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第17話 光を越えて

ーーーいいか小娘。よ〜く聞け。 今から空間位相移転で元の宇宙に戻る、ってもお前には分かんねぇだろうから、一回だけ簡単に説明してやる。 この空間を地層に置き換えた場合、高エネルギー生命体と俺様たちは上から見ると同じ場所にいるはずなのに、横から見ると断層が違うがためにお互いを把握することができねえ。 つまりそれこそが位相であり、元いた宇宙とこの空間はそういう関係なんだーーーあぁ?わかんねえって顔してんな。 要するに、あの高エネルギー生命体と俺たちは空間こそ違えど同じ場所にいるってこった。 ついさっき、『何処でもドッグ』から超音波探知機"スキャニングパルス"を放射して元いた宇宙の位相を割り出した。 抜けたところは位相座標E29ーーー都合のいいことに宇宙正義の本部コロニーだ。 あん?空間を移動する方法?決まってんだろ、フラッシュプリズム・コンバーターでぶち抜くんだ。 ただし、今回の作戦で攻撃兵器としてそれを使えるのはその一回だけだ。空間を抜け次第、すぐに俺様と小僧でエネルギー編成データの組み替えに入る。 恐らく高エネルギー生命体は処刑地カルバリの十字架にかけられてるんだろうから、元の宇宙に戻り次第あいつの胸にエネルギーを叩き込んでやるんだ。しくじるんじゃねぇぞ。 …だがあいつらの本拠地に直接押し入って全戦力を相手にするのに丸腰ではいけねぇーーーだからこの5本の鍵をお前に渡しとく。 俺様の秘密兵器だ、大事に使えよ。 任せたぜ、エメラ。 星巡る人 第17話 光を越えて 作戦は頭に叩き込んだ。 不安はあるけど、そんなことを考えている余裕はない。 彼らはコックピットもすこし弄ったらしく、操縦桿の下にコネクタのような物が新たに確認できる。 ピエロン田中から渡された5本の鍵ーーーこれは恐らくそれらを挿入するためのものなのだろう。 「間も無く位相座標E29だ。用意はいいか」 ついにこの時がきた。 ーーーさぁ、作戦開始だ。 「大丈夫、いつでも行けるわ」 「こっちもおっけーだよ!」 ラセスタも勢い良く通信を飛ばしてくる。 「行くわよ…!フラッシュプリズム・コンバーター、発射!!」 音声認識のための掛け声とともに勢い良くレバーを引く。 同時に飛行船から凄まじいエネルギーのかたまりが放たれ、一瞬にして空間を歪ませた。 「エンジン万全!エメラ、いまだよ!!」 ラセスタの通信を合図に、私は歪みの中へ飛行船をねじ込んだ。 そのあまりにも激しい衝撃に身体がバラバラになりそうな錯覚すら起こす。 それでも操縦桿を力いっぱい握りしめ、振動に必死に耐えながら光のトンネルを潜り抜けていく。 あとすこし……もうすこしで出口がーーー。 ーーーそのときの私たちを外から見たら、いったいどう見えていたのだろう。 まるで空を破るかのようにして、何もない空中から私たちの飛行船は飛び出した。 咄嗟に機体を起こして体勢を整える。 鳴り響くサイレンの音、下から私たちを照らすサーチライトーーーどうやら宇宙正義本部コロニーのど真ん中に出てしまったようだ。 「ちぃっ、早速きやがったな!ここでモタモタしてたら宇宙政府の方からも援軍が来ちまう。小娘ェ!手早くやれよ!」 「分かってるわよ!」 ピエロン田中からの通信を受け、私は五本の鍵を取り出した。 そのとき通信機にノイズが走り、外部からの通信が割り込んできた。 「…まさか歪みから生きて出てくるとはな。正直驚いたよ」 淡々とした冷徹な声の持ち主は面長で、かちっとした黒いスーツを着た赤髪の男。 右胸には共通文字でテナクスと刺繍が施されているのが確認できるーーーこれがこいつの名前か。 黒縁のメガネが画面の中で鈍く光を放つ。 「我々の本拠地に堂々と乗り込んできた度胸は認めるが、少し無謀だったなーーー我々にとっては好都合だが」 飛行船の周りが黒と白のモノトーンに塗りつぶされる。 一瞬にして大量のホシクイとイドに私たちは囲まれてしまった。 そのおびただしい数に圧倒され、またあの時の二の舞になるのではないかという恐怖にも似た感情に頭を支配されそうになる。 「エメラ!怯んでる場合じゃないよ!僕らが行かなきゃ、誰がトランを助けるんだ!?」 様子を察したラセスタの通信に、私ははっと我に帰る。そうだ、こんなところで止まってる場合じゃない。 ありがとう、ラセスタ。 ーーー行くぞ! 五本の鍵を握りしめ、私は敵の群れに向かって突っ込んだ。 「メモリクレイスセット!」 ーーーーVULCANーーーー 鍵をコネクタに挿入し右側にまわすと、機械音声が響いた。瞬間、飛行線がずしりと重くなったような感覚が操縦桿を握る手に伝わる。 ちらりとバックミラーを確認すると、両翼の下に何本もの砲身が束になったような兵器が文字通り『生えて』いた。 まさかの出来事に驚きつつも、速度を緩めることなく突撃する。 「砕け散れ!!」 翼の下から伸びる二丁のバルカン砲が火を吹き、ホシクイを次々と消しとばしていく。 なるほど、これが秘密兵器か。 ーーーメモリクレイス。 鍵の形をしたそれは特殊コネクタに挿し込むことで物質そのものを変化させることができる超兵器だ。 どんな物に変わるかは挿入する鍵の保有データによって異なり、特殊コネクタさえ装備されていれば生体であっても機械であっても関係なく効果を得られるらしい。 ピエロン田中曰く、彼の戦艦からアームが生えたり内部から小型の飛行船が出てきたりするのもこの道具によるものなのだという。 無から有を生み出す常識を超えた道具ーーーピエロン田中はこんなものをどうやって手に入れたんだろう。 私は首を横にふった。 今はそんなことを考えている余裕はない。 目の前に迫るさらなる大群ーーー私は冷静に鍵を挿し替えた。 ーーーーCUTTERーーーー 今度はふっと船体が軽くなった感覚。瞬間、すれ違ったホシクイが次々にバラバラに切り裂かれて落ちていくのが視界の端に映る。 どうやらこの鍵が飛行船全体を鋭利な刃物に変形させたらしい。 私はホシクイを砕くその勢いのままイドに突っ込んだーーーしかし奴の白いボディはより頑丈に作られているらしく、飛行船は呆気なく弾かれてしまう。 だったらーーー! 旋回しながら操縦桿を思い切り横に倒し、飛行船の船頭を切っ先にして高速で回転、そのまま一気に加速してまるでドリルのようにイドの強固な身体を貫いた。 木っ端微塵に弾けた白い破片が後方へと流れていく。 「やったぜ!……おえっ」 「エメラ、もう少し丁寧にって言ってるじゃん…」 二人からの通信が入るも聞こえないふりをする。 そのとき、ノイズとともに再び外部通信が割り込んできた。 「テロリストの分際で往生際の悪い小娘ね」 艶のある女の声だ。 「しつこい奴は嫌いよ。あの高エネルギー生命体?とかいうバケモノもろとも、あたしが終わらせてあ、げ、る」 カチン、ときた。 なんなんだこの女は。 「うっさいわよオバサン!黙ってなさい!」 「あんた、命知らずね。仮にも王女のくせに言葉の使い方も習わなかったなんて…私が直々に墜としてあげるわ」 どうやら相当言われたくない言葉だったらしく、語気を荒げるオバサンの乗る小型戦艦が、なりふり構わず無数の光の束を放ってきた。 咄嗟に船体を逸らして後方からのそれをかわす。 参ったな…背後に密着してくるオバサンのその攻撃を交わすのに精一杯で、全くと言えるほど思うように進めない。 このままじゃあーーーその時、目の前に更に二体のイドが現れた。 しまった、挟まれたーーーしかも目の前の二つの胸がパックリと開き、なにやら赤黒い光を溜め込んでいる。 ビーム兵器かもしれない。なんとかしなきゃーーー私は咄嗟に鍵を挿し替えた。 ーーーーBARRIERーーーー 私たちに向けて放たれた二本の光線。それは届くこともなく、飛行船の前に現れた光の壁によって阻まれた。 球状のバリアに囲まれて突き進むまま、すかさず4本目を刺し込む。 ーーーーARMーーーー 飛行船から二本のクレーンのような腕が生えた。それが瞬時に触手のように自由自在に伸縮して、光線を打ち終えたばかりの二体のイドを捕らえる。 「うらあっ!」 思い切り、勢いをつけて二体のイドをぶつける。 鈍い音とともに、首を失った二体は煙を上げながら地面へと落ちていった。 「どうやらお前には荷が重いようじゃの、アロガント」 耳に残る引き笑いの通信と共に、真横に新たに小型戦艦が並ぶ。そのコックピットに座る老人が副砲をこちらに向けたーーー咄嗟に反転して放たれた弾をかわす。 危なかった…! 一息ついたのも束の間、老人の小型戦艦がさらなる追撃をかけてきた。そのうえオバサンーーーアロガントの戦艦までが後ろについてきている。 「ちょっとドロスス爺さん!邪魔しないでよ!」 「強がるのも良いが、今回はおとなしくワシの後方援護につけ。お前では無理じゃろ」 通信が勝手に流れてきて集中力を削ぐ。 舌打ちしたい気分を堪え、必死で活路を見出そうと頭を回転させる。 手のひらに握る5本の鍵をちらりと見たとき、ふいに辺り一帯に大きな警告音が鳴り響いた。 鳥肌が総立ちするような不快な音に、思わず耳を塞ぎそうになる。 テナクスが嘲笑うかのように通信を入れてきた。 「ハンマーダウン・プロコトルーーーまもなく処刑が始まる。これ以上の抵抗は無意味だ…諦めて、おとなしく投降したまえ」 「ふっざけんじゃないわよ!」 怒鳴り返し、手に握る鍵をもう一度見た。 掌にはいま使った4本。 そして最後の1本がーーー。 5本目のこのメモリクレイスは、挿すだけで飛行船のすべての機能を全開にし、4本の鍵と切り札となる『ある兵器』をすべて使えるようにする能力をもつのだとピエロン田中から説明を受けた。 「ーーーただし急ごしらえで作ったもんだから細かい調整ができてねえ。ぶっ飛んだ性能の代償ってやつでな、飛行船に負担がかかりすぎちまうんだ。この鍵を使えるのは恐らく一度の出撃につき一回だけ……それも一分かそこらしかもたねえだろうから、よく考えて使えよ」 アロガント、ドロススの二機が前方に回り込んで迫ってくる。周りには無尽蔵に湧き出してくる白と黒の群れ。 囲まれるーーーまずい……! あの時の光景が再び脳裏をよぎり、心を焦りがじわじわと侵食していく。 あのとき私たちは捕らえられ、トランが倒されるのをなす術もなく見ているしかなかったーーー。 頭に浮かぶ記憶を振り払う。 今度は私たちが助けるんだ。 諦めないーーーこんなところで、諦めてたまるか。 残り時間はあと僅かーーーやるしかないんだ。 「トランは……殺させない!!」 覚悟を決め、私は5本目の鍵を勢いよく挿し込んだ。 ーーーーMAXIMUM OVER DRIVEーーーー がくんと飛行船が揺れ、コックピット内がうねうねと動く。何か変化をしているようだったがそれを確認しているだけの余裕はなかった。 凄まじい勢いの加速が始まり、私の身体は背もたれにぴったりと貼り付けられていたからだ。 そのまま背後の壁にまで飛ばされかねないほどの圧に、操縦桿を握る手に慌てて力を込め直す。 「小娘、覚悟しなさい!」 目の前に迫る青白い網状の光線が、私の飛行船を捕らえたーーー私はそれに構うことなく、加速するままに前方へと突撃した。 「はぁ!?」 アロガントが驚きの声を上げた時にはもう遅かった。 全体が鋭い刃と化した私の飛行船は、青白く光る電磁ネットを突き抜け、その勢いでアロガントの小型戦艦の船底を切り裂いたのだ。 激しく飛び散る火花と鉄くずが、黒い煙をあげながら悲鳴と共に地面へ落ちていく。 「おのれぇ!」 間一髪で体当たり攻撃をかわしたらしいドロススの小型戦艦が、素早く旋回して私たちの背後に着こうとするーーーしかしそれは叶わなかった。 私の飛行船から触手のように伸びた四本のアームが自由自在に飛び回り、ドロススの死角から彼の戦艦を襲ったのだ。 一瞬にしてスクラップ同然となったそれが、きりきり舞いしながら眼下の建物へと墜落していく。 湧き上がる後悔の念を振り切ろうとさらに加速する。 手段なんて選んでいられないんだ。 ーーーこれ以上、邪魔はさせないっ!! 私はその勢いのまま敵の群体へと切り込んだ。 進行方向上に現れる黒いかたまりが、蜂の巣になって弾けとぶ。 すれ違う白い影は紙のように呆気なく切り裂かれ、次々と遥か後ろへ飛ばされていく。 雨のように激しさを増すレーザーは全て防がれ、背後に迫るものはすべて無残に叩き潰される。 どれだけ倒しても無限に湧き出す敵の軍勢。 あとどれだけの時間が残されているのか、それすらわからない。 いまこの瞬間に飛行船が限界を迎える可能性も充分にある。 それでも私は飛び続けた。 飛び続けなければならなかったーーーこの先に、きっと彼が待っているのだから。 「見えたっ!!」 本部から離れた場所ーーーおそらくコロニーの端なのだろうーーーに聳え立つ塔。そこにはめ込まれた十字架に、私は彼の姿を捉えた。 「エネルギー変換完了!いけるよエメラ!」 「飛行船の限界が近い、なるべく急げよ小娘ェ!」 ふと十字架の真上に巨大な母艦が浮いていることに気づく。 その艦艇から伸びる主砲にエネルギーが充填されているのがここからでも確認できた。 赤黒い光が強く大きくなるたびに、空気がびりびりと震えるのが分かる。 背筋を冷たい汗が伝った。 間違いない、あれが処刑用の兵器だ。このままでは間に合わないだろう。 「あれが俺たちの最終兵器バラバさ。残念だが、諦めな」 画面に髭面が映るーーーセルタスの戦艦が、アームもカッターも届かない絶妙な距離感を図って私たちの真横に現れた。 「よくも大事な部下たちをやってくれたなァ、お返しはたっぶりさせてもらうぜ!」 私は舌打ちして怒鳴り返した。 「うっさいわね変態!あんたに付き合ってる暇はないのよ!!」 「言ってくれるじゃねぇか、つれねぇなァ!」 セルタスの戦艦が飛び上がり、反転して真上から迫ってくる。 と、同時に全方向から何千体ものホシクイとイドが一斉に私たち目掛けて飛んできたーーー。 「これでもくらえ!」 特殊コネクタの横のスイッチをーーー5本目の鍵を挿した際に生えてきたスイッチをーーー力いっぱい、押し込んだ。 ーーーーーLIGHTENING PLASMAーーーーー 機械音声とともに、眩い光が迸る。 一瞬にして飛行船のありとあらゆる部位から生えた無数の主砲。そこから全方位に向けて放たれた数え切れないほどの光線が、迫り来る敵を切り裂き、辺りの空間を埋め尽くした。 ホシクイ、イド、セルタスの戦艦…煙を上げて堕ちていくその残骸と爆炎を潜り抜け、開けたその先へと飛び出すーーー! そこに私たちとトランの間を阻むものはもう、なにもなかった。 一気に加速して母艦の下へと向かう。 あんなに遠くに見えた塔が、もうすぐ近くだ。 いまの私には、周りの全てが止まって見えた。 空気を割いて飛ぶその瞬間、自分がまるで別の存在になったかのようだった。 光を越えて宇宙を駆ける、銀色の流星にーーー。 その時、コックピット内に火花が散り、飛行船が不安定に揺れる。 「チッ、マズイな。飛行船が限界だ!」 「エメラ、急いで!!」 体勢を立て直しつつ、一気に高度を下げる。 地面すれすれを飛びながら、塔の十字架に捕らえられた彼の胸に標準を合わせようとするーーーしかしそのとき飛行船が大きく傾き、左の翼がカルバリの地面を激しく削った。 機体を起こすことに気を取られて正確に標準を合わせることができない。 今すぐに墜落してもおかしくはない、正にギリギリの状況だ。 お願いーーーもう少し、もう少しだけ耐えて……!! 今まさに発射されようとしている処刑用兵器、バラバ。 囚われ、死を待つばかりの大切な人はもう目の前にいる。 限界寸前の飛行船。 激しく揺れるコックピット。 震える手元。 「いつまでそこでお寝んねしてるつもりだ!いい加減起きやがれぇ!!トラァァン!!!」 ーーーピエロン田中が。 「またみんなで、一緒に旅をしようよ!!」 ーーーラセスタが。 みんなが、あなたを待ってる。 だからーーー。 「届けぇええええええええええッ!!!!」 私たちの飛行船から標準を合わせたエネルギーの塊が放たれたのと、処刑用兵器バラバから禍々しい光線が撃ち出されたのは殆ど同じタイミングだった。 交錯する二つの光が炸裂し、土煙と輝きの中に全てが飲み込まれる。 そしてーーー。 塔のあったその場所には、巨大なクレーターだけが残された。
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