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第20話 NEVER ENDING ODYSSEY
「おい馬鹿!ぼさっと突っ立ってんじゃねぇ!」
唐突に身体が後ろへと引っ張られ、ピエロン田中に飛行船の影へと連れ込まれる。
瞬間、光が爆ぜた。
凄まじい衝撃と風が辺り一面を駆け巡り、そのあまりの激しさに飛行船がミシミシと軋む。
トランの放った光の矢に射抜かれた宇宙正義の母艦がみるみるうちに崩れていく様子がちらりと視界に映る。
巻き起る爆発と黒煙の中、銀色の翼を広げたトランの姿だけが眩い輝きを放っていた。
母艦の破片が地面に降り注ぎ、連続した地響きが視界を揺らす。
そして、やがて辺りは先程までの死闘が嘘のような静けさに包まれた。
おそるおそる飛行船の影から出ると、舞い上がる粉塵の向こうから誰かが悠然と歩いてくるのが見えた。
その影が次第にはっきりとした姿になっていく。
なのになぜだろう、私には滲んでしまってまるでよく見えない。
自然と笑みが浮かぶのに、こんなにも涙が零れるなんて…。
ぐしゃぐしゃの顔、嗚咽交じりの声で、私はなんとか言葉を絞り出した。
「おかえり、トラン」
彼は足を止め、穏やかな微笑みを浮かべてその言葉に応えた。
「ーーーただいま」
大切な家族が、帰ってきた。
星巡る人
第20話 NEVER ENDING ODYSSEY
ーーー先日、宇宙政府の主要施設 が襲撃された事件について、政府はこれが宇宙大魔王を名乗るテロリストによるものであると発表しました。
今回の件について機密保持審議会はコメントをしておらず、銀河警察は逃亡した自称・宇宙大魔王の行方を追う方針でーーー
メモリカプセルから流れてくるニュースをBGMに、私は飛行船を操縦していた。
扉の向こう、キッチンの方からは鼻歌とともに美味しそうな匂いが漂ってくる。
ラセスタの作るご飯も久しぶりだ。
ーーーおなかがすいたなぁ。
星々の間を縫うように抜けると、すぐ先に小惑星が見えた。
せっかくだ、あそこで休憩にしよう。
自動操縦に切り替え、コスモノートを取り出す。着陸までに記憶の整理をしておきたかったのだ。
そっと画面に触れ、目を閉じる。
ーーーここ最近は大変だったなあ……。
「おいお前ら、ここは俺様に任せてとっとと逃げやがれ」
ピエロン田中がそう切り出したのは、あのあとすぐのことだった。
「ここが宇宙正義 の本部だってこと、忘れんなよ」
指差したその先、建物が密集している辺りから増援と思わしき何隻もの戦艦が向かってきているのが見える。
「そんな、ひとりだけなんて無茶だよ!」
「俺も手伝います」
ラセスタとトランの言葉を遮り、ピエロン田中は不敵に笑った。
「けっ、お前らの手助けなんていらねーよ。あんなの俺様ひとりで充分だ」
そう言ってメモリクレイスを小箱に挿入すると、一瞬にしてそれが小型円盤へと姿を変える。
颯爽と乗り込んで飛び去ろうとするピエロン田中に、トランが声をかけた。
「待って、ピエロン田中さん。…ありがとうございました」
「ふんっ、勘違いすんなよ!たまたま俺様も宇宙正義に用があっただけだからな!そのついでに助けてやっただけだ!今度会うときはまた敵同士だからな!それまでその石、誰にも取られんじゃねーぞ!」
一気にそこまで言うと、私に渡したテレポートバッヂを指差した。
「おい小娘。そのテレポートバッヂはここから一番近い俺様の城に設定してある。連絡はしてあるから、そこにいる怪獣どもに飛行船の修理とかその他諸々手伝ってもらえ」
「あんた…やっぱり悪い奴じゃないのね」
「はぁあ!?俺様はーーー!」
「分かってる分かってる、宇宙大魔王でしょ。…ありがとね」
私の言葉があまりにも予想外だったらしく、ピエロン田中の兜から僅かに覗く地肌の部分が赤くなる。
「ふっ、ふん!!有難く受け取ってやんよ!おいトラン、そいつらのこと、頼んだぜ」
トランが頷くと、ピエロン田中はにいっといつものように笑った。
「じゃあなお前ら!生きてろよ!!」
そう言い残し、あいつは迫り来る軍勢に向かって飛んで行ってしまった。
「俺たちも行こう」
その言葉を合図に、私はテレポートバッヂを起動させたーーー。
そのあとは驚くほどスムーズに事が進んだ。
たどり着いたL8星のピエロン田中の城では怪獣たちに手厚く迎え入れられ、飛行船の修理から食料の調達までなにもかもあっという間に済ませてくれた。
「ピエロン田中さんのこと、心配じゃないんですか」
「なぁに、あの人は殺したって死にませんわ!」
私も心の底からそう思う。
よく分からない安心感があいつにはあるのだ。
だからニュースで行方不明だと言われようが、きっと生きてるんだろうと思う事ができた。
ーーーもちろん心配はしてるんだけど。
…そういえば、宇宙政府は私たちの奪還作戦をピエロン田中ひとりのテロ行為として処理することに決めたようだった。
高エネルギー生命体の存在を隠しつつ自分たちが負けた事実を広めない、宇宙正義にとってはこれが最良の報道だったのだろう。
ふうっと息を吐き出して、目を開ける。
画面に映し出された記憶映像をちらっと確認し、コスモノートを閉じた。
自然と笑みが零れる。
こうして三人でまた旅ができている、その事実が何よりも嬉しかった。
「エメラ〜、ご飯、もうすぐできるよー!」
ラセスタの言葉に返事をかえし、目の前の小惑星に着陸すべく操縦を手動に切り替えた。
「おいしい!」
トランが思わず声を上げる。
「今日はね、トランが帰ってきたお祝いだよ!腕によりをかけたんだ」
ラセスタが得意げに言う。
久しぶりに食べる彼の料理はどれも豪華で、どれもいつも以上に美味しかった。
「じゃあ僕は片付けてくるね」
そう言ってラセスタが飛行船の中へと入っていく。
それを見送る私とトラン。
「身体はもう大丈夫なの?」
「うん。不思議なんだけど、あれからなんだか力の巡りが良くなったんだ。これからは普通に動けそうだよ」
その言葉に心から安心する。
「ねぇ、エメラ」
「ん?」
顔を上げてトランを見ると、彼の星を宿したその目に私が写っていた。
「前にさ、M95星で俺に言ってくれたこと覚えてるかな。 『どうしてひとりで戦ってるの』って。…実は俺にもそれはわかってなかったんだ。
大切な人たちを守りたくて、そのことに必死で、ひとりで戦うことが当たり前なんだって思ってた」
私を見つめるその煌めきがすこし大きくなる。
「でも違ったんだ。 あのとき、みんなの声が聞こえたよ。暗闇にいる俺を助けてくれたのは、君たちだったんだ。そのとき初めて、俺はひとりじゃないんだって分かった。
だから…ありがとう。エメラたちのおかげで俺は戻ってくる事ができたんだ」
トランの目が潤んでいるような、涙が滲んでいるような、そんな風に見えたのは錯覚だろうか。
「なに言ってんの、当たり前でしょ。
私たち、家族なんだから」
自然と、笑顔になる。
「そうだよっ!」
いつの間にか戻ってきていたラセスタが、トランの後ろからひょっこり顔を出して話に入ってきた。
互いに顔を見合わせ、たくさん笑う。
かけがえのない私の家族。
かけがえのない私の居場所。
そのすべてが愛おしかった。
「さぁ、そろそろ出発しようか!」
勢いよく立ち上がるラセスタ。
それに続いて私とトランも立ち上がる。
「行き先、どうする?」
士気を上げるラセスタに、私は恐る恐る尋ねた。
彼の大切な人が宇宙政府に狙われていたこと、居場所どころか生死すら不明であることを考えると、なかなか言い出し辛かったというのが本音だ。
星のかけらから延びる一筋の光。この先に探す人がいると信じて旅を続けてきたけどーーー。
ラセスタはそんな私の考えを察したかのように、しっかりとした口調で言った。
「大丈夫、マホロは生きてる。またね、って約束したから。根拠はないけど、僕は信じてるんだ」
そしてふっと笑顔を見せる。
「実は行きたいところはもう決めてるんだよ。僕、宇宙牢獄に行きたい」
宇宙牢獄ーーー宇宙最大の監獄惑星であり、この宇宙で最も重い刑を受ける為の場所だと言われている。
「ここにはこの宇宙のお尋ね者の詳細がまとめられたデータベースがあるんだって。飛行船の改造をしてるときに、ピエロン田中さんに教えてもらったんだ」
ーーーあいつ、本当に悪人に向いてないなぁ。
呆れると同時に感謝の念が湧いてくる。
ピエロン田中には助けられてばかりだ。
「よし、じゃあまずはそこに行ってみよう!」
そう言って元気よく飛行船へと入っていくふたりの背中を見送り、私はひとり空を見上げた。
視界に飛び込んで来るのは、地平線の彼方まで続く青空。
まるで吸い込まれてしまいそうな深い深いその色の向こうに、果てしなく宇宙は広がっている。
無限に煌めく星々。
そこにある数えきれない人と人の繋がり。
そうした大切な、掛け替えのないものたちに想いを馳せる。
「おーい、エメラー!」
「早く早くっ、出発するよー!」
飛行船の入り口からひょっこり顔を出して、ふたりが呼んでいる。
「あ、ごめん!すぐ行くね!」
私は笑顔で、大切な家族の元へと駆け出した。
私たちの旅は続く。
とおく、とおく、見果てぬ地へ。
私たちの旅はまだまだ続く。
ずっと、ずっと、続く。
To be continued…
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