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第18話 遠き呼び声の彼方へ(A)
光の中に、大きな影と小さな影が並んでいる。
「どうしておとうさんはそんなにつよいの?」
大きな影は微笑み、幼い影に優しく語りかけた。
「それはな、トラン。守りたいものがあるからさ」
「まもりたいもの?」
「この宇宙に住んでいる人たちはみんな家族で、大切な友達なんだ。その人たちを守りたいから、お父さんは強くなれるんだよ」
分からないというような顔をしている小さな影のその頭を、大きな手がくしゃくしゃっと撫でた。
「お前にもいつか、わかる日がくるさ」
そう言うと大きな影は小さな影に背を向ける。
「おとうさん、どこいくの?」
大きな影は歩みを止め、肩越しに振り向くと微笑んで答えた。
「ちょっと友達を助けてくるよ」
そう言って光に消えた父さんは、二度と戻ってはこなかった。
星巡る人
第18話 遠き呼び声の彼方へ
ーーー身体が、動かない。
果てしなく続く暗闇の、その底で俺は這い蹲っていた。まるで力が入らず、指一本動かすことができない。
どうして…俺は…。
薄れゆく意識の中、ぼんやりと記憶の糸を辿る。
数千の艦隊、無数のホシクイ、そして白い影。
ああ、そうか。俺は負けたんだ。
すべてのエネルギーを使い果たし、なす術もなく。
ごめん、エメラ。
必ず帰るって約束したのに…。
後悔と輝きだけしか、もう思い出せない。
深い闇が、心をじわじわと蝕んでいく。
俺はまた……またなにも守れなかった…。
目を閉じると、まぶたの裏に懐かしい光景がーーー懐かしい人が映る。
それは必ず守ると約束した人。本当に大切だった人。
そして、俺のせいで死んだ人。
沈んでいく意識の中、うわ言のようにその名を呟いた。
……エステレラ。
俺と彼女の出会いは、ある惑星でのことだった。
その頃の俺は大銀河連合という組織に所属し、宇宙の平和と均衡を守るための戦いに身を投じていた。
生まれ持った絶大なその力で悪を討ち、人々を守るーーーこの力があれば、いつか誰の命も失われることのない平和な未来が訪れると信じていた。
そんな俺にあるミッションが与えられた。それはこの宇宙でも要石となる惑星の守護、そのための駐在任務だった。
惑星Ω-1
ーーー宇宙の宝石、光の星、煌めきの石…。
この星のことを形容する言葉は数え切れず、その美しさに惹かれて侵略を企てる悪党も後を絶たない。
俺が生まれる前にあったと言われる大きな戦いも、この星を巡るものだったと聞いている。
大銀河連合とは古くからの同盟関係にあるこの星からの救援要請を受け、任務を言い渡された俺はさっそくそこへ向かうべく亜高速道へと飛び込んだ。
なんでも星全体に張り巡らせたバリアが不測の事態で不安定となり、多くの侵略者から自力で星を守り抜くことが困難な状況に陥っているのだという。
ーーーそういえば、この星の内部状況を知っている人間は殆どいないらしい。この宇宙でも類を見ないほどの強固なバリアで外部との接触をほぼ絶っているためなのだが、それが何故なのかまでは考えたことがなかった。
まぁ、関係ない。俺は俺の任務を果たすだけだ。
そんなことを考えながら光のトンネルを抜けると、すぐ目の前に青白く輝く巨大な惑星が姿を現した。
入星用パスをかざし、星を覆う球状のバリアに浮かび上がったワープゲートを潜り抜けて惑星Ω-1へと降り立つ。
生い茂る木々、広大な海。太陽の光を浴びて煌めく空…。この星の美しい景色の全てから、力強い命の息吹を感じる。
俺は目を閉じて少しのあいだそのエネルギーを身体いっぱいに浴びたーーーと、そのとき。
「きゃあああ!」
突然聞こえてきたその声に、俺の身体は素早く反応した。流れるように空中へ舞い上がり、木々の間に悲鳴の主を見つける。
白いワンピースを着た、栗色の髪の少女が黒い影に襲われていた。
黒い化物ーーーあれは宇宙狂犬獣vargr だ。巨大な体躯と獰猛で残忍な性格を併せ持つ生物兵器として有名である。
その口から生える長い牙に噛まれれば普通の人間なんてひとたまりもないだろう。
ワーグが大きな口を開き、今にも少女に噛みつこうとしているーーーまずい!
拳を握りしめ、俺は全速力で地面へと向かった。
さながら隕石のように急降下して地面をえぐる。その下で数秒前までワーグだった黒い塊が無残な姿を晒していた。
「大丈夫?」
立ち上がってゆっくりと尋ねると、少女が怯えたように頷く。
「あ、ありがとう…もしかしてあんたが、今日からこの星に来るっていう大銀河連合のひと?」
「そうだけど、どうしてそれを…?」
駐在の情報は敵にも漏れる可能性があるため、一般人には絶対機密のはずだ。困惑する俺に、彼女は微笑みを返した。
「安心して、あたしは一般人じゃないからさ。とりあえず王宮に行こうよ。あんたを待ってる人がいるんだ」
王宮へ向かう道すがら、彼女は朗らかに俺に話しかけてきた。
「あたしはエステレラ。あんたは?」
「俺はトラン。トラン・アストラ」
俺の名前を聞いて、彼女は何か思い当たることがあったらしい。驚いたように、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「ん?アストラ?…もしかして、ウルマ・アストラって人を知ってる?」
「ああ、俺の父さんだよ。もう長いこと帰ってきてないけど」
エステレラは驚愕しきった顔で俺をまじまじと見た。
「えぇぇ!?あの、ウルマ・アストラ!?大銀河連合の“太陽の戦士”!?」
かつてこの星を巡り勃発したという大きな星間戦争。
その戦争を終わらせ、数千万もの軍団の手からこの星を守り抜いたという"太陽の戦士"。それがウルマ・アストラだ。
その戦いでの勝利は大銀河連合の最も大きな功績として、今も燦然と輝いていた。
ーーーもっとも、俺が自分の父親の二つ名や活躍を知ったのはつい最近、連合に入ってからのことだったけれど。
「ははぁ、どうりで強いわけだ。うんうん」
彼女は感心しきったように、視線を俺の顔から身体へと移していく。
こうも見られるとなんだか照れくさい。
「いいなあ、きっといろんな星やいろんな景色を見てきたんだろうなあ。あたしも見てみたいなあ」
その言い方に、どこか引っ掛かりを覚える。
「あたしね、この星どころかこの森の外にも出たことないんだよ…出してもらえないんだ」
そう言って軽く微笑む彼女の顔は切なげで、俺はそれ以上詳しく聞くことができなかった。
そのまま歩き続けていると、やがて目の前に建物らしい影がぼんやりと見えてきた。
「さあ、着いたわ」
「ここがーーー」
緑に囲まれた小さな城下町のその奥に石造りの立派な王宮が堂々とそびえ立っている。
豪華絢爛、という感じではないが貧相というわけでもない。大きさも周りの建物の三倍くらいはあるのではないだろうか。
そんなことを考えていると、エステレラは俺の手を取って走りだした。
「ほら、いくわよ!」
手を引かれるままに大きな門をくぐり、城下町に入るーーーその瞬間、俺は違和感を覚えた。
城下町だというのに、誰もいないのだ。
不自然なまでの静けさが辺りを覆っている。
寂れきった廃墟のような建物たちには蔦が好き放題に絡まり、崩れて辺りの緑と同化しているものもあるくらいだ。
「ねぇ、エステレラ。ここは…?」
彼女が問い掛けに応えることはなく、そのまま俺たちは城下町を急ぎ足で通り抜けた。
「答えられなくてごめんね。トランがなにを聞きたいのかはわかってるけど…この中で、その理由は分かると思うから」
先ほどより硬い表情で、彼女は城の扉をゆっくりと開けた。
「姫さま、また無許可で城の外に出ましたね?」
重々しい音のむこうに無数の人影が待ち構えていた。
よく見ると、先頭のひとりを除いてみんな人型ロボットのようだったーーーこの城を守る兵士だろうか。
「あたしはただ…」
「言い訳は要りません。まずは自分の部屋に戻るのです」
先頭に立つ黒い鎧に覆われたスキンヘッドの男が、予想外に高い声でぴしゃりと言い放つ。
「…はい。トラン、またあとでね」
エステレラが城の奥へ歩き去っていく。その後ろに着いて行くふたりのロボット兵士の背中を見送ると、スキンヘッドの男が軽く溜息をついて話し始めた。
「あなたが大銀河連合の方ですね。この度はΩ-1の要請を受けて下さってありがとうございます。早速なのですが、あなたのこの星での本当の任務について、お話しさせて頂きます」
「本当の任務…?」
一体どういうことだろう。
「情報はどこから漏洩するか分かりませんからね。こうして直接話すのがベストだと判断しただけです」
男は表情ひとつ変えることもなく、ただ淡々と言葉を紡いだ。
「失礼、私の名はボウジン。この星のバリア管理と姫の守り人をしている者です。お気づきかもしれませんが、この国にはーーーいえ、この星にはもう我々以外の人間は住んではおりません」
呆気にとられる俺に構うことなく話は続く。
「この星のバリアは姫を守るために私の一族が代々張り巡らしてきました。ところが最近、不測の事態によりそのバリアの効力が著しく弱り、侵略者たちに付け入られている状況が続いています。このままでは、姫の命が奪われるのも時間の問題でしよう。
そこであなたには『時』が来るまでの期間、なにがあってもエステレラ姫を守り抜いて欲しいのです。
たとえこの星が滅ぶことがあろうとも、なにより姫の命を優先するのです」
「『時』が来るまで…?」
「それは姫が姫自身の判断で決めることです。あなたはその瞬間まで、任務を全うしてください」
では、と一礼してボウジンは歩き去って行ってしまった。
困惑する俺を残して。
俺が任務に就いてから幾つかの季節が過ぎた。
「はあぁあっ!」
勢いよく突き出した拳が、ワーグの土手っ腹を貫き爆散させる。
星を覆うバリアは更に弱まっているようで、それに比例するかのように敵の勢いは日に日に増していくばかりだ。蹴散らしてきた尖兵の数はもう数え切れない。
敵の規模は未だに分からないが、どうやらこの星を狙っているわけではないようだ。
どういう訳か、まるで狙い撃ちをするかのようにこの王国の周辺だけに兵器を送り込んできている。
もしかすると奴らの目的はこの国にーーー?
「やったぁ!」
少し離れたところで喜ぶエステレラに「大丈夫」とばかりに親指を立ててみせる。
ーーーいや、既に察しはついていた。
敵は彼女の行く先々に現れていることを。
敵の狙いは、恐らくエステレラなのだろう。
彼女が何者なのか、なぜ狙われるのか。それは全く分からなかったが、この星にはーーー彼女にはなにか隠されていることがあるのは間違いなかった。
それを確信したそのときから、俺は彼女の側をなるべく離れないようにしていた。
殆どの時間を一緒に過ごす中で、彼女は頻繁に俺の話を聞きたがった。俺が今までしてきた任務や、巡ってきた星々、その景色の話を彼女は目を輝かせて聞いていた。
そしてその話をした後はかならずいいなあ、行きたいなあと繰り返すのだ。
ある夜、俺は反射的に聞き返してしまった。
「ねえ、エステレラはどうしてこの星から出られないの?」
しまった、と思った時にはもう遅く、彼女の顔に暗い影が差したのがはっきりと分かった。
すこしの沈黙の後、ぽつり、ぽつりと言葉を選ぶかのように彼女が話し始める。
「あたしはこの星の中でずっと守られる存在だから、かな。バリアも、環境も、人も、全部そのために宇宙の偉い人に用意されたものだから…どんなに憧れても、この星の外に出るわけにはいかないんだ」
それは俺にではなく、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
その悲しげな顔に胸が痛いほど締め付けられる。
気がつくと、言葉が口をついていた。
「…俺が連れて行くよ」
「え?」
「ボウジンさんに君のことを任されてるから。俺がそばにいて、必ず君を守り抜く。きっと、それで大丈夫だよ」
すこし潤んだエステレラの瞳をまっすぐに見つめる。
「いつか必ず、一緒に星を巡ろう。約束だ」
その瞬間、がばっとエステレラが俺に抱きついた。
突然のことに反応が遅れ、どうしていいのかわからなくなる。
「え、エステレラ?」
しどろもどろに名前を呼ぶと、彼女は絞り出したかのようなか細い声で言葉を紡いだ。
「……あたしね、もう何千年もこの星にいるの。守り人は代々変わっていくのに、あたしはずっとこのままで…この星から出ることも許されなくて…ずっとひとりぼっちで……だから……その言葉だけでも嬉しくて………ありがとう、トラン」
俺はその震える背中を抱きしめ、そのまま抱えて空へと飛び立った。
「え?ええ?ととと、トラン?」
慌てるエステレアを見ていると、自然と笑顔になる。
「ちょっと散歩しよう」
夜空に浮かぶ満天の星。この中を飛んでいると、まるで宇宙にいるかのように錯覚してしまう。
「すごい……こんなにすぐ近くに…」
彼女の頬を一筋の涙が伝う。
夜の闇にきらりと光るそれが、眼下の星空へと落ちて溶けた。
「君の今までの辛さを全部分かってあげることはできないけれど、ひとりぼっちでいる寂しさだけはわかるんだ。俺も父さんがいなくなってからずっとひとりだったから」
星々の間を縫うようにして舞い上がるその瞬間、俺たちはこの宇宙にふたりきりだった。
「知ってる?この宇宙ではさ、誰でも大切な人と特別な関係になれるんだよ。それをーーー」
俺はエステレラの目を見て、微笑んだ。
「ーーー家族、って言うんだ」
「かぞく…」
彼女が笑う。その顔を見ているだけで、俺まで嬉しくなる。
彼女が何者なのかはわからない。
でも、そんなことはいいじゃないか。
任務だからじゃない。
俺は、彼女が大切だから守りたいんだ。
大切な家族だからーーー。
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