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第52話 嫁を追い返すならこんな風に

「旦那さま!!」  揺れる茂みの中から、ひょっこりと顔を出したのは見知った顔のコボルト娘だった。  彼女は、先日俺が買ってやった装備にばっちりと身を固めて、茂みを軽々と飛び越えると俺たちの前へと降り立った。  唖然。  すっかりとこっちはもう、ゾンビ化したブラウンベアーが出てくるものだと思っていた。  無駄に容姿の似ている――毛むくじゃらの――コボルトというのもまた性質が悪い。  隣に立っている受付嬢にしたった同じ様子だ。  そりゃなぁ、この緊迫した状況で、コボルトの嫁が飛び出して来たら、いつもは凛々しいその顔も、ぐにゃりと間抜けな感じに歪んでしまうのも仕方がない。 「驚かすなよ、メルゥ!!」  なんの遠慮もなく。  そして、少しの迷いもなく、俺の口からその言葉は飛び出てきた。  家に置いてきたはずのお前が、どうしてこんな場所に居るのか。危険だからついてくるなと、あれほど念押ししたはずなのにどうしてここへ来たのか。  頭が割れそうになるくらいに俺は瞬時に憤った。  しかし、そんな俺の憤りなど、この生真面目な暫定嫁に通じるはずもない。 「やっぱり心配になって助太刀に参りました」 「お前が一緒にいるほうが心配なんだよ!!」 「そんなこと言わないでください、旦那さま!! きっと、私、旦那さまのお役に立って見せますから!!」 「これは俺の不始末なんだ、お前がかかり煩うことじゃない。それに、初心者が首を突っ込んでいいクエストでもない」 「けれども、私たちは相棒(パートナー)です!!」 「違う、ただの暫定夫婦だし、暫定パーティだ。そんな、暫定旦那の失態に付き合う必要はないんだよ――って、あぁもう!! そうじゃねえ!!」  出てくる言葉がどうにも事務的で、他人行儀で吐き気がしそうだった。  俺が、メルゥを家に置いてきたのはもっともっと単純な理由だ。  それを口にすることをなんでためらう。  隣に馴染みの受付嬢がいるからか。  それとも面と向かってメルゥにそれを言うのが恥ずかしいからか。  なんにしたって、ここで妙な意地を張ることになんの意味があるのだろう。 「メルゥ」 「なんです、旦那さま?」  まだ肩で息をしている暫定嫁。その揺れる方に手をかけて、こちらに引き寄せると、俺は呼吸を整えた。そして、右手を少しだけ引くと、その掌で頬を弾いた。  もちろん本気ではない。  けれども、冗談でもない。  真剣なそれはビンタだった。  はう、と、メルゥは、自分が何をされたのか分かっていないようだった。  そんな彼女に追い打ちをかけるように、俺はさらに言葉を続ける。 「俺はな、お前に傷ついて欲しくなくって、家で待ってろと言ったんだ。それを勝手についてきやがって、どういうつもりだ」 「……けど!!」 「けどじゃねえ!!」 「私だって、旦那さまに傷ついて欲しくないんです!!」  俺がぶったところが赤く腫れあがっていた。  そこに、彼女の涙がつつりと垂れれば、また罪悪感が胸を締め付ける。  大事にしても泣かれて、厳しくしても泣かれる。  どうすりゃいいんだまったく。やっぱり嫁なんて、貰うもんじゃなかった。 「俺がこの程度のクエストで傷つくか!! バカ!!」 「バカとはなんですか!! 私は、旦那さまのことを心配して!!」 「だから、それが要らない世話だと言ってんだよ!!」 「あーもう、痴話喧嘩は家に帰ってからにしてくださいよぉ、ギュスター夫妻」 「「夫妻じゃない、暫定夫婦だ!!」です!!」  そこの所は譲れない、と、声を合わせて怒る俺とメルゥ。  どっちでもいいわそんなもんという感じの、どんよりとした受付嬢の視線が飛んで来た。  まぁ、そうだわな、どうでもいい所だわな。  けれども重要なんだよ、俺たちにとってはそこの所の線引きが。 「もう、どこから見ても、誰が見ても、夫婦にしか見えませんよ、貴方たち……」 「失礼な!! コボルトと人間の夫婦なんて、そうそういないだろう!!」 「ちょっと旦那さま!! それは聞き捨てなりません!! コボルトに対する偏見です!!」 「そんなつもりで言ってねえよ!!」 「じゃぁどういうつもりなんですか!!」 「だからぁっ!! 痴話喧嘩はやめろって言ってるでしょ、この色ボケ新婚ども!!」
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