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第7話 リーザロット手作りの素敵なお部屋。だが俺は押入れで暮らしたいこと。

 リーザロットはある部屋の前まで来て立ち止まった。部屋の扉には金色の文字…………驚くべきことに漢字で、「水無瀬孝」と俺の名前が綴られていた。書道二段の俺から見ても、結構な出来栄えだった。 「文字、これで合っているかしら? 面白そうだったから、つい勝手に書いてしまったのだけど」  振り返ったリーザロットがそう言って不安げに俺を仰ぎ見た。俺は一応、一文字一文字を頭の中でなぞって確認し、 「完璧」  と、親指を立てて見せた。対するリーザロットの笑顔は底抜けに明るくて、見ている俺すら嬉しくなった。 「わぁ、それなら安心したわ! 実はこれもね、防犯の一環なの。コウ君みたいに「ちゃんと」文字の意味が取れない人には入れないようになっているから、大抵のサンラインの人は、侵入できないようになっているのよ」  言いながらリーザロットはドアノブに手をかけると、おもむろに扉を外側へ引いて、俺に中へ入るよう促した。 「どうぞ?」  恭しげなリーザロットに招かれて、俺は礼を言いつつ室内へと足を踏み入れた。 「…………わぉ」  俺は眼前に広がっていた広大な空間に、思わず絶句した。  そこには、ダンスフロアがまるまる改装されたかのような、高級マンションのペントハウスも真っ青な、立派な居住空間が設えられていた。そしてその部屋は俺が人生で見た中で、最も豪勢かつ、無節操な飾りに覆われていた。  俺は部屋の真ん前に、盛大に吹き上がっている噴水の水音に耳を澄ませながら、四方に展開する和室(らしきもの)や、リビングルームや、用途のわからない、茶室だかサンルームだのをざっと見渡して唖然とした。 「どうかしら?」  わくわくと俺の顔を覗きこんでくるリーザロットに、俺はやや低いトーンで感想を述べた。 「…………あの、ですね」 「なぁに?」 「確かに、すごい部屋だとは、思うんだけど」  俺はおずおずと歩き周り、備え付けられた調度を見回しながら続けた。 「なぜ、室内に噴水があるのかとか、奥に見える畳の八畳間とか、床の間に抜き身のまま飾られている打刀とか、牛だって解体できそうな大掛かりなキッチンとか、寒くも無いのに火の入った暖炉とロッキングチェアとか、これでもかと揃った茶葉とか、そういうことはひとまず置いておくし、そこの…………巨大過ぎていまいち確信が持てないんだけど、ベッド? はとても清潔だし、窓からの日当たりも良好で、君が、俺のためにすごく頑張ってくれたことは、よくわかるんだけども」  俺はぱちくりと目を瞬かせるリーザロットに、言い聞かせるようにして言葉を継いだ。 「だけど、ね。俺としては、正直もう少し狭い部屋の方が落ち着くと言うか。…………ああ、いや、ここしか用意が無いんだったら、すごく申し訳ない話なんだけど。俺、一人だし、生活のために、こんなに広い空間は必要無いんだ。ていうか、ぶっちゃけ狭くないと不安を感じる性質と言うか。  …………ごめん。用意してもらって、言いにくいんだけど、ちょっとここは、俺にはキツイかも」  リーザロットはきょとんと俺を見つめていた。俺はもっと弁明を続けるべきか悩んでいたが、結局は言うべき台詞が見つけられなくて口を噤んだ。  俺は…………究極的には、ベッドだけあればそれで良いと思っていた。特に理由は無いのだが、俺は昔から、だだっ広い部屋というものが大の苦手だった。今でこそ生活範囲が自室全体へと広がってはいるが、小さい頃は、夜な夜な押入れに引きこもって暮らしていたぐらいである。旅をする分にはいくらだって広い場所を歩ける。だが居室は、せめて尋常な広さの場所であって欲しかった。このままでは俺は、在りあわせのもので噴水の隣にテントを張ることになるだろう。  リーザロットはしばし俺の、おそらく彼女にはとても理解し難い奇妙な性質を探っていたようであったが、やがてすまなそうに眉を下げた。 「まぁ、ごめんなさい。私…………少し一人で張り切り過ぎてしまったみたい。コウ君がゆっくりできないのでは本末転倒だわ。すぐに代わりの部屋を用意しますね」  俺は胸を撫で下ろして、彼女が首を捻る様を眺めた。彼女は困った顔をしながらも、それなりに愉快そうに悩んでいた。  驚きも呆れも通り越し、俺にはリーザロットが、とことんわからなくなってきていた。ニートの俺には言われたくないだろうが、どうも彼女は浮世離れし過ぎて、色々な距離の取り方がわからなくなっているみたいだった。  ともあれ当のリーザロットは、そんなことを気にする素振りは毛ほども見せず、相変わらずの調子で話を続けた。 「思いついたわ。では、あちらの部屋を使いましょう」 「あちらの部屋、というと?」 「離れの、私のとっておきの部屋。名札は後で、もう一個作っておきましょう。次はきっと、もっと上手に書けるわ」  俺はさっさと廊下へ歩き出すリーザロットを慌てて追いかけた。気のせいか、彼女の足取りはどんどん軽くなっていっていた。よくわからないが、楽しくてたまらないのだろう。  軽快な歩調に合わせて、リーザロットの黒髪がリズミカルに揺れる。俺は彼女の傍らを歩きつつ、CM顔負けの、艶やかな青みがかった髪の流れをしみじみ眺めながら、尋ねた。 「あの、君のとっておきの部屋って言っていたけれど、本当にそんなところを使わせてもらっちゃっていいの?」  リーザロットは振り向き、愉快そうに片手をひらひらと靡かせて答えた。 「気にしないで。私の秘密基地はたくさんあるの。それこそ、この世界以外にもたくさん…………」  言ってからリーザロットは、急に笑顔をフェイドアウトさせ、口元に人差し指を持っていった。 「失言」  彼女は短くそれだけ言うと、さらりと後を続けた。 「実は、「蒼の主」の役目ってかなり私生活を圧迫するの。だから、どうしても一人きりになりたい時は、こっそり雲隠れしなくちゃいけなくて」  俺はいたずらっぽく言うリーザロットに、さらに聞いた。 「それはしんどいね。誰か、仕事の悩みを話せる人とかはいないの?」  言ってから俺は、蒼く冷えきった眼差しがじっと自分に突き刺さっていることに気付いた。俺はすぐに己の失言を悟った。思えば、この子に真っ当な友達がいそうにないことは、これまでの話ぶりから十分に察せることだった。  立場的にも、性格的にも、彼女はちょっと難しい子だ。気分屋で、人見知りで、いかに美人とはいえ、やや行き過ぎたところがあるのは、ちょっと話しただけの俺にも十分に伝わっている。今のはしゃぎようだって、その辺りの裏返しと考えると少し納得がいく。  リーザロットはふと俺から目を逸らすと、淡々と喋った。 「悲しいけれど、いないの。…………私、ちゃんとした修行を始めるのが遅かったのもあって、いつも自己流の変わった魔術ばかり使ってしまうから、行き詰っても誰にも相談できないし、無理して相談しようとすると、やりたかったことを理解してもらえるより先に、ふざけていると思われて、怒られてしまうことの方が多いの。私の説明が下手なのも、あると思うんだけど。…………琥珀ぐらいかな、全部聞いてくれるのは。でも、あの人は好奇心の塊だから、何でも徹底的に問い詰めてくるの。かえって打ちのめされて、落ち込んでしまうわ」  俺はリーザロットの横顔を見つめながら、慰めの言葉を挟もうと努めた。 「…………そっか。俺には、正直魔術のことはよくわからない。それに、きっと君の役目は人一倍難しい仕事なんだろうし。でも、それでもあえて余計なことを言わせてもらうと、やり方はもう少し、色々ありそうだと、思うな」  俺は自分を見るリーザロットの目に憂いが差したのを見て取った。俺は必死になって、言葉を続けた。 「あっ、えっと、つまり、ある程度は自分なりのスタンスを持っている方が、後々やりやすくなることもあるだろうしって、思って! 誰かに怒られたって別に、その人の言っていることを全て受け入れて、常に反省していなくちゃいけないってわけじゃないよ。君に君の考えがあるみたいに、その人にもその人なりの考えがあって、その狭間で擦れ違いがあったってだけの話じゃない? 「やり方」ってのは、その、気持ちの持ちようっていう意味で…………。  …………だから、元気出して、なんて」  我ながら、何言ってるかわからない。やはりニートが仕事を語るべきではなかった。  俺はこわごわリーザロットの顔を覗きこんだ。リーザロットはその時初めて、戸惑いとも甘えともつかない、あどけない眼差しを滲ませた。トレンデで会った時と同じ表情に、やっと出会えたと思った。 「あ…………あと、もし俺で良ければ、愚痴ぐらいなら、いくらでも聞けるしさ」  俺は自分が始めてしまったブルーな会話をどうにかまとめたくて、慣れない笑顔を作った。 「俺は、君の力になりたいよ」  リーザロットはしっとりと優しく、俺の言葉を受け取ってくれた。 「ありがとう。じゃあ…………甘えて、たくさん頼りにさせてもらうね」 「ああ、任せて」  知っての通り、俺は根っからのダメ人間だ。だが、それでもせめて、彼女の笑顔ぐらいは守りたかった。  魔法が無くても、やれることはあるよな。 「ここよ」  リーザロットは廊下の端の、幾分地味な扉の前で立ち止まった。俺は一緒にその前に立ち、彼女が中空で手のひらを翻して、銀色のシンプルな鍵を手に出現させるのを見守った。 「今度は小さな部屋よ。中の案内もいらないぐらい。洗面室とベッドと、簡単なキッチンが付いているの」 「それは良いね」  俺はリーザロットが扉を開けるのに合わせて、室内に視線を伸ばした。 「あっ、おかえりー!」  突如響いた聞き覚えのある声に、漂ってきた肉の焼ける香ばしい匂いに、そして中にいた人間の姿に、俺は危うく失神しかけた。 「あら、琥珀。どうしてここに?」  言いながら眉を顰めるリーザロットと、偉そうに窓際のカウチソファで足を組んでいるツーちゃんのことは、もちろんちゃんと視界に入ってはいた。  しかしそれよりも何よりも、俺はもっと凄まじいものに気を取られていた。  「おかえりー!」と軽快に挨拶をかましたその人影は、キッチンに立っていた。彼は、フライパンの上で肉汁を滲ませる分厚い肉を豪快に返しつつ、賑やかに言った。 「さっき厨房に行ったらさ、夕飯まではまだしばらくかかるって聞いて。でも俺、もう限界だったし、ツーちゃんも小腹が減ったって言うしね。だから先にちょっとだけ、何かお腹に入れるもの作っちゃおうと思ってさ。今、超~良い感じに焼けているんだ!」  俺は、フライパンを握る男をまじまじと見据えた。  惚けた人相に、少し癖のある髪質。  ヒョロ長い背丈に、猫背気味のパッとしない立ち姿。  彼は、どう見ても「俺」だった。
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