ゆえに高エネルギー生命体の力を持つロゴスに対し絶大な効果が発揮できると期待していたがーーー予想以上だ。エネルギーを吸い取られたその巨体がよろめき、膝をつく。
ーーー今だ!
オレの手の中にあるサムタングリップには、ロゴスから吸収したエネルギーが充填されていた。それをすべて、この一撃に込めるーーー!
弱ったロゴスの懐へと飛び込むようにして潜り込み、サムタングリップの先端を突きつけた。
「おらァッ!!」
ーーーーDRILLーーーー
オレの手にした兵器が瞬時に高速回転するドリルへと形を変え、目の前の化け物の胸を大きく抉る。
飛び散る破片と体液。さしもの怪獣族の皮膚も、最大出力のこの衝撃には耐えきれなかったらしい。ロゴスが悲鳴をあげながら大きく仰け反り、倒れる。
まだだーーー追い打ちをかけようともう一度サムタングリップを振りかぶったその時、ロゴスが吼えた。
それは有りっ丈の力を振り絞ったかのような苦しげな声でーーー。
「!?」
瞬間、眩い光が目を射抜く。と、同時に全身を凄まじい熱波が襲った。
何が起きたのか、まったくわからない。
ただオレの身体が激しい衝撃に吹き飛ばされ、為すすべもなく宙を舞っていることだけは理解できた。
「ぐぅっ!」
地面に叩きつけられ、一瞬、息が止まる。
サムタングリップが手を離れ、滑るように床を転がっていく。
ーーーしまった……!!
後悔してももう遅い。抵抗の術を失ったオレは、燃え盛る炎の中、ゆっくりと近づいてくる巨影を見上げた。
さすが高エネルギー生命体と怪獣族の力と言うべきか、大きく抉れたその胸はすでに再生を始めていた。
ーーーあぁ、なるほどな。オレの空けたこの穴から、こいつはエネルギーを一気に放出しやがったんだ。体内放射、とでもいうのだろうか。まあでも、今更気付いても仕方がない。
ロゴスの大きな手がオレの首を掴み、片手で高々と持ち上げた。抵抗することもままならず、だらりと垂れ下がるオレの身体。
黒い皮膚の上で、赤い目だけが怒りにギラついているのが見えた。
その手に込められる力が徐々に強くなり、それに比例するようにオレの意識は遠のいていく。
一息に殺さないのはロゴスなりの楽しみ方なのだろうか。悦びに打ち震えながら何かを口走っているようであったが、オレにはもうそれを聞き取ることすらできなかった。
呼吸器官が悲鳴をあげ、ただ自分の骨が軋む音だけが、頭の中に無情に響く。
ここまでか…。
身体から力が抜け、諦めにも似た感情が心を蝕む。
悪りぃ、田中。約束守れそうにねぇや。
視界が黒く染まり、まるで眠りに落ちるかのように、俺の意識は緩やかに暗闇へと沈んでいくーーー……。
闇の中に、一筋の光が見えた。
その光が少しずつ、少しずつ大きくなっていく。
「…?」
薄れゆく意識の中、その光の中から声が聞こえたような気がした。
ーーーピエロン。起きて、ピエロン。
この声は…。
懐かしさすら覚えるその声が、オレに語りかける。
ーーーなにこんなとこで諦めてんの、シャンとしなさいよ。まだ、終わりじゃないでしょ?
光の中から響くゼノビアの声が、オレを奮い立たせる。
あぁ、そうだ。終わりなんかじゃない。
……オレはまだ、こんなところで終わるわけにはいかねぇんだ!
オレの意識が目の前に迫る光を突き抜けた瞬間、視界は開けた。
ロゴスの恍惚とした表情が固まる。信じられないとでも言いたげなその顔に、オレは思わず不敵な笑みを漏らした。
殺したと確信した相手が突然目を見開いて睨みつけてきたら、誰でもそうなるだろう。
その動揺から腕の力が僅かに緩むーーーその一瞬をオレは見逃さなかった。
首を絞めあげるロゴスの腕を左手で抑さえ、同時に右手で腰に下げていた歓びの剣を抜き取る。
銀色に煌めくそれを逆手に構え、大きく振り上げたーーー!
「おらァああアッ!!」
まっすぐ振り下ろしたそれが、化け物の顔面をーーーその右目を貫く。
「うぐああああああああ!!!!」
響き渡る絶叫。苦しみもがくその皮膚が弾け、血飛沫が舞う。オレはそれに構うことなく剣に全体重をかけ、両目を潰すべくそのまま横方向へと斬り裂いた。
「があああッ!!うおあああああ!!!」
言葉にならない叫びをあげるロゴスが痛みのあまり身体を大きく捩り、その反動でオレは宙へと投げ捨てられた。
「かはっ…!」
解放されたオレの身体が地面を転がる。全身の骨が軋み、呼吸も整わない状態だったが、それでもオレはまだ生きていた。
ーーーありがとよ、ゼノビア…!
「虫ケラがあああ!!!!死ね!死ね!!死ねぇええええ!!!」
激しく血を噴き出しながらロゴスが発狂したように辺り構わず火球を放っている。剣によって真一文字に斬り裂かれたその両目は、心なしか先刻の胸の傷より再生が遅いように思えた。
ーーー今しかねぇ。
オレはよろめきながら立ち上がり、最後の力を振り絞って走り出す。
飛び交う火球をかわし、地面に転がっているサムタングリップを拾い上げると、そのまま流れるようにメモリクレイスを挿しこんだ。
「そこかぁああ!!」
その音を察知したのだろう。こちらを向いたロゴスの口が大きく開かれ、その口内に光が集まっていく。
ーーー撃たせてたまるか!
危険を顧みている余裕はない。
ロゴスとの距離を一気に詰め、蠢きながら巨大な砲身へと変形したサムタングリップ を、化け物の開かれた口内へと突っ込んだ。
「!?」
ーーーーFLASH PRISM-CONVERTERーーーー
「じゃあな…!」
絞り出すような一言と共に、引き金を引く。
瞬間、眩い光が炸裂した。
想像を遥かに超える衝撃に空間が弾け、次々と舞い上がる床や天井や壁が瓦礫と化して渦を巻く。
優しく、力強く、温かく、そしてなにより恐ろしい光のその中で、ロゴスが断末魔の悲鳴を上げて砕け散るのが微かに見えた。しかしオレの意識もまた、同じように輝きの中へと呑まれていきーーー。
ーーーそしてやがて、何も見えなくなった。
「……ん」
気がつくとオレは、床の上に大の字で倒れていた。
起き上がろうとするだけで骨が軋み、全身がくまなく痛む。火傷に打撲、細かい擦り傷…数えだしたらキリがないが、それでもあのゼロ距離砲撃の威力や反動を思えばこんな軽傷で済んだことは奇跡みたいなものだろう。
ったく。しぶといね、オレもーーー…。
なんとかかんとか身体を起こし、立ち上がって周りを見渡す。
ーーーひどい有様だ。
天井も壁も崩れ、あちこちで火の手が上がっている。眼前の床一面に広がる巨大なクレーターの、その中心部には"ついさっきまでロゴスだったもの"が無残な姿を晒していた。
クレーターの中に鈍く煌めく剣が転がっている。オレはよろめきながらそれを拾い上げた。
「ん…?」
歓びの剣が微かに光を帯びている。それだけじゃない、オレの懐ーーーその中にしまった星のかけらも同じように光を放っていた。
取り出した星のかけらが、歓びの剣と共鳴するかのように微弱な明滅を繰り返す。
やがてその光は徐々に大きくなりーーーその中に、ぼんやりとした映像が浮かび上がる。
激しくぶつかり合う二つの人影。デナリと銀河帝国皇帝、ラスタ・オンブラーだ。
黒い霧を全身に纏い、高笑いを響かせながら攻撃を繰り返すラスタ・オンブラーに対し、苦しげな表情を浮かべてひたすら防戦に徹するデナリ。よく見るとその身体のあちこちに赤く輝く糸が突き刺さっているーーー恐らくあれが帝国軍産のオリジナルのドレインロープなのだろう。
デナリは明らかに劣勢だった。早く歓びの剣を返さなければ、いずれは殺されてしまうのは目に見えていた、
急がなければーーー舌打ちと共に走り出そうとした、そのとき。
「ッ!?」
光を放っていた星のかけらと歓びの剣が、輝きの中でひとつの光球へと変化する。手のひら大のそれをおそるおそる握ると、その中から一筋の光がクレーターの中心へと伸びた。
オレは直感的にその意味を理解した。
ーーー下だ。この下に、デナリがいる!
瞬間、身体が動いた。
迷いなくサムタンキューブへメモリクレイスを突き挿す。
ーーーーDRILLーーーー
蠢く小箱が、瞬きの間に姿を変えた。先端に鋭いドリルを搭載した空飛ぶ小型戦車のような形をしたそれに素早く乗り込むと、すかさずジェットを噴出させて宙へと舞い上がる。空中で機体を反転させ、迷うことなく光の指し示すその場所目掛けて加速した。
急降下の勢いのまま、オレの乗る機体はクレーターの中心に突き刺さった。僅かな亀裂の隙間に高速回転するドリルの先端をねじ込みながら最大出力で床を穿っていく。
辺りに飛び散る火花と瓦礫。激しい衝撃に操縦桿を握るオレの手も震えるーーーもう少し、あと一押しだ…!
「いっ…けぇええええええ!!」
がくん、と身体が前へと乗り出し、操縦桿から手応えが失われる。殆ど同時にドリルがフロアの床をぶち抜き、オレの乗る機体は下の階層へと飛び出した。
視界に飛び込んできたのはドーム型の広大な空間。そして崩れ落ちていく瓦礫のその遥か眼下で、膝をついたデナリに今まさに皇帝が黒光りする刃を振り下ろさんとする光景だったーーーオレは咄嗟にコックピットのハッチを開き叫んだ。
「デナリぃいい!!受け取れぇええええ!!!」
大きく身を乗り出すと、右手に握った光の玉を 振りかぶり、あらん限りの力を込めてぶん投げた。
その瞬間、全てがスローモーションに見えた。
まっすぐに飛んで行く光球、落ちゆく瓦礫、黒い剣を振り上げた皇帝、力強く優しい、星を宿したような瞳でオレを見つめるデナリ。
光球は引き寄せられるかのように真っ直ぐデナリに向かって飛んでいく。輝きを纏うその軌跡は、まるで空を切り裂く流星のようでーーー。
伸ばした手の先でデナリが光を掴んだその瞬間、時間は正常さを取り戻した。
ラスタ・オンブラーが掲げた剣をデナリの頭目掛けて力強く振り下ろす。
「これで…終わりだァ!!」
確実にデナリの頭を捉え、振り下ろされたその一撃。それで決着するーーーはずだった。
「なに…!?」
皇帝の顔に、わずかな動揺が浮かぶ。
これで決まると思われたその一閃を、デナリが左腕で受け止めていたのだ。その背中に、光の粒子を纏った銀色に煌めく巨大な翼が瞬時に展開する。
「うおおおおおおおお!!」
デナリが吼え、右手に掴んだ光を振り上げるーーーそのとき、光は煌めきの中で形を変えた。
決着は一瞬だった。
デナリの右手から真っ直ぐに果てしなく伸びた光の長剣が、一振りで惑星規模の要塞であるsEvEns-hEavEnごとラスタ・オンブラーを斬り裂いたのだ。
「まだだ…まだ、終わらんぞ!」
一刀両断され、崩れゆく要塞。巻き起こる爆発の中にラスタ・オンブラーの絶叫が響く。
「この宇宙を…手に入れるのだァ!!」
しかしその姿も、降り注ぐ瓦礫と炎の中に消えていきーーー。
「デナリ!すぐ脱出するぞ!」
サムタンキューブを『ARCA』のメモリクレイスに挿し替え、反転して飛び立つ。
その後ろをデナリも着いてきているのがちらりと確認できた。
この要塞は持ってあと数十秒と言ったところだろう。
間に合うかーーー…?
爆煙をくぐり抜け、降り注ぐ瓦礫をかわし、外を目指してひたすら飛び続ける。
激しく揺れるコックピット。
「ビエロン、しっかり掴まっていろ!」
瞬間、機体が七色の光に包まれた。なにが起きたのかを理解する間も無く、光の中でオレの身体は粒子となり、空間の壁を突き抜けた。
テレポーテーション。それは空間の壁を越え遠く離れた場所へ瞬時に移動することを可能とする高エネルギー生命体の大技だ。亜高速道や小型亜高速道、テレポートパッヂなどの発想の原点ともなったが、実際に体験してみるとそれらとは全く異なる体感であることに驚かされる。
不思議な暖かい光を全身に感じながら、オレはM95星の大地を踏みしめた。
ここはどうやら前線基地から少し離れた場所のようだ。
空の彼方で、三日月型の巨大要塞が大爆発を起こして砕け散るのが見える。
あれだけいた帝国の機兵獣や戦闘機も、どうやらそのほとんどが宇宙正義軍によって掃討されたらしい。空にはもう帝国軍の痕跡すら見当たらなかった。
オレの心が安堵に包まれる。
オヤジ、お袋、惑星p-3のみんな、ゼノビア…帝国軍は滅んだぞ。
オレたちのーーー宇宙正義の勝利だ。
永きに渡る戦いは終わった。……そう、終わったのだ。
もう誰も帝国軍に命を脅かされることもない。
もう無差別に殺されることも、無意味に殺しあう必要もない。
オレたちは平和を取り戻した。
これからは宇宙正義の統治のもと、この宇宙に秩序ある平穏な時代を築いていくのだ。
よろめきながら立ち上がったデナリの顔に、暖かな微笑みが浮かぶ。
「大丈夫か、デナリ」
「…流石に疲れた。さぁ、戻ろう。みんなのところへーーー」
デナリがそこで唐突に言葉を切った。その顔から穏やかな微笑みは消え去り、何かを察したような険しい表情を浮かべている。
その理由は、すぐにわかった。
デナリの視線の先に巻き起こる激しい爆発と、続けて立ち上るキノコ雲。
宇宙正義軍の母艦バラバが、突如として槍状の光波砲を放って前線基地を破壊したのだ。
砕け散る前線基地。それを合図にするかのように無数の戦闘機が飛び立った。
まさか、まだ帝国軍の残党がーーー?
高エネルギー生命体たちが戦闘機群に一斉に立ち向かう。
しかしーーーここからでもはっきりと見えた。
戦闘機が使っているのは、明らかにメモリクレイスの兵器だ。
バルカン、カッター、バリア、アーム…高エネルギー生命体と戦闘機が激しく空中でぶつかり合う。
「何が起こっている!?前線部隊、応答せよ!!」
デナリの呼びかけに、誰も答えはしない。
その時オレは、信じられないものを目にした。
「ドレインロープ……!?」
戦闘機から放たれたそれが次々と高エネルギー生命体を捉えていく様子を慄然と見つめながら、俺は震え出す身体を止める事が出来なかった。
そんな馬鹿な…どうしてあれが量産されているんだ。開発されたドレインロープはオレの手元にあるメモリクレイスと、上層部に渡した試作品のみのはずーーーまさか……!?
信じられない。信じたくない。らは
しかしそれしか考えられなかった。
導き出される答えは唯ひとつーーー裏切り者だ。上層部に、裏切り者がいたのだ。
デナリが怒りも露わに飛び立とうとしたーーーその時。
「デナリぃ!!!」
オレが叫んだ時にはもう遅かった。
いつからいたのか、それすらわからない。しかし奴は既にデナリのすぐ後ろにいたのだ。
「!?」
振り向いたデナリが距離を取る間も無く、背後のそいつが腕を伸ばす。
瞬間、嫌な音が響き渡った。
黒いフードを全身に纏ったそいつの腕が、デナリの胸を貫く。
「あ…ぁ……」
その腕が引き抜かれると同時に、デナリが力なく崩れ落ちる。
「デナリぃいいいい!!」
黒いフードはデナリには目もくれず、こちらを振り向いた。手の中には目も絡むほど眩い光がふたつ、握られている。
ひとつは、星のかけらだった。
もうひとつ、輝く光はおそらくデナリを選んだ正なる意思の分身ーーー新星の光だ。
「てめぇ!!よくも……それを返しやがれぇ!!」
ーーーーCUTTERーーーー
変形するゼノビアを構え、黒フード目掛けて走り出そうとしたーーーしかしその時にはもう、奴はオレの目の前にいた。オレの喉元に黒い腕がーーー"死"が迫る。
「!?」
黒フードの中で、その口元がにやりと邪悪に歪んだ。
それはどこか見覚えのあるような、そんな笑みでーーー。
思わず目を閉じた瞬間、瞼の裏に光があふれ、流星が駆け抜けた。
「デナリ…!」
オレと黒フードの間に割って入るように、黒フードが伸ばしたその手を、デナリが歓びの剣で受け止めていた。
満身創痍のデナリの顔に大粒の汗が伝う。最早押し返す力もないようだった。
「うおああああ!!」
デナリが歓びの剣を振り上げるのと、黒フードの腕が紫色の不気味な光に包まれたのは殆ど同タイミングだった。
紫の光に弾き飛ばされ、虚空へと消えていく歓びの剣。しかしデナリはそれを追うことなく、オレを抱えて後方へと跳び、敵との距離を取ることを選んだ。
「力のほとんどを失った割には、なかなかやるじゃない。さすがは宇宙最強の男ってとこかな」
聞き慣れたはずの声。
しかし混乱するオレの頭では、それを理解することができなかった。
「そんな…まさか…!?」
歓びの剣によって斬り裂かれたフードが、静かな音を立てて地面に落ちる。
「お前だったのか…裏切り者はーーー!」
余りにも意外なその正体。
オレは思わずその名を叫んだ。
「なんで……なんでだよぉ!!フィネぇ!!!」
宇宙正義の軍服を着たスキンヘッドのその男が、不敵な笑みを浮かべオレたちを見下ろしていた。
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