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第22話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで①名前(A)
「探せ!テロリストはまだすぐ近くにいるはずだ!」
「この包囲網を突破するなんてありえない!必ず見つけ出すのだ!!」
頭上で大勢の人間が慌ただしく走り回る音が聞こえる。
脳ミソの足んねぇ奴らだな。俺様はお前らの真下だっつーの。
ーーーま、そもそも宇宙大魔王であるこのピエロン田中様を捕まえよーってのが間違ってるんだけどな。
エメラたちを逃し宇宙正義の軍勢に突っ込んだ俺様は、なんやかんやの末にこの処刑地カルバリの地下へと辿り着いた。
追い詰められた?いやいや、それはちょっと違うな。俺様は最初からこの場所を探していたんだ。
本当ならひとりでとっとと乗り込むつもりだったんだが、道中であの小娘のメモリバードなんざ拾っちまったからーーーまぁ、知らない仲じゃねぇから少し助けてやっただけだ。
今頃あいつらはL8星の城で怪獣たちに手厚く迎え入れられているだろうーーー俺様がそう命じたからな。
俺様の城には宇宙正義の連中の装備を識別、排除する特殊センサーが備えられてる。何年か前に宇宙正義に迫害されていた怪獣たちを俺様の城に匿ってやったときについでに作ってやったのだ。
もし宇宙正義があいつらを追ってきたとしても、それがある限り大丈夫だという確信があった。
そんなことを考えつつ歩いていると、ひたすらに続く無機質な通路の先に光が渦巻いているのが見えたーーー小型亜空間道 だ。
足早に渦へ近づき、右腕に装着した腕時計型の小型コンピューターでスキャンを開始する。
…よし、行き先はしっかり固定されているし、他の誰かに手を加えられたような痕跡もない。
おそらく通る分には問題ないだろう。
そこまで確認して思わず安堵のため息が漏れた。
…ようやく見つけたぜ。
惑星N5、xx星、NM95星、L8星……。
かつて同じような隠しワープゲートは宇宙のあちこちにあり、この場所 を中心に別の位相へと行き来できる独自のネットワークを形成していた。
俺様はある場所へ行くために、そのネットワークに繋がるワープゲートを探し求めていた。
だが苦心の末に見つけ出したそれらはどれも劣化や深刻な破損のために満足に使うことができない状態となっていたーーーまぁ、過ぎた年月を思えば当然だが。
この場所は俺様の知る最後のワープゲートだった。
もしここがダメなら諦めざるを得ないどころか、生きてこの地下から出ることも叶わなかったかもしれない。
イチかバチかだったが、どうやら賭けて正解だったようだーーー俺様は兜の下で口元がニヤつくのを抑えきれなかった。
奴らは処刑地 の地下にこんな通路が隠されてることも、この先になにがあるのかも知らないのだろう。
馬鹿な奴らだーーーお前らが一番歴史から消したがってる物が、この先にはあるっていうのによ。
この宇宙正義の本部コロニーは、もともと俺様たちが使っていた物だった。
処刑地カルバリも、兵器バラバも…すべて俺様たちのものだったのだ。
ーーーまぁ、それも昔の話だがな。
渦を巻く光に足を踏み入れると、一瞬にして身体がその中へと吸い込まれる。
不自然に引っ張られるような、懐かしいその感覚と共にワープゲートを抜けたその先はーーー。
「…….来たぜ、田中」
呟いた親友の名が、誰もいない研究室に木霊する。
あれだけの年月が経ったというのに、それでもこの場所はあの頃からなにも変わっちゃいない。
ここは俺様のーーーオレたちの、始まりの場所だ。
床一面に散らばる書類を踏みながら奥へと歩みを進める。オレの記憶が確かなら、この先に目的の物があるはずだ。
不思議なもんだ。こうして薄暗い研究室を歩いているだけで記憶が鮮明に蘇ってくる。
あの頃、この宇宙は大きな戦乱に包まれていた。
それでもオレたちは毎日を必死で戦い、確かにここで生きていたんだ。
これはオレがまだ宇宙大魔王ピエロン田中ではなく、宇宙正義のピエロン・ピーノだった頃の話ーーー。
星巡る人
第22話 OMNIBUS STAR〜宇宙大魔王ができるまで①名前
「おいピエロン、大事な実験の前にぼーっとしてんなよ」
研究室で机を挟んでオレの向かい側に立つ鎧姿の男が不機嫌そうな声をあげる。
「悪りぃ田中。ちょっと寝不足でよ」
目を擦って軽く伸びをするオレを見て鎧の男ーーー田中が呆れたように笑う。
「ったく、徹夜ばっかしてるからだよ」
小太りで背の低いラフな格好のオレとは対照的に、長身の田中は全身に前線任務用の鎧を着込んだ変人だ。
こいつとはもうかなり長い付き合いになるが、未だにその素顔を見たことがない。
その兜の下を果たして誰かに見せたことがあるのだろうかーーーと、たまに思う。
なるべく軽装でいたいオレにはあんなに重い兜や鎧で常に全身を覆っている田中の気持ちはイマイチわからないが、もう昔からのことなので慣れてしまった。
「次の任務はおれたちがメインなんだからね。しっかりしなよ」
そう言う田中の声には穏やかさの中に真剣味が滲み出ていた。
オレはボサボサの髪を掻き毟り、大きく欠伸をしてそれに答える。
「わかってるって。銀河帝国に少しでも痛手を食らわしてやらねぇと」
銀河帝国ーーー圧倒的な武力と恐怖により宇宙の大部分に広範囲に勢力を広げ、数々の星を侵略しては滅ぼしている『悪の大帝国』だ。
皇帝ラスタ・オンブラーの強大な力とカリスマ性に惹かれて自ら配下となる星も少なくはなく、手下とした幾千もの星々による軍勢と、宇宙中から拉致してきた奴隷たち、そしてオーバーテクノロジーを駆使して造られた機兵獣と呼ばれる機械の化け物どもで構成されている。
そんな帝国に反旗を翻し、宇宙に平和を取り戻すべく日々戦いを続けている組織ーーーそれがオレたちの所属する宇宙正義だ。
この宇宙でも比類なき力を持つ高エネルギー生命体の一族を中心に、帝国打倒を目的とする多くの星々が集い生まれたこの連合は、今では帝国と並んで宇宙を2分する巨大勢力となっている。
オレと田中はその組織の兵器開発、研究を担当するラボチームの一員であり、いまは最新兵器の最終実験をするための準備中ーーーぼーっとしてたが、そういえばそうだったっけ。
「つってもよー…これ、本当に実戦で使えるのかぁ?」
机の上に並べられた幾つもの鍵状の"最新兵器"を鞄に詰め込みながらぼやくと、田中が書類をまとめながらそれに答える。
「それを今から試しに行くんだよ」
書類の束と鍵状の兵器の入った鞄を抱え、研究室から出て足早に通路を進むと、すれ違った奴らが物珍しそうに振り返ってオレたちを見るーーーこれもいつものことだ。
オレと田中は宇宙正義でもかなりの変人として有名なのだ。
まぁ分からなくもないーーー背が低くボサボサの髪に目つきの悪いオレと、鎧姿の長身で素顔がほとんど見えない田中の凸凹な組み合わせは端から見ても相当目立つだろう。
尤も、オレたちはそんな好奇の視線にはとっくに慣れてしまっているので気にすることもないのだが。
「でもよぉ、こんな無茶な発想の道具だぜ?正直初期段階の実験で上手くいったことすら信じられねぇぜ」
「よく言うよ。おれのアイディアを形にして、このサイズの小型化まで成功させた張本人のくせに」
「まァな」
そんな話をしながら通路の先に広がる光の渦ーーー小型亜空間道 へと急ぐ。
ちらりと時間を確認すると、予定時刻の数分前だった。
ーーーまずい、このままじゃ遅刻だ。あいつ、遅れるとまたうるさいだろうなぁ…。
半ば飛び込むようにして渦の中へ足を踏み入れると、まるで吸い込まれるかのように身体が光の螺旋に呑み込まれる。
オレはこの瞬間が最高に嫌いだった。身体が不自然に引っ張られるような感覚は、何度経験しても慣れないもんだ。
光の渦を抜け、薄暗い無機質な地下通路の床を踏みしめる。と、同時にオレたちは出口に向けて走りだした。
「おい、もっと急げよ田中」
鎧が重いのだろう、ガシャガシャと音を立てて少し後ろを走る田中に肩越しに呼びかける。
「分かってるよ、またこの前みたいに怒られるのだけは勘弁だ」
息を切らせて走りながら、田中が突然クスクスと笑い始める。前回の実験で遅刻した時のことを思い出しているのだ、とすぐに察した。
「あいつは時間に厳しいからなぁ。お前、この前蹴り飛ばされた尻どうなった?」
「……痣になってるよ。今でもたまに痛みやがる」
苦々しい顔で答えたオレとは対照的に、堪えきれなくなったらしい田中がげらげらと笑う。
たまにはお前も蹴られてみやがれ、しばらくケツから痛みが引かねぇからーーーと思わなくもないが、こいつは全身鎧姿だ。蹴られても痛くもかゆくもないだろう…うらめしい。
「うるせぇ、笑いすぎだ!置いてくぞっ!」
オレはせめてもの仕返しとばかりに走る足を速めた。
地下通路を抜けて地上へ出ると、見慣れたドーム型の空が広がる。
一息つく間もなく、オレたちは少し離れたところにある十字架の備え付けられた塔へ向けて走り出した。
ーーーここはNM87星雲に浮かぶ半球状の浮遊島 。
対銀河帝国の要、宇宙正義の本拠地だ。
高エネルギー生命体の一族を中心に、様々な種族が戦争に備えた会議や作戦立案を行う中枢機関であり、帝国軍の動きを見張る監視塔の役割も果たす連合の砦でもある。
オレたちがいま目指しているのは、コロニーの最端に存在する処刑地カルバリーーー『処刑地』と言っても未だにその用途で使用されたことはなく、もっぱら訓練や今回のような実験などに使われることが多いのだがーーーであり、その広大な敷地内にそびえ立つ十字架が備え付けられた塔と、上空に停泊された巨大戦艦バラバが目印になっている。
「…遅刻だね」
「あぁ、またやっちまった」
全速力でカルバリに駆け込んだが時すでに遅し。
カルバリの大地に仁王立ちし、腕組みをしてオレたちを睨みつけている姿が見えたーーーあいつだ。
「……遅い」
琥珀色の目が怒りにギラつく。
長い黒髪を後ろで束ねた高身長の女性ーーーゼノビアがドスの効いた低い声で呟いた。
その声色に危険を察したオレはさりげなく田中の後ろに下がってハイキックの射程圏内から逃れる。
「いやぁ、待たせて悪いねゼノビア。まぁた遅刻しちゃって」
田中が努めて明るく振る舞うも、ゼノビアのひと睨みの前に黙殺されてしまう。
「…あんたたちってほんと学習しないわね。頭いいくせにさ」
深く大きなため息をつき、呆れ返ったような目でオレたちを見据える。
「わたし訓練の途中だったの。わかる?必死に鍛錬してる中、あんたたちのために毎回実験を引き受けてあげてるっていうのに……懲りずにまた遅刻するってどういうこと?」
ゼノビアの眉間に険しいシワが寄っているーーーこれはまずい。とてもまずい。
「まぁまぁ、大目に見てよ。ラボは別の位相にあるわけだしさぁ」
「ったく、お前最近ピリピリしすぎだぞ」
「あんたたちには緊張感ってもんがないの?今度の前線任務の重要性が分かってないようね。それともまたこの前みたいに蹴られたい?少しは責任感ってもんが芽生えるかもよ?」
オレたちの口から出た言葉はかえってゼノビアの神経を逆撫でしてしまったらしい。早口でまくしたてられる説教に気圧されて何も言えなくなる。
ーーーこいつ、こういうところは昔から変わんねぇよなぁ。まったくもって可愛げがない。
「あー……ほらほら、実験はじめよ?」
なんとか場を収めようと田中が鞄の中から幾つかの鍵を取り出してゼノビアに手渡した。
「ふーん、これが…」
「オレたちの新発明メモリクレイスだ」
ゼノビアの手のひらで、鍵状のそれが鈍く光を放つ。
「この鍵をどうするってのよ」
「これさ!」
待ってましたとばかりに田中が勢いよく鞄から黒く短い棒状の物を取り出した。
「…なにこれ」
それは剣の柄のような形をしており、一見しただけでは何の為の物なのか分からないようになっていた。
ゼノビアが困惑するのも無理はないだろう。
「それはサムタングリップ。先端にコネクタが付いてるでしょ?」
「詳しい説明はあとだ。まずはそこにメモリクレイスを挿し込んでみろ」
ゼノビアが鍵をコネクタに挿し込み、勢いよく右側に回すと握った黒い柄から機械音声が鳴り響いた。
ーーーーCUTTERーーーー
瞬間、サムタングリップがまるで生き物のようにもごもごと蠢き、肥大化して形を作り始めた。そしてーーー。
「なにこれ……!!」
予想通りの反応にオレたちはニヤける顔を見合わせた。
「剣!?うそ、どこから…?」
鍵を挿した柄のその先に、長く大きな刃が文字どおり『生えて』いた。
サムタングリップから伸びるその刀身が銀色に煌めく。
「よーしよし、とりあえずは成功だな」
「ちょっとなにこれすごいじゃない!どうなってんの?」
興奮したように目を輝かせるゼノビアに、田中が誇らしげに説明を始める。
「前の実験で空気中から特定の情報因子を基にして複製を生成することに成功したのは覚えてるよね?メモリクレイスはその発展型なんだよ。特定の情報因子を組み込んだ鍵を生体コネクタに挿し込むことで、一時的に有機生命体として復元をーーー」
「おい田中、ゼノビアがついていけてねぇぞ」
目を白黒させるゼノビアを見て俺は思わず苦笑いしてしまったーーー自分の分野になると相手を考えずに早口で説明を始めるのは田中の悪い癖だ。
こいつらやっぱり昔から何にも変わっちゃいないな。
尤も、それがまた嬉しくもあるのだが。
「ま、要するにこの鍵の中に情報が入ってるってこった。コネクタさえ介せば生物だろうが無機物だろうがなんでも変形させることができる。ただし持続時間は一本の鍵につきせいぜい5分が限界だ。それを過ぎると鍵が自動排出されて元に戻っちまうからーーー」
「わかったわかった、こまめに鍵を挿し替えればいいんでしょ?ほら、はやく実戦式訓練やろうよ!私これはやく使いたい!」
オレの言葉を遮り、ゼノビアが何度も鍵を弄る。
こいつ、せっかくオレが分かるように噛み砕いて説明してやってんのに…!
まぁ、それもいつものことだ。
ーーー思えばオレたちの付き合いは長い。
本部の白い建物がうっすらと見えるこの場所で、初めて二人に出会ったあの日のことがありありと蘇る。
幼い頃、オレの故郷だった惑星p-3は銀河帝国によって滅ぼされた。
子供だったため当時を詳しく知るわけではないが、星王は断固として侵略を拒み帝国軍と戦う道を選んだのだそうだ。
しかしその圧倒的な戦力差の前に抵抗はなんの意味もなさず、星の形を変えるほどの爆撃を受けて軍は呆気なく壊滅、星王も死亡したことによって敢え無く陥落してしまったのだという。
あの日、オレは燃え盛る炎の中を前も後ろもわからないままひたすらに走っていた。
様々な形をした何体もの黒い影ーーー機兵獣の群れがどこまでもオレを追いかけてくる。
帝国に反すると見なされたこの星の人間は奴らの標的に過ぎなかった。捕らえられたら最後、みんな殺されるのだ。オレはそれをもう数え切れないほど見てきたーーーオヤジもお袋もそうやって死んでいった。
背後から迫る死から逃れるために、廃墟と化した街を無我夢中で駆け抜ける。
そのとき、耳を劈く叫びと巨大な地響きが空気を震わせ、足をとられたオレは無様に地面を転がった。
目の前に落ちてきたそれは星獣だったーーーしかし今やピクリとも動きはしない。数千もの機兵獣との戦いの末に致命的な傷を負ったらしく、翼をもがれた無残な姿で地に伏している。
それはまるで数秒後の自分の姿のようだ、とやけに冷静に、そして自嘲気味に思ったことを覚えている。
立ち上がろうと踠いても足に力が入らず、ここまで走り続け疲れ果てた身体はこれ以上動くことを拒んでいた。
すぐ後ろから奇声がーーー逃れられない死が迫る。
あぁーーーもう、だめだ…!
「ーーー諦めるな!」
瞬間、閉じた瞼の裏に銀の閃光が走った。
おそるおそる目を開けると、大きな背中がそこにはあった。構えた剣の先には壊れた機兵獣が何体も折り重なっている。
「デナリ、その子を頼む!こっちは任せろ!」
どうやら命の恩人は一人だけではなかったらしい。
空を駆けながら声を掛けてきたその人は、数人の仲間を引き連れてあっという間に機兵獣の群れの中へと突撃して行ってしまった。次々と光が空を走り、広がる視界のあちらこちらで戦いが始まる。
ふと目の前の男がこちらに振り向いた。
金の刺繍が施された赤いローブを纏った銀色の姿。星を宿したその瞳ーーー噂に聞いたことがある。彼らはもしかして…。
「高エネルギー生命体…?」
「もう大丈夫だ。私がついている」
差し出されたその手は、太陽のように暖かかった。
そのあとはあっという間だった。
この宇宙でも類を見ないほど強大な力を持つと言われる種族である彼らの前には、機兵獣など敵でもなかったのだろう。
空を埋め尽くしていた帝国の兵器はあっという間に鉄屑となって地面に積み上がり、そして辺りは嘘のような静けさに包まれた。
大勝利だーーー単純なオレはそう思っていたが、彼らは皆一様に暗く苦い顔をしていた。
どうしてかと尋ねると、惑星p-3全土を襲った今回の侵攻によってこの星は死んだも同然の状況になってしまったからだと説明してくれた。
「……すまない、我々は間に合わなかったんだ」
しかしオレにはその言葉の意味が全く理解できなかった。
ごく最近のニュースで、高エネルギー生命体を中心に多くの星々が集った組織が結成されたことは知っていたが、どうせこんな辺境の星にまで救いは及ばないのだろうと思っていたのだ。
正直、この星は見捨てられるだろうと思っていたし、なんの期待もしていなかったーーーだからこそ、オレはいま目の前にいる救世主たちに対して感謝こそすれど非難する気持ちは一切なかったからだ。
「我々の本拠地には君と同じ、故郷や家族を失った子達がいるんだ。君も、来ないか」
故郷、友人、家族ーーー帰る場所をすべて失ったオレにそれを拒む理由などなかった。
こうして宇宙正義の本部へと保護されたオレは、そこで全身を鎧で覆った長身の男と琥珀色の瞳をした活発そうな少女と出会ったのだ。
田中、ゼノビアとそれぞれ名乗るふたりもまた、故郷を帝国によって滅ぼされたらしい。年も近いオレたちが仲良くなるのに時間はかからなかった。
本部に勝手に秘密基地を作ったり、兵器庫に忍び込んでめちゃくちゃに叱られたり……まぁ、子供らしくいろいろやった。物心つく頃からずっと帝国軍に怯えて過ごしてきたオレにとって、生まれて初めて心から生きていることを楽しいと思える瞬間だった。
やがて時は過ぎ、大人になったオレたちは宇宙正義に正式に所属することを認められた。
身体能力の高さを見込まれたゼノビアは前線部隊に、研究者としての頭角を現した田中と、田中のアイディアを形にする技術力を認められたオレは開発班 へと配属され、今に至るというわけだ。
「ちょっと!!ちゃんと見なさいよ!」
ゼノビアの声にはっと我に帰ると、目の前で田中が呆れたような笑みを浮かべていた。
周囲には実戦式訓練で使われる戦闘訓練用ロボットの残骸が山となって散らばっているーーーどうやら既に実験は終わってしまったようだ。
「ぼーっとして、そんなんで大丈夫なわけ?ちゃんと睡眠とらないと今度の任務で真っ先に死んじゃうわよ?」
「は、はは…悪りぃ」
詰め寄るゼノビアにそう返すのが精一杯だった。思い出に浸るのについ夢中になってたなんて言ったら、それこそハイキックの餌食だ。オレの尻は実戦任務に向かう前に死んでしまうだろう。
「ピエロン、実験は大成功だよ!あとはメモリクレイスの量産体制を整えるだけだ。…今度の任務でこれを全ての戦闘機に搭載できたら、きっと帝国軍の度肝を抜けるぞ!」
興奮状態の田中がオレの肩を掴んで揺さぶる。
ーーーわかったから落ち着け。
「あ、これ返すね」
ゼノビアが差し出したサムタングリップを、田中もオレも受け取らなかった。
「それはお前のもんだ、とっとけ」
「遅くなったけど、隊長昇格のお祝いだよ!」
ゼノビアの目が大きく見開かれる。信じられないとでも言いたげな奇妙な表情から、じわじわと笑顔になっていく。
それは先ほどまでの戦士の顔ではなく、年相応の少女の笑顔だった。
ーーーったく、いつもそれくらい素直に笑えりゃいいのによ。
今度の任務で念願の部隊長となるゼノビアに、何か専用の武器を渡したいーーー数日前、そう言い出したのは田中だった。
「そいつは全宇宙にひとつしかねぇんだからな、失くしたりしたら承知しねーぞ!」
今回の実験はメモリクレイスの最終実験であり、ゼノビア専用のサムタングリップの最終調整でもあったのだ。もちろんそれはゼノビアには内緒だったが。
「ふたりとも、ありがとう!」
「あ、それの名前はねーーー」
「でも名前はいいかな」
言いかけた田中をゼノビアが遮る。
あぁ、いつものが始まったーーーオレは苦笑いを噛み殺した。
今でこそ慣れっこだが、田中には物に名前をつけるという不思議な癖があった。
出会ったばかりの頃はあまりに謎すぎて驚いたものだーーー鉛筆に『奥田さん』、ノートに『水野さん』といった具合で、連合に入った後は自分の発明品や武器にまで名前をつけ始める始末だった。
なんでもこれは田中の故郷、惑星NJに昔から伝わる習慣なのだという。
「英雄の名前をつけることでその人の魂と共に生きるーーーだったっけ?」
「分かってるならつけさせてよ!そうだ…秋山さんとかどう?NJ歴1852年の星王なんだけどーーー」
「却下よ」
田中渾身のネーミングはゼノビアによって一刀両断された。
「なんでだよ〜、名前は大事なんだよ?」
「はいはい、わかってるって」
「もう耳が腐るほど聞いたぞ」
実験が終わった安堵感からか、或はサプライズ成功の高揚感からかーーーオレたちは大いに笑った。ドーム型の空の下、まるで子供に戻ったような純粋な気持ちで夢を語り合った。
宇宙正義 が勝利し、平和になった宇宙を三人で生きていくーーーそんな未来を微塵も疑わずに信じていたのだ。
この先にどんな結末が待っているのかも知らずに。
良い
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萌えた
泣ける
ハラハラ
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