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第23話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで②共に生きる(A)

「…なぁ。ゼノビアは最期、どんな顔してた?」 「……笑ってたよ、たぶんな。オレにはそう見えた」 Y5星銀河帝国軍事工場襲撃作戦から幾日かが過ぎ、宇宙正義本部スペースコロニーにて簡易的な葬儀が行われたその日、オレと田中は薄暗い研究室で酒を酌み交わしていた。 それは大切な家族に対する、オレたちなりの追悼のつもりだった。 今回の作戦で犠牲となった宇宙正義の仲間たちは決して少なくはなかったようだ。オレはそれを今日初めて知った。ゼノビアを含めた十数人の戦死者たちは慣例に則り、近いうちに本部コロニーの端にある慰霊碑にその名を刻まれるのだろう。 "彼ら"が遺体として帰ってこられることは滅多にない。戦闘機ごと爆死した者もいれば、ゼノビアのように骨も残さず消し飛んでしまう者もいる。 今まで何度も仲間たちが死んでいくのを見てきた。 いつ自分がそうなるとも知れないと覚悟もしていた。 でも心のどこかで思い込んでしまっていたのだ。オレと田中とゼノビアは、きっといつまでも三人で一緒なのだと。 ーーー死がどこに迫っているかなんて、誰にも分かるはずがないというのに。 戦争の中ではたとえどんなに大切な人であろうとも、なんの意味も尊厳もなく死んでいくのだ。 頭では理解しているつもりだったのだが、いざこの時が訪れてみるとーーー。 まだ夢を見ているような、そんな現実味のない感覚がオレを包むーーーあいつが…あのゼノビアが死んだなんて、未だに信じられない。 その死の瞬間を目の当たりにしたオレでさえ未だに受け入れられないのだから、田中はもっとそうだろう。 「せめて、あいつが好きだった本部の土地に眠らせてやりたかったな。昔作った秘密基地の跡地とかさ……」 田中がぽつりと呟く。 本当は、オレが死ぬはずだったのだ。 ゼノビアと田中が生き延び、オレがーーーしかし今更そんなことを考えたところで現実は覆りはしない。 「……ゼノビアさ、昔から言ってたよな。「ピエロンと田中を守るために私は宇宙正義に入る」って。あいつはきっとずっとそれを覚えてたんだろうな。最期まで有言実行とは、あいつらしいよほんと………」 田中が涙声を隠すようにグラスを傾ける。 「なぁ。正義って、なんなんだろうな」 少し前までのオレなら、その問いに対して『宇宙正義(オレたち)が正義だ』と自信を持って返すことができただろう。しかし今となってはーーー。 Y5星での作戦結果は、結果だけを見れば成功だった。囚われていた怪獣族の救出、フラッシュプリズム・コンバーターのオリジナル入手、帝国軍事工場の破壊…だがそれは多くの犠牲の上に成り立つ辛く苦い勝利に過ぎなかったのだと、オレたちはあとで嫌という程思い知らされた。 第一部隊が工場を攻撃した直後、建物から噴き出した未知の毒化合物がーーーおそらく仕掛けてられていた罠のうちのひとつがーーー爆撃に引火したことにより、工場を中心とした半径10キロメートルが粉々に吹き飛んだのだという。 結果的には帝国軍をY5星から完全撤退させることができた。しかしゼノビアをはじめとした宇宙正義の戦士たちに加え、多くのY5星人の死傷者を出したことや惑星の環境を大きく歪めることになってしまったことは揺るぎない事実であり、取り返しのつかない失態であることに変わりはなかった。 正義とはなんなのか。 大切な仲間をーーー家族を失い、大勢の人々を傷つけ……オレたちは自分たちの持つ正義を信じられなくなっていた。 「お前もだろうけど、おれもさ、今までずっと宇宙正義こそが正義だって思って戦ってきた。でもそうじゃないんだよ。正義はひとつじゃないから…きっと帝国には帝国の正義があるんだ。互いに譲れない正義があるから戦争になる…そんなの当たり前のことなのに……!」 いっそのこと、おれたちが悪だって言えたら楽なのかもな…そう言って田中が頭を抱え項垂れる。 「おれはゼノビアを殺した帝国が憎い。でも帝国軍の人間もそれは同じなんだ。きっとおれたちの造った兵器をーーーおれたちを憎んでる。おれはもう、これからどう帝国軍と戦ったらいいのか分からない…。こんなんじゃ、ゼノビアに顔向けできねぇよ……」 オレは宙を見上げ、独り言のように呟いた。 「お前の言うことは正しいさ。でもな、仮にそうだとしても、あいつらのやってることが正しいわけがねぇんだ。銀河を荒らして人を殺して、幾つも星を滅ぼした…そんな奴らの正義なんざ認められるか。だからオレたちは自分が正しいと思う正義を貫くしかねぇんだよ。この戦争を終わらせるために。…あいつの死に、報いるために」 ゼノビアは死んだ。宇宙正義の勝利を信じ、オレたちに後を託してーーーオレたちにはそう信じるほかなかった。 田中が再びグラスを傾けると、金色の液体が兜の中へと滑り落ちていく。 兜を外さずどうやって飲んでいるのだろうか、などという疑問はとうの昔に聞くことを諦めていた。 「…あぁ、そうだ。これをピエロンにも見せてあげたくて」 そう言って田中が取り出したのは綺麗に四つ折りされた一枚の紙切れだった。 「これは…?」 開いたその紙には、城のような建物が描かれていた。ピンクの派手な色彩にゴテゴテとした装飾、横には子供の字で『うちゅうだいまおうのしろ』と書かれている。 「覚えてるか、それ。あいつの部屋にあったんだよ。遺品整理中に見つけたんだけど、綺麗な箱に入れて大事に取ってあったよ」 ーーーあぁ、覚えてるさ。 これはオレたちがまだ子供だった頃に考えた、"理想の秘密基地"だ。 いつか必ずこんな城を作り、そこで三人で暮らすのだと約束した。 「それもひとつじゃなくて、宇宙中にこの城を作るんだよ!」 「…そんなに作ってどうするのよ」 「支部にするんだよ。この宇宙を帝国に変わってオレたちが支配するためにさ!」 「おれたちの手でいつか必ず戦争をなくして、誰も泣かない幸せな世界にしよう!」 ーーーあの頃、オレたちはそんな未来があることを微塵も疑わずに信じていた。 「懐かしいよね。帝国に反旗を翻した銀河の救世主、宇宙大魔王!…それだと矛盾しないかって、ゼノビアによくつっこまれてたっけ」 その絵の周りに踊る拙い文字は、オレたちが各々にサインしたものだと言うことを忘れてはいない。 ぜったいにふたりを守る!ゼノビア・N いろんなどうぐで宇宙をへいわにする、田中 うちゅうだいまおう ピエロン・ピーノ もう二度と叶うことのない夢の残骸を眺めていると、切なさとも悲しさともつかぬなんとも言えない虚しい感情が心の中にこみ上げ溢れてくる。 オレは手にしたグラスを傾け、中の液体をこみ上げてくるものとともに一気に流し込んだ。 焼け付くような熱さと酩酊感のなか、不意に絵から目を離して上を向く。 喉を流れ落ちるその酒はひどく苦く、そしてなぜか無性にしょっぱく感じた。 星巡る人 第23話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで②共に生きる それから暫くが経った。 オレたちは盗み出した膨大な情報の分析や新兵器の開発で忙しい毎日を過ごしている。 あれからも帝国軍との戦いは宇宙の各地で度々勃発していたが、前線部隊ではないオレたちがそれに参戦することはなかった。 最低限の訓練を受けているとはいえ、オレたちの本分は戦闘ではないのだ。 敵を、兵器を、技術を、人を。戦争に関わるありとあらゆる全てを研究し、勝利への確実な一手を開発するーーーそれこそがオレたちの使命であると信じ、心の痛みや憎しみの全てをぶつけるように研究に没頭していた。 「ピエロン、この装置どかしておくだによ」 「あぁ、悪りぃ」 Y5星で救出されて以来、この研究室にはオレや田中たちラボチームの面々だけでなく、イオリを筆頭とした怪獣族も頻繁にやってくるようになった。 「助けてもらったお礼だによ。なんたってあんたらは、仲間たちみーんなの命の恩人なんだに。助けてもらったら、それがたとえどんなに小さなことでも相手の役に立てるよう力を尽くす。それが宇宙の掟だによ」 ーーーイオリの言葉が脳裏をよぎる。 どうやらゼノビアが死んだ理由が少なからず自分たちにあると考えている節があるようだった。 あいつが死んだのはオレのせいであって、イオリたちにはなんの責任もないというのにーーー…。 怪獣族の協力を得て、フラッシュプリズム・コンバーターの研究は驚くほど順調に進んでいた。 彼ら独自の技術力、発想力は並大抵のそれではなく、オレたちの思いもつかぬところから次々と新しいアイディアを出して形にしていく。 器用な手先と抜群のチームワークで次々と作業を進めていく彼らを見ていると、怪獣族があの工場に囚われていた理由が分かった気がした。 怪獣族としての凄まじい力さえ封じてしまえば、これほどまでに役に立つ種族はなかなかないだろう。 「師匠!」 「田中、どうしただにかー?」 田中がイオリに駆け寄り、開いたノートの1ページを見せてなにやら話をしている。表情は真剣そのものだったが、その目には隠しきれない喜びがにじみ出ていた。 どうやら田中は怪獣族の技術や発想に感銘を受けたらしく、いつの間にかイオリのことを師匠と呼び、村山さんと名付けたノートに彼らの技術を書き留めるようになっていた。 新しいことを学び、吸収するのが楽しくて仕方がないといった感じだーーー尤もそれは、田中なりの悲しみの紛らわせ方なのかもしれないが。 敵の工場で得たオリジナルのフラッシュプリズム・コンバーターを基にそれを構成する情報因子を分析してメモリクレイスへと落とし込んでいく。 整備班、製造班の報告によれば、じきに全ての戦艦に鍵を挿し込むための生体コネクタを取り付ける作業も終わるとのことだった。 もうすぐだ。もうすぐ全ての準備が整う。 その時こそ、帝国軍を打ち倒す時だ。 オレは彼らに背を向けて研究室の最奥へと向かう。 16桁のアクセスコードから成る電子ロックによる厳重なセキュリティをパスして開いた扉の先ーーー机の上に、一冊の手記が置かれているた。 これはあの工場で手に入れた高エネルギー生命体に関する情報が記載されたものだ。 オレの懐に入っていたそれは、あの炎の中での戦いをくぐり抜けたとは思えないほど綺麗な状態を保っていた。まぁ強いて言うなら四隅が少しばかり焦げていたのだが、読むのにはなんの支障もないからとりあえず良しとしよう。 コスモネットでスキャンするべく開いた頁は、ロゴスのものと思われる筆跡でびっしりと埋め尽くされている。膨大な情報量に圧倒され、余白はほとんど残されていない。 ーーーこの手記の内容は、宇宙正義に大きな衝撃を与えた。 それまでは不可能だと言われていた高エネルギー生命体の解明、研究。それが帝国軍によって為されていたというのだから、上層部の驚きは想像に難くない。 いままで宇宙正義内で高エネルギー生命体の研究が行われなかったのは技術的な問題によるものであると思っていた。 しかし幹部連中の反応を見るに、どうやらそれだけではなかったようだ。 それはきっと、ごく身近にいる超常的な力を持った彼らに対する畏れの表れだったのだろう。 神に等しいそれを解明することはその種族に対する冒涜なのだと、上層部の反応がはっきり示していた。 ましてやその情報を基に兵器を開発しようなどとはーーー。 この手記の内容は高エネルギー生命体の一族の本人たちですら知りえなかった情報も多かったのだという。そのためか手記の存在は機密事項とされ、これを研究するか否かで組織内は揉めに揉めた。 離反のきっかけになるだの、高エネルギー生命体の弱点を探ることは重大な謀反に値するだの…まぁでも、それは理解できなくはない。 こいつらもまた、デナリの信条を理解できなかったごく当たり前の思考を持つ連中なのだ。 結局のところ、誰もが互いに信じあう組織なんて絵空事ということだろう。ましてや今は戦時であるーーー愛だなんだでなんとかなるような状況とは言い難い。 最終的には"発見は逐一上層部に報告すること"と"この研究に携わるのはオレと田中のふたりだけ"という条件付きでこの研究を進めることを認められたがーーー。 そのときのフィネの言葉が脳裏に蘇る。 「悪いな、お前たちが誰よりもデナリに忠実なのは分かってるんだが……この前の作戦会議以降、裏切り者がいるとかいないとかでいま皆ピリピリしてっからさ、こうでもしないと納得してくれない奴もいるんだよ」 ーーー正直なところ、気乗りはしない。 この手記を見るだけで、あのときの光景がまるで悪夢のように目の前に広がる。何度でもあいつが死ぬ寸前をーーーあの炎の中での微かな笑顔を思い出す。 「……ッ」 思わず舌打ちし、脳内のその光景を振り払う。 ーーーだからと言ってやらないワケにはいかねぇ。 完璧な発明なんてものは存在しない。どんな兵器にも長所と短所があり、時としてそれが致命的な弱点ともなる。 こんな胸糞悪い実験結果でも、そのどこかにロゴスの研究に対抗するためのヒントがあるはずなのだ。 それを見つければ間違いなくこの先の戦いを有利に進めることができるだろう。だからこそ、この研究はなんとしてでもやり遂げなければならないのだ。 フラッシュプリズム・コンバーターの開発、メモリクレイス化の大部分を部下やイオリたちに任せ、オレと田中はこの研究を進めることを責務として日夜研究に没頭していた。 ふと、背後で扉が開く音がする。 「よおっ、調子はどうだい?」 軍服を着たスキンヘッドの厳つい男ーーーフィネがその顔に似合わない穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。 副司令官という立場の彼がこうして頻繁にここに立ち寄るのは、ゼノビアを失ったオレたちを気遣ってのことだろう。多くの仲間たちの命の結晶とも言えるこの手記の調査を真っ先に認め、難色を示す他の幹部を根気強く説得したのもフィネだと聞いている。 「ああ、おかげさんで。順調さ」 「なにか新しくわかったことはある?」 オレはスキャンしたデータを記録するために用意したコスモノートを起動させ、手記の内容をまとめた立体映像を浮かび上がらせた。 「えぇとだな…『高エネルギー生命体はこれ以上の進化を必要としない完成された生物である。 彼らは宇宙の歴史の中に突如として現れたイレギュラーであり、種族名は当時仮称として命名されたものが定着したのだと思われる。 今回の実験において、その体内に循環する未知のエネルギーは既存のどのエネルギーとも異なるある種の感情エネルギーとも言えるものであり、時間経過や栄養の摂取、感情の昂りに応じて増減することが判明した。 このエネルギーは宇宙空間にて極稀に採取できる"星の光"と呼ばれる特殊エネルギーに酷似しているほか、捕獲時に被験体が所有していた小石からも検出されたことから、これらの間にはなんらかの関係性があるとみて今後も調査を続ける予定である。 採取したサンプルからこのエネルギーは電気、熱などのあらゆるものに変換できる万能エネルギー足り得るものであると予想されるが、未だ解明されていない部分も多く現状では実用化には至らない。 生殖による種の保存を必要としない彼らは、おそらくはこのエネルギーを体外で形成することで自らの分身とも言える"子"を為すのだと思われる。 "死の概念"を持たないとされる高エネルギー生命体を殺す方法は極めて困難であるが、そのエネルギーの総量に限界がないわけではないらしく、実験時、短時間に大量のエネルギーを消耗したあとや、その循環を一時的に遮ったときに派遣体の生命活動が著しく低下したことから、エネルギーの枯渇又は循環が阻まれたときにその活動を停止させられる可能性が高いと推測できる。 また被験体の右腕、左脚等を切断してもすぐに再生してしまったことからその高い生命力とエネルギーの関係は極めて密接なものであると思われるが、今回は被験体の消耗が激しいためまた日を改めることにする。 …もしこの未知のエネルギーやその循環の構造を解明するに至れば、生命を固形化して使用することや高エネルギー生命体を人工的に模した強力無比な兵器を作ることも不可能ではないだろう』 ーーーまぁ、とりあえずここまでかな。 やっぱり帝国軍は高エネルギー生命体の弱点についても調べてたみたいだ。『エネルギーの枯渇または循環が阻まれた時』か…もし高エネルギー生命体に特化した対策を練られてたら、ちょっとやばいかもな」 腕組みをしたフィネが真剣な顔で手記を睨みつける。 「まあそれにしても、ひでぇことしやがるんだな。実験体ってのはアレだよな、あの女の子ーーーえぇと…なんだっけ?確かデナリが命名してたような…」 「レジストコード、"マホロ・リフレイン"だ」 「あぁそれそれ。あんないたいけな少女にひでぇことしやがって…許せねぇな」 憤るフィネに上の空で言葉を返す。 あの少女ーーーマホロ・リフレインは未だに目覚めず、宇宙正義の本部コロニーに併設されたメディカルセンターで眠り続けていた。 「まあでも、命に別状なかったみたいで良かったよ。同じ種族のデナリたちがそう診断したんだし、きっと間違いないだろうね」 楽観的な発言のフィネに対して、それはどうだろうな、とオレは心の中で呟いた。 彼女が高エネルギー生命体の同属だとなぜ言い切れるのだろうか。 性別の概念がないはずの種族にあるまじき外見、背中の翼ーーーなにもかもが異なるではないか。 その証拠にデナリをはじめとした一族の仲間たちは彼女の存在を知った時、誰もが動揺を隠しきれていなかった。 しかしロゴスの実験結果からしても、彼女が高エネルギー生命体に限りなく近い存在であることは間違いのない事実なのだろう。 マホロ・リフレイン。謎多き彼女の正体はーーー実を言えば、オレは既にその答えを得ていた。 「ま、なんにしても早く目覚めてくれることを祈るだけだな」 その時、唐突にフィネの腕の通信機に連絡が入った。どうやら緊急の何かがあったらしい。またな、と言って足早に部屋を去る彼の背中を少しばかり後ろめたい気持ちで見送る。 ーーー悪いな、フィネ。今はまだ話すわけにはいかないんだ。 手記を閉じ、椅子に深く腰掛けて天井を見上げる。 オレはーーーオレと田中とデナリの三人は、夢の中で一度マホロ・リフレインと会っていた。 あれは少し前のことだ。 あの日、それまで見ていたどうでも良い夢が唐突に切り替わるように、オレの意識は真っ白な空間へと飛ばされた。 自分がまだ寝ていること、ここが夢の中であることは確かであったが、そうとは思えないほどに思考がはっきりとしている。 ーーーここは、一体…? いつの間にか横には田中も同じように立っていた。その驚いたような表情から、オレと同じように突然ここに飛ばされてきたのだと察することができた。 「ピエロン!?なんで…これはおれの夢だよな。それにしては妙に生々しいけど…」 オレは首を横に振った。 「オレにも分からねぇ。お前はオレの夢の中の田中だよな?……なんか混乱してきた、なにがどうなってんだ」 確かに田中のことは幼い頃からの大切な家族だと思っているがーーーまさか夢に見るほどだとは…。 「ここはある種の精神世界だ。我々は何者かによって、この場所へ意識を飛ばされたようだな」 怪訝そうにオレを見る田中の目が、その声を聞いて大きく見開かれる。その視線を追うように振り向いたその先で、デナリが穏やかな笑みを浮かべていた。 「これは夢であって夢じゃない。言うならば私たちはいま、ひとつの同じ夢を共有している状況なんだと思うよ」 こんな不可解な状況であるにも関わらず、デナリの表情は穏やかそのものだ。まるでなにも心配することはないとでも言うようだった。 「へぇ…なるほどな。つまりオレたちの身体はそれぞれの場所にいて、意識だけがここに集められてるってことか」 デナリが静かに頷く。 「でも一体誰が……?」 田中のその問いに答えるように、空間に光が溢れ、静かな歌が辺りに響いた。 心星の光 星のかけら 星宿の地図 分かたれたそれは正の意思の力なり それは負の意思に抗う唯一の存在なり すべては表裏一体の存在 片方のみを滅することは決してできぬ 選ばれし者たちよ、歓びの剣を掲げよ その者たちが手を繋ぐとき、やがて大いなる力が降り注ぐであろう 溢れ出した光が収束し、徐々に人の形を成していくーーーそしてやがて、光の中から白いワンピースの少女がその姿を現した。 この歌…それに、この娘には見覚えがあるーーーあぁ、そうか。この歌はあの手記に旧宇宙共通語で綴られていたものだし、この少女はあの銀河帝国の工場に捕らえられていたロゴスの実験台じゃないか。 救出以後、ずっと本部で眠り続けているという彼女がわざわざこんな精神世界にオレたちを呼んだというのか? そんなオレの疑問など気にもとめない様子で、彼女が口を開いた。 「はじめまして、わたしはマホロ・リフレイン。この宇宙の外から来ました」 彼女がぺこりと頭を下げると、背中から生えた翼がゆらゆらと揺れる。 「宇宙の…外?」 「教えてくれ、君はいったい何者なんだ。どうして私たちをここに?」 少女ーーーマホロ・リフレインは頷き、落ち着き払った声で切り出した。 「あなた方に知らせなければならないことがあったからです。まずはお見せしましょうーーー全ての宇宙の根源となる、真実を」 瞬間、真っ白な空間が黒く塗り潰され、上下左右の至る所に無数の泡のようなものが浮かび上がる。 果てしない漆黒のなかにキラキラと輝くその泡は、まるで宇宙に浮かぶ星々のようだ。 「ここは、あなた方の住んでいる宇宙の外側。"空間の海"です」 色とりどりの光が何処からともなく渦を巻き、煌めく泡と共に漆黒を照らす。なんて幻想的な光景なんだーーーこれが宇宙の外側なのか…!? 「この泡のひとつひとつが宇宙であり、そしてそれは可能性の数だけ無限に増え続けていくのです。もちろん、今も」 彼女がかざした手の先を、二つの流星が駆け抜けていくーーー青の光と、赤の光だ。 二本の光線は互いにぶつかり合い、残像を残しながら空間の海をどこまでも飛んでいく。 「これは…」 「概念の集合体です。青い光は憎しみや怨念といった負の感情の概念、赤い光は喜怒哀楽といった正の感情の概念を司っています」 相反するふたつの概念が戦いを続けているその光景を前に、マホロ・リフレインは淡々と言葉を紡ぐ。 「ですが…どちらも知的生命体にとって必要不可欠な感情であるが故に、ふたつの概念の戦いには決着がつくことはありません。どちらかを抑えることはできても、完全に消し去ることはできないのです」 不意に青い光から何かが抜け出し、まるで意思を持ったかのように泡宇宙の中へと消えていった。それと殆ど同時に赤い光からも何かがーーー三つの星に似た何かが零れ落ち、青い光から生まれた星を追うようにして泡の中へと飛び去っていく。 「あるとき負の概念は自らの分身を生み出しました。それは辿り着いた泡宇宙の中で人間と同化し、暴走する負の感情の赴くままに全ての泡宇宙を滅ぼすべく行動を開始したのです。正の感情はそれを食い止めるために自身もまた三つの分身を生み出し、そのあとを追わせました」 「三つ?」 マホロが澄んだ瞳でオレたちを見つめる。 「三つの分身はそれぞれ単体では力を発揮することができません。だからこそ、あなたたちの協力が必要なのです」 マホロはそこでひと呼吸おき、凛とした声で言葉を続けた。 「三つの分身はそれぞれ役割を持っています。 一つは持つ者に宇宙を制するほどの巨大な力を与える"新星の光"。 二つ目は人と人を繋ぐ石、"星のかけら"。 そして三つ目は光とかけらを結ぶ"星宿の地図"ーーーそれが私です。 新星の光にはデナリさんが。 わたしーーー星宿の地図には田中さんが。 そして星のかけらにはピエロンさんが、それぞれ選ばれたのです」 選ばれたって…そんなこと言われても、とてもじゃないが信じられない。 オレが…オレたちが…?帝国軍との戦いだけでも精一杯だと言うのに、これ以上何をしろと言うんだ。 「どうしておれたちなの?」 混乱するオレの気持ちを代弁するように、田中が尋ねた。その問いにマホロ・リフレインは悲しげな表情で答える。 「それは私にも分かりません。大いなる正の概念の、その意思によるものです。 …突然こんなことをごめんなさい。でも、あなた方にしか出来ないことがあるのです。 この宇宙には既に負の分身を持つ者が潜んでいます。それも、そう遠くはないところに。 しかしわたしだけではなにも出来ません。 現にわたしはいま、どこからか流れ込む負の意思によって力を押さえつけられ、目覚めることすら叶わない状態に陥っています。 どうか、わたしに力を貸してください。この宇宙をーーーいいえ、全ての宇宙を守るために、あなた方の意思で三つの正の概念をひとつにしてほしいのです」 沈黙を守っていたデナリが口を開いた。 「なぜ、正の概念は三つの分身を生み出したのですか。負の概念の分身がひとつなのに対して三つに分けたものをまたひとつに集めるなんて、リスクが高すぎるのでは」 意外なことに、マホロ・リフレインはその言葉に微笑んだ。 「それはあなたが一番よくわかっているはずです」 話が飲み込めないオレと田中を差し置いて、会話は続く。 「正の概念が分身を三つに分けたのは、全ての宇宙においてもっとも強力で、もっとも優しい力を得るため。デナリさん、あなたはその力を既に知っていますーーーだからあなたは誰よりも強い」 全ての宇宙においてもっとも強力な力? おいおい、待てよ。 オレは心の中の言葉をそのまま口に出していた。 「そんなものがあるなら、オレたちにも教えてくれよ!そうすればーーー!!」 しかしマホロ・リフレインはその言葉を否定するように首を横に振った。 「できません。それは、自分で気付かなければなんの意味もないものなのです」 デナリがオレの肩にぽんと手を置いた。じんわりとした暖かさが伝わる。 「マホロさん。正の意思の最後のひとつ…星のかけらは今どこに?」 「おそらくは銀河帝国に。この宇宙に入ってから星のかけらはわたしと共に行動していたのですが、彼らに捕らわれた時に奪われてしまい…それからのことは…」 彼女がそこで言葉を切る。どんなに凄惨な体験をしたのか、手記のおかげで容易に想像がついてしまう。 「エネルギーを大きく消耗した今のわたしには、これ以上の探知はできません。でも、探す方法はまだあります」 デナリの腰に提げられた剣に彼女が触れると、剣が彼女に共鳴するように輝きを増した。 「歓びの剣が…」 「これは新星の光が自らの判断により生み出した"正なる意志を繋ぐ剣"。わたしの代わりに、この剣がピエロンさんを星のかけらの場所へと導いてくれるでしょう」 その時、オレたちを包む空間がぐらりと不安定に揺れた。 「……どうやらそろそろ限界のようです。 あなた方に…この宇宙……お願いしま……。 星のかけらを手に入れたら……わたしの手……握って…くだ…」 周囲が歪み、マホロ・リフレインの声が途切れ途切れになる。次の瞬間、弾き出されるようにオレの意識は空間を抜けた。 その後、自室で目を覚ましたオレは真っ先にデナリの元へと向かった。途中、田中と合流しーーー多分、あいつも同じことを考えていたのだろうーーー三人でこの夢のことについて深く話し合った。 「彼女の言う"負の意志を持つ者"が今どこにいるのかは分からないが…星のかけらがもし帝国軍にあるのならば、我々のすべきことは今までと変わらない。 ーーー帝国を倒す。それだけだ」 決意に満ちた顔でそう告げたデナリの、星を宿したようなその瞳の輝きが印象的でーーー。 「ピエロン、大変だ!」 突然慌ただしく部屋に入ってきた田中のその声に、オレの意識は現在(いま)へと呼び戻された。 「田中…どうした?」 「えっと、て、帝国軍が……!!あぁあ、とにかくヤバいんだ!とりあえず来てくれ!」 田中のあまりの慌てように驚きながらも後を追って研究室へと戻ると、宙に浮かぶモニターをラボチームの面々やイオリたち怪獣族のみんなが見上げている。 このモニターは本部からの緊急連絡の際しか使われないはずだ。いったい何が……? その答えは映像の中にあった。 「…!?」 ところどころ乱れるそれはどうやらメモリバードの中継映像のようだ。 これは…惑星N5か。帝国軍の動向を伺うための偵察基地が設営されていたはずだが…なんてこった。 そこに映し出されていたのは無残に破壊された宇宙正義の基地と、辺り一面に転がる駐屯部隊だったものの残骸。そしてその死屍累々の中で勝ち誇る数え切れないほどの機兵獣の群れだった。 なんだ…これ…。 誰もが無言だった。誰もが絶句したようにそれを見ていた。 ノイズが走り、一瞬にして画面がまた別の中継映像に切り替わる。 映し出された緑豊かな美しい星は、宇宙から見たアルタイル区のxx星だ。多くの人々が住む開拓惑星であり、宇宙正義の庇護下にあった星なのだがーーーそんなことはどうでもよかった。 オレたちは今まさにそのxx星に迫る、巨大な影だけをただ呆然と眺めていた。 「sEvEns-hEavEnだ…」 誰かが絞り出すように呟く。 それは同時にその場の誰もが思い至っていたことだった。 sEvEns-hEavEnーーーー銀河帝国の中核を成す、惑星大の超巨大な威容を誇る帝都要塞だ。その三日月を思わせるような不気味な外装が、光を反射して鈍く銀色に煌めく。 普段は遥か彼方、アンドロメダ星系を拠点にしているのだと聞いていたのに、どうしてアルタイル区にまで…? ーーーいや、そんなこと考えるまでもねぇな。 オレは思わず生唾を飲んだ。 奴らが拠点とするとされるアンドロメダ星系からxx星のあるアルタイル区までは直線の航路で繋がっている。惑星N5の惨状とxx星の現状から、帝国軍がその航路上にある宇宙正義の基地を潰しながら進撃を続けているのは明らかだ。 奴らがこのまま航路に沿ってくるとするなら、その先にあるのはM95星基地、そしてNM78星雲ーーーおそらく帝国軍の目的は宇宙正義本部コロニーの破壊だろう。 「…総力戦って感じだね。あいつら、ついに仕掛けてきやがったみたいだ」 オレはただ頷いてそれに答える。 田中もどうやらオレと同じ答えに辿り着いているようだった。 本部コロニーの壊滅は、そのまま宇宙正義の敗北を意味する。 今までの戦いも、研究も、多くの仲間たちのーーーゼノビアの死も、すべてが無駄になってしまうのだ。 そんなこと許せるかよ…! 睨みつけた画面の中で、途方もなく大きな要塞がxx星を丸ごと飲み込むように影を落とす。 そのとき、不意に映像に激しい爆発が映り込み、砕けた機兵獣の破片があちこちに飛散した。 宇宙正義のxx星駐屯部隊が出撃し、帝国軍と交戦を開始したのだ。 しかし楽観視はできないーーー帝国軍の本隊を相手にするにはあまりにも戦力差がありすぎる。現に画面の中の駐屯部隊は無限に湧き出る機兵獣によってみるみるうちに押され始めていた。 それはとてもではないが前線基地の戦力だけで防ぎきれるような攻撃ではなかった。帝国軍と宇宙正義ではそもそもの物量差がありすぎるのだ。これを迎え撃つには、こちらも全戦力をぶつけるしかないだろう。 おそらく数時間後にはこちらも本隊を率いて出撃し、帝国軍と正面から激突することになる。 それまでにオレたちにできることはーーー。 と、そのとき、不意に研究室が大きく揺れた。 「な、なんだ!?」 「xx星基地のワープゲートがやられたんだ!多分それで、位相を繋ぐネットワークに支障が……!!」 画面に閃光が迸ると同時に、研究室に再度衝撃が走った。書類の束が舞い、機材が次々と倒れて火花を散らす。 オレは頭を庇いながら舌打ちをした。 出撃までに残された時間は多く見積もって5時間といったところかーーー考えてる場合じゃねぇな。オレたちも、オレたちにできることをするんだ。 「おいお前らぁ!ここは危ねぇ、出口が塞がる前に退避するぞ!」 その言葉に田中が続く。 「ラボチームは今より、整備班と連携して本隊出撃のサポートを行う!ワープゲートで速やかに避難し、格納庫へ向かってくれ!」 皆が小走りにワープゲートへ向かうのを見届け、オレはイオリたち怪獣族に向き合った。 「イオリたちはこれを使ってここから逃げてくれ。行き先は数百光年彼方にしてあるーーーそこならきっと、帝国軍も追ってこないだろうからな」 そう言って手渡そうとしたテレポートバッヂを、彼は断固として受け取らなかった。 「それは受け取れないだに。オラたちはまだ、あんたらに何にも返せてねぇだにからな」 金色の体毛を靡かせ、イオリが怪獣族の仲間たちに向き合った。 「みんな、今こそ恩を返すときだに!オラたちの技術で、宇宙正義の戦闘機を最高の状態にするだによ!!」 研究室が三たび震える。しかしそれは衝撃によるものではなく、怪獣族たちの上げる鬨の声によるものだった。 「師匠ぉ…!!」 涙ぐんだような声で田中がイオリの手をとり、固く握手を交わす。 正直、整備班とラボチームだけでは間に合うかどうかは五分と言ったところだったが…これならーーーまったく、有難いぜ……! 「さあ、二人とも行くだによ!」 勢いよくワープゲートへと走り込んでいくイオリたち怪獣族の後を追い、オレと田中も光の渦へと飛び込んだ。 整備班と合流したオレたちは、生体コネクタの取り付けに奔走した。 メモリクレイスの量産体制はまだ完全には整ってはいなかったものの、幸いなことに初期に開発された『CUTTER』『BARRIER』『ARM』『VALCAN』の四本の鍵はある程度の本数が既に造られていたため、なんとか今回の出撃でも使うことができるだろうと思われた。 各艦にはすでに生体コネクタと量産型のフラッシュプリズム・コンバーターのメモリクレイスを搭載してある。 順調に出撃準備を整えていたそのとき、唐突に頭の中に聞き慣れた声が鳴り響いた。 『ーーーピエロン、田中。 ふたりとも、この声が聞こえるか』 この声は……。 咄嗟に田中を見ると、あいつも同じようにオレを見ていた。どうやらこの声はオレと田中の頭の中に直接流れてきているようだ。 その声が言葉を続ける。 『私だ、デナリだ。突然すまない…今すぐにどうしても君たちに伝えなければならないことがある。まずはこれを見てくれ』 瞬間、頭の中にひとつの光景が送られてくる。 ここは宇宙正義のメディカルセンターだろうか。白い壁に白いカーテン、白いベッド……白尽くしの空間のその上に、淡く輝く一枚の羽が落ちている。 なんの羽だろう。こんなのは見たことがない…生物的でありながらもどこか無機質に見えるその表面は、まるでガラス細工のように滑らかだった。 『これはマホロ・リフレインが形を変えたものだ。おそらくこれが彼女の本来の姿…ヒトの形を保つことさえできなくなってしまったのだろう。それはつまり、負の意思による干渉が強くなったこと…そして我々に残された時間が少ないことを意味している』 デナリはそこで一旦言葉を区切った。 そして次に話し始めたとき、その口調にはなにか覚悟のようなものが秘められているように感じた。 『そこで今回、君たちには特殊任務を任せたい。 今から3時間後に我々はM95星へ向けて出撃する。ピエロン、君にはそれに同行してもらいたい。そして私と共に帝国軍本拠地へ突入し、星のかけらを探すんだ』 「…どうして、ピエロンなんですか」 『それは彼が、星のかけらに選ばれた者だからだよ。田中、君がY5星で囚われていたマホロ・リフレインを最初に見つけ出したように、我々はなんらかの因果によって正の意思に引き寄せられているんだ。 そして正の意思は、自らが選んだ者の側でのみその絶大な力を発揮する。だから君にはこのメディカルセンター地下にある特殊防護室でマホロ・リフレインと共にいてほしい。 帝国軍を打ち倒し、正の分身をすべて一つにしたとなれば、負の意思は必ずなにかしらの行動を起こしてくるだろう。 負の意思の目的がこの宇宙の破滅であるならば、それに対抗できるのは私たちだけだ。 我々は偶然とは言えそれに対抗しうる力を手に入れた。だからこそやらねばならないのだ。 頼む。ふたりとも、力を貸してくれないか。 この宇宙を守るために、どうか私を信じてくれ』 そこでデナリからの言葉は途切れた。 オレは思わず笑ってしまう。 「…選択の余地はねぇな」 ーーーだってそうだろ? この宇宙は、多くの仲間たちが平和になることを信じて託してくれた宇宙なんだ。 このままなにもしないなんて、できるわけがねぇ。 そのとき、不意に右腕にズシリとした重みと、仄かな温かみが伝う。 「ピエロン、それ…歓びの剣…!?」 突如として現れたそれに驚きを隠しきれないオレたちだったが、それが誰の仕業かは考えなくても分かった。 込められた思いが光となって溢れ出すように、目の前の剣が銀色に煌めく。 「…やってやろうじゃねぇか」 言葉を絞り出し、その柄を強く、握った。 ーーー準備は整った。 生体コネクタを搭載され、いつでも出撃できるよう整備を終えた戦艦が、母艦バラバの中へ次々と格納されていく。 バラバは間も無くM95星へ向けて飛び立つ。どうやらそこで防衛線を張り、水際で帝国軍を食い止める作戦のようだ。 オレは腕時計型万能小型コンピューターを確認し、道具の最終確認を行っているところだった。 データが多ければ多いほど転送に時間がかかってしまうのだから、なるべく少ないほうがいい。必要な道具を適切に素早く転送できるようにしておかなければ、命に関わることだってあるーーーのは理解できているのだが、減らすと言ってもそれがどうにも難しい。 何が起こるか分からないのだから、できることならすべてのアイテムを持って行きたいくらいだ。 テレポートバッヂに数本のメモリクレイス、簡易生体コネクタと遮断ボックス……。 …ん? ふと目に入ったのはつい最近作ったばかりの道具たちだ。手記の内容を基に対帝国軍用として開発したアイテムのため試作品のものが多いが、それでも持って行けば何かの役に立つだろう…いや、でもな……。 そんなことを考えていると、唐突に後ろから声をかけられた。 まずい、出撃時間かーーー? そう思って慌てて振り向くと、そこには見慣れた鎧姿の友人が立っていた。 「なんだ、田中か。メディカルセンターは逆方向だぞ?」 しかし田中はその言葉に答えもせず、手の中に握った何かをオレに差し出した。 「お、おい。これ…!?」 反射的に受け取ったそれは、やけに見覚えがある剣の柄を模したような形をしていた。 「…サムタングリップだ。君に合わせて調整してあるから、持って行ってくれ」 訳がわからない。ゼノビアの形見とも言うべきこれを、どうしてオレに差し出しているんだ。 そんなオレの動揺を見透かしたように、田中が答えた。 「ピエロン。おれの故郷、惑星NJでは物に英雄の名前を付けることでその魂と共に生きると言い伝えられていた。おれはそれを今でも信じてるーーー知ってるよな?」 「あ、あぁ。昔からだもんな」 オレのその返答に、田中がふっと軽く笑う。 「あいつは確かに死んだよ。でも、その魂は今もここに生きているんだ」 田中はオレの手の中のサムタングリップを指差した。 「ーーーそいつの名前は、ゼノビアだ」 オレは思わず手にしたそれを見つめた。 ゼノビアーーー懐かしく暖かい響きの名が、心の中にじんわりと広がる。 「おれたちは、いまも三人で共に生きているんだ。…いいかピエロン。必ず、帰ってきてくれ」 オレは親友の名を与えられたサムタングリップを強く握り、いつもと同じように笑ってみせた。 「…あぁ、任せとけ!」 共に生きるーーーそうだな、田中。お前の言う通りだよ。 メディカルセンターへ向かう田中を見送りながら、オレはその言葉を噛み締めるように呟いた。
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