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第55話 ぶった斬るならこんな風に

 前方から藪の中を突っ切って、こちらに飛び掛ってきたのは牡鹿である。  森の中に生息しているこいつらは、基本的に人間の背丈の倍くらいある体格をしている。  特筆すべきはその強靭に膨れた後ろ足と、鋭く尖った角である。  馬ほどではないが、蹴られば体の欠損は免れない。  同じく、その脚力でもって角から突進されれば、弾き飛ばされるだけではすまない。見るも無残な、刺殺死体の出来あがりである。  まぁ、いろいろと語ってみたが、基本的には鹿というのは凶暴な生き物だ。草食動物だが、全身が筋肉で出来ているブラウンベアーとも互角に戦えるだけの筋力をこいつらは十分に持っているのだ。  鹿狩りクエストと聞いて、油断して出て行った中堅冒険者が、顎を砕かれて泣いて帰ってくるは、冒険者ギルドでよく見る光景だ。  しかし、ゾンビワームに寄生されたブラウンベアーとの戦い――そうなると話は別だ。  幾ら蹴ってみたところで、既に死んでいるブラウンベアーが死ぬことはない。破損した部位から、ゾンビワームが飛び散る程度だ。  そして、ゾンビワームに寄生されたブラウンベアーの目的は、鹿の捕食ではない。  更なる寄宿先の確保である。  胴体に一つでも傷を負えば、そこからたちまちゾンビワームは侵入する。  そして数刻もしないうちに体内で増殖し、その体を乗っ取りにかかる。  適切な処置道具――竜の血など――を持っていれば、ゾンビワームを体内に除外することは比較的簡単だ。  だが、野生動物には、そんな知識もなければ知性もない。 「首元に噛み付かれた痕がある」 「じゃぁ」 「ゾンビ化してやがる。よかったぜ、草食動物でよう――噛み付かれる心配が少なくて済む」  角を前にしてこちらへと走りこんでくる牡鹿。  その蹴った土が跳ね上がり、粉塵を空高く舞い上げる。  普通の冒険者はコレを見ただけでビビっちまうもんだが、まぁ、この程度見慣れたもんだ。  しかもゾンビワームに操られているから、そのスピードも三割減と来たもんだ。  敵じゃねえな。  大剣は盾をかねる。  俺は大剣を前にかざして牡鹿を待ち構えると、その角による攻撃を受け止めた。  予想していた通り、生きているときのそれより随分と軽い。 「――どらぁっ!!」  そのまま肩に剣の腹をあてて一気に押し返す。  分厚い鋼鉄製の大剣は、俺の体重によって牡鹿を押し返すと、その巨体をふらつかせた。足場がもつれているのを確認して、俺は大剣の柄を握る。  ゾンビワームに寄生された獣を無力化する方法はタダ一つ。  行動不能になるように、骨を砕いて、砕いて、砕ききる。 「どっせいっ!!」  大きく振り上げた大剣。  一瞬、日の光を遮ったそれは、次の瞬間には牡鹿の角をへし折って、その頭蓋を砕いていた。脳漿と血が混ざったものが口からこぼれる。  だが、それだけで終わりではない。  返す刃で前足を払う。野太いそれがメキリと音を立てて、関節の手前で折れると、牡鹿はもう立ち上がれなくなった。  あとはもう、待っているのは一方的な暴力である。  超重量の鋼の板で、その背骨を砕き、尾骶骨を砕き、後ろ足を砕き、首の骨を折る。  気付けば、そこには鹿の姿はない。  かつて鹿だった、茶色い肉の塊がうごめいていた。 「受付嬢さん、さっそく駆除を」 「分かっています」  竜の血から精製した、駆除薬を牡鹿に振りかける。  ピギィ、ピギィと、小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、そこから何匹か死肉蟲――ミミズとムカデの中間みたいな緑色をした蟲――が這い出てきた。  しかし、毒を喰らって死なぬ死肉蟲はいない。  程なく土の上をのた打ち回ったそいつらは、一匹残らず動かなくなった。  鹿の肉の中に入っている虫たちも、程なく死ぬことだろう。 「上等な牡鹿だぜ。死肉蟲にさえ食われてなけりゃ、相当な値がついただろうに」 「もったいないですね。まぁ、仕方ないですよ。諦めましょう」  と、そんなやり取りをしている横で、メルゥが口を押さえてはやしに駆け込んだ。  げろげろげろ、という音と共に、すっぱい匂いが漂ってくる。  まぁ、こうなることはだいたい想像できたんだがな。  血の匂いを平然と嗅いでたから大丈夫かなとも思ったんだが、そんなことはなかったか。やれやれ、世話の焼ける相棒(パートナー)である。  こりゃ討伐クエストに連れて行くのは、まだまだ先になりそうだなぁ。  というか、ゾンビ化したブラウンベアを見て、こいつは正気を保っていられるだろうか。  おそらく、相当に食い破られてるはずだぞ……。  なにせこのサイズの牡鹿とやりあったんだからな。
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