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第53話 鼻を使うならこういう風に
「とにかく、メルゥはなんと言われても絶対に戻りませんからね!!」
「ダメだ、危険だ、すぐに家に帰れ!!」
「まぁまぁ。というか、今からこの森を抜けろって言う方が危険じゃないですか。ギュスターさん、嫁が心配なのはわかりますけれど少し落ち着きましょう」
俺が落ち着いてないだって。
どの口がそんなことを言いやがるのだ。
俺はこのうえなく正気だというに――。
そう思って、受付嬢を睨もうと振り返った俺は、彼女が般若のような顔をしてこちらを睨んでいるのに気が付いて、つい言葉を失った。
あれ、なんで、怒ってらっしゃる。
俺、何か悪いことしたかしら。
「ほんと、新婚で浮かれたバカップルを見せつけられることほど、この世に胸糞の悪いものはないですよね。少なくとも、今は大切なお仕事中なので、控えていただけますか?」
「バカップルって、そんな……」
「新婚だからこそぶつかって深めなければならない絆があるんです!!」
「いいから、そういうのは家でやれって言ってんのよ!!」
「はひっ!!」
凄みのある受付嬢の一括に、それまできゃんきゃんと喧しかったメルゥが途端におとなしくなった。肩をすくめて、すっかりと気圧されてしまっている。
受付では、愛想よくニコニコしてるけど、こいつ、外に出ると性格キツくなるんだな。
うちの暫定嫁とは正反対である。
人間とはいえ、これを嫁に貰わなくってよかったな、と、ちょっと思ってしまった。
「ギュスターさん。今、何か失礼なことをお考えになったでしょう?」
「どど、ど、どうしてそれを!!」
「女の勘を舐めてもらったら困りますよ。というか、キョドリ過ぎでしょ。いい大人が何をそれくらいで狼狽えているんですか」
いや、そんな責められても、困る。
というか、当てて来たのはお前じゃないか。
じとりとした視線がさらに濃くなる。
これはいけない。
いい加減にしておかないと、件のゾンビ熊を捕まえる前に、この受付嬢になにをされるか分からない。ここは、メルゥと同じくおとなしくしておこう。
まぁ、しかし。
確かに言われてみればその通りだ。
「来ちまったもんは仕方ないよな。森を抜ける途中で、ゾンビ化したブラウンベア―と出会う可能性もなきにしもあらずだ」
「もうこうなったら、一緒に居た方が安全ですって。ていうか、よく私たちの居場所が分かりましたねメルゥさん」
ふふん、と、鼻を鳴らすメルゥ。
当然とばかりにその茶色い鼻先が息によって湿り気を帯びた。
あのバッドの妹である。こいつ結構鼻が利くのだ。
なんといっても、冒険者ギルドに置き去りにしたその日、俺の匂いを頼りにして我が家まで押しかけてきたくらいだからな。
「旦那さまの匂いはもう覚えましたから。どこに居たって、探し出せる自信があります」
「はい、ノロケ禁止。次やったら、メルゥちゃんのクエストの面倒見てあげないから」
「あぁあぁ、違うんですぅ!! そういうんじゃなくて!!」
「ほんとにこいつ鼻がいいんだよ。こっちもびっくりするくらい」
「今回も、旦那さまの匂いを追ってきましたから、すぐでした!!」
「うん? 鼻か……」
何か思いついた、という感じに受付嬢が顎に手を当てる。
はて、この娘が何を考えたのか、だいたいではあるが、俺には察しがついた。
いやまぁ確かに、その方法なら、俺たちが今からやろうとしていることは、簡単に決着がつきそうな話だけれども。
さっきも言ったように、これは、俺が犯したチョンボである。
「おい、やめろ。メルゥをこの件に巻き込むな」
「そんなこと言ってるうちに、街にゾンビ化した熊が降りたらどうするんです?」
「背に腹は代えられないってのは分かる。だがなぁ」
「やらせてください!! 旦那さま!!」
「メルゥ!?」
俺たちの会話に割り込むようにメルゥが発言した。
何をやらされるのか、何をしなくてはいけないのか、何もわかっちゃいない目だ。
ただ、俺の役に立ちたい、それだけでいっぱいの顔。そんなものを見せられて、頭を抱えない訳にはいかない。
けれども、その言葉は止まらない。
「私の鼻がお役に立つのなら、どうぞ使ってください!!」
そう言い切った彼女の顔は妙な自信に満ちていた。
えぇい、初心者冒険者のくせに、張り切りおってからに。家に帰ってから覚えてろよ。
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