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第60話 コボルトと夫婦になるならこんな風に

 さて。  色々と騒がしい一日だったが、どうにかこうにか始末をつけて、俺たちは冒険者ギルドへと戻って来た。 「駆除したゾンビモンスターの位置はこの通りです。急ぎ、回収をお願いします」  てきぱきと、ゾンビワームの事後処理をする受付嬢。  報酬についてはまた後日ということで、なんて、軽く言ってカウンターの中へと戻って行ったが、正直、そんなものを貰うつもりにはとてもなれなかった。  何度でも言うが、結局、これは俺のチョンボが原因で起こってしまった事態なのだ。  それで報酬を貰うというのは、なんだか筋が違っているだろう。  貰えるものは貰っておけ。  きっと師匠なら、そんなことを言うだろうが、俺にもプライドってものがあった。  なまじ、暫定ではあるが嫁が隣にいる状況で、そんなことはとても言えない。 「忙しそうですね、受付嬢さん」 「そうだな。居ても邪魔になるだけだし、さっさと家に帰るか」  ぐぅ、と、腹の音が鳴った。  ふむ。  今日は一日、森の中でゾンビ熊を追いかけっこしていたからな。  そりゃ、お腹の虫も耐えかねて、鳴きだしてしまうというものだろう。  隣のメルゥの腹からも、同じようにぐぅと腹の音が鳴る。  かぁと、その金毛で覆われた頬を、ほのかに赤く染めたメルゥは、ぎゅっと自分の腹を抑えると、違うんですという感じに、首を横に振った。  なにが違うものだろうか。  やれやれ、誤魔化すのが下手な奴め。 「今日は特級クエストで疲れちまっただろう。飯は酒場かどこかで適当に済まそう」 「いいんですか?」 「こういう嫌な日にはな、憂さを晴らすことも大切だ」 「――そんなものなんですかね」  そんなものなんですよ。  いまいちピンと来ないという感じの顔をしている暫定嫁を連れて、俺は冒険者ギルドを後にしたのだった。  もうすっかり夕暮れ時である。  よく考えると、昼飯を食べる暇もなかった。  そして、ゾンビを肉塊に変えて終わりという、味気のない仕事である。  達成感などある訳もなし。  寂寞感を夕日に暮れる街に感じながら、俺はメルゥさんと、ふらふらとした足取りで、ゆっくりと家路を歩んでいた。  そんな時だ。 「そういえば、旦那さまはどうして、ソロで今までお仕事されていたんですか?」 「――お前、疲れてるときに、そういうこと言わないでくれよ」  ごめんなさい、と、すぐに謝るメルゥ。  だが、まぁ、謝られても仕方のないこと。  というかそもそも、俺に全面的な非があることである。  言うべきか、言わないべきか。  いや、たぶん、言った所で彼女、俺の言葉を信じてくれないだろうけれども。 「どうしてなんですか? 旦那さま?」 「えぇ、あぁ、うん、そのなぁ――」  まぁ、メルゥになら、それを言ってもいいだろうか――と、ふと俺は思った。  一応は嫁な訳だしな。  別に特別に深い意味などはそこに存在していない。  過去にパーティを全滅の危機にさらしてしまっただとか。  手ひどい裏切りを受けて人間不信になっただとか。  自分の手取りが少なくなるから、あえてそうしているだとか。  そういうのではないのだ。 「その、な――笑うなよ?」 「はい?」 「人の名前がな。俺は、その――覚えるのが苦手なんだよ」  そうなのだ。  昔から、どうしても、人の名前を覚えることができない。  役職なんかは覚えることはできるんだが――そこから先が覚えられないのだ。  だから、人とコンビを組んで仕事をすることに抵抗感を感じる。  人と組んで仕事ができないのだ。  きょとん、とした顔をするメルゥ。  その垂れ耳が、はっと、その場で浮き上がった。 「もしかして、受付嬢さんを名前で呼んでなかったのも!!」 「――何年も顔合わしてるんだけど、覚えられないんだよな、これが」 「そういえば、店主さんとも仲良さそうでしたけど」 「あのおやじ、なんて名前だったっけかな。出てこないんだよな」  受付嬢は受付嬢であり。  店の親父は店の親父であり。  師匠は師匠である。  流石に、親の名前くらいは言えるけれども、それくらいに、俺は人に対して無頓着なのだ。  呆れたのか、それとも、信じられないのか。  ぽかんと口を開けてメルゥが目をしばたたかせている。  しかし、突然、彼女は、はっとした顔をして我を取り戻すと、自分の鼻先を指さした。 「けどけど待ってください!! 私のことは、ちゃんと名前、覚えてますよね!!」 「えっ、あぁ、うん――言われてみれば、そうだな」 「それってつまり、私のことをちゃんと家族だと認めてくれていると――もう暫定嫁ではないと、そういうことではないのですか!?」  いや、お前のような、騒がしい暫定嫁。  名前を憶えないほうがどうかというものだろう。  調子に乗るなと、コボルト娘の眉間にデコピンをくらわすと、俺は――やっぱり照れ隠しに、彼女から顔を逸らしてしまうのだった。 「照れなくてもいいじゃないですか、旦那さまぁ」 「照れてねえよ、違うよ、たまたまだよ」  だと、思いたい。  なんにしても、夕暮れ時で助かった。  顔の赤みを隠すには、このくらいで丁度いい。
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