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第15話 大きな正義
光のゲートを抜けたその先ーーーNM78星雲は、全宇宙で最も明るく大きな星雲だと言われている。
28万光年先まで広がる神秘的な星間ガスのなかで、種族も出身も関係なく日々を営む幾千もの星々。
その狭間にうっすらと見えるのは、この星雲に点在する透明なドームに覆われた半球状の浮遊島、スペースコロニー。
ここには全天議事堂、銀河警察署、星間最高裁判所などの宇宙政府の主要機関が各々構えられているのだとむかし教科書で読んだ。
たくさんの商船や旅船が行き交い、賑わうその様子は平和そのものでーーーまさに宇宙の中心と言うのに相応しい。
「やーっと着いた!」
大きく伸びをするラセスタ。
それに続いて、ふうっと大きく息を吐き出す音がするーーートランだ。
亜高速道を飛んでいる間、ずっとエネルギーを飛行船に補給していてくれた。
振り返った私に額の汗をぬぐいながら、少し疲れた顔で微笑む。
大丈夫だよ、と言っているようだった。
それを見て、コスモネットのあの文章がふっと頭をよぎる。
ーーーエネルギーの消費が激しく、短時間しか能力を使えないーーー
いま、私はトランに大きな負担をかけているのではないか。
そんな不安が不意に心を締め付ける。
目的地に着くためには仕方のないことだと頭では分かっているし、きっとトランもそう考えているのだと思ってはいるけどーーーそれでも心配なことに変わりはない。
私はトランから顔を逸らすようにレーダー画面に目を向けた。
星のかけらから伸びた光が指し示した場所まで、あともう少し。
きっとそこが、私たちの旅の終着点ーーーー。
「ん?」
私の飛行船の後ろを、大きな戦艦が距離をとって航海していることに気づく。
「あの戦艦、ずっと僕たちの後ろにいる気よね…?」
ラセスタの言う通り、あの大型戦艦はどうやら私たちの後を着けてきているようだった。
まさかピエロン田中?…いや、あいつならすぐに奇襲をかけてきそうだし…。
私は首を軽く振った。
ーーー分からないなら、調べてみるしかない。
メモリバードを射出口にセットし、偵察に向かわせる。
宇宙の暗闇へと飛び立ったそれが写した背後の巨大戦艦を、私は立体映像でまじまじと確認した。
どうやら一隻だけではないらしく、大型戦艦の周りには無数の小型の飛行船の姿も見える。
これはただごとじゃないな……。
そのとき、ノイズと共に少し大きめの音声で通信が入った。
「そこの製造ナンバー不明の小型飛行船、止まりたまえ。これは命令だ」
感情のこもっていないような、淡々とした男性の声。
その高圧的な命令口調に、私は思わず言い返してしまった。
「あんたこそ、名乗りもせずにいきなりなんなのよ!」
「失礼。我らは宇宙政府最高決定機関、宇宙機密保持審議会実動部隊ーーー所謂、宇宙正義の者だ」
星巡る人
第15話 大きな正義
「我々の任務は君たちの身柄確保及び、同乗する高エネルギー生命体の捕獲である。抵抗は無意味だ。大人しく従いたまえ」
冷たい汗が背中を伝う。
宇宙正義ーーーその言葉を聞いたとき、私の頭に真っ先に思い浮かんだのはまたしてもコスモネットの一文だった。
ーーー星間戦争にて宇宙正義軍との激戦の末に種族そのものが滅び去ったと伝えられているーーー
…これは大人しく従うわけにはいかなさそうだ。
ちらりと レーダーを確認すると、いつの間にか私たちは小型の船隊に全方位を囲まれていた。
いやーーーレーダーに表示されているのは機体反応だけじゃないーーーこれはーーー!?
「嘘でしょ…なんで…」
表示されていたのは無数の生物反応。
巨大な戦艦のハッチから湧き出し目の前を飛び交うそれらを見て、私たちは愕然とした。
「なんであんたたちが、ホシクイを……!?」
「彼らは我々の仲間だよ。R星での一件のあとだ。君たちもその恐ろしさをよく知っているのではないかね」
淡々とした感情のない、それなのに嘲るような声。
ラセスタが横から通信に割って入る。
「R星でのことを知っているの!?」
「もちろん。あの星を実験場に選んだのは私だ。君たちのせいで損害は出たがーーー結果的にそれを上回る貴重な情報を我々は得ることができた」
ラセスタの青い瞳が怒りで歪む。
「あの星が…どれだけ苦しんでたと思ってるんだ!」
「R星は遥か昔に星の王を失った廃星として認定されていた。宇宙憲法により、所有主を失った星は政府に還元されると決められている」
信じられない、といった表情のラセスタ。
私も同じ気持ちだった。
あの星を殺したのは、他でもないこの宇宙の正義だったのだ。
そのとき、突然飛行船が大きく揺れ、私たちは体勢を崩して床に倒れた。
「時間切れだ。強硬手段に出させてもらう」
黒光りする無数の影が飛行船に群がると同時に、その細く鋭い爪が機体を抉る。
飛行船の内部に火花が散り、私たちの頭上に降り注いだ。
「俺がーーー!」
「ダメだよ!!あんなにたくさんのホシクイがいるのに勝てっこない!ーーーそれに、トランは今エネルギーを使ったばっかりじゃないか!」
ノイズ混じりの通信が私たちを嘲笑うかのように淡々と言葉を紡いだ。
「高エネルギー生命体に告ぐ。お前の能力はR星で収集されたデータによりすでに解析済みだ。お前がどれだけ抵抗しようと、我々からは逃れられない。
ーーーお前たちの旅は、ここで終わる」
いままさに飛び出そうとするトランを止めようと、ラセスタが縋るように私に助けを求める。
「エメラも、トランを止めてよ!!」
私はなにも言わずに、ただトランを見つめた。
トランもまた、私を見ていた。
逃げることもできない状況。
圧倒的な戦力差。
もしかしたらここで死ぬのかもしれない、そんな恐怖感が私を包む。
ラセスタも、もちろん私も、大切な家族を失いたくなかった。
でもその気持ちはトランも同じなのだ。
つい先日のあの丘での会話が蘇る。
俺が守ってみせるーーー星を宿したその目が、私にそう伝えていた。
私は溢れそうになる気持ちを抑え、言葉を絞り出した。
「……約束して。必ず帰ってくるって」
トランはなにも言わず、私たちに背を向けた。
「いってらっしゃい」
肩越しに振り返り、短く頷くと、彼は光へと姿を変えて飛行船から飛び出した。
「なんで!?」
涙を浮かべたラセスタが私に詰め寄る。
「みんな気持ちは一緒だから。私たちは私たちにできることをしなくちゃ」
まだ納得できていないような、そんな表情ではあったけどーーーそれでもラセスタは涙を拭い、エンジン部の修理へと向かった。
瞬間、まばゆい光が迸り、飛行船を覆っていたホシクイが一斉に消し飛ぶ。
コックピットの開けたその視界の先に、トランはいた。
「どうして俺たちを狙うんだ」
「そうだな。強いて言えば、お前たちの存在そのものが罪だからだ」
その声と共に、私たちを囲む無数の小型艦が一斉に動き出す。
「…悪いけど、大人しく従うつもりはないよ」
メモリバードが伝える外の様子に被るように、ラセスタから勢いの良い通信が飛ばされてくる。
「エメラ!いけるよ!」
レバーを引き再始動させると、ホシクイに痛めつけられた飛行船が息を吹き返したーーーさすがラセスタ、飛行船の修理はもうすっかりお手の物だ。
「ラセスタ、しっかりつかまっててね!」
私も、私にできることをするんだ。
「ターゲット逃亡!」
「逃すな、もう一度ホシクイで囲め!」
急発進した私たちの周り、360度すべてから黒光りする怪物が迫る。
このままではまた飛行船を壊されてしまうだろう。
逃げ場のない絶体絶命の状況ーーー予想どおりだ。
その瞬間を私は待っていた。
「フラッシュプリズム・コンバーター解除!!」
幾千ものホシクイが迫り、今まさに飛行船に向けて鋭い脚を伸ばしたそのときーーー私は進む勢いのまま船体を高速回転させ、同時に必殺の兵器を発動した。
放たれた光が弧を描いてホシクイを消しとばしていく。
ーーーラベルトから譲り受けたこの飛行船は、その年季の入った見た目とは裏腹に高性能で、かなり頑丈な作りになっている、と前に怪獣星でイオリに教えられた。
並の戦艦なら空中分解されてしまうであろうこの回転に耐えられるのは、ひとえにこの飛行船の頑丈な作りのお陰だ。
ーーー目は、回るけど。
道は開けた。
あとはトランと合流をーーー。
回転を止め、爆炎をくぐり抜けてトランのいる方へと飛び出す。
そこで私たちが目にしたのは、信じられない光景だった。
宇宙空間で、トランと対峙するひとつの影。
真っ白な全身に赤いラインが血管のように走る人型のその姿は、あまりにも無機質で不気味だった。
「moratorium-id、任務を遂行せよ」
イド、と呼ばれるそれの一つ目が赤い光を放ち、一瞬にしてトランとの距離を詰める。その動きに素早くトランが反応し、二人は宙で激しくぶつかり合った。
力は互角のようであったが、顔色ひとつ変えず激しい攻撃で徐々にトランを追い詰めていくイドに対し、一方のトランはエネルギーの消耗を隠しきれておらず、その動きは明らかに精彩を欠いていた。
私たちが撹乱して、少しでも相手の気をそらせればーーートランの方向へ舵を切ったそのとき、視界の端に覗くレーダーに、背後に迫る三つの点を見た。
ーーーまずい!
本能が告げる感覚に従い、とっさに方向を転換して急上昇する。
ちらりと後方を確認すると、つい今しがた私たちが進もうとしていた空間をレーザーのような光が切り裂いたところだった。
あのまま進んでいたら間違いなく堕とされていただろう。ほっと胸を撫で下ろす暇もなく、またしても通信が入ったーーーしかも今度は映像付きだ。
「あれをかわすなんてやるじゃねぇか、貧乳娘」
画面に映るその声の主は、見覚えのある髭面の濃い顔立ちでーーー。
「なんであんたがいるのよ!」
NM95星で私の胸を揉んできた変態ナンパ男だ。驚きのあまり通信に向けて叫んでしまう。
「そりゃ俺が宇宙正義の一員だからさ。今度は外さねえぞ!」
画面に映る髭面の男が不敵な笑みを浮かべ、小型の機体から何発ものレーザーを放つ。
私はそれらを辛うじて躱しながら距離を離すべく加速した。
「宇宙機密保持審議会実動部隊隊長、セルタス・アドフロント。推して参るッ!」
髭面の男ーーーセルタスはレーザーを巧みに放ち、操縦に精一杯な私を誘導するようにどんどんトランから引き離していく。
「エメラ!上だ!」
ラセスタの声にはっとしてレーダーを見ると、真上にさらに二隻の小型戦闘機が迫ってくるのが見える。
「ーーーッ!?」
しまったーーー心の中で舌打ちするがもう遅い。
とっさの方向転換にもなんなくついて来る三隻の敵に、完全に取り囲まれてしまったのだ。
「鬼ゴッコは終わりよ。諦めなさい、小娘」
「まあ、ワシらを相手によくやったとは思うがのう」
二隻からそれぞれ艶のある女性の声と老人と思しき声が通信に入る。
ーーー冗談じゃない、こんなところで終われるもんか。
なにか、なにかないだろうかーーー攻撃を避け、必死に操縦しながら逆転の糸口を探す。
未だに中継されているメモリバードの映像には、背後から羽交い締めにされて苦しそうな表情を浮かべるトランが映し出されている。
そのとき、その映像の中のトランと目が合ったーーー静かに、力強く彼が頷くーーーその瞬間、私は彼のやろうとしてることを理解した。
「分かった……行くよ!」
飛行船をUターンさせて加速し、セルタスの乗る小型戦艦に向けて一気に突っ込む。
「なぁッ!?」
速度を落とすことなく向かってくる私を墜とすべく、セルタスの機体からレーザーが放たれるーーーしかし予想外の反撃に焦ったのだろう、狙いの定まっていないそのお粗末な光線は飛行船を掠めてはるか後方へと抜けていく。
猛スピードで進む二機があわや激突するかに思われたその瞬間、私は機体を僅かに傾けてセルタスの戦闘機を躱し、包囲を突破した。
「何考えてやがんだこの野郎!!」
「ちょっと!逃がしてんじゃないわよオッサン!」
女性のヒステリックな金切り声が響く。
三機が方向転換して私たちを追うべく加速しかけたそのとき、トランが羽交い締めにされたまま凄まじい速度でその場所へと割り込んできた。
同時に手足の拘束を振りほどき、その勢いのまま一本背負いの要領でイドを投げるーーー宙へ放られ体勢が崩れたそのタイミングを、私は見逃さなかった。
「いっけぇええ!!」
撃ち出したフラッシュプリズム・コンバーターがイドに直撃し、まばゆい光と共に爆散する。
その黒煙の中から無数のパーツが激しく飛び散ったーーーなんとイドはロボットだったのだ。
しかし今は驚きよりも安堵が優った。
あとはあいつらを振り切って逃げるだけだ。
トランが私たちにむけて微笑むーーー。
ーーー次の瞬間、トランの身体を無数の赤い光の糸が貫いた。
トランが絶叫する。
赤い光はそのままトランの身体へと絡みつき、身動きを取れないよう拘束していった。
「お前ら、なかなかやるなァ」
「あのmoratorium-idが堕とされるとはのう」
「まぁでも、ここまでね」
「そんな……なんで…」
私は絶句した。
今見ている光景が信じられなかった。
大型の戦艦を取り囲む無数の小型戦艦。私たちを追撃してきた3機以外が全く動かなかったことを不思議にも思わなかった。
ただ包囲されているだけなのだと思っていた。
しかしそれは大きな勘違いだった。
無数の小型戦艦の一機一機から、つい今しがた倒したばかりの純白の影が幾つも幾つも姿を現す。
トランの身体を貫く赤い光の糸は、その一体一体の胸からまっすぐに放たれていた。
「君たちはよくやったよ。しかしそれも、これで終わりだ」
これは悪夢か何かなのか。
私たちはあっという間に、数千体ものイドによって囲まれてしまった。
「ぬか喜びさせて悪いが、moratorium-idは一機じゃない。君たちがいま見ているこの全てが、moratorium-idなんだ」
呆気にとられる私の身体ががくんと揺れる。突然後ろに引っ張られる感覚と共に、飛行船が動かなくなってしまった。
「え?な、なんで!?」
「やっと捕まえたぜ、貧乳娘」
セルタスの言葉で初めて気づくーーーー追ってきていた三機から伸びる青白い光が、ネットのように私の飛行船に絡みついていた。
「大変だ、この飛行船のエネルギーがどんどん奪われていく!」
ラセスタが慌ててコックピットに駆け込んでくる。
「対象のエネルギーを吸収する特別製の電磁ネットじゃよ。あの高エネルギー生命体に使っているものの応用でなーーーあやつの形態変化をもってしても脱出は不可能じゃろう。諦めるんじゃな」
老人の声が冷たく響いた。
「ふざけんじゃないわよ!」
今まで聞いたこともないようなトランの悲鳴が、響くはずもない宇宙を駆ける。
打開策はないかとコックピットをデタラメに触り、必死に何度もレバーを引く。
しかし燃料を奪われた飛行船は、当然ながら全く反応しない。
悪あがきだとは分かっていた。
それでも諦めたくなかった。
そんな私に追い打ちをかけるかのように、さらなる通信が入る。
「もうそろそろだなァ」
数千本もの赤い光の糸が不気味に輝き、がんじがらめに縛られたトランへと光を次々に打ち込んでいく。
「もうやめて!トランが……トランが死んじゃう!!!」
返ってきたのは、あまりにも残酷な言葉だった。
「ーーーさらばだ、高エネルギー生命体」
次の瞬間、トランの身体が、びくん、と大きく跳ね上がった。
「嘘だ…嘘だ……」
尾をひく断末魔を残し動かなくなった彼の身体が、糸に吊られた操り人形のように力なく垂れ下がる。
「嘘だあああああ!!!」
「トラぁあぁあぁン!!!
星を宿していた彼の瞳は、もう何も映してはいなかった。
「お仕事完了っと」
「まあ楽な任務だったわね〜、予想外の反撃もあったけど」
「お前たち、本部に着くまで油断するんじゃない」
敵の通信が入りっぱなしだったけど、そんなのはもう耳にも入ってこなかった。
頭の中でさっきの光景が繰り返し繰り返し流れるーーーあり得ない。トランが…トランが……死んだ……?
旅をしていれば、親しい人との死や別れはそう珍しい話ではない。
この宇宙は平和ではないから、それは仕方のないことなのだと無理矢理自分を納得させてきた。
死はそんなに遠い存在ではない。そんなこと、とっくに分かっていたはずだったのに……。
不意にセルタスが通信を入れてくる。
「おい、そこにいるんだろ?xx星人。今回の作戦ではお前も対象だったんだ。この前は逃がしちまったからなァ」
……この前?
三角座りの膝に顔を埋めて泣いていたラセスタも、その言葉に違和感を覚えたのか僅かに顔を上げる。
「あの爆撃の中でよく生きてたなァ?正直それに一番驚いてるぜ」
あの爆撃…?
なんの話だ、とラセスタの方を見ると、何かを察したらしい彼は顔面蒼白で震えていた。
「いや、そもそもxx星に人が住んでた事自体ありえないはずだったんだ。あの星はもう何万年も前から廃星指定されてたんだからな」
バカにしたような女性の声がつづく。
「あのときは驚いたわねえ、気づいたらxx星にふたりも不法滞在してて、しかも片方は一度おっさんが前に取り逃がした女なんだもん」
「まさか!!」
ラセスタが不意に立ち上がり、震える声で怒鳴り声をあげる。
その目には今まで見たことないほどの怒りが宿っていた。
「そうか…そうだったんだ…!追われてたんだ、マホロは。誰かに狙われて、弱り果ててxx星に辿り着いたーーー全部……全部お前たちの仕業だったんだな!!」
「そうさ。あの女を追い、xx星を爆撃したのは、この俺だ」
「通常この宇宙に生きておれば、出身星や星への到着経路など何かしらの情報があるのが普通じゃ。お主ら二人と、そこの高エネルギー生命体にはそれが全くなかった。宇宙政府としては、そうした不明生命体は危険分子と見做すのが当然じゃろう?」
「あんたたちはこの宇宙にとって必要ないってこと。分かるかしら、ボウヤ?」
「なんで……僕たちがいったい何をしたっていうんだ!!マホロを…マホロを返せ!!!」
ラセスタが激昂する。
「舐めたこと言ってんじゃねぇ。本当に大切な女なら相手が誰だろうと死んでも守り抜けよ。それもできねえ奴にどーのこーの言う資格はねぇーーーあの女の手を離したのは、お前だよ」
放心したように崩れ落ちるラセスタ。
私は自分の沸点が限界を迎えたことを感じた。
「ふっざけんじゃないわよ!!」
今すぐにでも全速力で旋回して、必殺兵器を叩き込んでやりたかった。トランを救い出して、こいつらを叩きのめしてやりたかった。
なのに、なのにーーーこんな残酷なことがあっていいのだろうか。
元凶が、ラセスタのすべてを狂わせたその張本人たちがすぐ目の前にいるというのに、エネルギーの尽きた飛行船はぴくりとも動かない。
「あんたたちのやってることの、どこが正義だっていうのよ……!!」
噛み締めた奥歯の間から、言葉が漏れる。
「私たちが悪だって言いたいわけ!?」
一瞬の沈黙の後に、通信が帰ってきた。
「君は何か勘違いをしているようだ。残念だが、この宇宙に悪などという概念はない。あるのは正義と、また別の正義だけだ」
淡々とした口調に、心なしか熱が入ったように思える。
「例えば、ある星の王が秘密裏に強力な兵器を開発、輸出していたとしよう。その兵器により全宇宙の争いは激化し、多くの被害が出ることが容易に想定できる。当然、その星の王は悪人だと思われるだろう。だがもしその兵器が、我々によって宇宙の平和のために使用されていたとしたらーーー果たして彼は本当に悪だと言えるだろうか」
妙に聞き覚えのあるその話に、私は心臓を鷲掴みになされたような錯覚に陥る。
背筋に冷たい汗が流れた。
「心当たりがあるのではないかね。QQ星第二王女、エメラ・ルリアン?」
私の頭を父親の顔がよぎった。
まさかーーーホシクイも、イドも……!?
「……あんたたちって、最ッ低ね」
心の底から、憎しみを込めて吐き棄てる。
「何万年以上も前から、争いとは正義と正義の戦いによるものだった。そして常により大きな正義が勝利し、この宇宙の歴史を創り上げてきた」
勝ち誇るかのような言葉が続く。
「いまも同じだよ。君たちのその『小さな正義』が、我々の"宇宙の均衡を保つ"という『より大きな正義』によって打ちのめされた。ただそれだけのことだ」
前方にうっすらとスペースコロニーが見えた。
考えたくはないが、恐らくはそこが、私たちの旅の終着点となってしまうのだろう。
私の心が、じわじわと黒くて深い感情で蝕まれていくーーーこれが絶望というものなのだろうか。
そのとき、不意に頭の中に声が響いた。
「助けてあげようか、エメラ?」
飄々とした軽いこの声………いつだったか、私の頭にテレパシーを送ってきてコスモネットを勝手に弄った奴の声だ。
がばっと立ち上がり、周りを見回す。
ラセスタが泣き腫らした目で、訝しげに私を見ていた。
お構いなしで私は叫んだ。
「あんた…誰なのよ!」
「そんなことより、今の状況、なんとかしたくないの?ボクなら簡単に助けてあげられるんだけど」
果たして本当だろうかーーーいや、たとえ嘘だったとしても今は頼るしかない。少なくとも逃げられれば、今よりマシな状況にはなる。
「……お願い、私たちを助けて」
ふふっ、と軽く笑う声が聞こえ、始まった時と同じように唐突にテレパシーは打ち切られた。
次の瞬間、船体が大きく揺れ、私はバランスを崩して床に転がった。
激しすぎる衝撃に視界が定まらない。倒れたラセスタが廊下へと転がっていくのを見たような気がしたが、立ち上がることも、ましてや助けに行くこともできなかった。
入りっぱなしだった通信から、混乱したような声が響く。
「磁場が異常数値を示している!これは星嵐じゃありません……空間の歪みです!」
「なんでこのタイミングで…!?つい今の今まで予兆なんてなかったのに!」
「moratorium-idの格納を急げ!」
「このままでは我々全員が飲み込まれます!!」
「止むを得ん、QQ星人とxx星人を乗せた飛行船を切り離せ」
「ですが……!」
「構わん!我々の今回の第一任務は高エネルギー生命体の捕獲にある!セルタス隊長以下2名は飛行船を切り離し、全速力で歪みより退避せよ!」
「……了解!」
ふっと飛行船が軽くなった感覚ーーーでもそれは、どうやら良いことではないらしい。
激しい揺れの中、私たちを切り離して飛び去っていく宇宙正義の艦隊が微かに見えた。
しかしその光景も端からじわじわと暗闇に蝕まれていく。
私の視界はーーー飛行船は、どんどん歪みの中へ吸い込まれていきーーー。
ーーーやがて、何も見えなくなった。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
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