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第8話 「孝」という字には二つの読み方がある。「俺」がニートなのは誰が悪いのか、話し合ってみること。

 俺は意気揚々とステーキを焼く「俺」に話し掛けた。 「誰だ!? 何をしている!?」  相手はコショウ(正確には、それによく似た香りの香辛料)を肉にパッパッと振りつつ、怪訝な顔で俺を振り返ると、露骨にうざったそうに返してきた。 「俺が、誰かだって? 見てわからない? っていうか、何をしているかに至っては、さっき言ったばっかりじゃないか。俺、本当に頭が悪いんだなぁ。嫌になっちゃうよ。  だからね、そんな俺のためにもう一度言うと…………。  俺はお前で、小腹が減ったから、ご飯を作っているんだよ」    言うなり「俺」は満足気に香ばしく焼き上がった肉を皿にのせると、何も言わずに笑顔で料理を見せびらかしてきた。汚れたジャージ姿の俺とは違い、「俺」はすっかり気取った清潔なシャツに包まれて、至極快適そうだった。  「俺」は皿をキッチンに戻すと、ウキウキと肉をナイフで切り分け、付け合わせのイモらしきものをのせ始めた。 「お前は霊体だからいらないとして。俺とツーちゃんと、リズはいるのかな?」    俺があんぐりと口を開けていると、「俺」は再び怪訝な表情で付け加えた。 「えっ? まさか欲しいの? ごうつくばりだなぁ。もしかして、いじけているのか? 俺のくせに?」 「――――違う、そうじゃない!!」  俺が続きを叫ぶより前に、窓際でくつろいでいたツーちゃんが口を挟んだ。 「コウ、落ち着け。今私の食事を用意しているそやつは、お前の「肉体」だ。そう不安がるな」 「肉体?」  俺より先にそう呟いたリーザロットは、俺と、俺の「肉体」とやらを交互に見つめると、可愛らしく小首を傾げた。 「そうね…………。どうしてコウ君は霊体なのかしらとは、ずっと思っていたのだけれど…………。ちゃんと肉体もあるのなら、どうして今までずっと離れていたの?」 「簡潔に言えば、忘れていたからだ。コウとフレイアを見送った後、ようやく私もコイツが残っていることを思い出してな。此奴、小屋の中で呑気に爆睡しておったよ」  俺は話について行けないまま、甲斐甲斐しくツーちゃんにサービングする自分の姿をじっくり眺めていた。  「俺」は俺に、 「あんまりじろじろ見るなよ。照れるから」  などと暢気なことをこぼした。  俺にはさっぱりだった。アイツは誰で、俺は誰なのか。どうして誰も、まともな説明をしてくれないのか。むしろ、まともな説明を受けるためには、誰に、何をどう質問すればいいのか。  俺はもう焦りも恐怖も感じることなく、ただただ疲労と頭痛に身をやつしていた。  …………いや違う、「身」はあっちなのか? 「リズも食べる? マヌーの熟成肉だって、厨房のお人形さんが言っていたよ」  あっけらかんとした「俺」の問いに、リーザロットは品良く首を横に振った。 「いえ、ごめんなさい。とても美味しそうなのだけど、少食なの。またの機会にさせてもらうね。ところで、あなたの洋服はタンスの中にあったもの?」  リーザロットが聞くと、「俺」はいけしゃあしゃあと答えた。 「そう。そこの俺と同じ汚いジャージのまま料理するのは流石にあり得ないと思って、勝手に使わせてもらっちゃったんだ。良かった?」 「ええ。ぜひ使って。最近はその白いのが流行なの。よく似合っているわ」 「ありがとう! 俺もそう思ってる! あと、後からの確認になっちゃって悪いんだけど、俺もリズって呼んでもいい? ツーちゃんがチラッとそう呼んでいるのを聞いて、いいなって思ってさ」 「ええ、嬉しいわ」 「OK、リズ。よろしくねー」  俺は「俺」の馴れ馴れしさに辟易しつつ、奥で美味そうに肉をほおばっているツーちゃんに視線を送った。おやつにステーキを頂く非常識さには、あえて突っ込むまい。  ツーちゃんは言葉にならない俺の非難を察すると、ナプキンでちょいちょいと口元を拭って話し始めた。 「タカシ、その辺りにしておけ。あまりコウがひねくれては、いずれお前にも不都合があるぞ。肉体と霊体とは、常に透明な絆で結ばれておる。肉ぐらい、くれてやるがよい。それと、お前自身のことなのだから、お前からきちんと事情を説明せよ」 「えぇっ、面倒くさいなぁ」  タカシと呼ばれた「俺」は、顔をくしゃっと顰めると、ステーキが乗った皿を渋々と俺の方へ差し出してきた。 「はい」  俺はステーキを見てから、タカシを睨み、すげなく言った。 「「はい」ってお前、この場でつまんで食べろって言うのか? もう少し、自分の霊体に対して気を遣ってくれてもいいんじゃないのか?」  タカシは肩をすくめて言い返してきた。 「うわぁ、我儘なヤツだなぁ。そんなにナイフとフォークでいただきますがしたい? 誰が洗い物するか、ちゃんとわかっている?」 「俺だろう?」 「そう、俺さ」  俺はまじまじと目の前のバカを見つめた。なぜか一本取ってやったぜみたいな顔をしていて、無性に腹が立った。コイツと話すより他に手立てがないというのは、なんと惨いことだろう。俺は自分が他人からこう見えているという事実に、少なからず打ちのめされていた。 「いや…………。違う、違う」  俺は失意を振り切るべく、頭を抱えて呻いた。 「そうじゃない! 俺は、今は肉なんかいらない! そんなことより、もっと大切な話があるはずだ!」  タカシはステーキを一切れ口に運び、眉を顰めた。 「いいや、肉は必要さ。身体はエネルギーが無いと動かない。お前はいつも、肉体をないがしろにし過ぎだと思うんだよな」 「何だって?」 「ニートだって生きているんだぞ? コウ。人間は、酸素だけじゃ生きられない」  俺はタカシの言い様にドン引きすると同時に、その全く悪びれない態度に底知れぬ怒りを覚えた。俺は思わず彼を罵った。 「お前…………ニートのくせに、偉そうに!」 「ハァ!? そんなこと言ったら、お前だってニートだろう? そもそもお前がそんなだから、俺はニートなんだ!」 「俺のせいだって言いたいのか!?」 「だって俺、健康体だし」 「お前の頭が悪いせいだろう!」  言った途端にこの場で首を縊りたい衝動に駆られたが、俺は恥を噛み締めて続けた。 「とにかく、ニートの件はとりあえずどうでもいい! 今は、どうしてお前が俺無しで勝手に動いているのか。どうしたら俺たちは元に戻れるのかということの方が、問題だ! はやく、俺にもわかるように説明してくれ!」  俺はタカシ越しに向けられるツーちゃんの冷えきった視線と、背後からじわりと浸みてくるリーザロットの好奇の眼差しにぐっと耐えつつ、タカシを見据えた。  タカシは肉をぺろりと平らげると、皿を流しに置いて、生意気にも腕を組んで呟いた。 「よくそんなに猛々しくできるよなぁ…………。我ながら、呆れるやら、感心するやら。  まぁ、だから、つまり。何度も言っているように、俺はお前の「肉体」で、お前は俺の「霊体」なわけ。「肉体」ってのはお前も良く知っている通り、生きているこの身体のことだ。むしろ「霊体」の方が謎だと、俺は思うよ。  コウ…………お前、何なの?」  俺は己の顔面を指差し、言葉を探して視線を宙に漂わせた。 「俺、か?」 「そう、お前」  俺は。  …………俺って、何だ?  俺は助けを求めてツーちゃんを見た。しかし彼女はすました顔で食事を進めるばかりで、俺は仕方なく、今度はリーザロットに縋った。  リーザロットは笑って肩をすくめた。 「霊体とは何か。まるで、魔導師の口頭試問ね」 「答え、わかる?」 「答えられたら、ひとまずは一流というところらしいわ。…………私にはまだ、よくわからない。全くわかっていないそうです。ね、琥珀?」  リーザロットは難しい表情を作ったツーちゃんを見やると、再び俺に同情っぽい眼差しを向けた。 「霊体というのは、認識することは簡単よ。けれど、その在り様を深く理解するとなると、気の遠くなるような膨大な時間を…………それこそ、何百、何千という歳月を、修行に費やす必要があるの。今のコウ君に、すぐに答えられることではないわ」  俺は顰め面のままタカシの方を向いて、 「だ、そうだ」  とだけ告げた。  余談だが、タカシというのは、俺がゲームのキャラクターを作る際によく名付ける名である。俺は大抵、1週目はコウで、2週目はタカシでプレイする。  タカシは、全く話がわかっていない時の俺がよくするように、ふんふんといい加減に何度も頷いていた。俺は自分のテキトーさを軽蔑しつつ、諦めて自分から話題を前へ進めた。 「…………それで、肉体がどうして勝手に考えて、好きに動き回っているんだ? ゾンビか何かなのか? 教えてくれ」  タカシはわざとらしく口を尖らせると、刺々しい口調で俺に応じた。 「さっきから「勝手に」って言うけどさぁ、何でこの身体がお前だけの物ってことになっているのか、謎なんだよね。  …………そりゃあ、身体は動くさ! 当たり前じゃないか。健康な脳があって、脊髄から神経が手足の隅々にまでバッチリ行き届いていて、心臓だって、きっかり元気に動いていたら、動かない理由が無いよ」 「それは」  気圧された俺の隙を突き、タカシはさらに捲し立ててきた。 「それと、何か勘違いしているようだから言っておくけれどさ。別に、俺にとってお前が必要不可欠というわけじゃないんだぞ? 俺はこのまんま、寿命が尽きるまでだって生きていけるんだ。だから、あんまり命令ばっかりするなよな」 「で、でも! ツーちゃんが、さっき不都合があるとか、言っていたじゃないか!」  ツーちゃんはゆったりとカウチに寝転がると(他人には居住いを正せとか言っていたくせに!)、眠たそうに目をこすって言い添えた。 「ああ、それは事実だぞ。タカシだけでは、魂の綾に連なることは出来ないからな。物理的な生存は確かに可能だが、それは風で飛ばされた木の葉の舞と全く変わらない。虚ろだ」 「ウツロ?」 「「魂の綾」って?」  ツーちゃんは俺達から投げられた問いを無視し、小さく愛らしいあくびを一つして、リーザロットに言った。 「ああ、うるさくて眠れそうにない。このバカ二人は放って置いて、私は帰る。リズも、もう自室に戻るがいい」 「ちょっと! 待ってよ、ツーちゃん」 「騒ぐな。このワンダ共め」  歩き出したツーちゃんに冷たくあしらわれ、俺はしょんぼりと肩を落とした。こうなると取りつく島がないのは、短い付き合いだがよくわかっていた。 「ねー、「ワンダ」って何ー?」 「琥珀、少し酷じゃないかしら?」  ツーちゃんはタカシやリーザロットから掛けられる声の一切を無視し、さっさと歩いて部屋から出て行った。  リーザロットは哀れみの滲んだ表情で残された俺達を見比べると、そっと慰めの言葉をかけた。 「ごめんね。コウ君、タカシ君。すぐに元に戻してあげたいところなんだけれど、もう少し二人が仲良しじゃないと、私では難しいの」 「わかった、すぐに仲直りするから」 「違うのよ。もっと、本当に馴染まないと…………」  俺はあえなく提案を却下されて、がっくりと項垂れた。かたや、タカシはなぜかニヤニヤとしながら、黙ってやりとりを眺めていた。俺は彼の笑顔を見た瞬間にどっと疲れを覚え、近くにあったベッドにどさりと座り込んだ。 「大丈夫? コウ君」 「ごめん、ちょっと休みたい」 「おー。そうしな、そうしな。お前、ずっと寝てないもんなー」  俺は阿呆じみた声を聞きながら、リーザロットに謝ったり、礼を言ったりしながら、ぐったりとベッドに身体を沈みこませた。  そうして目を瞑ると、一気に力が抜けて、意識がぐんと遠退いていった。  あぁ、疲れた…………。  俺は喉の奥で独りごちつつ、どこともしれない闇の中へ、ストンと落ちていった。
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