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第8話 ようこそ怪獣星!
それは、突然やってきた。
大きく揺れる飛行船。
船体を支えようと外に出るトラン。
「うわああああ!墜落するーーー!」
ラセスタの悲鳴にも似た声の中、私は意識が途切れるのを感じた。
星巡る人
第8話 ようこそ怪獣星!
話は少し前に遡る。
J51星を出た私たちは、光が指し示した方向へ旅を続けていた。
特にトラブルもなく順調な航海に、少し気が緩んでいたのかもしれない。
油断していたそんな頃に、それは突然やってきた。
もうすぐ星間トンネルに入り、次の目的地であるNM87星雲までのワープが可能になると思っていたその時、飛行船が大きく揺れた。
「な、なに?」
トランが察したようだった。
「星嵐だ……!」
星嵐は、私も話に聞いたことがある。
宇宙で突発的に起こる嵐のようなもので、磁場の乱れが原因だと言われているが、詳しいことは未だに判明してないのだそうだ。宇宙で起こる事故の半分がこれのせいであるとまで言われている。
初めての体験に、私は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
「俺が外に出て船を支える!」
トランの身体が光に包まれ、形を失い分散する。
瞬間、飛行船が少し持ち直した。
ラセスタの顔に安堵が浮かぶ。
これでもう大丈夫ーーーしかし、そううまくはいかなかった。
さらに大きい横殴りの衝撃が飛行船を襲う。
トランが大きく仰け反り、遠くへ弾き飛ばされていく姿が、窓の外に見えたーーー気がした。
私の身体が宙に浮かび、壁や床に叩きつけられる。
「うわあああ!墜落するーーー!」
ラセスタの悲鳴にも似た声が聞こえた。
激しく回転する船内に私の意識は途切れーーー。
ーーーこの有様である。
飛行船は墜落、大破。
幸いにも船内の計器類やコンピューターは生きているものの、修理しなければとてもじゃないが飛べない状況だ。
私もラセスタも軽傷で済んでいたが、気持ちは落ち込んでいた。
トランの行方が分からないのだ。
メモリカプセルを使おうにも、私とラセスタの持っているJ51星産のものはーーーおそらくメンラーの政略によるものだったのだろうがーーーJ51星を出た途端、一切の機能が停止され、使い物にならなくなってしまっていた。
これでは連絡をとることもできない。
いくらトランが強いとはいえ、生身であの星嵐に吹き飛ばされ、果たして無事でいられるのだろうか。
脳裏に、仰け反り飛ばされていくトランの姿が浮かぶ。
もしかしてーーーーと思い浮かぶ不吉なイメージを、頭を横に振り慌てて打ち消す。
やめよう、縁起でもない。
「トランはきっと大丈夫ーーー信じよう?」
ラセスタが震えながら、それでも力強く言う。
精一杯励ましてくれてるのだろう。
私は不安を押し殺し、頷いた。
「それにしても、この星は……」
ラセスタが外に出て、つぶやく。
「……あっついなあ」
飛行船が落ちたのはジャングルらしい。
生い茂った背の高い木々が飛行船を囲んでいる。
レーダーを確認しても、この星の情報は宇宙情報局には登録されてないらしく、一切表示されない。
「航路からは外れちゃったみたいね…」
完全に未知の惑星だ。飛行船を直せる設備があるとは思えない。いや、そもそも文明があるのかどうかすら怪しい。
「……なんだここ」
私が深くため息をついたとき、ラセスタの叫びが聞こえた。
「ね、ねえ、エメラ!!」
切羽詰まったような声に、私は急いで飛行船を飛び出す。
「ラセスタ!どうしたの?」
慌てて駆け寄ると、ラセスタが怯えた目で茂みを見据えている。
私はラセスタの視線の先をーーーそして自分たちの周囲を見まわした。
飛行船の周りを囲むようにして、幾つもの目がこちらの様子を伺ってるのが分かる。
私はラセスタを庇うように自分の後ろへ下がらせた。
登録情報のない星だ。こいつらがどんな危ない奴らだとしても不思議ではない。
そうこうしている間に、奴らは茂みを掻き分け、木々の影の中からその大きな姿を現した。
頭や肩から大きな角の生えたもの、身体中が棘で覆われているもの、翼膜をもったもの……怪獣族だ。
私たちは、見上げるような大きさの怪獣たちにいつの間にか取り囲まれてしまっていたのだ。
正直言って、大ピンチだ。
そもそもひとくちに怪獣族と言っても、みんながみんなピエロン田中の所で出会ったような友好的な人たちばかりではない。
目の前の彼らが危険でないと言い切れるような理由はなにもないのだ。
その状況であるにも関わらず、ラセスタは戦えないし、トランはいない。
武器はカバンの中のスタンボール6個のみ。
切り札として使うには心許ないが、それでも私がやるしかない。
来い、バケモノどもめーーー!
覚悟を決め、身構えた。
カバンの中でスタンボールを握る手に汗が滲む。
一瞬の緊張、沈黙を先に破ったのは、彼らの方だった。
「あの、あんたら、こぉんなとこでなにしとるんだに?」
私は呆気にとられた。
ラセスタもぽかんとした顔をしている。
宇宙共通語だーーー訛りはひどいけど。
「あ、えっと、星嵐に巻き込まれて…」
動揺して言葉がうまく出てこない。
「ああ、そんじゃ、さっき落ちてきたんはやっぱあんたたちだにか!怪我はないかに?」
周りの怪獣たちも騒ぎ出した。
「びっくりしただにー」
「お客さんだにー!」
どうやら、私たちを歓迎してくれているようだ。
私は緊張の糸が緩むのを感じた。
隣でラセスタも、安堵の表情を浮かべている。
「この星にお客さんがくるなんて珍しいんだに、よかったらおいらたちの街に来るだに」
こうして私たちは、怪獣の星へやってきた。
「この星はなあ、宇宙中からいろーんな怪獣たちが集まっとんだに」
最初に話しかけてくれた二本の角に金髪の怪獣ーーーイオリ、という名前なのだそうだーーーが、にこやかに言う。
「おらたちはこんな姿だから、馴染めなくてみんなに怖がられて、自分達の星から出てきたんだに。この星は、そんな怪獣たちが静かに暮らせる星なんだに」
イオリたちに案内されてたどり着いたのは、怪獣たちの町。
背の高い木々の中に様々な形の建物が立ち並び、一目見ただけでかなり文明レベルが高いことが分かる。
私の飛行船は、彼らが軽々と持ち上げて運んでくれた。
私の大切な相棒。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうだ。
イオリたちは機械の扱いに長けているらしく、私の飛行船を直してくれるのだそうだ。
私は胸に罪悪感がよぎるのを感じた。
見た目で判断したことも、攻撃しようとしたことも、状況が状況だったとはいえ褒められることではない。
しかも私は未だに謝りもしておらず、そのうえ罪悪感からイオリの顔をまっすぐ見れずにいた。
「大丈夫、これくらいの損傷ならすぐ直せるだによ」
暗く落ち込んだ私の顔を見て、イオリは勘違いをしたのだろう、励ますように言うと、にっと笑った。
ちがうの、本当はーーー私がそう言いかけたとき、後ろの扉が開いてラセスタが入ってきた。
「誰もトランを見てないみたい」
「そっかあ…」
やっぱりこの星には来てないのだろうか。
飛ばされていくトランの姿が頭をよぎる。
「大丈夫だに、高エネルギー生命体は簡単には死なないだに。きっと見つかるだによ」
イオリが励ますように言う。
そういえば、トランの特徴を説明しただけで、イオリはトランを高エネルギー生命体だと断言した。
もしかして宇宙には、トランの仲間のような人たちもいるのだろうか。少なくとも私は見たことも聞いたこともないけれど……。
私が口を開きかけたとき、足元が大きく揺れた。
「地震!?」
結構大きく揺れたというのに、イオリは落ち着いている。この星ではよくあることなのだろうか。
「まただにかあ」
徐々に揺れが収まっていく中、イオリが大きくため息をついた。
「ふたりとも、ちょっと来てほしいだに」
立ち上がって外へ歩き出すイオリについていくと、扉の向こう、遠いところで大きな何かがうねうねと動いているのが見えた。
「なにあの触手!」
ラセスタが指差す先、触手の向こうを私は見ていた。
そびえるような大きさの大木が、巨体をしならせて咆哮をあげた。空気がびりびりと震え、大地が揺れるのが離れたところにいるはずの私たちにもわかった。
植物には違いないのだろうが、蔦が絡み合うその姿はあまりにも禍々しく、目の前のイオリよりもずっと想像の怪獣に似ていた。
「少し前の話だに、この星に隕石が落ちてきてーーーたぶん、それが種だったんだになーーーあっという間にあの大きさになったんだによ」
私はカバンの中からコスモネットを取り出し、うごめく巨大植物を写した。
カシャっと軽い音を立てて、シャッターが切られる。
写し出された写真が立体映像として浮かび上がり、一瞬ののちに写真の周りに情報が次々と表示されていく。
ーーーコスモネット。
広い宇宙で未知との遭遇を果たした時、それを調べることができる百科事典のような小型の機械だ。
昔の旅人には必需品だったらしいけど、メモリカプセルの普及もあって今じゃ骨董品扱いで使っている人は殆どいないのだそうだ。
ーーーこんなに便利なんだけどなあ。
浮かび上がった映像を、イオリとラセスタが横から覗き込む。
『宇宙植物生命体 ド・ミナント
宇宙ブナ科常緑広葉樹の一種で、圧倒的な成長速度と巨大な身体が特徴。
寄生した星全体の地中に深く根をはり、星と完全に同化して支配することで知られている。
ド・ミナントに支配された星の生命は最終的に全て死滅するため、他の種族との共存は絶望的である。
日没後は活動を停止するが、外敵から身を守るために動く例が確認されている。
駆除は極めて困難で根の一部分からでも再生する生命力を有する。』
ーーーなんだこいつは。
私は絶句した。
両脇の二人も唖然としている。
今この星を襲う問題は、予想以上に強大なものだった。
空気を震わせ、大地が揺れる。
この星の支配者の声が響き渡った。
「まとめよう」
建物の中に戻ると、私は切り出した。
敵がどんなに巨大でも、いつまでも落ち込んではいられない。
とにかく計画を練らなければ。
しかし、イオリから返ってきた言葉は予想外のものだった。
「なにをだに?」
「だからあの植物をーーー」
「あれはおらたちの星の問題だに、お客さんを巻き込めないだによ。
それに、あんたらの探しとる人も、あんたらを探しとるかもしれないだに。
おらが急いでこの飛行船を直すから、あの植物に気づかれねぇ夜のうちにこの星を出るだによ」
そしてにこりと笑う。
「なぁに、大丈夫だに!ぜーんぶ終わったら、知り合いも連れてまた来て欲しいだに!」
私は胸が痛むのを感じた。
確かに関わらないのが一番なのだろう。
このままこの星を出て、トランを探す。その方が命の危険もなくまた旅を続けられる。
でもーーーそれじゃだめなんだ。
目の前で飛行船を直してくれているイオリを、私はまっすぐに見据えた。
心の声が、そのまま口から出ていた。
「…私は、助けてもらっておいて、なにも返せないまま出発するなんてことできないよ」
イオリが手を止め、険しい顔でこちらを見る。
「"宇宙で助けられたら、必ず恩を返しなさい。どんな小さなことでも、助けてくれた人の力になりなさい"。私は旅に出る前に大切な人にそう教わったの。これがこの宇宙で一番大事なことだって。だから私たちはまだ旅立てない」
「そうだよ!僕らの探してる人も、いまのこの星を投げ出して探しに来られてもきっと喜ばないと思うんだ。困ってる人のことを見過ごせない人だからさ」
ラセスタが笑顔で言う。
厳しい顔をしていたイオリが、ふっと笑った。
「ーーーその言葉、むかしある旅人が言ってただにね……懐かしいだに。ふたりとも、ありがとう。この星のおらたちのために、手伝ってくれるだにか?」
「もちろん!」
私たちは強く頷いた。
そして三日後。
沈む夕日が、この星に夜を運んできた。
満天の星が少しずつ空を覆う。
巨大な植物の影が、徐々に動きを鈍らせていく。
私とラセスタの後ろには、イオリが星中に声をかけて集めた何百人もの屈強な怪獣たちが戦闘態勢をとっている。
みんなこの星を思う気持ちは一緒だ。
ーーーさあ、作戦開始だ。
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