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第7話 老いぼれの信念
「覚悟しろ老いぼれぇえええ!」
メンラーが軍勢と共に襲い来る。
「いくぞ侵略者!!」
Mr.Jとトランがそれを迎え撃つ。
私たちの目の前で、この星の命運を懸けた戦いは始まった。
星巡る人
第7話 老いぼれの信念
ふと気がつくと、隣にいたはずのラセスタがいない。
ーーー嘘でしょ、こんな時に…。
慌てて周りを見回すと、そんなに離れてないところで、トランが囲まれているのが目に入った。
J51星軍はたしかに強いのだろう。強力な電流を流す武器や小型の銃を持ち、その背後には戦車を始めとするいくつもの巨大な兵器の姿も見える。
普通の人間ならおそらく太刀打ちもできないだろうーーーだが、トランは普通の人間ではない。
彼の拳がただ空を切るだけで、周りの兵士たちが紙屑のようにまとめて宙に舞い上がる。
戦車の砲撃でさえ受け止め無力化するその凄まじい力の前に、巨大な兵器群もあっという間に使い物にならなくなる。
彼はどうやら直接攻撃を相手に当てないように戦っているようであったがーーーそもそもその必要すらなさそうだ。
トランが拳に力を込めて地面を叩くと、その衝撃で周りを取り囲んでいた数百人のJ51星軍が一斉に吹き飛ぶ。
それで、決着がついた。
「あれ、やりすぎちゃったかな?」
トランが少しとぼけたように笑った。
一方のMr.Jとメンラーは素手での一騎打ちの真っ最中だった。
Mr.Jはやはり疲れを隠しきれないようで、徐々に追い込まれていく。
「老いぼれがぁ!」
激しい攻撃が何度もMr.Jを襲う。
「いま楽にしてやる!」
メンラーが渾身の力を込めたその拳を振り下ろすーーー刹那、顔面すれすれに迫ったそれをMr.Jは辛うじて右腕で受け止めた。
「たしかに私は老いた。かつての力もなく、いまや自分の力で、自分の星の民さえ守れない始末……だが、老いぼれには老いぼれの、意地がある!」
Mr.Jが渾身の力でメンラーの顔に左の拳を叩きつける。その気迫に押されて後退りするメンラー。
そのとき、歓声が湧き上がった。
「いいぞー!Mr.J!」
「その独裁野郎をぶっとばせー!」
「なんだと…⁉︎」
私たちはようやく、いま自分たちのいるこの場所が大勢の人にに取り囲まれていることに気づいた。
「お前らァ…全員反逆罪でぶちこんでやるからな!」
メンラーが吠える。
「なにが反逆罪だ!いままで俺たちこと騙していやがって!」
「全部知ってるんだから!」
「前統治者の意志を継ぐとかいうから投票したのに!」
「俺たちの自由を返せ!」
この星の住人たちが叫んでいる。いままで何事に対しても無視を貫き通していた人たちと同じとはとても思えない。
鬱憤を晴らすかのように、声の限りにメンラーに向け野次を飛ばしている。
「僕がやったんだよ」
いつの間にか隣に戻ってきたラセスタが、私を見てにっと笑う。
その手にはメモリカプセルが握られていた。
「これでいまの出来事を全部この星中に中継してたんだ!」
なんという機転だろう。私には到底思いつけなかった方法で、ラセスタはこの星に真実を伝えたのだ。
「これであなたの悪事も野望も、一気に世に知られたわけだ」
トランがまっすぐ メンラーを見据える。
しかしメンラーは笑い出した。
「知られたことなんて関係ない。お前らをぶっ潰せばそれで元どおりだ!」
その顔が狂気に歪む。
「この星で一番力があるのは俺だ…俺に従え…俺が…俺が…!!」
高笑いを続けるメンラー。
その目の前に、Mr.Jが立ちふさがる。
「まずはお前だ、老いぼれ。後悔してるぜ…あの日殺しきれなかったことをなあ!」
唸りを上げて迫る拳ーーーしかしMr.Jは体をほんの少し逸らすことでそれを躱し、メンラーに向けて一歩、大きく踏み込んだ。
「星を統治するのに必要なのは、力だけではないよ」
静かに、そういうと同時に、メンラーの身体は宙に浮き上がった。
Mr.Jの拳が、まっすぐに天を衝く。
「正義は……勝つ!」
地面に倒れ、動かなくなるメンラー。
湧き上がるような歓声。
この星はたったいま、独裁から解き放たれたのだ。
駆けつけた反乱軍が伸び上がったメンラーや星軍兵士たちを縛りあげていく。
その光景を私はぼんやりと見ていた。
少し離れたところでトランが子供達に囲まれている。すっかり人気者だ。
ラセスタはラセスタで、メモリカプセルを使って機転を利かせたことを褒められ、周りの大人たちに胴上げされている真っ最中だ。
私はというと、少し離れたところで座り込んでいた。
あの二人のように役に立った訳ではないし、そもそもこの星の問題に関わろうとしていなかった。
なんとなく、自分はこの場には相応しくないと思っていたからだ。
「お嬢さん、彼らの仲間でしょう?」
突然後ろから声をかけられ、私は驚いて飛び退く。
そこには、傷だらけのMr.Jが立っていた。
「そうですけど…」
「私の決め台詞を聞いた時、不思議に思ったんじゃないかね?」
私の脳裏に、言葉が蘇る。
ーーーほとんど初対面なんだけどなあ。
「ど、どうして…」
「だって、初対面じゃないか」
朗らかに笑いながら言う。
「だが、大切な人という言葉にいう言葉に偽りはないよ。この星の全ての人は、私にとって大切な人たちに変わりないからね。たとえ私を慕ってくれる者が、ひとりもいなくなったとしても」
そう言う彼の顔には、決然とした強い意思が刻まれていた。
「住む者も旅人も関係なく、この星に関わる全ての人を、私は家族だと思ってるんだ。
私たちを救ってくれて、本当にありがとう。この星の代表として、この宇宙の家族として、心からお礼を言わせていただきます」
頭を深々と下げられ、私は慌ててしまう。
「私、なにもしてませんから!あの二人が全部やってくれただけで、私は……」
Mr.Jが微笑む。
「あなたが普段通りにしていたからこそ、彼らが動けたんだ。いつでも帰れる場所があるなんて、これ以上安心できることはないからね。
戦えないものには、戦えないものなりの戦い方があるということだよ」
そう言うと、Mr.Jは一礼して行ってしまった。
正直、モヤモヤは晴れなかったーーーでも、すこし心は軽くなったような気がした。
その後、 正式な統治者の立場に戻ったMr.Jから、星中に向けて真実を語る放送が行われた。
きっとメモリカプセルから流れるその中継映像を、星中の人が食い入るようにして見ているのだろう。
ーーーー私だけの力では決して成し得なかった。こんな私についてきてくれた反乱軍、あきらめなかった皆さん、そして、名も知れぬ旅の御三方のおかげで、この星は再び正しい道を歩んでいけます。みなさん!心から、ありがとう!
私たちは顔を見合わせ、拍手が鳴りやまないその場を立ち去った。
ーーー結局、なにも得ることはなかったなあ。
私はぼんやりと思った。
あのあと、J51星のいろいろな国で聞き込みを行ったが、なんの成果も得られなかった。
ちょうどメンラーが現れた時期と重なっていたために、この星にxx星の悲劇は伝わっていなかったらしい。
となりで深くため息をつくラセスタ。
「まあいいじゃない、とりあえずこの星は平和になったんだし」
トランが朗らかに言う。
「焦らないのが一番だよ」
それでも沈むラセスタを見て、トランが続ける。
「今回はありがとう。ナイスアシストだったよ、ラセスタ」
ラセスタの顔が晴れ、照れたように笑う。
「それにーーー」
トランが予想外の言葉を紡ぐ。
「ーーーエメラも」
私はつい吹き出してしまった。
「私、なにもしてないよ?」
トランが首を横に振る。
「メンラーを現場に引きずり出す必要があったんだ。俺が噂を大きくして、君たちと俺との関係性を匂わせば出てくるかなって思ってさ。
でもその前に君たちが動いて捕まってたら、計画はおしまいだったんだ。まあつまり、エメラが普段通りにしててくれたから上手く行ったって事さ」
「まったく、巻き込むなんてひどいじゃない」
私は唇を尖らせて怒ったふりをした。
「今度からそういうことはちゃんと言ってよね?ーーー私たちは、家族…なんだから」
私は自分の顔が赤くなるのを感じ、慌ててコックピットに駆け込んだ。
こんなことを言うのは初めてだ。
ああ、恥ずかしい。
ばくばくする心臓でちらりと後ろを見ると、
トランとラセスタがにやにやと嬉しそうにこちらを見ている。
「は、はい!この話おしまい!さあ、次の星に行こう!」
私は照れ隠しに、少し乱暴にエンジンを入れ、飛行船を急浮上させる。
ーーーまったくもうっ。
後ろでバランスを崩した二人が倒れこむのを見て、自然と笑ってしまう。
ーーー戦えないものには、戦えないものなりの戦い方がある。
私はMr.Jの言葉を頭の中で繰り返した。
正直、どうしたらいいかなんてわからない。
今回はたまたまうまくいっただけ。
でもいまは、分からないままでいい。
私は私なりに、少しずつできることをやっていこう。
私たちを乗せた飛行船は、空高く浮かび上がり、J51星を旅立った。
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