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第2話 礼をせびるならこんな風に

 脳天かち割られて絶命したウッドサーバル。  そこから愛用の手斧を抜く。  べっとりとついた血を掃って、再び腰にそいつを結わえると、俺はため息を吐いた。 「た、助かりましたぁ」  その間の抜けた口ぶり。  冒険者としての緊張感のかけらも感じられない台詞。  フルフェイスの女冒険者が発した言葉に、ため息がゲップのように連続して出る。  こいつはひとつがつんと言ってやる必要があるかもしれんな。  とは思うものの、面倒ごとはごめんである。 「ほれ、助けてやったぞ。なんか言うことがあるだろう」 「あ――ありがとうございました!! 冒険者さん!!」 「いや、お前も冒険者じゃないんかと」 「お強いんですね!! 手斧一つで、あんな凶暴なモンスターを仕留めるなんて、びっくりしました!!」  いやぁ。  別に、これくらい。  普通だけれども。  ウッドサーバルは中級の討伐クエストが組まれるようなモンスターだ。  その美しく光沢のある毛並みには愛好者が多く、剥いで服にするなり敷物にするなり、とかく工芸品としてハントの需要があるモンスターだ。  そこそこの腕前の冒険者なら、人生で一度は狩るだろうモンスター。  それに苦戦するということはだ――まぁ、いまさら考えるまでもなく、この目の前の女冒険者は素人のようだった。  よく、その姿を見てみる。  フルフェイスの鋼の兜にレザーメイル。  鎧の下には、緑地のワンピースを着ている。  靴は動きやすそうな茶けたブーツ。  そして、手には小ぶりのスレッジハンマー。こいつじゃ打撃も斬撃も、たいして期待できないだろう。せいぜい、スライムとビッグマイマイを倒すので手一杯だ。  装備だけ見りゃスカウトあるいはレンジャーのものだ。ソロで森に入って戦う装備ではない。パーティを組んで行動して、初めて活躍できるタイプなんだが。  見たとこ、仲間が居るようでもなし。  サーバルの口元を見ても、食われた様子もないんだよな――。  ついでに言えば、おせっかいな話なのだが、鎧の下にワンピース――スカートを装備しているのはいかがなものか。先ほど見せた跳躍の際に、少し中身が見えそうになった。  と、そうではない。  冒険者なら、女だろうがなんだろうが、肌の露出を控えるために、ズボンを着用すべきだ。 「お前さん、初心者だな」  多少の嫌味をこめて俺は言い放った。 「はい!! 今日、初めての狩りでどうしていいか分からなくて!! 助かりました!!」  彼女はそんな俺の嫌味に元気に答えた。  うわぁ、能天気タイプだ。こういうのが俺、一番相手するの苦手なんだよな。  一刻も早く、こういう手合いとは話を決着させて、それでもって他人になりたい。  俺は話を急ぐことにした。 「助けてやったんだ。なんかこう、お礼とかあってもいいんじゃないか」 「お礼? ですか?」 「あのまま俺が助けなけりゃ、今頃お前さんは、そこの敷物に頚動脈を食い破られて死んでた訳だ。それが、お前、ありがとうございますの一言で、済むと思ってんの」 「――それは」  冒険者の掟、その一。  自分の身は自分で守る。  その原則を破った対価は大きい。  命の値段なんざ決まっちゃいないが、それ相応の誠意というものを見せて貰う必要がある。  つっても、初心者だからな、あんまり金も持ってないだろう。  装備品もたいしたものを持ってないし、この様子じゃ、冒険者ギルドから受けたクエストもろくにこなせてないだろう。  女であるのは間違いないが――この小人族(スクーナ)サイズでは、な。  おりゃロリコンじゃないっての。 「なんてな、冗談だ。ったく、くだらねぇ慈善事業をしちまったぜ」 「――あの!!」  こんな風に脅しておけば、まぁ、次からは気をつけるこったろう。  という体で、さっさと女冒険者に背中を向けた俺。そんな俺の背中に向かって、思いつめたような声色が飛んできた。  おいおい、まさか。と、少し冷や汗が背中を走る。 「払います!! お礼!! 確かに貴方の言うとおりです!!」 「おいおい、冗談だって言っただろ。お前、なにを間に受けてんだよ」  振り返って女冒険者の方を見る。  彼女はフルフェイスの兜の隙間から地面を眺めて、そして胸に手を当てていた。  女の一大決心、という感じの風景だ。  やだ、もう、ちょっと、やめて。  そういうつもりで言ったんじゃないから。 「とはいえ私にはこれと言った手持ちがありません。家に戻っても、お渡しできるような財産もないんです」 「あぁそう、だから、もういいって言ってるじゃんかよ」 「――だから!! だから、この身体でお支払いします!!」  うぉい。  おいおい。  おいおいおーい。  一番来て欲しくない展開が来てしまったよ。  あかん、変な親切心なんて出したのが間違いだった。勘弁してくれ。  身体で払うなんてお前、そんな台詞、いまどき吟遊詩人の冒険譚でも聞かないっての。  真面目か。いや、なんかもっとこう、他のことで勘弁してくださいとか、ないのか。 「だから、冗談だって言ってるだろ」 「いいえ、恩を受けて返さないのは、の名折れです!!」 「しらんがな誇りとかそんなん」  突然、その場にしとりと座り込んだ女冒険者。  三つ指をついて正座して、ゆっくりとその頭を下げる。  ふと、その時、俺は妙なことに気がついた。  彼女の装着しているフルフェイスの兜だ。  鼻が妙に伸びているなとは思っていたが、兜の隙間――サイトの範囲が少し違っている。  普通、その隙間は正面に開いているもの。側面にはそれほど開いていないのが、普通の兜だ。なのに彼女がつけているそれは、ほぼ、180度――更に越えて270度近く大きくサイトが開かれていた。  この兜を使うについて、俺は知っている。 「あ、顔を隠したままでは失礼でしたね」  そう言って女冒険者が兜を外せば、中から出てきたのは黄金色の髪――ではなく毛。  垂れた耳と、塗れた鼻先、くりくりとした愛嬌のある目。  そして、はっはと息づく独特の呼吸音が、森の中に木霊した。 「私、コボルト族のメルゥと申します。この通り、ふつつか者ですが、よろしくお願いします、旦那さま」  すまない。  こんな職業をしているからかな、頭はあんまりとよろしくないんだ。  彼女の言っている言葉が、さっぱりと、とんちんかと、まるっきり、分からなかった。  ふつつか者。  よろしくお願いします。  旦那さま。  誰が?
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