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第22話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで①名前(B)

ある日、オレたちは本部の司令室に招集された。 それはすぐ間近に迫ったある作戦の最終確認と宇宙各地の近況報告を兼ねたものであり、宇宙正義の幹部や各部隊の隊長たちといった錚々たるたる面々のなか、ラボチームを代表してオレと田中も参加することなっていたのだ。 「ではまず各地の報告からはじめよう。我々D25星雲駐屯基地付近では帝国軍によるーーー」 「ちょっと待ってくれ、その前についさっき入った最新情報からだ。先日、惑星GHで遺体として発見されたイドラ・イドルの解剖、記憶解析の結果だ」 偵察に向かった宇宙正義の女性戦士が無残な姿で見つかった事件は記憶に新しい。 なんでも遺体の損傷が激しく、発見時は誰なのかすら分からなかったのだと言う。 「これを見てくれ」 浮かび上がった立体映像の中に、漆黒の宇宙が映し出されるーーーこれが殺されたイドラの記憶なのだろう。 瞬間、その視点が激しく揺れ、光が迸った。 そして目の前に星を宿したような何者かの瞳が迫りーーーそこで映像は途切れた。 なんだ…? 映像だけでは何も分からなかった、というのが正直な感想だ。 隣を見ると田中も首を傾げている。 向かい側にいるゼノビアや、他のメンバーたちもさっぱりわからないようだった。 「イドラの傷口からはある特殊なエネルギー反応が検出されたが、それはある特定の種族しか持ち得ぬものだった。そしてこの記憶映像から確認できる何者かの瞳もまた、その種族の大きな特徴となるものだ。……これらの情報から我々は、この事件の犯人は高エネルギー生命体の者である可能性が極めて高いと推察する」 司令室が一気にざわめきたった。 「そんな馬鹿な」 「口を慎め」 「私もそんなことは考えたくない。しかしこれは事実だ。もしや帝国軍にも高エネルギー生命体が……」 「我々一族は皆デナリ様に忠誠を誓っている!そんなことは断じて有り得はしない!!」 「帝国軍にも我々にも所属を拒んでいる星々から成る第三勢力の可能性はないだろうか。その中に高エネルギー生命体が一人くらいいてもおかしくはないのでは」 「我々以外に高エネルギー生命体がいるなどという話は聞いたことがないぞ」 「…一族の者であればデナリ様が皆知っておられる。現状では考えられるのは一つだけじゃろうーーー宇宙正義の中に、裏切り者がいるということじゃ」 「ふざけるな、我々を愚弄するのもいい加減にしろ!」 そのとき、司令室の扉が開いた。 いままでの喧騒が嘘のように静まり返り、打って変わって耳鳴りがするほどの沈黙が流れる。 「疑い合うことからは何も生まれはしない。皆、一旦落ち着くんだ」 金の刺繍が施された赤いローブを靡かせ、踏みしめるようにゆっくりと歩いてくる銀色の姿ーーー高エネルギー生命体の長にして宇宙正義の最高司令官、"偉大なる者"ーーーデナリだ。 彼を形容する言葉は多い。 宇宙で最も強い男、大きな光を宿す者、銀河の救世主……数え上げたらキリがないだろう。 高エネルギー生命体のなかでも突出した元来の強さに加え、宇宙の果てより飛来した光に選ばれたという正真正銘の『正義の味方』であり、あの銀河帝国皇帝が唯一恐れる存在だ。 オレにとっては命の恩人であり、尊敬する先輩であり、そしてーーーまるで父親のような、そんな存在だった。 「ですがデナリ様!」 「信頼なくして愛はない。互いに繋がりあうことこそが我々の力だ。いついかなる時でもそれを忘れてはいかんよ」 デナリが歩みを止め、その場の全員を見渡す。 「私はこの組織の者を皆かけがえのない家族だと思っている。しかしもし我々を裏切り、大切な仲間たちを傷つけようとする者が本当にいるのだとしたらーーーそのときは私が、この手で必ずその者を討つ」 いつもと変わらぬ穏やかな口調の裏に、司令官としての確かな覚悟が滲む。 誰もなにも言わない。物音ひとつない張り詰めた空気ーーー不意にそれを、手を叩く陽気な音が破った。 「はいはいはい、暗い話はここまで!」 デナリのすぐ隣に立つスキンヘッドの男が、手を鳴らしながら明るい声を上げる。 「このままずっと言い合いしてても仕方ないでしょ?」 明らかに場違いな明るい調子で高らかに笑うこいつはフィネ。厳つい見た目に反して陽気で軟派な性格だが、それでいてデナリに次ぐ実力の持ち主である宇宙正義の副司令官だ。 意外性が軍服を着て歩いているような存在であるが、その実力の高さとムードメーカー的な性格から多くの仲間たちに信頼され、慕われている。 オレや田中も子供の頃からよく世話になった…何度もイタズラの仕置きを見逃してもらったっけ。 「宇宙最強の男を敵に回すような馬鹿なんてそうそういないでしょ。ほら、時間なくなっちゃうよ。はやく本題に入ろう!」 フィネのひと声で作戦会議は始まった。淡々と滞りなく次の任務への確認が済まされていく。 しかしオレには、この部屋の面々はみな一様に疑心に満ちているように見えた。 まぁ当たり前だろう。裏切り者がいるのかもしれない状態で作戦会議だなんて、敵に手の内を明かしているようなものではないかーーー正気の沙汰じゃない。 『信頼こそが愛である』『繋がりの先に本当の力がある』ーーーーこうしたデナリの信条は宇宙正義の者なら誰もが知っていた。だが誰も本当に理解しようとはしていなかったのだ。 激化の一途を辿る戦争の最中、間者や情報漏洩の可能性を誰もが恐れ警戒しているこの現状で、仲間とはいえ無防備に互いを信じあうことなどできるはずもなかった。 きっと誰もがそう思っていただろうし、デナリもそれに気づいていたのかもしれない。 静かに作戦を聴くデナリの横顔は、気のせいかいつもより険しく見えた。 作戦は極めて単純だ。 舞台となるのはシリウス区のY5星。そこにある帝国軍の兵器製造工場を破壊することが今回の最終目的だーーーもっともそれはオレたちの役割ではなく、第一部隊の仕事だが。 オレと田中の任務はゼノビア率いる第五部隊に同行し工場の内部へと侵入、爆撃が始まる前にある兵器の情報を盗み出して脱出することだった。 ある兵器ーーーそれは帝国軍の有する広範囲破壊砲、フラッシュプリズム・コンバーターだ。 光を圧縮、増幅させて撃ち出す兵器だと考えられており、通常兵器とは比べものにならないほどの破壊力で宇宙正義に大きな痛手を与え続けていた。 一体全体そんな超兵器をどうやって作り出したのか、全くの検討もつかない。しかしもしその仕組みが掴むことができれば、オレたちにも作ることができるだろう。うまくいけばメモリクレイスにして量産することも可能だ。 そうすれば勝利は一気に近づく。オレたちが、帝国軍を打ち倒す決め手を作り出すのだ。 この兵器の情報を掴んだ上でその製造工場を破壊し、帝国軍の戦力を削ぐーーー今回の作戦は、宇宙正義の勝利の為に必ず成功させねばならないものだった。 「ーーーよし、潜入完了っと」 無機質で暗い通路の床を踏みしめる。ここが帝国軍の特殊研究室か。 「ピエロン、油断しないで」 サムタングリップを構えたゼノビアが前方を睨みながら言う。背後にはゼノビアの部下、第五部隊の三人が同じように武器を構えて周囲を警戒している。 オレに続いて田中が到着したことを確認し、テレポートバッヂを回収する。 「…もう始まってるみたいだね」 外から響いてくる爆発音に田中が反応する。 第二部隊がY5星に張り巡らされたエネルギーバリアを破り、第三部隊と第四部隊が囮となって帝国軍と交戦。その隙に第五部隊が工場内に侵入してテレポートバッヂでオレと田中をここへ招き入れるーーーよし、ここまでは完璧だ。 「田中、この通路に罠はあるか?」 「…川口さんに反応はない、大丈夫だよ」 田中が川口さんと名付けている自分の腕時計型万能コンピューターで薄暗い通路をスキャンし、安全が保証された道を六人でゆっくりと進む。 痛いほどの静けさが肌を刺し、一歩踏み出すごとに緊張感が高まっていく。 今ごろこの外では帝国軍と第三、第四部隊が激しい戦闘を繰り広げているだろう。すべての戦闘機に量産したメモリクレイスを搭載してあるとはいえ、帝国軍の軍事力を前にどれくらい持ちこたえられるのか全く見当がつかない。 なるべく早く目的を達して脱出しなければーーーー焦り始めたその時、不意にゼノビアが立ち止まって小型の銃を構えた。睨みつけるその先、行き止まりとなった通路になにか大きな影が動いている。 敵かーーー? しかしその影は一向に襲ってはこなかった。 こちらの様子を伺うように、ただそこにいるだけだ。 じりじりと近寄り、眼を凝らす。 徐々に見えてくる金色の体毛、巨大な角ーーー怪獣族…!? 「なんてこった…」 思わず声が漏れる。 行き止まりとなった通路の先は薄暗い牢屋だった。 鉄格子が嵌め込まれたその奥に、何体もの怪獣たちが折り重なるようにして詰め込まれている。 ひどく痛めつけられたのだろう、出血していたり大怪我をしている者も見えた。 一番手前にいた金色の体毛の怪獣が弱々しく目を開ける。 「あんたたち、宇宙正義だにか…?」 訛り交じりのその言葉に頷くと、彼はか細い声で訴えた。 「早くここから逃げるだに…ここにいちゃいけないだに…!」 しかしオレはその忠告を聞かず、牢屋の前に屈み腕の機械を操作して道具を取り出した。 「それは…?」 「どんな鍵もイチコロ、ピッキングドリルだ。ちょっと待ってろよ。すぐにここから出してやるからな…」 オレたちの装着している腕時計型万能小型コンピューターには道具の転送装置が備わっている。 座標さえ正確なら特殊空間から道具を取り出すことが可能な便利機能だが、制限も多く扱いには注意が必要なシロモノだ。 「待ちなさいピエロン。私たちの任務はーーー!」 「こいつらをこのまま見過ごせるかよ!」 ゼノビアの琥珀色の瞳を睨み返す。 言いたいことはわかる。今オレたちがいるのは敵地で、これは必ず成功させなければならない重要任務だ。 でもオレには目の前で死を待つばかりの怪獣たちを見捨ててこのまま任務を遂行することなどできはしなかった。 「……脱出用テレポートバッヂの予備はあるの」 「残り三つだ。それなりに余裕はあるぜ」 ゼノビアは何も言わず、諦めたように目を閉じた。 「決まりだな」 オレはピッキングドリルを振りかぶり、一撃で牢屋の鍵を打ち壊した。 テレポートバッヂは道具の転送機能を応用してオレたちが開発したアイテムだ。 ひとりしか送れない、使い捨てである、起動までに十数秒の時間を要するなど生体を送るが為の多くの欠点を抱えるが、指定した座標へ確実にたどり着くことができるという点から、敵地からの脱出用として使われることが多い。 今回使用するのはその新型であり、ヒューマノイド型の人間なら最大で20人まで転送できるように改良を施したものだ。怪獣族の転送は想定外ではあるが、不可能ではないだろうと開発者の勘が告げていた。 「隊長…本当に大丈夫ですか」 「うん。彼らを頼んだわよ」 第五部隊はここで二手に分かれて行動することになった。オレ、田中、ゼノビアが引き続きここで調査を続け、ゼノビアの部下3人が怪獣たちを本部へ送り医療班や本部への報告を行う。その後の彼らには戻ってくるリスクを考慮し本部での待機が言い渡されていた。 「おらも連れて行ってほしいだに」 金色の体毛に大きな角を持つイオリと名乗るその怪獣が、オレたちに懇願するようにそう言ってきたのはテレポートバッヂが起動する前のことだった。 自分はこの工場の構造に詳しいのだと言うが、彼は怪我もしていたし、そんな危険なことをさせるわけにはいかずオレたちはその申し出を一度は断った。 しかし彼は自分の意見を断固として曲げはせず、結局押し切られてしまった。 「あんたたちには仲間たちを大勢助けてもらっただに。おらの命はどうなってもいいから、どうかあんたたちにその恩を返させてほしいだに」 …仕方ない。 オレたち三人は、イオリの案内に従ってこの工場の最深部にあるという研究所へと向かった。 「あんたたちはここになにをしに来たんだに?」 小声で尋ねたイオリに、田中も小声で答える。 「フラッシュプリズム・コンバーターって知ってる?おれたちはその情報をちょいと盗みにきたんだ」 金色の怪獣の顔に影が宿る。 「…もちろん知ってるだによ。おらたちはここで、それをずっと造らされてるんだに」 オレの心にふと疑問が浮かぶ。 怪獣族は高い知能と器用な手先で独自の文明を築いている高等種族だ。温厚な性格で争いを好みはしないが、だからといって決して弱いというわけではない。 とてもじゃないが帝国軍や機兵獣に屈するようなヤワな連中ではないはずだ。 オレのその疑問を察したのか、イオリが言葉を続けた。 「この星にも張られている特殊フィールドのせいだに。その中では怪獣族は力を奪われてしまうんだによ」 おそらくなんらかの磁場が怪獣族の生体電気と反応して彼らの力や自由を奪っているのだろう。 「弱らせた怪獣たちを無理やり兵器の量産に…?許せない…!」 ゼノビアの琥珀色の瞳が怒りに燃える。しかしオレは、その話にひとつ不可解な点があることに気づいた。 「なぁ、ここはフラッシュプリズム・コンバーターの工場じゃねぇのか?どうして工場に研究所があるんだよ」 金色の怪獣が言葉を詰まらせてうなだれる。そして少しの沈黙の後、震えながら話し始めた。 「詳しくはわからないだに。工場なのは間違いないんだにがらそれと同時に研究・実験のための施設でもあるとは聞いたことがあるだに…帝国はここで何かを研究して、もっと恐ろしいものを作ろうとしてるんだに。それがなんなのかは分からないんだにが……でもその目的のために怪獣族が必要なのは間違いないんだに!おらの仲間たちも…もう何人も……!!」 つまりここに拉致されてきた怪獣たちは兵器を作る奴隷であり、実験材料でもあったというわけか。 胸糞の悪い話だ。 「…なるほどな。ここにいる研究者とは、どうも分かり合えなさそうだぜ」 イオリの案内のおかげで、詮索は順調に進んだ。 廊下に張り巡らされたセキュリティシステムを小型コンピューターを用いて難なく突破し、慎重に先へ進む。進路に仕掛けられたいくつもの罠をくぐり抜けたその先ーーーオレたちはついに最深部へとたどり着いた。 ここまで機兵獣や兵士に出会わなかったのは拍子抜けだーーー外で激化の一途をたどる戦いに参加しているのだとは思うが、それにしてもあまりに不自然ではないか。 ーーーいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。 この扉の奥に、反吐がでるようなマッドサイエンティストがいるかもしれないのだ。 覚悟してやがれ。ぶちのめしてやる…! 三重に仕掛けられた鍵をすべてピッキングドリルで破壊し、その重い扉をこじ開ける。 瞬間、オレたちは雪崩れるように中に入り込んで各々武器を構えた。 高まる緊張。 銃口を向けたその先にはーーー誰もいなかった。 先頭に立つゼノビアが銃を持ったままゆっくりと研究室の奥へと入っていく。 積み重ねられた書類の山を抜け、その奥に立ち並ぶ何列もの本棚の間を慎重に進む。 広い研究室だ。いつ物陰から敵が飛び出してくるか分からない状況に心臓が早鐘を打つーーーしかしそんな心配も杞憂に終わった。 「…とりあえずは誰もいないみたいだにね」 「二手に分かれて行動しましょう。私とピエロン、イオリさんと田中がいいかしら…なにかあったらすぐに連絡すること」 「オレたちは書類を漁るから、田中たちは奥を頼む。なるべく多くの情報を腕時計型万能コンピューターに取り込んでくれ」 「わかった。イオリさん、いこう!」 奥へ進んでいく田中達を見送ったのち、ゼノビアに入り口の見張りを任せてオレは積み上げられた書類の山を崩していた。 その内容は見れば見るほど驚くべきことばかりでーーー。 「なんだこりゃ……」 怪獣族をはじめとする様々な生物たちの解剖結果、そうした生物同士の細胞合成の身の毛もよだつ実験報告書……見るに堪えないおぞましい書類の数々に、さすがのオレも目を逸らしそうになる。 躊躇いながらもそれらを腕時計型万能コンピューターでスキャンし終えたのち、オレは机の上に無造作に置かれたあるものを見つけた。 「ん…?」 それは古びた手記だった。 何気なしにページをめくりーーーそしてオレは身の毛もよだつその内容に戦慄した。 その手記は高エネルギー生命体についての記述でびっしりと隙間なく埋め尽くされていたのだ。 生態、特徴、特殊能力、再生力にとどまらず、解剖図やエネルギーの詳細、生命サイクルにまで及ぶ膨大な情報量……。 「嘘だろおい…」 高エネルギー生命体は未だにその多くが謎に包まれている種族である、というのが宇宙の科学者たちの常識だった。 未知なるエネルギー、強大なサイキック、その生命力…どれも今のこの宇宙の科学では解き明かせないと言われてきたからだ。 しかしいま目の前にあるこの手記が、その常識を覆していた。 これは宇宙科学の革命といっても過言ではないーーー帝国の科学力が、宇宙正義(オレたち)のそれを遥かに凌駕していることは明白であった。 「マジかよ…」 顔を伝う汗が、やけに冷たく感じた。 「ピエロン、どう?」 「ん、あぁ…ひととおり調べた感じ、要するにここは帝国軍の対高エネルギー生命体用の研究室って感じだな。かなり貴重な情報も取れたし、上出来だ」 ーーー落ち着け、オレ。考えてみればなんら不思議なことじゃない。 高エネルギー生命体は宇宙正義の中心であり、最も帝国の脅威となっている種族だ。対策を取るのはごく当たり前のことではないか。 「…ねぇ、なんで工場に研究室があるのかしら」 「さぁな、よっぽどの理由でもあるんだろ。ここに閉じ込めときたいくらい面倒な奴が研究を担当してるとか」 「あぁ、まるであんたたちみたいね」 ーーーしかしこの研究者はどうやってこれほどまでの情報を集めたというのだろう。 こうした研究を行うには、どうしてもサンプルとなる高エネルギー生命体が必要となるのではないだろうか…? 答えを探すために手記のページを更に捲ると、白いページの真ん中に書き込まれた短文が目に入った。 見慣れない文字…これは旧宇宙共通語か。この宇宙が帝国に支配される以前に使われてたのだと聞いたことがある。 オレは目を凝らし、掠れたその文章を読み取った。 心星の光 星のかけら 星宿の地図 分かたれたそれは正の意思の力なり それは負の意思に抗う唯一の力なり すべては表裏一体の存在 片方のみを滅することは決してできぬ 選ばれし者たちよ、歓びの剣を掲げよ その者たちが手を繋ぐとき、やがて大いなる力が降り注ぐであろう ーーーなんだこれ。 やけに意味深なことが書かれたその羅列にオレは思わず戸惑ってしまう。 この文章は一体……? そのとき、不意に田中からの通信が入ったことでオレの注意はそちらへと逸れた。 「ピエロン、ゼノビア!ちょっと来てくれ!」 通信機越しに聞こえるその声はどこか慌てているように聞こえた。 ーーー考えるのはあとだ。 オレは手記を懐深くにしまいこみ、ゼノビアと共に研究室の奥へと駆け出した。 本棚が延々と立ち並ぶ通路を抜けたその先、開けた空間に田中とイオリはいた。 大小様々な機械がごちゃごちゃに設置され、ちかちかと妖し気な光を放っている。 研究室や実験室といった言葉がしっくりくるその部屋の中央に、"それ"はあった。 「これは…培養槽か?」 ーーー正確にはその設置跡だ。筒状の大きなガラス容器は根元から外されて床に転がっており、あたり一面には培養液と思われる緑色の不気味な液体がぶちまけられていた。 「田中、その人…」 気を失っているらしいびしょ濡れの少女を抱えた田中が、その言葉に頷く。 この培養槽に入っていた少女を田中とイオリが助け出したのだろうと容易に想像することができた。 「この人も実験台に?」 「分からないだに…おらも初めて見るだによ」 白いワンピースを着たその背中には大きな翼が折りたたまれて生えている。どこの星の人間なのだろうかーーー少なくともオレの知らない種族なのは間違いない。 「問題はそこじゃないんだ。この子、高エネルギー生命体と同じ反応がするんだよ。それもありえないくらい純度が高い…まるでエネルギーだけで身体が構成されてるような…」 「じゃあ高エネルギー生命体なの?」 「いや、あの種族に性別の概念はないはずだ。それに外見の特徴があまりにも違いすぎる…ん?イオリ、どうした?」 視界の端でイオリの巨体がなにやら鈍く銀色の光を放つ大きなものを抱えていた。 ペンシル型のそれはイオリの背丈と同じくらいの大きさをしている。ざっと3メートルといったところか。 「これはフラッシュプリズム・コンバーターのオリジナルだに。廃棄されたのかと思ってたんだにが…」 「オリジナル?」 「今使われている量産型にはリミッターが掛かってるんだによ。というか、かけざるを得なかったんだに。オリジナルの出力に耐えられるほど頑丈な船を帝国軍は持っていなかっただにからね」 「なるほど…大収穫だね」 田中の言うとおりだ。これを持ち帰ればフラッシュプリズム・コンバーターの研究は飛躍的に進み、宇宙正義内で量産化を視野に入れた開発ができるだろう。 手記やこの謎の少女についても詳しく調べる必要があるがーーーひとまず今回のミッションにおける最大の目的は達した。あとはこの胸糞悪い研究所を脱出するだけだ。 「重量の都合もあるし、イオリさんとフラッシュプリズム・コンバーター、それにこの子を先に転送したほうがよさそうね。あなたたちを転送し終えたら、私たちもすぐに後を追うわ」 「分かっただに。あの…あんたたちにはなんてお礼をいったらいいか……」 テレポートバッヂが起動し、七色の光に包まれていくイオリの目から涙が溢れる。 「そういう話はもっと安全な場所でな」 「第五部隊の人たちが本部に報告してくれてるはずだから大丈夫。怪我の治療してもらうんだぞ?」 「じゃあイオリさん、またあとでね」 兵器と少女を抱えたイオリの巨体が光に溶け、消えるーーー転送完了だ。 軽い音を立て地面に転がった使用済みのテレポートバッヂを回収し、代わりに自分たちが使う為の新しいバッヂを取り出す。 「じゃあ第1部隊に任務完了の連絡と爆撃の要請を入れて、私たちもーーー」 ゼノビアがそこまで言いかけた時、広い室内に口笛が響いた。 瞬間、オレたち三人は一斉に振り向き、背後に向けて銃を構える。 口笛の主が本棚の立ち並ぶ通路をまっすぐに歩いてくる。 白衣を纏った猫背の男のその顔には、貼り付けたような薄気味の悪い笑顔が広がっていた。 「困るなぁ〜、わたしの大切な実験台たちを次々と盗んでいくなんて。もう少しいろいろ弄りたかったのに」 そいつはまっすぐにオレたちを見据えながら、ゆっくりと歩いてきた。 「やぁやぁ宇宙正義のみなさん御機嫌よう。わたしはこの銀河帝国で研究、開発を担当してるロゴスだ……ようこそ!我が実験室へ!!」 芝居掛かった甲高い声でぺらぺらと…ふざけた野郎だ。 思わず舌打ちしそうになるのをこらえ、銃口をまっすぐに向ける。しかし目の前のそいつーーーロゴスは全く意に介すこともなくひとりで話を続ける。 「わたしは君たちにずっと会いたかったんだよ!宇宙正義はどんな発想で、どんな兵器を開発しているのか、実に興味深くてねぇ。あぁ、安心してよ。この工場に生きている人間はわたししかいないんだーーーみんなわたしの実験体になるのを嫌がるからね。ほんの少し体を弄るだけなのに、なにをそんなに嫌がるんだろう?わたしの技術で素晴らしい力を得る絶好の機会だというのにーーー」 ロゴスは早口で延々とひとり話をつづける。爆発音と衝撃で建物が震えても尚終わらないそれはもはや独り言のようだった。 工場が襲撃されていることも、外で戦闘が勃発していることも、オレたちに銃を突きつけられていることでさえも、恐らくこの男にとっては全てがどうでも良いことなのだろう。 話し続ける恍惚としたその表情は気持ち悪いの一言に尽きた。 ーーーなるほどな、こいつは確かにとんだイカレポンチだ。 「あんた今のこの状況分かってんの!?」 「ん?うん、そうだね。君たち宇宙正義の事ももっと知りたいし、まぁとりあえずはお手並み拝見かな」 そう言い放ったロゴスが指をぱちんと鳴らすと同時に、研究室の壁が外側からぶち抜かれた。 反射的に銃をそちらへ向けると、高い鳴き声にも聞こえる金属音が響く。 各々にうねうねと動き回る三叉に分かれた首、しなる尻尾に広げられた巨大な翼ーーー黄金の竜のような機兵獣が、瓦礫と土煙の中からその姿を現した。 大きさはイオリと同じくらいだろうか。機兵獣としては小型の部類ではあるが、生身で戦うには分が悪すぎた。 三つ首の竜がそれぞれの口から光の束を放つ。その速さにまるで反応することができず、それは稲妻のように宙を駆けながら無防備なオレたちの方ヘーーー! ーーーーBARRIERーーーー しかしその光がオレたちを貫くことはなかった。 機械音声と共に突如として発生した半球状のバリアがオレたちを覆い、三本の稲妻を防いでくれたのだ。 「…助かったよ、ゼノビア」 田中がホッとしたように言う。 ゼノビアが掲げたサムタングリップを下ろすと、一本の鍵が排出されたーーー『BARRIER』のメモリクレイスだ。 「私に任せて」 言うや否や機兵獣に向けて走り出す。 オレにはその光景がまるでスローモーションであるかのように見えた。 ーーーーCUTTERーーーー メモリクレイスを刺されたサムタングリップが生き物のように蠢き、その先端から瞬時に銀色に煌めく刃が展開する。 「はぁああああッ!!」 ひとっ飛びで三つ首の竜との距離を詰めると、宙を駆けるその勢いのまま身体を半回転させてその刃を振るうーーー瞬間、銀色の光が一閃し、三つの首が宙を舞った。 ゼノビアが体勢を立て直して地面に降り立つのと殆ど同時に、胴体だけとなった哀れな機兵獣が火花を散らしてその場に倒れこむ。 ーーーなんて圧倒的なんだ。 ゼノビアはあの機兵獣を一撃で沈めるほどにサムタングリップを使いこなしていた。その身体能力の高さは把握してはいたが、正直ここまで使いこなしているとは思いもしなかった。 さすが隊長を任されただけある。 切り落とされた三本の首がバラバラになって床に降り注ぐ。それを尻目にゼノビアは手にした刃の切っ先をまっすぐロゴスに向けた。 「さぁ、次はあんたの番よ」 しかし当のロゴスは目を輝かせ、まるで子供のようにはしゃぎ出した。 「素晴らしいッッ!!無から有を生み出す兵器とは!これは機械と有機生命体を融合させているのかい?しかもこんなに容易く……!なんという発想力!なんという技術力!!」 「……!?」 予想外のテンションにこちらが困惑してしまう。 「ふざけないで!あんたはここで何をしようとしてたの!?答えなさい!」 そのゼノビアの剣幕に怯むこともなく、ロゴスはつまらなさそうにため息をついた。 「君はなーんにもわかっちゃいないね。 その脳みそは筋肉で出来てるのかい?まったく、戦闘員ってのは皆そうだ。自ら考えたり作り出すことをせずにいつだって目先の結論だけを知ろうとする。なんて愚かしいんだろう。ーーーところで君たちはそれだけの技術力を持っていて、尚且つあの高エネルギー生命体と同じ組織にいるというのに、どうしてまったく彼らを研究しようとしないんだい?わたしが君たちの立場だったら、一人か二人くらいは解剖させてもらうところなんだけどーーー」 こいつは何を言っているんだ…? 話している言葉がまるで理解できないーーー隣の田中もゼノビアもオレと同じことを思っているのだろう、呆然とした顔でロゴスを見ていた。 「嗚呼、高エネルギー生命体……どうして誰もあの種族の素晴らしさに気づかない? 宇宙の歴史に突然現れたイレギュラー。他のどの生物とも類似しないその身体構造…極めて高い個体値を持ちながらも……種の保存を超越した生命力……」 そこまで早口で喋っていたロゴスが、突然両手を広げて狂ったように笑い出した。 「彼らの謎を解き明かすことこそがわたしの使命だと信じ今日まで研究を続けてきた!フラッシュプリズム・コンバーターなど所詮その研究の副産物に過ぎないと言うのに、誰もかれもがそれがわたしの唯一の実験結果のようにーーー実に心外だ。 わたしの実験は、そんなものよりずっと崇高なものであると言うのに!…まぁそれはいいや」 オレはロゴスに気づかれないように手にしたテレポートバッヂを起動させた。 「ぁあああああぁ!そうだ…そう、宇宙の外からやってきたあの少女を捕らえたあのとき、わたしはこれは間違いなく運命だと確信したんだ…!高エネルギー生命体をわたしに研究させるため、宇宙の神から授けられたチャンスなのだと!! 彼女はいままでに得たどのサンプルよりも純粋で、強力で、奥深い…高エネルギー生命体の祖と言っても差支えがない完璧な実験台……!それを得たことでわたしの研究は加速した。その日々の素晴らしさたるや……!!幾度となく致死的なダメージを与えても再生する生命力、その身体を構成する無限のエネルギー……いま思い出しても身震いするほどだよ。 そしてそんな最高のサンプルのおかげで、わたしの研究はついに完成したーーーそれをいま、君達に見せてあげるよ!!!」 瞬間、狂気を孕んだ高笑いとともにロゴスの身体は膨張を始めた。 黒く変色した体表が白衣を突き破り、みるみるうちに人の形を失っていくーーー。 「ゼノビア、下がれ!!」 目の前の変化に呆気にとられていたらしいゼノビアが、はっと気がついたように跳躍する。と、殆ど同時につい今しがたまでゼノビアがいたその場所に何かが振り下ろされ、瞬く間に地面が弾けた。 「こいつは……!?」 全身を覆う黒く硬質化した皮膚、巨体から伸びる長い尻尾、背中に輝く複数の水晶、大きく裂けたその口の上で、星の光を宿した瞳が爛々と輝くーーーロゴスだった"それ"は見るもおぞましい醜悪な姿でこちらへ向けて迫ってきていた。 「怪獣族!?」 培養槽の少女、実験台にされた怪獣族、書類の山から見つけた細胞合成の実験結果……全てが頭の中で繋がる。 「いや、あいつには高エネルギー生命体と同じエネルギー反応がある…そんな……そんなことが…!?」 田中のその言葉の先を聞くまでもなかった。 目の前の合成生物(ロゴス)こそが、そのなによりの答えだった。 奴はおそらく、培養槽の少女から得たエネルギーを自らの身体に取り込んだのだ。しかし生身の身体ではその力に耐え切れなかったーーーだから怪獣族の細胞も取り込み、より強い身体へと変質させることで強大なエネルギーを制御できるようにしたのだろう。 ロゴスがオレたちに向けて猛突進をはじめたそのとき、オレたち三人を七色の光が包んだ。テレポートバッヂを起動させてからちょうど30秒、転送が始まった合図だ。 あとほんの十数秒。これを乗り切ればーーー! 光に包まれるオレたちを見たロゴスが、何を思ったか急停止してその裂けた大きな口を目一杯に開いた。同時に背中の水晶が淡く輝き始める。 その瞬間、背筋に悪寒が走った。 ーーーやばい…! 本能が告げる危険信号。 オレは咄嗟に道具を取り出した。 「オラァッ!」 手にしたキューブ状のそれを真上に放り投げると、それは瞬時に立方体の壁となってオレたちを包む。 遮断ボックスーーー物理、光学兵器問わず、一定時間攻撃を防ぐことができるバリアであり、その壁は並大抵の力で壊せるほどヤワではない。 転送完了まであと数秒。 アレさえ防げばオレたちの勝ちだーーー! 異形の怪物がゆっくりと顔を上げた。顎が外れたようにも見えるほど大きく開かれたその口の中に、白く強い光が集まっていくーーー。 ーーー瞬間、光が迸った。 遮断ボックスも、七色の光も、放たれたその閃光の前にまるでガラス細工のように呆気なく溶け、オレたちは凄まじい熱波と衝撃に晒されてなすすべもなく宙を舞った。 熱い、苦しい、息ができない…そんなことを思う間もなく視界が暗転し、オレは意識を失った。 床に叩きつけられた衝撃と痛みで目を覚ます。 「ぐうぅう…ッ!」 関節という関節が悲鳴を上げ、全身火傷まみれだったが、なんとか生きているようだ。 しかし起動寸前だったテレポートバッヂはいまの光に破壊されてしまったらしく、オレの手の中で機能を停止していた。 研究室は紅蓮の炎に包まれ、その中でロゴスが狂ったように笑い続けている。 「実に…実に素晴らしいッ!!!わたしはついに、高エネルギー生命体の力を得たのだ!!なんという全能感!!ふはははははは!だぁーーーはははああああ!!」 少し離れたところに田中とゼノビアが倒れていることに気づいた。 高揚し、手当たり次第に辺りを壊しまわるロゴスに悟られないよう、オレは這いずるようにして二人の元へと急ぐ。 「おい…大丈夫か!?」 返事はない。 田中の上に折り重なったゼノビアを抱き起こすと、 胸が弱々しく上下しているのが確認できた。ひどい火傷を負ってはいるがーーーそれでも生きている。 田中もまた呻き声を上げてはいたが、死んではいないようだ。尤も、鎧の下まで無事かどうかは分からないのだが。 何はともあれ二人とも死んではいなかった。その事実に何よりも安堵する。 だが事態は一刻を争う。重症には違いないし、ロゴス(あいつ)に見つかれば今度こそ確実に殺されてしまうだろう。 残された選択肢は、ひとつ。 オレは震える手で腕時計型万能コンピューターに触れ、最後のテレポートバッヂを取り出した。 それを起動させ、そっと二人の傍へ置く。 「こちら第五部隊。隊長負傷につき研究班ピエロンが代理で報告を行う。目的は達した。これより我々はY5星を脱出する。1分後に爆撃を開始してくれ」 ーーーこれで第一部隊への連絡は完了した。 オレの読みが正しければ、爆撃が始まる寸前にテレポートバッヂの転送が完了するだろう。 オレがすべきことは、その時までロゴスを引きつけ、時間を稼ぐこと。 つまりーーーこれがオレの、最期の仕事だ。 ゼノビアの近くに転がっているサムタングリップを拾い、よろける足でゆっくりと立ち上がる。 「田中、ゼノビア。今まで………ありがとな」 ーーー覚悟は、もうとっくにできていた。 「あとは任せたぜ」 ーーーあの日、宇宙正義の本部で初めて出逢ったそのときからーーーずっとーーー。 「……じゃあな」 踵を返して駆け出す。 炎を潜り抜けた先、巨大な黒い影にも見えるロゴスに真正面から向き合った。 「おおおぉおおおおう!!まだ生きてたんだね!!そのしぶとさ、君たちは本当にわたしを楽しませてくれる!!」 「けっ…この程度かよ。てめぇの胸糞悪い実験も大したことねぇなあ!」 ーーーオレは家族(あいつら)を守るためなら、この命なんざ惜しくねぇ! 「面白い冗談だね!なら、もう一度味わってもらおうかぁ!!」 ロゴスの口が開き、再び光が集まっていく。 まずい。今度あれを撃たれたらーーー! オレは咄嗟に走り出した。 周りを包む熱で目が眩んでいることも、身体中を痛みが支配していることも、意識が朦朧としていることも、もはや全てが関係なかった。 あれを撃たせるわけにはいかないーーー! オレは握ったサムタングリップにメモリクレイスを挿し込んだ。 ーーーーARMーーーー 機械音声とともにサムタングリップの先端が蠢き、そこから一本の腕が生えた。それは触手のようにしなりながらはるか前方のロゴスへ向けて際限なく伸びていく。 「うらああああぁッ!!」 腕の先端に生えたクレーンが異形の姿を捕らえる。 その瞬間、オレは雄叫びとともに握りしめたサムタングリップを思い切り振り下ろした。 ロゴスの口から閃光が迸り、さらなる熱波が辺りを包むーーー! ーーーしかし倒れこんだ怪物から放たれたそれは、狙いを大きく外して反対側の壁を吹き飛ばした。 「よしっ!」 オレは思わず声を上げる。 建物全体が大きく揺れ、火の粉が降り注ぐ。今にも崩れてしまいそうだ。 ちらりと背後を確認すると、七色の光が柱のように立ち上っているのが見えた。 すでに転送が始まってるーーーあと少しだ…! ーーーそのほんの僅かな油断が命取りだった。 突然オレを横殴りの衝撃が襲った。 「ぐぅ…ッ!?」 その勢いのまま燃え盛る壁に叩きつけられ、目の前が真っ白になる。 「うぅ……あぁ……!!」 倒れ伏したオレが見たのは、炎を切り裂きしなる尻尾だった。 立ち上がった尻尾の主がーーーロゴスが狂ったように笑っている。 何か興奮したように叫んでいるが、オレにはもうそれを聞き取ることができなかった。 僅かに視点を変えるとその尾に打たれたわき腹の部分の鎧が砕けているのが見えた。 なんつぅ威力だよ…。 もう身体に力が入らない。耐え難いほどの痛みと渇きに、意識が遠のいていくのが分かる。 もうじき1分だ…このままいけば転送は無事完了するだろう。 そう思うと心が不思議と安らいだ。 諦めにも似たその感情に、オレは自嘲気味に笑みを浮かべる。 ーーーまぁ、悪くない最期かもな…。 薄れゆく意識の中、オレは自分の身体が持ち上げられたように感じた。 いよいよか………。 死を覚悟したそのとき、聞き慣れた声が降り注いだ。 「ーーーピエロン。田中のこと、頼んだわよ」 その声が、オレを呼び戻した。 信じられないーーーそんなーーーまさかーーー!? チビとはいえ小太りで、尚且つ鎧を着ているオレを軽々と持ち上げ、ゼノビアが微笑んでいた。 全身火傷だらけで、息も絶え絶えになりながらも、ゼノビアは渾身の力を込めてオレを投げ飛ばした。 抵抗することも止めることもできず、オレは転送直前のテレポートバッチの圏内へと投げ込まれた。 三たび宙を舞い、田中の上に折り重なるようにして倒れる。 「おい!!ゼノビア!!!ふざけんな、戻れ!!!!」 オレの叫びは届かない。すぐに駆け出そうとしたが、既に転送され始めていたオレの身体は光の壁を抜けることができなかった。 潤んでいるように見える琥珀色の瞳が、オレをまっすぐに見つめていた。 すこし悲しそうに、それでもしっかりと微笑みながら。 嘘だろ…それはオレの役目だ。 やめろ、やめてくれ……!! 言葉はもう届かない。 長い髪を振り乱しながら、ゼノビアがロゴスへと飛びかかっていくのが見えた。 視界がぼやけ、霞むのは行く手を遮る光のせいだろうか。それともオレの目から溢れる涙のせいか。 「やめろぉおおおおおおお!!!」 巨体の化け物が丸腰のゼノビアを造作もなく引き裂いた。 血を吹き出しながら力なく炎の中に倒れるその姿が、高笑いする黒い姿が、光に包まれて見えなくなっていくーーー……。 「ゼノビアァあああああああああ!!!!」 崩れゆく研究室も、紅蓮の炎も、黒く蠢めく異形の影も、オレの叫びも。 すべてが七色の中に溶け、消えた。
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