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第18話 遠き呼び声の彼方へ(B)
ーーーでも、その『時』は俺の予想もしない形である日突然訪れた。
それから更に幾つかの季節が巡ったその夜、エステレラは潜り込んだ毛布から顔を少しだけ出して、ベットの脇に立つ俺に話しかけた。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」
「ん、どうしたの?」
彼女は少しずつ言葉を選んでいるかのようだった。
「トランはさ、強い力を持ってるじゃない?でもさ、その力がたまに怖くなったりとか、しないのかなー…って」
そこまで言うと、ハッとしたように毛布に潜り込んで慌てて言葉を続ける。
「ご、ごめんね!その力で宇宙を守ってるんだもん、そんなことあるわけないよね!たはは、変なこと聞いちゃった」
俺は首を横に振った。
「そんなことないよ…俺もこの力が怖い。一歩間違えたら、触るものも壊しちゃうような力なんだ。怖くないわけがないよ」
再度顔を出したエステレラを、俺は見つめた。
「でもそれより、いざという時に力が足りないことの方が怖いんだ。だから俺は自分の力を恐れない」
それを聞いて、彼女は不思議そうに尋ねた。
「トランは、どうしてそんなに強いの?」
エステレラのその問いに、遠い日の記憶がフラッシュバックする。
まだ幼かった俺と父さんの会話がーーー。
俺はふっと微笑み、あの日の大きな影と同じように答えた。
「守りたいものが、あるからさ」
それを聞き、彼女は何かに納得したかのように笑顔を見せた。
「そっかぁ。…前から思ってたんだけど、なんかさ、トランって正義の味方みたいだよね」
「え?」
意表を突かれて聞き返すと、エステレラは慌てたように顔を隠した。
「んーん、なんでもないっ。またあしたね、トラン」
そう言って眠りについたエステレラの顔から、枕元の本へと視線を移す。
ボロボロの表紙のそれはこの宇宙に住む者なら誰でも知っている昔話だった。
手は届かなくても、心は届くーーーむかし父さんがよく話してくれたっけ。
彼女はこの物語を頻繁に読んでいて、時には俺に詳しく話を聞かせてくれたりもした。
ふと、この物語に出てくるふたつの石は実在するのだと彼女が熱く語っていたことを思い出す。
それは人と人とを繋ぐ石ーーー星のかけら、というらしい。
ほんやりとそんな話を思い出していたその時、甲高い叫び声が静寂を切り裂いた。
城下町のむこう、森の中にいくつもの黒い影が蠢いているーーー侵略者の生体兵器がバリアを潜り抜けて転送されてきたのだ。
向かおうとして、一瞬、ここを離れるべきかどうか迷った。
エステレラはこの城の中にいる。ここで敵を待ち構えていた方が良いのではないだろうか、という考えが頭をよぎる。
ーーーいや。
俺は頭を軽く横に振った。
手早く倒して戻ってこれば良いだけの話だ。
俺は窓から外へ飛び出し、全速力でその方向へ向かって空を駆けた。
「だァあッ!」
急降下の勢いのまま、黒い塊に拳を振り下ろす。
いつも通り、これでワーグは粉々に弾け飛ぶーーーはずだった。
「えっ!?」
しかし黒い影は素早くそれを交わし、長い尾で俺を縛り上げた。
どれだけ力を込めても引きちぎることができない。もがけばもがくほど、締め付けられていく。
なんだこいつは…!?
明らかにいつものワーグではない。まるで知性がついたかのようだ。
「驚いているようですねぇ。はじめまして、大銀河連合駐在員、トラン・アストラ」
楽しげな、それでいて見下したかのような声。
いつの間にいたのだろう。全身が装甲で覆われたような姿の人影が、俺のすぐ目の前に立っていた。
その顔に目や口は確認できず、代わりに幾つかの発光器官が話すたびにちかちかと明滅を繰り返している。
「お初にお目にかかります。私は財団ファルマコ、Ω-1担当エージェントのモル=マリと申します」
財団ファルマコーーー危険な薬や生物兵器の違法開発、研究などをしているとされ、他の犯罪者や組織に対して資金援助や投資なども行っているという巨大な犯罪組織だ。
その全貌は判明しておらず、大銀河連合としても決定打となる証拠に欠けることから手を出せずにいる。
そんな組織がこの星をーーーエステレラを狙っていたのか。
慇懃無礼な態度のモル=マリと名乗るその姿が一瞬ゆらぐ。目の前のこいつはホログラムのようだ。
「我々のワーグに君の攻撃はもう通用しませんよ。これまでの戦いで収集したデータにより、君の戦闘パターンはもうお見通しですからね。あなたに勝ち目はありません」
「お前たちの目的はなんだ?どうしてエステレアを狙う!?」
モル=マリは間髪入れずに言葉を返してくる。
「君こそなぜ我々の邪魔をするのです。あの女の光があれば、この宇宙に新たな進化の可能性を見出せるというのに」
「光…?どういうことだ」
俺の言葉にモル=マリは体をのけぞらせて大笑いを始めた。
「おやおや、なんと……いくら宇宙の最高機密事項とはいえ、まさか大銀河連合の駐在員ともあろうものがなにも知らされていないとは。実に滑稽ですねぇ。こんなチンケな星が特別な理由もなしに宇宙の要石たり得る訳がないでしょうに」
嘲笑うかのような早口で俺を見据える。
「まあ、少しくらいなら教えてあげてもいいでしょう。
はるか昔、この宇宙にひとつの光が飛来しました。それはある星の少女に宿り、その者に星をも滅ぼす程の途方もない力を与えてしまったのです。宇宙をその手にすることも不可能ではない程の強大な力。そんなものがあると知れれば、もちろんそれを巡る争いが起きますーーーこの宇宙を手に入れたい人間はそれこそ星の数ほどいますからね。彼女の光を自星の最強の武器として使おうと判断するのは至極当たり前のことだと言えるでしょう。
ですが、この少女の存在が宇宙に混乱を招くと判断した大銀河連合は少女をこの惑星Ω-1に幽閉し、星全体に強力なバリアを張ることで外からの干渉を防ごうとしました。
それから争いはこの星の周辺へと舞台を移し、何千年にも渡る光を巡る戦いのその中で、辛うじて少女は守りぬかれてきたのです。
ーーーもっとも、それも今日で終わるのですけどね」
「まさか…!」
その言葉の先は、聞くまでもなかった。
「そう、この星にいるエステレラという少女こそが、この宇宙で唯一の"光を持つ者"なのですよ」
モル=マリの表情のない顔が、にやりと笑ったように見えた。
「安心してください、我々は彼女を単なる兵器として扱うつもりはありません。
彼女の持つ光の本当の価値は単なる武器などに留まるものではないーーーむしろ彼女はより深く研究されるべきなのです。
なぜ彼女が選ばれたのか、その限界はどれほどのものなのか、そもそもこの光はなんなのか……調べるべきことは余りに多い。
そしてもしこの光のメカニズムを解明し、複製することが可能なのだとしたらーーーこの宇宙の生命レベルを大幅に引き上げることも、それによって我々の生物兵器をより強力なものとすることもいとも容易く行うことができるでしょう。
そして真の意味で光を掴んだ私こそが、最も神に近しい存在として力を行使しこの宇宙を支配するのです!
そのために彼女が…彼女の持つ光が必要なのですよ!
トラン・アストラ。宇宙の均衡を保つなどと言う君たち大銀河連合のエゴに、この千載一遇のチャンスを止めさせはしません。邪魔をするようなら、ここで死んでいただきます」
言葉に熱を込め、モル=マリが空を仰ぐ。
「尤も、あなたがどれだけ足掻こうがもうこの星は終わりですがね。
彼女が力を使うことを拒みつづけているが故に、溜め込まれた光は彼女の内側で力を増し、もはやこの星のバリアでさえも抑えきれないほどに膨れ上がっているのです。
既に限界を迎えているこのバリアは、外側からの僅かな衝撃でも簡単に砕け散るでしょう。
…さて。いま、この星の周辺には我々の大艦隊が待機しております。私の合図ひとつでこの星に対して総攻撃を始めるでしょう。おっと、大銀河連合のお仲間を呼ぼうとしても無駄ですよ?既にこの星へ至る航路は全て封鎖させていただきました」
俺は背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
奴の話す隙をつき、今まさに大銀河連合に緊急救援要請をかけたばかりだったからだ。
この宇宙でも最大戦力と言われる大銀河連合の艦隊が負けることはないだろう。おそらくゲートの封鎖など足止めにしかならないと思えたがーーーそれよりも先手を打たれていたことに動揺を隠しきれない。
「図星のようですねえ、残念でした。
我々の要求はただひとつ。彼女を引き渡すことです。大人しく従えば殺したりしませんよ。なるべくなら生きたままのサンプルがほしいのです」
エステレラの笑顔が、言葉が、思い出が頭の中にとめどなく溢れるーーー決めたんだ。これから先もずっと彼女を守っていくのだと。
こんな奴らに、好き勝手されてたまるか。
「さぁ、この状況をご覧なさい。どう見ても君に勝ち目はありません。
潔く諦めて彼女を渡すのです。
そうすれば、あなたも無駄に死ぬ必要はないのですよ?」
「ふざけるなぁアァッ!!!」
心の中に湧き上がる怒りを、俺は全力で目の前のワーグにぶつけた。
体に巻き付いていた尻尾を引きちぎり、その顔面に目掛けて拳を叩き込む。
断末魔の叫びをあげて砕け散った残骸を踏みつけ、不敵に笑うモル=マリを睨みつける。
「お前たちなんかに、エステレラは渡さない!」
「ふぅむ、実に残念ですよ。精々無駄死にすることですね」
指をパチッと鳴らして、ホログラムのその姿が消え去る。
次の瞬間、昼間と見紛うほどの明るさが空を覆いーーーまるでシャボンの泡が弾けるように、呆気なくバリアは砕け散った。
そして夜空の向こうから、無数の艦隊を引き連れて"それ"がその姿を現した。
ーーーなんて大きさだ。
惑星大はあろうかという巨大な円盤がこの星の空を覆い尽くしている。
その光景に俺は思わず言葉を失った。
艦隊が放つ光線が、森を焼き払い、城を壊していく。円盤から投下される幾千ものワーグがこの星を蹂躙する。
エステレラがーーー!!
行かなきゃ、と俺が飛び立とうとした瞬間、俺の周りにいた数匹のワーグがそれを阻止するかのように飛びかかってきた。
「邪魔だあっ!」
しかし突き出した拳は空を切り、地面に大きな穴を空けた。
その隙をついて襲いかかってくる黒い影を紙一重でかわし、なんとか体勢を立て直す。
いままでの戦闘データを取り込んだというワーグたちの素早い攻撃の前に、俺は徐々に追い込まれ始めていた。
こうなったら、もう賭けるしかない。
俺はワーグの鋭い牙を横っ飛びでかわし、その一瞬にエネルギーを集中させた。
ーーーテレポーテーション。
高密度のエネルギーを集中させることで空間と空間を遮る"壁"を突き抜け、自らを粒子化してその中へ潜り込むことによって離れた場所への瞬間的な移動を可能にする、俺たちの種族の大技だ。
向かいたい場所の正確な座標を把握していればどこにでも瞬間的に跳ぶことが可能だが、発動までにタイムラグがある上に大きくエネルギーを消耗するため、場合によっては命に関わることもあると心得ておかなければならないーーーそれは十分に理解していた。
でも今は、エネルギー残量のことなど考えている場合ではない。
ただ一刻も早く、彼女の元へ向かうことしか頭になかった。
全身にエネルギーが巡ったことを確信し、エステレラの部屋の座標を頭に思い浮かべる。
準備は整ったーーーいまだ!
そうして今まさにテレポートしようとしたその時、右肩に激しい痛みが走った。
「ぐあぁっ!」
しかしそれを確認する余地はなかった。
すでにテレポートは始まっていたからだ。
俺の身体は莫大なエネルギーを纏った粒子となり、瞬時に空間の壁を突破した。
まばたきをするほどの僅かな時間に、目指すエステレラの部屋へーーー着くはずだった。
"壁"を抜け、再び実体化した俺は体勢を崩して無様に地面に転がった。
激しく身体を打ち付けた為か、全身に鈍い痛みを感じる。
よろめきながら立ち上がると、目の前には崩れ去った瓦礫の山が広がっていた。
俺がテレポートしてきたのはどうやら城下町のようだ。ロボット兵士たちと大小様々なワーグの残骸があちらこちらに散らばり、 激しい戦いの跡を覗かせている。
どうしてこんなところに…?
右肩を見て、すぐにその理由を把握した。
背後から食いついたと思われるワーグの巨大な牙が、俺の右肩に深々と刺さっていた。
空間移動に巻き込まれたその哀れな生体兵器は頭だけしか跳べなかったらしく、俺に噛み付いたまま既に息絶えていた。
どうやらワーグが割り込んできたことでテレポートが妨害されてしまったようだ。
目指す場所にはまだかなりの距離がある。
「ぐっ……!」
右肩に重さを伝えるその頭を鷲掴みにして、一気に引きちぎる。 深々と突き刺さった牙が抜け、焼け付くような痛みが走った。
普段ならこんな傷はすぐにでも治癒することができるのだが、テレポーテーションで大幅にエネルギーを消耗した今となってはーーー。
歯を食いしばり前方を見ると、巨大な円盤から無限に湧き出す黒い影が今まさに城を埋め尽くそうとしていた。
急がなきゃ。
こんなところでぐずぐずしていられない。
今のエネルギーの残量なら、恐らく飛ぶよりも走ったほうが早いーーー傷口を庇いながら、俺は全速力で駆け出した。
両手にエネルギーを凝縮させた光球をつくりだし、迫り来るワーグにむけて投げつける。
断末魔の叫びとともに爆発が連鎖し、周りの仲間を巻き込んで次々と四散していく。
しかしもうもうと立ち込める黒煙の向こうから、仲間の死骸を踏み越えてまた新たな黒い獣がーーー。
キリがない……!!
数で圧倒し、長期戦でじわじわと消耗させる。高エネルギー生命体が最も苦手とする戦法だ。
いまのこの現状は、まさしくモル=マリの作戦勝ちと言えた。
だからといって感心している場合ではないが。
「はあァあッ!」
力を込めて足元を殴りつけると、地面が割れて勢いよく隆起する。周囲にいたワーグの気が一瞬逸れた。
ーーーいまだ!
エネルギーを両腕に集め、空に向けてスパークさせた。次の瞬間、頭上より何本もの光がまるで稲妻のように降り注ぎ、ワーグの身体を切り裂き貫いて消滅させていく。
またしても大技を使ってしまったが、気にしていられない。たとえエネルギーが尽きたとしても戦わなければならないのだ。
走り続けて城下町を抜け、ワーグに埋め尽くされた城へと突入する。
俺に気づいた敵の群れが迫るが、俺は再び空から稲妻を落としてそれを退ける。
城の入り口ーーー無残にも壊されたその重い扉を潜り抜けると、数匹のワーグが何かに群がっているのが見えた。黒く大きなその体躯の下から、ドス黒い液体が流れ出している。
あれは…!?
「ーーーッ!」
エネルギーの光球を叩きつけてワーグを消し飛ばすと、俺はその下に力なく倒れている人を抱き起こした。
「ボウジンさん!しっかりしてください!」
顔面蒼白なスキンヘッドのその男は、俺の声を聞いて微かに目を開けた。
何かを話そうとして、勢いよく血を吹き出す。
おそらく身体中を噛み砕かれたのだろう。黒い鎧は砕け散り、あちこちから出血している。
すぐ側に転がる銀色の大剣が鈍く光り、その先で折り重なって倒れた何体ものワーグを映す。
彼がたったひとりで激しい戦いを繰り広げていたことが見て取れた。
「あ………ぁ………」
血塗れの彼が最後の力を振り絞るように手を伸ばし、俺の腕を力強く掴んだ。
「ひめ…さ………を、たの……み………ま……」
掴んだ手が床に落ちた。
がくん、と身体に重みが伝う。
それは命が失われた重みだった。
俺が守れなかった命のーーー。
ゆっくりと抱きかかえた身体を床に下ろし、もう何も映していないその瞼を閉じさせた。
「はい………!」
拳を握りしめ、踵を返して階段を駆け上る。
ーーーボウジンさん…
掴まれた腕にはまだ、微かに痺れたような感覚が残っていた。
ーーーごめんなさい……!
エネルギーの刃を飛ばし、道を塞ぐワーグの身体を切り裂いて踏みつける。
ーーー俺の…俺のせいで……!
エステレラの部屋のある塔へと続く道に駆け込むと、そこには武装した財団ファルマコのメンバーがワーグを従えてこちらに武器を向けていた。
「貴様、大銀河連合のーーー」
「ここから先にはいかせねぇ!光は俺たちがーーー」
俺がーーー!!
「うおぁああああああ!!!」
武器も、ワーグも、何の意味もなさなかった。
彼らが言葉を発するその前に、彼らの身体は粉々になって通路に飛び散った。
俺はそれに一瞥もくれず、ただひたすらにエステレラの部屋に向けて走った。
せめて彼女だけでも……!
頼む…間に合ってくれ…!!
一心に祈りながら、彼女の部屋へと飛び込んだその瞬間。
眩い光が炸裂し、その輝きの中で目の前にあった部屋がーーー塔が弾け飛んだ。
瓦礫が飛び散り、そのあまりの衝撃に俺も空中へと放り出される。
一体、なにがーーー?
体勢を整えて舞い上がると、そこにその答えが広がっていた。
俺はいま、夢でも見ているのだろうか。
まるで夜が明けたかのような眩しい光が空を包んでいるーーーその光の中心に、彼女がいた。
きらきらと輝く巨大な銀色の翼を広げ、宙に浮かぶエステレラが左腕を真上にまっすぐと伸ばす。すると光に包まれたそれが瞬時に弓へと形を変えた。
弓と化した左腕に右手をそっと添え、ゆっくりと引き絞る。
矢も弦もないその弓の先端に、眩い輝きが集まって行くーーー。
「ーーーあたしはもう…この力を恐れない!!!」
時が止まったかのような一瞬。
その中で勢いよく放たれた光の矢が天を衝く。
まるで夜空を切り裂くように、一筋の光は頭上に浮かぶ円盤を真っ直ぐ射抜いた。
瞬間、空を覆う巨大な円盤がみるみる崩れーーーやがて大きな爆発を起こして砕け散ってしまった。
「おお…!素晴らしいっ、なんという力だ!!!」
興奮と感嘆が入り混じった声が夜空に響く。
黒煙の中、エステレラと対峙するようにモル=マリが浮かんでいた。
今度はどうやらホログラムではないようだ。
「その力、なんとしてでも我が物に!」
モル=マリがパチン、と指を鳴らす。
するとそれに呼応するのように、周りに漂う黒煙が渦を巻いて夜空にその悍ましい形を作りだしていく。
ーーーなんなんだ、これは。
言葉にできない……これを形容するとしたら、"顔"だ。夜空を埋め尽くす深い闇のその中に、巨大な顔が浮かび上がっている。
星の光を遮るその"顔"は空を呑み込むかのように広がり続けていた。
「我々の最高傑作《ペット》ですよ」
巨大な"顔"が裂けた口を開ける。その奥が青く輝き、一瞬の後に何百本もの光の刃が一気にエステレラ目掛けて放たれた。
ーーーまずいっ!
加速した俺の目の前で、翼を撃ち抜かれた華奢な身体が地面へと落ちていく。
スローモーションのようにゆっくりとした、永遠にも思えるほんの僅かなその一瞬、落ちゆく彼女の瞳が俺を映した。
か細いその手が俺に向けて伸ばされる。
ダメだーーーここで諦めちゃ、ダメだ!
思い切り力を込めて宙を蹴った。
「エステレラあああァッ!」
伸ばされたその手をしっかりと掴んで引き寄せる。
俺はエステレラを抱きかかえたまま、再びテレポーテーションを発動させた。
場所はーーーどこでもいい。とにかくここから離れたところへーーー!!
空間の壁を超えたその先は海岸だった。
本当はこの星の外に出たかったのだがーーー。
ちらりと城の方に目を向けると、遥か彼方の空にあのおぞましい闇が渦巻いているのが見えた。幸いまだ見つかっていないようだが、それも時間の問題だろう。
エステレラをそっと地面に下ろすと、彼女は僅かに目を開けた。
「…ありがと。来てくれるって信じてたよ、正義の味方さん」
軽く微笑む彼女。でも俺は、とてもそれを肯定する気にはなれなくて首を横に振った。
「俺は正義の味方なんかじゃないよ」
波の音だけが辺りに響く。
なんで穏やかな時間だろう。
ついさっきまでの出来事が悪い夢だったかのようだ。
水面に星が反射してきらきらと光る。俺たちはすこしの間、黙ってそれを見つめていた。
地平線の彼方まで広がる海を映した彼女のその瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
ーーーあたしね、いつかこの宇宙のいろんな景色を見てみたいの。でもその前にまず、この森の向こうにある、海って所に行ってみたいんだ。
いつだったかエステレラが言っていた言葉を、今更ながら思い出す 。
「ごめんね、いままで黙ってて。もう色々知ってるんでしょう?」
震える声、その言葉が、空気に溶けて消える。
「そんなの気にしなくていいんだよ。君が何者だったとしても、君が大切な家族だってことに変わりないんだから」
俺は立ち上がると、両手をかざした。
その先にドーム状のバリアが現れ彼女を覆う。
「この中なら何が起きても大丈夫だから、ここにいてね。必ず、戻ってくるから」
そう言ってバリアの中のエステレラに微笑みかける。
彼女が頷くーーーその目に涙が浮かんだのは、俺の嘘を見通したからだったのだろうか。
「…いってらっしゃい」
背中にかけられたその言葉に、振り返りもせずに短く頷く。
そして俺は、闇の迫る空へと飛び立った。
彼女を覆うバリアに多くのエネルギーを割り当て、持続力を高めた。外側からは認知することもできないようカモフラージュもされている。
大銀河連合がこの星に辿り着くまでの間、それが彼女を守ってくれるだろう。
必ず戻るーーーその約束は、おそらく果たせない。
彼女に会うことはもうないだろう。
覚悟はとっくに決まっているーーー最初から、決まっていたのだ。
俺は彼女を必ず守る。そのために戦う。
その目的のためならーーー死んでも構わない!
「俺はここだ!ここにいるぞ!!」
飛び上がったその先、広がる闇に向けて叫ぶ。
闇の中心にあるその顔が、俺を見た。
妖しく光る不気味な目に自分の姿が浮かび上がる。
瞬間、大きく裂けた口が開かれた。
放たれた何千本もの光の刃をかわし、闇に向けて真っ直ぐに突っ込む。
あと少しーーーもう少しでーーー!!
目一杯に伸ばしたその手が目の前で弾けた。
「ぐうぅっ!!」
何度目かの攻撃をついに避けきることができず、光の刃が俺の右腕を貫いたのだーーーそう理解した時にはもう遅かった。
耐え難い程の痛みが身体を駆け巡り、空中で体勢を崩した俺に追い打ちをかけるかのように次々と光の刃が突き刺さる。
「がは……ッ!」
口から掠れた声が息と共に漏れだす。
そのまま俺は成す術もなく地面に叩きつけられた。
「う……あ……ぁ」
身体中の傷口から、残り僅かなエネルギーが漏れ出しているのがわかる。
ここで終わるのか……?
ーーーいや、まだだ。まだ立てる。
最後の力を振り絞って腕を、脚を動かす。
よろめきながらもなんとか立ち上がった俺に、冷たい声がかけられた。
「やれやれ。高エネルギー生命体というのは、本当にしぶといんですねぇ」
なんてことだ。
数え切れない配下の兵士たちとワーグを引き連れたモル=マリが、勝ち誇ったかのように俺を見下ろしている。
「ここまで一人で我々と戦ったことは褒めてあげましょう。正直予想外でしたよ。ですがーーーここまでです」
兵士たちが一斉に武器を構え、言葉の終わりと共にそのトリガーを引く。
色とりどりの眩い光が、俺の身体を次々と通過していくーーー視界が暗転し、何も見えなくなった。
自分が地面に伏したのだと理解できたのは少し後、モル=マリの高らかな笑い声が辺りに響いてからだった。
全身から力が抜け、指の先にすら力が入らない。
どうやらすべてのエネルギーを使い果たしてしまったようだった。
もう……ダメだ。
俺は何もできないまま死ぬのか…。
「さようなら、トラン・アストラ」
向けられた武器から一斉に光が放たれたーーー。
ーーーそのとき、誰かが俺と大軍勢の間に立ち塞がった。
「え……?」
俺は目を疑った。
見慣れた白いワンピース
風にふわりと揺れる栗色の短い髪。
光に包まれた少女がーーーエステレラが、そこにいた。
突き出した両手の先にバリアを作り出し、敵の光線を防いでいる。
そんな……どうして…!?
心の声が、そのまま口をついて出てくる。
「逃げ……ろ……エステ…レラ…!!」
しかし彼女は逃げようとせず、ただ首を横に振るだけだった。
「おお、ようこそ"光を持つ者"。自分から来てくれるとは、探す手間が省けましたよ」
張り出したバリアで攻撃を防ぐ彼女の額に、珠のような汗が伝う。
「おや?そんなに消耗してるなんて、どうやらその力に身体が耐えきれていないようですねぇ。好都合です。
いま、この星は闇によって既に光さえ通さない特殊な空間と化しています。つまりいまあなたを殺しても、あなたの中の光はこの星という檻からは逃げられない。
……その光、私が頂きますよ!!」
モル=マリは熱のこもった声でまくしたてる。
それを無視するかのように、彼女はただ俺のことだけを見ていた。
「ずっと考えてた。この広い宇宙の中で、なんであたしが選ばれたんだろうって。この力の意味はなんなんだろうって。
いくら考えても答えなんて出なかった。
いつだったかボウジンがこの光を受け入れるのも手放すのも、あたしの自由なんだって言ってくれた。その『時』はあたしが決めるんだって。 でもこんな強すぎる力とどうやって向き合ったらいいのかなんて分からなくてーーー誰かに教えてもらいたかった」
彼女の目に涙が滲む。
「でもね…あたし、トランに会えて、一緒に過ごせて、なんとなくわかった気がしたんだ。
この光は大切なものを守るための力。
正義の味方のための光ーーーーだからね、あたしはあんたにこの光を受け取って欲しい。
だってトランは、あたしにとって正義の味方だから」
なにを言っているんだ。
早く、早くこの場から逃げてくれ。
俺はただ、君に生きていてほしいだけなんだ。
敵の攻撃は激しさを増し、彼女のバリアが徐々に押されていく。
降り注ぐ光の刃を弾くたびに、彼女の息が荒くなっていく。
「あたしは逃げない。最後までこの光を、大切な人を守るために使いたいから!」
「やめろ……やめてくれぇえ!!」
がくがくと彼女の脚が震え、強固なバリアについにヒビが入った。
「家族って言ってくれてありがとう。
あたし、トランに会えて幸せだった。
さよなら…いつか、またね」
瞬間、バリアが弾けた。
その破片がキラキラと光を放ちながら四散し、眩い光の中へと彼女が消える。
最期の一瞬、こちらを向いた彼女は確かに微笑んでいた。
巻き起こる大爆発。
舞い上がる黒煙。
目の前で起きたその激しい衝撃と爆風に、身体が軋み視界が揺らぐ。
でもそんなことはどうでもよかった。
俺はただ目の前の光景だけを見ていた。
つい今まで彼女がいたその場所は吹き飛び、地面は大きく抉り取られている。
そしてその中心には炭化した"なにか"がーーー。
俺は最後の力を振り絞り、這うようにしてそこへ駆け寄った。
両手に掬ったその粒子が、指の隙間からさらさらと零れ落ちる。
それは俺が、守れなかったものだった。
この宇宙でなによりも大切で、この命に代えても守りたかったものの最期の姿だった。
……うそだ。
信じられなかった。
信じたくなかった。
決して、決して、決してーーー。
「あ……!ああ………!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
俺は叫んでいた。
叫んでいることに自分ですら気づかなかった。
涙が溢れ出し、胸の奥が熱くなる。
俺はいつの間にか光が包まれていた。
身体にみるみる力が満ちていく。
「あの高エネルギー生命体、まさか光を……!」
よろめきながら立ち上がった俺に、無数のワーグが飛びかかるーーー!
「あああああああぁあああ!!!!」
そのとき、叫びとともに俺の身体から放出された光の波が、辺り一帯を薙ぎ払った。
「なんという力………これが、光を持つ者…!」
地面を蹴って走り出すと、手当たり次第に拳を振り下ろし、光球を叩きつけ、幾千本もの稲妻を落とす。
光が駆けるようなその一瞬に、俺を取り囲む異形の姿が次々と消し飛んでいく。
分が悪いと判断したのだろうか、モル=マリが右腕の装置に手を伸ばした。
テレポートで逃げるつもりだーーーさせるか!
俺が走り出した次の瞬間には、既にモル=マリの逃走は阻止されていた。
その装甲に覆われた右腕が弾けとび、青い血を吹き出しながら地面に倒れる。
「ぐあぁっ!」
のたうちまわるモル=マリを抑え付けると、心の内に黒い感情が止めどなく溢れた。
「やめ………っ……わ、私は……」
締め上げた首が不気味な音を立てて軋む。
お前だけは、許さない。
ーーー殺してやる………!!
振り上げた拳を、その顔面に叩きつけた。
何度も、何度も、何度も……。
モル=マリの断末魔と、俺の叫びが重なる。
ズタズタになった身体が宙を舞い、原型を留めぬ抜け殻となって地面を転がった。
それを尻目に空へと飛び立つ。
星を覆う闇はようやく自分の主人たちが皆いなくなったことに気づいたらしい。
憎悪を剥き出しにした巨大な顔から無数の光の刃を放たれる。
それは俺の全身を貫き引き裂いたが、痛みなどもはやなかった。
「うおあああああああああ!!!!」
俺は光となり闇の中へと突っ込むと、その中心ですべてのエネルギーを炸裂させた。
まばゆい閃光。
激しい衝撃。
星が震え、空間が歪み、そして全てが消し飛んだ。
闇も、光も、俺もーーー…………。
気がつくと俺は赤や黒や紫の光が禍々しく渦を巻く不思議な空間に立ち尽くしていた。
ここがどこなのかはわからない。
あれからどれだけの時間が過ぎたのかもわからない。
ただひとつだけ分かっているのは、俺はまだ生きているという事実だけだった。
なにひとつ守ることもできず、俺だけが生き残ってしまったのだ。
この罪を一体どう償えばいいのだろう。
底知れぬ後悔へと心が沈んでいく。
彼女の笑顔と最期の光景が、何度も何度も繰り返し頭の中に流れる。
俺にはもう、なにもないーーーー……。
ふと、どこからともなく足音が聞こえてくることに気づいた。
ぼんやりとした人影が近づいてくる。
「お主の心は今、悲しみという深い闇の中におる」
渦巻く光の中に規則正しく音を響かせ、その人は俺に向き合う形で歩みを止めた。
「ようこそ、宇宙と宇宙の狭間へ。トラン・アストラーーー光を継ぎしものよ」
赤と金のくたびれたローブを纏った老人が、穏やかな笑みを浮かべてそこに立っていた。
長い時の中で色褪せたかのようなその身体が鈍く光を放つ。
間違いない、この人は俺と同じ高エネルギー生命体だ。
「わしの名はデナリ。察しの通り、お主と同じ種族の者じゃ。いまは力を失い、この空間を旅するただの風来坊じゃがの」
老人ーーーデナリの穏やかな笑みと温かな眼差しに、心の中を全て見透かされているような錯覚を起こす。
「俺に何の用ですか」
「いやのぅ、たまたま通りかかったところに懐かしい光の気配を感じたんでの。すこし寄ってみたのじゃ」
彼はそこで一旦息を吐き出し、すこし残念そうな口調で続けた。
「尤も、その光も今は輝きを失っておるようじゃが」
老人の言葉に俺の心はさらに深く沈む。
エステレラの形見とも言えるあの光さえ俺はーーー……。
「いや、光はまだ消えてはおらぬよ。ただ今はお主の心に蔓延る深い闇に押し込められておるだけじゃ」
あの星での色々な光景が頭を駆け巡る。
彼女の笑顔、たくさんの思い出…共に生きた時間のすべてが、針のように鋭く俺の心を突き刺す。
「俺は……俺は父さんみたいに強くはなれない……!」
口に出した瞬間、もう堪えきれなかった。
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「俺は正義の味方なんかじゃない……誰も…なにも守れなかった。なにひとつとして…大切な人でさえも……!!」
静かに聞いていたデナリが俺の肩にそっと手をおいた。
「トランよ。我々は決して神ではない。
たとえどんなに強い力を持っていても、救えない命もあれば、想いが届かないこともある。
しかしだからと言ってそこで立ち止まるわけにはいかぬ。正義の味方というのは、守れなかった命を背負い、それでも尚守るために戦う者のことじゃ。
それだけの力と心を持ちながら、ここで立ち止まるのは大きな間違いじゃろう。
お主にはまだ、守ることができるのじゃから」
顔を上げた俺を、デナリがまっすぐに見つめる。
その穏やかな瞳の奥に、温かく強い光が宿っていた。
「これを見るのじゃ」
彼のかざした手の先の空間が歪み、宇宙に浮かぶ赤茶色の小さな惑星が映し出された。
視点が徐々にその惑星に近づき、大気圏を抜けて地面へと迫る。
「これは…?」
やがて映し出されたのは、小さな飛行船だった。
その扉が開き、中からジャケットを羽織った女性が現れる。
「ーーーえ?」
俺は目を疑った。
華奢な身体
栗色の髪
端正な顔立ち
見覚えのあるその姿ーーー。
「エステレラ……!?」
俺の知る彼女に比べて髪が長いが、それでも映像に浮かぶ少女は間違いなくエステレラだった。
腰掛けて伸びをするその姿が涙で滲む。
彼女が生きているーーーただそれだけで…俺は…!
「どうして彼女が……エステレラが……?」
「それは正しいとも言えるし、間違っているとも言えるのう。この少女は君の知るエステレラではない。しかし紛れもなく彼女なのじゃ」
どういうことだ。
全く理解できない俺など御構い無しに、デナリは言葉を続ける。
「宇宙はひとつではない。可能性の数だけ無限とも言える宇宙が存在し、そのひとつひとつに数え切れない命が営んでおる。
彼女は、そんなどこかの宇宙で生きる"エステレラと同じ魂を持つ者"じゃ。
君の知る彼女と全く同じではない。しかして違うとも言い切れない。
別の宇宙で、別の人生を歩んできたエステレラーーーと言うのが一番正しい表現かのう」
別の………。
ようやく、俺にもなんとなく理解ができた。
もしエステレラが光に選ばれなかったならーーーこの映像の少女は、そんな『有り得たかもしれない可能性』の宇宙に住んでいるエステレラなのだ。
ふと、映像の中の彼女が唐突に走り出した。
まるで進むべき道筋を把握しているかのように迷いなく、まっすぐに。
それと同時に頭の中に声が聞こえてくる。
少し幼さの残る男の子の声ーーー。
ーーー助けて。誰か……助けて!!
「お主にはその声が聞こえるようじゃの」
老人が重々しく口を開く。
「運命とは実に数奇なものでの。この少女もまた、宇宙の外側に存在する大いなる意思によって選ばれてしまったのじゃ……今の声の主と共にの」
彼女の走る先にぼんやりとした人影が映る。
青い肌をした二人組が、倒れた黒髪の少年に迫っている所だった。
後退りする少年の顔には殴られたような跡があり、とてもではないが穏やかな様子とは言い難い。
「この先、彼女らには幾度となく死の危機が訪れるじゃろう」
二人組と少年の間に彼女が走り込んできた。
少年に背を向け、立ち塞がるように二人組を睨みつける。
その光景にエステレラの最期の姿が重なった。
「……どうしたら、ここに行けますか」
涙を拭って老人をまっすぐに見据える。
彼は穏やかな微笑みを絶やさず答えた。
「なに、簡単じゃ。一歩踏み出せば良い。
あの声がーーー願いが、お主を導いてくれる」
「ありがとうございました。俺…行きます」
頷いて一歩、踏み出した。
瞬間、まるで落とし穴に落ちたかのように俺の身体は急降下を始めた。
果てしなく続く光のトンネルの中を、どこまでもーーー……。
ーーー助けて…だれか…あの人を助けて!
ーーーどこにでもいる普通の、正義の味方よ。
少年の声と彼女の声が聞こえる。
行くんだ。
今度こそ、守るために。
「ーーー彼の願いは届いた」
光を抜けて赤茶けた大地を踏みしめ、彼女を見た。
目の前にいるその姿は、エステレラそのものだった。
俺が着地した際の衝撃に弾かれたらしい二人組が、立ち上がりつつ肩を怒らせて怒鳴りつける。
「正義の味方気取りか?」
正義の味方。
その言葉が記憶の中に懐かしく響く。
思わず緩んだ口元を引き締め、俺は答えた。
「そうさ。俺はどこにでもいる、普通の正義の味方だ」
ーーー俺たちは、出会った。
「星のかけらが、願いを届けてくれたんだ。
だから俺たちはいま、ここにいる」
物語の中にしかないと思っていたあの石が、俺の眼の前できらきらと輝いている。
その光を見ていると、自分がするべきことを自然と感じ取れる気がした。
「俺が、俺たちが、君に力を貸すよ」
こうして始まった旅の中で、俺たちは幾度となくトラブルや争いに巻き込まれた。
ピエロン田中さん、メンラー、星嵐、ド・ミナンテ、ホシクイ、イド……。
大切な家族を必死に守りながら旅を続けるうちに、俺は自分が力の大半を失っている事に気がついた。
その上回復が異常なまでに遅い。
まるでこの宇宙に拒絶されているかのようだ。
傷つきボロボロになりながら、それでも俺は守るために戦い続けた。
自分の命などどうでも良かった。それこそが俺に与えられた罰であり、使命であり、エステレラに対する唯一の贖罪であると思えたから。
だけどーーー。
宇宙の歪みの中に消えていく飛行船の姿が頭の中にありありと蘇る。
大切な家族の悲鳴が心を突き刺す。
俺は…俺はまた守れなかった….。
心がより深い闇へと沈んでいく。
エメラ…ラセスタ…ごめん。
結局俺は正義の味方にはなれなかった。
俺は一体なんのために戦っているんだ。
俺にはやはりなにも守れない。
なにひとつ、守れないのだ。
……ごめん……ごめんよ、エステレラ………。
そのとき、どこからともなく声が響いた。
「ーーー光は遍くを照らす。光はどこにでもある」
懐かしく温かいその声に、瞼がすこし開く。
この声はーーー。
「最後まで諦めるな、トラン」
「父さん……?」
闇の中に差し込んだ一筋の光。
いつの間にかそこにウルマ・アストラがいた。
記憶の中と変わらぬ父の瞳が俺を見下ろす。
「お前にはまだ、やるべきことがある」
その言葉と眼差しに、俺は溢れ出す感情を止めることができなかった。
「でも…結局俺はなにも守れなかったんだ……!エメラも、ラセスタも……エステレラも……!!
教えてよ父さん…俺はなんのために戦えばいい!?」
父さんは表情ひとつ変えることもなく、静かに口を開いた。
「答えはもうお前の心の中にある。
目を閉じれば、それが見えるはずだ」
「どういうことだよ……わかんない、わかんないよ!!」
困惑する俺に背を向け、父さんは光の中へと歩き去っていく。
「待って……待ってよ……!」
身体は鉛のように重く、どれだけ力を込めてもぴくりとも動かない。
「待ってくれ父さん…俺をひとりにしないでくれ!!」
その言葉に、父さんは足を止めた。
肩越しに振り返ったその顔は、かすかに微笑んでいた。
「トラン。お前は、ひとりじゃない」
そう言い残し、父さんは再び光の中へと歩き出す。
徐々に強さを増していくその輝きの中から、大切な人たちの声が響いた。
「いつまでそこでお寝んねしてるつもりだ!いい加減起きやがれぇ!!トラァァン!!!」
「またみんなで、一緒に旅をしようよ!!」
「みんな、あなたを待ってる。だからーーー」
ピエロン田中さん…ラセスタ…エメラ……!!
みんな生きていたんだ……その事実が何よりも俺の心を奮い立たせる。
ーーーそうだ。簡単なことじゃないか。
答えはもう俺の心の中にあったんだ。
何度倒れても、どれだけ傷ついても、関係ない。
俺は俺の命がある限り、あの人たちを守りたい。
大切な家族だからーーーみんなが好きだから!!
ありったけの力を振り絞り、這い蹲った体制のまま上体を起こした。
大きく輝く目の前の光に向けて、限界まで腕を伸ばす。
「届けぇええええええええ!!!」
輝きの向こう、突き出したその手の先で、俺は確かに光を掴みとった。
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