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第4話 ショーシャンク脱獄団

 翌朝。いつもは透より先に起きるエリスは、全身の痛みと疲労から、中々起き上がる事ができなかった。  既に、激動の一日は始まっていたというのに。 「……何だ、貴様……」  結果、最初に『それ』を見たのは看守だった。  いつものように朝食のパン一つとコップ一杯の水を持って、「今日はどう痛めつけてやろうか」「そろそろ死ぬだろうか」「目の前でパンを踏み潰してやろうか」等と、姑息な考えを巡らせていたのに。そんな考えも一瞬で消え去った。 「あぁ、どうも。おはようございます。今日もホント、良い天気っすね。まさに……」  牢屋に散らばる鉄の破片。棒状。太い鉛筆? 違う。――バラバラに砕けた鉄格子。  看守と囚人を物理的に隔たる物は全て消え失せ。全身を鎖で巻かれ、しかし両足で立って両腕をぶらぶら垂れ下げている透は、にこやかな笑顔で看守に告げた。 「――絶好の脱獄日和だ」  瞬時に。看守は右手で通信機を取り出し、左手で氷の魔物入れ(キューブ)を放り投げた。 「ブレーーーーーク(Break)!!!!!」  アルカトラ全体に鳴り響く警報。弾ける水蒸気。飛び出す神斬虫。――遮断する『扉』。 「なッ……!?」  透の胴体を鎖ごと切断しようとした四本の鋭利な鎌は、2メートルはあろうかという緑色の『扉』に受け止められた。  そして戸は開き、その衝撃だけで神斬虫は後方に弾き飛ばされ、中から三人の人影が現れる。 「GO! GO、GO、GOoooooooooooゥ!!!」  透の肩で青い小鳥が叫びまくる。警報すらかき消し、エリスの耳を(つんざ)くように。 「……な、何……?」  騒々しい音でエリスが目を覚ました時。最初に視界に飛び込んで来たのは、晴れ渡る青空と――空に浮かぶ巨大なエメラルド。正確にはエメラルド色の体表をした『竜』が、羽ばたいていた。  そして同じく牢の上空を見上げる看守も、口をあんぐり開けて驚嘆していた。 「『エメラルドドラゴン』……ッ! 世界七大竜の一角……! 貴様らァ……ッ!!」  竜族すら従える男。大扉から現れた者達。  既に、アルカトラ史上最悪の非常事態が起きているのを看守は実感した。  『団員』達を吐き出した緑色の扉は、磁力で引かれるかのように上空のドラゴンの手へ。そして竜は雲を吹き飛ばし大気を震わせる咆哮を放つと、東の方向に飛んで行った。 「フェーズ1(ワン)! 『超高高度からの団員突入』!! 行くぜ、行くぜ行くぜ行くぜボンクラ共ぉ!!」  青い小鳥のやかましい絶叫は止まらない。  赤毛の侍、青髪の小柄な魔法使い、そしてメイド服の少女。アルカトラ大監獄666階に現れたその三人は、それぞれ看守と看守の繰り出す魔物を見据える。 「そしてコレが最終フェーーーズ!! 俺達の手段はいつも一つ!! 裏道? 抜け道? 回り道? んなモンするかボケェ!! 俺達は天下の『ショーシャンク脱獄団』!! 牢屋を出て行く時はいつもそう!! 過去427回、そうして来た! そして今回も! 作戦は一つだけ!!!」  その日。王女エリスは初めて目撃した。  伝説にして世界唯一の集団。強盗団でも暗殺集団ですらなく。犯す罪はただ一つ。そして手段も、たった一つの冴えたやり方のみ。  それを、透達は高らかに叫んだ。 「「「「『正面突破』ッ!!!!」」」」  和服を着た赤毛のポニーテールの侍が、先陣を駆ける。  その長身の青年は鍔もない刀剣を抜刀しながら、巨大なカマキリ型モンスターの鎌を受け止めた。 「――団長殿ォ! 今回は予定より随分と早いでござるなァ! 火急の用件でも出来たでござるか!?」 「何、天気が良いから脱獄しようと思っただけさ、『テッカイ』」  神斬虫の太刀筋は縦横無尽の不可避の斬撃。上段、下段、払い、袈裟斬り、燕返し。四本の鎌はあらゆる方向から、相対した者を切り刻む。  しかしテッカイと呼ばれた侍は細切れにされない。かわし、いなし、受け止め、弾き返す。僅か二本の腕と一本の長刀だけで、舞いを踊るようにして互角に戦っていた。 「だ、誰なの……!?」  エリスは思わず声を上げる。剣の心得が多少あるからこそ、見惚れてしまう。明らかに達人の領域。自分より少し年上である程度だろうが、にも関わらず赤毛の彼は、剣術の極致に足を踏み入れているように思えた。 「お目覚めかいレディ! 奴の名は『テッカイ・ニッケル』! アダ名は『テッちゃん』! 我がショーシャンク脱獄団の誇る斬り込み隊長さ! だが本物のサムライ・ナイトは語尾に『ござる』なんて付けない、ってのはナイショな! アイツ傷付くから!」 「……? なっ……!? ちょ……! ……???……ッ!?」  昨日までこの牢屋にいた小鳥と変わらない。時に寄り添い、時に愛くるしさで心を癒してくれた。  しかしエリスの眼前に今いる青い鳥は、ベラベラとやかましい口調で説明してくる。  あまりの事態に、エリスはテッカイの戦う姿すら忘れて混乱した。 「おっとォ! 俺様の紹介がまだだったなァ! 俺様はショーシャンク脱獄団の裏ボス! 黒幕! 陰の頭領! 『ミスター』とでも呼んでくれや! よろしくゥ!!」 「……よ、よろ、しく……?」 「……ただでさえ拘束されてんのに。『鳥は喋らない』という先入観に思考まで囚われるのは、良くないぜお姫様。まぁ俺も最初ソイツと出会った時は、いよいよ精神が弱ったのかと思ったけどな」  透はエリスの方を振り向いて苦笑いする。『ミスター』との出会いで混乱している彼女を、少しでも落ち着かせるために。 「アンディ……。貴方……」  だがエリスの困惑は鎮まらなかった。透が自らの足で立っているのだから。鎖で全身を拘束され、壁に寄り掛かっている姿しか見てこなかった王女は、何度目かの驚きに襲われた。 「……アンディ。アンディ団長」  すると。エリスの方ばかり気にかけていた透の腕を、ぐいと掴む小さな手があった。  透がそちらに視線を移すと、紫色のローブと魔女帽に身を包んだ青髪の少女がいた。外見年齢は10代前半。この中では最年少。自分の身長より高い魔法の杖を支えにしながら、透の手首を掴んで自己主張する。 「ん? どうした『ソーン』」 「……飴ちゃんちょうだい」 「あー……。今は持ってないんだわ。ゴメンな」 「……じゃあナデナデして」 「はいはい。コレで良いか?」 「……うん……」  三角の魔女帽を脱いだ『ソーン』という少女の頭を、透は手で優しく撫でる。  細く滑らかな青髪が揺れ、少女はご満悦といった様子だった。 「そしてこのクール幼女がソーン! ちっさいけれど実力は本物! そしてコイツより小さい俺はもっと本物!」  うるさい青い小鳥『ミスター』のよく分からない説明も、ソーン本人は気にしていないようだ。透に撫でられるまま、心地よさそうにしている。  そこへ。神斬虫と侍のテッカイが戦っている横をすり抜け、紫色の体毛をした猛獣が襲いかかってきた。 「構わん、全員感電死させろサンダーライガー! 出力最大だ!」 「ゴアァァァァァアアアッ!!!」  鋭い牙と爪を見せつつ、紫電の雷獣は迫り来る。  その電撃の威力を身をもって知るエリスは、全員に逃げるよう叫んだ。逃げ場など、どこにも無いのに。  だが誰も逃げず、騒がず。ソーンは魔女帽を被り直し、サンダーライガーに向かって歩いて行く。 「何をしているの……!? あの子、死んじゃうわよ!?」 「アイツを電撃で殺そうなんて、魚を溺死させるようなもんだ」 「え……!?」  直後。エリスはその言葉の意味を理解する。  サンダーライガーは最大出力で雷撃を放つ。しかしその迸る閃光は、全て少女に吸い寄せられる。まるで避雷針のように。  そしてソーンは黒焦げになることも、感電死することもなく。全身に電撃をまとった状態で、雷獣に杖を向けた。 「『エメット・エレキガン:1.21JW(ジゴワット)』」  それは――神の槍にも似た、雷撃の弾道だった。  収束された電気が杖の先から射出され、サンダーライガーを吹き飛ばす。  その場にいた全員の髪の毛、そして羽毛がふわりと逆立ち。空気中の塵すらバチバチと感電して燃え尽きた。 「……敵を倒したよ団長。ナデナデして……?」 「いや! 後な! 後でナデナデするから! 今はちょーっとだけ近付かないでくれるか、ソーン!」  透を含め、彼女の『体質』を知る団員達は後退して距離を取る。  だが透が後ずさりすると、柔らかな双丘に背中がぶつかった。その瞬間。彼のカラダは背後から羽交い絞めにされた。 「ふふふ、ならばこの私を撫でて下さいませご主人様! 頭だけと言わず、全身くまなく! あんな所やこんな所まで! いっそそのままメイク・ラヴ致しましょうか! ご主人様の子供を産む準備はいつでもできておりますよ! さぁ! さぁさぁさぁ!」 「うるせぇ! いいから早く俺の服出せよ、『メリカ』!」  ピンク髪のメイドに束縛され、透はエリスが初めて聞くような、感情的な声を出した。  エリスが最初に見た時は清楚で慎ましいメイドだと思っていたのに、あまりの内面とのギャップに、王女は面食らう形となった。  そして更に、エリスの中での『メリカ』の印象は二転三転する事となる。 「人喰い鳥! 全員を空から喰い殺せ!!」  神斬虫は苦戦しており、サンダーライガーは雷撃で吹き飛ばされた。  その事実を認めたくないとばかりに、看守は狂ったように大量の氷をばら撒く。そこから出てきた無数の人喰い鳥達は、何十羽という肉食鳥のクチバシは、透達を狙う。 「蹴散らせ、メリカ」 「そしたら子供を……!」 「作らねーよ! てか作れないし!」  要望は却下されたが、団長命令という事でメイドは渋々離れる。  そしてスカートの端を持ち上げ、優雅に礼をするかのように広げると、その中から大量の『銃火器』をガシャガシャと床に落とした。  そして背中が『展開』し体内から、大量の『マシンアーム』が伸びて来る。それらは銃を掴み、構え、照準を合わせ――一斉に引き金を引く。 「耳塞いでなァ! お嬢ちゃァん!!」  一瞬遅れてエリスは耳を塞ぐ。しかし鼓膜が破れそうな発砲音と、間近で大太鼓を連続で叩かれているような、腹の底をビリビリと揺らす連射音に。全身を強張らせて耐えるしかなかった。 「この脳内ピンクメイドは『メリカ・ドロイド』! 天才科学者が発明した、300年は技術の先をイッてる戦闘マシーン! 人喰い鳥じゃあロボは食えねえなァ! やっぱ鳥ってのは大きさや獰猛さじゃなく、ハートが大事ってこったァ!」  小鳥のミスターは饒舌に解説する。  しかし機関銃が弾丸の嵐を巻き起こす中、必死に耳を塞いでいるエリスには全く聞こえていない。それでもミスターには関係ないらしい。  ボタボタと人喰い鳥達は撃ち抜かれ、地に堕ちる。その光景を、看守は信じられないものを見る目で見つめていた。  そして神斬虫も後退させられる。初めて苦戦する相手に、昆虫型魔物でありながら『恐怖』を感じているようだった。いやーー恐怖を感じているのは、魔物達の飼い主の方。 「ふ、ふざけるな……! ふざけるなよ、貴様らァァァ!!」 「――ふざけてなんかないさ」  透が一歩、前に出る。  メリカのマシンアームの数本によって、髪を整え顔の汚れを落とし。鎖を巻き付けた全身の上に、黒い衣服とロングコートを身にまとい。漆黒のブーツで一歩一歩と進む度、全身からはジャラジャラと鎖の擦れる音がする。  この音。この歩みこそが。世界中の名立たる監獄を次々に踏破し、あざ笑うように正面入口から外界(シャバ)に出て。  そしてこれより、428度目のを打ち出さんとする『王』の歩み。 「……アンディ……」  エリスは床に座り込んだまま、透の背中を見つめる。黒いロングコートに刻まれた、『羽の生えた逆さ髑髏(ドクロ)』。それは山賊や海賊と違って他者から何も奪わぬ事と、各個人の自由権利を保障する『脱獄団』のみが掲げることのできる旗印。 「……立て。立てよエリス・フォレスナイツ。俺は誰も殺さない。何も奪わず、誰も騙してこなかった。アンタだってそうだ。王族として民と助け合い、そして俺にパン半分を分けてくれた。何の罪も背負ってはいない。……なら、無実である俺やアンタを不当に縛り付ける事なんて、神様にだってさせやしない……!」 「勝手な事を……! 『脱獄王アンディ・トール』! 貴様ァ、何が目的でこんな事を繰り返すんだァァァ!!」  始まりは痴漢に間違われた事。揉めている間に線路へ落ち、電車に撥ねられた。  次に目を覚ました時はこの世界だった。だが都合よく女神様やヒロイン、無敵の力とは出会わなかった。  怪しい人間として兵士に捕まった。ゲーム機を奪われそうになった。だから逃げた。そしてまた捕まった。故に再び逃げた。  それを繰り返しているうちに、より警備の厳重な牢に入れられ。抜け出し。また拘束され。もっと厳重な監獄に収容され。  ……そして辿り着いたのがアルカトラ大監獄666階。付いた仇名は――『脱獄王』。 「……帰るんだよ、俺は……! アイツとゲームをするために……!! 何度も牢屋を破ってきた。もう何百何千時間と遅刻した! だけど!! 男として惚れた女との約束だけは、破るわけにはいかねぇだろうがッッ!!!」  自由を求め、『異世界』という牢獄すらも突破して。  少年はかつての日々に戻るため、鎖を巻いた拳を握る。
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