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第10話 追憶の空

ーーー夢を、見た。 それは懐かしくて切ない、私の故郷の夢。 大切な人と交わした、掛け替えのない約束の夢。 あの窮屈な空の下、私を助けてくれた家族の夢。 懐かしいその顔が、ふっと頭に浮かぶ。 これは私が、旅に出る前の話。 星巡る人 第10話 追憶の空 私はこの星の昼が嫌いだ。 その日も、私はいつものように部屋の窓から外を眺めていた。 青い空にみっつ輝く太陽が、眼下の景色をきらきらと光らせる。 ここはアンドロメダ第三惑星、QQ星。 その中央国家、ルリアンにそびえたつ城は私の家であり、この星を統治する星王の王宮でもある。 私はこの星の第二王女、エメラ・ルリアン。 父ベリア・ルリアンは強く優しく民からの信頼も厚いこの星の王であり、母マリアや姉シスに囲まれ、私たち一家はこの星の幸せの象徴として祝福される存在だ。 ーーー少なくとも、表面上はそう見えているはずだ。 実際、仲は悪くはないと思う。 礼儀作法や勉学など、第二王女として何ひとつ不自由ない生活をこれまで送らせてくれていたことは心から感謝している。 家族として充分に愛情を注いでもらっていると実感できていたし、私はそんな自分の家族が大好きだったーーー。 ーーー私が父の秘密を知るまでは。 星王である彼の裏の顔、それは全宇宙に武器や薬品をばら撒く死の組織の首領だった。 私がそれを知ったのは数年前、立ち入りを禁じられていた父の部屋に偶然迷い込んだときだった。 迷路のようなその部屋の最深部で、メモリカプセルを通して誰かと話す父の声。 「この俺の誘いを断るなんて、たいした勇気だが……無謀だったな。なぁ?無様な姿を晒してる気分はどうだ?」 私の知らない冷たく威圧感のある低い声。 本棚の陰からこっそり覗くと、椅子に座った父の横顔と、メモリカプセルから映写される立体映像が辛うじて見えた。そしてその立体映像には、倒れたひとりの男を囲む大勢の人たちが映し出されていた。 「これ以上辛い思いをしたくなきゃ、武器の輸出に力を貸すんだな。苦しいか?俺に逆らった罰だ」 残忍な笑い声が部屋にひびく。 「いいか、勘違いするな。この宇宙を支配しているのは宇宙正義じゃないーーーこの宇宙は、俺のものだ」 今でもはっきり覚えている。 あのときの父の横顔を、その声を。 この宇宙で起こる数え切れない争い、その原因ともなる薬や武器は組織がーーー父が流通させているということ。 QQ星には多くの同盟星があるが、それは同盟なんかじゃなく、すべて権力による支配なのだということ。 そしてなにより、自分の父が宇宙支配を目論む悪人であること。 信じられなかった。 信じたくなかった。 ーーーでも、あの光景を見た以上、信じざるを得なかった。 ぼんやりとそんなことを考えていたとき、私の上に影が降り、ふと我に帰る。 街を呑み込むほどの大きな影。 城のすぐ上空に戦艦が停泊していた。 商業船には見えないし、旅人だろうか。 星の中央国家ということもあり、この城に入星手続きをしに訪れる飛行船は多い。 私もいつか、彼らのように旅ができたら…父の秘密を知ってからというもの、私はこの星が窮屈でたまらなくて、その夢をずっと持ち続けていた。 でもそれは、到底叶わない夢なのだろうということも分かっていた。 この星には宇宙に出るための技術力がなく、そのためQQ星人は誰ひとりとして飛行船を有していない。 つまり星間飛行が当たり前になった今の時代でも、この星から出ることはできないのだ。 そのうえ私は第二とはいえ王女だから、自由に動くことのできる立場ではない。 だからこの星に立ち寄る彼らを、私はいつも羨ましく思っていた。 行動に移すことはできないから、いつもこうして眺めているだけ。 この星の空を、私はいつも牢獄のように感じていた。 こんな星、出ていけたらいいのに。 そんなことを考えていたら、ふと、飛行船から降りてきた異星人が上を見た。 長髪で背の高い彼と、私の目が合う。 「よーお、俺はトラべ・ラベルトってんだ。よろしくな」 彼がニッといたずらっぽく笑った。 「わ、私、あんたに興味ないんで」 それだけの言葉をなんとか絞り出し、反射的に窓際から離れてしまう。 不覚にも、どきっとしてしまった。 ーーー間違っても恋愛感情ではない。 普段この部屋に引きこもって外に出ない私にとって、誰かと目が合うだけでも緊張してしまうことなのに、ましてや旅の人に話しかけられるなんて…。 おそるおそる窓から下を覗くと、頭の後ろに結われた長髪が、左右に大きく揺れて城の中に消えていくところだった。 ーーーよかった。 私は未だどきどきしている胸を、ほっとなでおろした。 私は夜の空が好きだ。 窮屈な昼間の空とはちがって、遠い宇宙が、近くにあるように感じる。 手を伸ばせば、きらめく星にさえ届くような気がする。 そんなことをぼんやりと考えながら、私は静まり返った夜の街を歩いていた。 普段は街の人に話しかけられるのが面倒で外になんて出ないけどーーーこんな夜遅い時間では、流石に誰も出歩いていない。 道を抜けた先、小高い丘の上に一本の大きな木が生えている。 もう何百年も前からこの国を見下ろしているというこの大木の下は、私のお気に入りの場所だった。 この丘から見る夜の街は静かで、私の心を落ち着かせてくれる。 父の秘密を知ったあの日も、私はここでひとりで泣いていた。 なんでだろう。 辛いときも苦しいときも、ここに来ると不思議と落ち着けた。 ここは私にとって大切な居場所だった。 小走りで駆け寄ろうとして、はっと足を止める。 そびえ立つ大木の下に、誰かが座り込んでいるのが見えたからだ。 月明かりに照らされて伸びる影が、不意に私の方を向いた。 「よーお。こんな夜中に散歩かい、お嬢様?」 頭の後ろで結われた長髪がふわりと揺れる。 端正な顔立ちの異星人が昼間と同じようにニッと笑った。 一瞬、言葉を失う。 窮屈だったはずの空が、心の中で一気に広がったような気がしてーーーここから、私の旅は始まったんだ。
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