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第19話 "ほんのちっぽけな正義"の味方
ーーーこれは夢だろうか。
それも、とびっきりの悪夢。
お願い…夢なら早く覚めてよ。
目の前に広がる光景に、私はそう思わずにはいられなかった。
星巡る人
第19話 "ほんのちっぽけな正義"の味方
墜落し火花を散らす飛行船から這い出して愕然とする。
トランが磔にされていた塔は跡形もなく消し飛び、無情にもそこにはただ巨大なクレーターだけが広がっていた。
私たちの飛行船から撃ち出したエネルギーの塊がトランに届く前に、宇宙正義の母艦から放たれた光線が命中してしまったんだ……。
ーーー失敗…?
うそだ。
受け入れられない。
受け入れたくない。
間に合わなかった……。
今度こそもう終わりだ。
私たちは最後のチャンスを失ってしまった。
力なく膝をついた私を嘲笑うかのように、上空からテナクスの声が降りそそぐ。
「高エネルギー生命体を蘇らせようとする算段だったのだろうが、残念だったな。
これが君たちの『小さな正義』の限界だ。
大人しく我々の『より大きな正義』の前に降伏せよ。
従うなら命までは奪うつもりはない…が、抵抗するようなら宇宙正義法第8条に則りテロリストとしてこの場で処刑する」
母艦の底に設置された主砲が鈍い音を立ててこちらに向けられ、周囲に集まってきたホシクイとイドの群れにあっという間に取り囲まれてしまう。
「けっ、火事場泥棒が偉ッそうにご大層な正義を語ってんじゃねぇよ!」
背後からの声に振り向くと、ピエロン田中とラセスタもまた、飛行船の歪んだ扉から這い出てきたところだった。
「エメラ!大丈夫!?」
その言葉に泣きそうになる。
「ふたりとも……ごめん、私…」
「…お前はよくやったよ」
「え?」
予想だにしてなかった言葉に顔を上げると、ピエロン田中が悲しげな眼差しで私を見つめていた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの不機嫌そうな表情へと変わる。
「話はあとだ。とにかくいまは、この状況を切り抜けるぞ」
彼が睨みつけた母艦の主砲に、禍々しい光が集まっていく。
「どう足掻こうと無駄だ。諦めたまえ」
「うるせぇ!俺様はなぁ、この宇宙をてめぇらから取り戻すまで死にゃあしねぇ!」
怒鳴り返しながら、ピエロン田中は私に向けて後ろ手に何かを放った。
反射的にそれを受け取る。
見覚えのある小さな銀色のバッジーーーテレポートバッヂが、掌の中で光を反射してチカチカと煌めいていた。
裏面に表記された到着設定地点はL8星・ピエロン田中の城となっている。
「ちょっとこれ…!?」
「とっとと行け。お前と小僧とで飛行船ごと逃げるんだ」
「そんな…!ピエロン田中さんは!?」
「ここは俺様が引き受けてやんよ」
そんなの無茶だと私にも分かる。なのにピエロン田中は口元を吊り上げ不敵に笑っていた。
その手に小さな箱らしき物とメモリクレイスを握り、私たちに背を向ける。
「…そんな大昔の兵器まで持ち出しやがって、高エネルギー生命体がこの宇宙に生き残ってるって知って相当慌ててたみてぇだなぁ。自分たちより力のある存在がよっぽど嫌だとみえる」
ピエロン田中が上空の母艦を睨めつけ、言葉を続ける。
「今が何代目の宇宙正義か知らねぇが、てめぇらは昔から何にも変わっちゃいねぇ。
自分たちにとって都合のいい平和とやらがそんなに大事か?」
「ほう…どこから情報を得たのかは知らんが、君は知りすぎだな。ただのF級犯罪者ではないようだ」
「当たり前のこと聞くんじゃねえよ。俺様は宇宙大魔王だぞ!
てめぇらが正義なら、俺様はそれに真っ向から刃向かう悪だぁッ!!」
「ふっ…はははははは!この状況が理解できていないのかね?この圧倒的な戦力差を前に、君に何ができる!?」
心の底から見下すような引きつったような笑いに、ピエロン田中が怒鳴り返した。
「うるせぇ!!諦めたらなぁ、そこで終わりなんだよ!!」
「なら、諦める前に死ぬんだな」
冷たい声とともに、主砲から禍々しい光が放たれた。
テレポートバッヂを起動する間も、ピエロン田中がメモリクレイスを小箱にセットする余裕もなかった。
無抵抗に腕をだらりと下げた私たちに向けて、光の波が迫る。
永遠にも似たその一瞬、私の目には全てがスローモーションに映っていた。
肌に凄まじい熱を感じ、恐怖から足が竦んで動かない。
ただ迫り来る赤黒い光を前に、私の頭は自分でも驚くほど冷静だった。
私、死ぬんだーーー………。
頭の中にいままでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。その中にトランの姿が、はっきりと見えた。
もう一度、会いたかったな…。
ーーーその時、暖かい光が私たちを包んだ。
禍々しい光が、まるでそこに見えない壁があるかのように空中で防がれ、掻き消される。
「なんだと…!?何が起こった!」
困惑したような会話が聞こえてくる。
通信を入れたままにしているのだろう、その会話は筒抜けだった。
「バラバの槍状光波熱線が正体不明のなにかに防がれています!」
「エネルギー反応が急上昇していく……計測不能!こんな数値有り得ません!!」
風が円を描いて、光を運ぶ。
虹色の輝きが一箇所へと集まり、より大きく煌めく。
「これは……?」
「小娘…どうやらお前は、失敗してなかったみたいだぜ」
光が徐々に人のかたちへと収束していく。
赤や青や黄色のラインが走る銀色の身体、星を宿したその瞳ーーー。
「ーーートラン!!」
大切な家族の姿が、そこにはあった。
きらきらと瞬く光の粒子を身に纏い、彼は私たちに背を向けて宙に浮かぶ。
その目はたぶん、頭上の母艦とモノトーンの軍勢を映しているのだろう。
「そんな……そんな馬鹿なッ!
全軍に告ぐ!持てる戦力を全て投下し、標的を再度捕獲せよ!」
焦りが滲み出たその声に呼応するように、ホシクイとイドの大群が一斉にトランに向けて動き出す。
「危ないっ!」
あの時の記憶がフラッシュバックし、思わず叫ぶ。
空を埋め尽くす影がトランに迫るーーー!
しかし彼は動じることもなく、右手を前へと突き出した。
瞬間、眩い光が迸り、暗闇が光へと溶けるかのようにホシクイの大群が弾け飛んだ。
粉々に砕け散ったその残骸が雨のように地面に降り注ぐ。
間髪入れずにイドたちから放たれた無数の赤い光の糸を躱して舞い上がり、その間を縫うようにして敵の中へと突っ込んでいく。
ホシクイも、イドも、小型戦艦も、光と化した彼が駆け抜けると同時にその機能を失って呆気なく破壊されていった。
ーーー圧倒的だ。
エネルギーを凝縮した光球、無数の稲妻、光の刃…トランの繰り出す数々の技が空気を震わせ、空を埋め尽くしていた軍勢がみるみるうちに数を減らしていく。
これが、トランの本当の力なんだ……!
不意にトランが空中に静止し、真上に向けて左手をかざした。
すると彼を中心に風が渦を巻き始め、残り僅かな敵たちがまるで紙くずのように軽々と巻き上げられていくーーーやがて発生した巨大な光の渦の中で、周囲にいた全てのホシクイとイドは消え去ってしまった。
数え切れない破片が地面に降り積もる。
残るは母艦のみだ。
徐々に弱まる光の竜巻の中からトランの姿が見えてきたーーーその時、声が響いた。
「この機を逃すな!殲滅せよッ!」
空を覆う巨大な母艦の主砲が、静止したトランを捉えていた。
上空から降り注いだ赤黒い光が銀色の渦を掻き消し、その禍々しい光の中へ彼の姿が呑み込まれていくーーー。
「トランっ!!」
ピエロン田中が息を飲み、ラセスタが悲痛な声で彼を呼ぶ。
でも私は信じていた。
トランは負けない。必ず、帰ってくる。
なぜかは分からないけど、漠然と心の中でそう確信できた。
「なんだと……!?」
テナクスの困惑した声が聞こえてくるーーーそれも当然だろう。
宇宙正義の切り札とも言える禍々しい光が切り払われ、その中から大きな翼を広げたトランが姿を現したのだから。
その光景に、誰もが一瞬息を飲み、言葉を失った。
銀色に輝く翼から、きらきらとした粒子が零れる。
真上に翳したままの彼の左手が光に包まれ、瞬時に弓のような形へと変化した。
弦も矢もないその左腕にそっと右手を添え、ゆっくりと引き絞る。
「無敵の宇宙正義が…我々の作り上げてきた平和が……!そんなバカな…こんなこと、有り得るはずが……!」
空気が震え、風が舞う。
暖かく眩い光が、瞬く間に弓の先端へと集まっていくーーー。
「貴様は…貴様はいったいなんなんだああああああ!!!」
母艦から放たれる無数の光弾。その全てが命中しても尚、トランは全く動じない。
「どこにでもいる普通のーーー」
まるでそこに太陽が有るかのように、爆煙の中から眩い光が漏れ出す。
その中心で、真上に弓を構えたトランが吼えた。
「ーーー"ほんのちっぽけな正義"の、味方だッ!!! 」
放たれた光の矢はまるで流星のように空を切り裂き、頭上の母艦をまっすぐに射抜いた。
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