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第5話 旅の行く先
むかしむかし、まだ宇宙が生まれたばかりのころのこと。
とあるちいさな星に、一人の男の子が住んでいました。
男の子はいつも空を見上げては泣いていました。
ずっとひとりぼっちで、心の中が寂しくて悲しくて仕方がなかったのです。
だから毎晩寝る前に、流れ星に向かってお願いをしていました。
どうか僕に、家族ができますように。
そんなある日、このちいさな星にぼろぼろの女の子がたどり着きました。
動く元気もなかった女の子を、男の子は雨の日も風の日も、来る日も来る日も必死に看病しました。
その甲斐あってすっかり元気になった女の子は、しばらくのあいだ男の子とたのしく一緒に暮らしました。
ずっとひとりぼっちだった男の子は、女の子と過ごす時間をとても幸せだと感じていました。
そしてできれば女の子に、いつまでもこの星にいてほしいと伝えました。
でも星を巡る旅人だった女の子は、ひとつの星に住むことはできないと言います。
それを聞いてとても寂しそうな顔をする男の子に、女の子はキラキラ光る石を手渡しました。
それはなんと、女の子が大切に持っていた"星のかけら"です。
驚く男の子に、女の子は笑顔で伝えます。
これはあなたとわたしの家族の証。いつかわたしがこの星に戻るまで、大切に持っててね。
女の子が旅立ったあと、男の子はずっと待ち続けました。
星のかけらを抱え、毎日毎日空を見上げて、ひたすら待っていました。
でもいつになっても、女の子は帰ってはきませんでした。
それでも、男の子は信じていました。
手は届かなくても、心は届く
星のかけらが、男の子にそう教えてくれたのです。
そしてながいながい時が過ぎ、数え切れないほどの星が夜空を駆け抜けたある日、握りしめた星のかけらがつよく光りました。
光は天に吸い込まれていき、その指し示す先から、輝く翼を広げて誰かが飛んでくる姿を、男の子は確かに見たのです。
ありがとう。君が信じていてくれたから、わたしは帰ってくることができたんだよ。
溢れる涙を拭い、星のかけら抱えて、降り立った女の子の手を取ります。
そして男の子は一言だけ、女の子に伝えました。
おかえりなさい!
こうしてようやく巡り会えた二人は、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。
これは遠い昔の、宇宙の果ての小さなお話。
星巡る人
第5話 旅の行き先
ーーーー宇宙は、広い。
私はぼんやりと当たり前のことを思った。
何か手がかりがあるかもしれない、というトランの一言をきっかけにして、私たちの最初の目的地は決まった。
しかし、現在地からxx星までは300光年。
私の飛行船の速度ではどれだけ頑張っても二週間はかかる。
ー ーーせめて亜光速道を使えたらなあ。
亜光速道は、宇宙政府が整備したとされるいわばワープゲートのようなもので、宇宙の座標と座標を繋ぐのだという。これを使えば1000光年ですらあっという間…なのだが、あまりに機体に負担が掛かるため、亜光速飛行に耐えうる戦艦級の装甲を有していないと飛行してはいけないという規則が設けられている。
私の飛行船が耐えられるかどうかは分からないが、万が一にも壊れたらと思うと怖くて試す気にもなれなかった。
落胆して肩を落とす私の後ろで、ラセスタの楽しそうな声が聞こえる。
「この船のキッチンすごく綺麗だね!」
「ん、まあお湯沸かすのにしか使ってないからね」
私は料理ができない。
食べてるものはもっぱらカップ麺なのだから、キッチンが綺麗なのは当たり前だ。
「こんないいキッチンなのに勿体無い!そうだ、二人ともお腹空いてない?よかったら何か作るよ?」
私の悩みを知ってか知らずか、彼は楽しそうに料理を始める。
呑気だなあ、なんて思ったりもしたが、もしかして彼は彼なりに落ち着こうとしてるのかもしれない。
トランが私の考えを察したかのように穏やかに言う。
「焦らないのが一番だよ」
確かにその通りだ。焦って事故でもしたら堪らない。
この飛行船は大切なものだし、何よりこれがなきゃ私はどこにも移動することができなくなってしまう。
「でもまあ、急ぐって言うなら、方法がないわけじゃないんだけどね」
にこやかに笑うトランに、私は目を丸くする。
「この船を俺のエネルギーでこの船をコーティングするんだ。えーと、バリアで包むって言い方だと分かりやすいかな。そうしたらこの船の強度は上がるし、あのワープゲートみたいな所にも入れるんじゃない?」
「そんなことがーーー?」
「うん、ただ、それをすると俺は少しの間、力を使えなくなっちゃうけど……」
トランの顔が一瞬曇る。
「宇宙大魔王の所じゃ足引っ張っちゃったからさ、挽回させてほしいんだ」
「私もラセスタも、そんなの気にしてないよ」
「いいんだ、俺の気持ちの問題だからさ。…さあ、始めるよ」
トランが目を閉じ床に触れると、瞬間、窓の外に光が揺らめいた。おそらく飛行船を光のオーロラが包んだのだろう。
「ーーーよし、これで大丈夫。さあ、行こう!」
「ありがとう、トラン」
私はここから一番近い亜光速道をさがす。
ーーーここから2光年先だ、さほど遠くない。
私はその方向へ、勢いよく船の舵をきった。
「あ、これ美味しい!」
亜光速道にはいり、自動操縦に切り替えて私はラセスタの料理を頬張っていた。
「でしょ!料理には自信あるんだ。なんせーーー」
ラセスタの顔が曇る。
たぶん、マホロのことを思い出しているのだろう。
「いままで食べたどの料理より美味しいよ!」
トランが空気を変えるように明るく言う。
私は窓の外に目をやった。
様々な色が混じり合う虹色の空間。
この宇宙ではない場所を、私たちは飛んでいる。
どうやら今日は割と交通量の少ない日のようだ。特別目立つ事故もなく、快調に進んでいる。
ーーーん?
窓の外に見覚えのある戦艦を見た気がして、私は目を凝らす。しかしその時にはもう、戦艦は遥か先へと飛んで行ってしまっていた。
ーーー気のせいかな?
そして何事もなく、私たちはxx星付近で亜光速道を降りた。
xx星は緑の豊かな星だった。
ただ一ヶ所だけ黒く塗り潰されたように荒れ果てていて、爆撃がいかに激しいものだったのかを物語っていた。
きっとそこが、ラセスタの暮らしていた場所なのだろう。
私はラセスタをちらりと見た。
真っ青な顔で星のかけらを握りしめている。
「….大丈夫だよ、行こう」
ラセスタの言葉を合図に、私たちはxx星の大気圏に突入した。
「ここがxx星……」
ラセスタが呆然と呟く。
飛行船で空から、とりあえずラセスタの家のあった場所を探していた時のことだ。
ラセスタはこの星てわ自分以外の住人に出会ったことがないと言っていたがーーーきっと自分の住んでいる場所から離れたところへは行ったことがなかったのだろう。
上空から見る限り、とてもじゃないが人間が住んでいるとは思えない星だった。
旧式の飛行船やビル群、家々などには蔦が絡みつき、周りには木々が生い茂り、きっと昔は栄えていた星だったのだろうと推察することができる。
眼下の光景はやがて、緑生い茂る文明の跡地から、黒く焦げついた大地へと移った。
私たちは飛行船を着陸させ、この星に降り立つ。
あたり一面、どこもかしこも真っ黒に焼け焦げていた。
建物の跡地らしき場所、木が生えていたと思われるところ……そして、もぞもぞと動く、お尻。
「……」
「……」
振り向いたお尻の持ち主と、私の目が合う。
「あんた、なにやってんの……?」
お尻の持ち主ーーーピエロン田中が目を丸くし、奇声を上げ飛び退く。
「ぬおおお!お前っ、なぁーんでここに!」
「それはこっちの台詞よ!まさかまたラセスタの星のかけらを…⁉︎」
しかしピエロン田中の返答は予想外のものだった。
「なに?星のかけら……あの石は俺様なもんだっ。いつか必ず俺様が手に入れる!が、いまは違うぞ!俺様はこの緑豊かな星を侵略しにきたのだあ!」
ピエロン田中の眉がつり上がる。
「だがなんだこの星の有様は!せっかくの緑が酷い有様だ!かぁ〜〜、こんなことをするやつは許せん!この宇宙大魔王様が見つけ次第ギッタギタにしてやる!」
そしてこほん、と咳払いする。
「そんなわけで俺様はいま、このコゲコゲの大地を元に戻してる最中なのだ!俺様は忙しい!今回は見逃してやるから、ほれ、とっととあっちに行け!」
そう言ってまたそっぽを向いてしまった。
ーーーつまりこの星を元に戻そうとしてるってこと?
心の声が、そのまま口を突いて出た。
「あんた本当に悪人?」
「なにぃ?こういうことはな、大魔王である俺様がやるからこそふさわしいのだ!他の誰かが荒らした土地をそのまま侵略するなど、宇宙大魔王の名折れ!」
なるほど、分かったようでさっぱり分からない。
というか、ついさっき亜高速道で追い抜いていった見覚えのある小型戦艦、やっぱりこいつのだったのか…。
「そんなことができるの?」
トランが尋ねる。
「ぬあははは!もちろん!このピエロン田中様を見くびるなよ?」
にまーっとした笑いとともに、背後の機械をばしっと叩いた。
「見よ!これが俺様の秘密兵器、その星の記憶を読み取り、どんな荒れた土地でも元に戻す!その名も高橋さんEXだぁ!」
ピエロン田中が頭の兜をぼりぼりと掻いた。
「だがこの星の記憶は極端でな、ちーっと時間がかかっとるのだ。なにせつい最近のところと何万年も前のところに分かれてるもんでな。元に戻せたのは今のところあの丘の家だけなのだ」
悔しそうにピエロン田中が指をさす、その先にはーーー。
「…僕の、家だ」
駆け出したラセスタを追って私とトランも急いでその後を追った。
黒焦げの大地の向こうにある緩やかな丘へと、私たちはたどり着いた。
丘のてっぺんに大きな木が生えており、その横には赤い屋根の小さな家が見える。
隣でラセスタがぺたんと力なく膝をついた。
きっと彼はあの日のことを瞬間的に思い出しているのだろう。
この家が炎の中に崩れ去った瞬間のことをーーー。
私はなにも言えなくて、ただへたり込むラセスタの肩に手を置いた。
「ーーーねぇ」
庭の木をまじまじと見ていたトランが、声をかける。
「ここに、何かあるよ?」
弾かれたようにラセスタが立ち上がり、トランに駆け寄ると、確かに木の根元になにかが突き刺さっているようだった。
ラセスタが銀色のそれを無我夢中で掘り起こす。
あちこちが凹み、煤や泥がついたそれはメモリカプセルだった。
ーーーメモリカプセル。
宇宙で広く使用されており、音声や記憶を映像にして保存したり、配信したり誰かと連絡を取ったりと、多種多様な使い方のできる便利な道具だ。
ラセスタが慌ててそれを開くと、ノイズ混じりの誰かの声が、辛うじて再生された。
「……必ず……た……えるから……」
ラセスタが食い入るようにカプセルをみつめる。
「…手は…かな…ても……心は…から…」
そこでメモリカプセルの音声は途切れた。
大切そうにそれを胸に抱くラセスタの目から、大粒の涙が溢れる。
「最後、なんて言ってたのかな…」
私の問いに、トランが答えた。
「手は届かなくても、心は届く」
ラセスタも振り向いてトランを見る。
「宇宙の昔話さ」
そのとき、ラセスタの星のかけらから一筋の光が延びた。
果てしなく遠く、その方向を示して光は消えた。
「いまのは…」
「もうひとつの星のかけらをまだマホロさんが持ってるとして…もしかしてその方向を示してるんじゃないかな」
トランは真剣な顔で言葉を続けた。
「きっと、星のかけら同士が呼び合ってるんだよ」
「え…じゃあ、この光の先にーーー」
驚きと喜びの入り混じった表情で、私の言葉をラセスタが継ぐ。
「ーーーマホロがいる!」
トランが笑顔で力強く頷いた。
「次の目的地は決まりね」
光の指し示す方向に最初にある星は、オリオン区J51星。距離にして数光年ーーーすぐ着く距離だ。
最初の目的地の座標を飛行船のコックピットに入力し、出発の準備を整える。
「ーーーよし!」
トランがにっと笑い、拳を握る。
どうやら船に貸してくれていた力が戻ったようだ。
飛行船の外ではラセスタが、未だに作業し続けるピエロン田中の元に駆け寄り頭を下げていたーーーたぶん、お礼を言っているのだろう。
ピエロン田中の慌てぶりから、「よせ、俺様は宇宙大魔王だぞ!」と言っているであろうことがここからでも見て取れる。
本当に悪人らしくないなーーーでも、おかげで助かったことも事実だけど。
数分後、ラセスタも飛行船に乗り込み、出発の準備が整った。
「ラセスタ、もう大丈夫?」
私の問いに、ラセスタが頷いて答えた。メモリカプセルと一緒に握りしめた星のかけらがキラリと光る。
「ーーーじゃあ、行こうか!」
がちゃん、とレバーを操作すると、飛行船が宙に浮かび、星の外を目指して飛び立つ。
眼下に広がるxx星の大地に向け、さよなら、とラセスタが呟いたような気がした。
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