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第48話 ありやなしやならこんな風に

 はっは、はっはと、荒い吐息が俺の耳元で発せられる。  俺の身体にその小さな身体をこすり付けて、メルゥが切なげに目を閉じていた。  どうしてやるのがいいのだろう。  色々と考えてはみたのだが――いかんせん、俺にはそういう知識がない。  本当に申し訳がないのだが、まったくもって、どうすればメルゥの身体の火照りがなくなるのか、皆目検討もつかないのであった。  いや、まぁ、知識として、人間の男と女がそういうことをするのは知っている。  しかし相手はコボルトである。  人間の常識が通じるとは、ちょっと思えない。  これが獣人族の娘だったら、また、ちょっと話は違う――って、そういう話でもない。 「……旦那さまァ。私、どうしたんでしょう」 「いや、俺の方がそれ聞きたいくらいなんだけれど」 「……体が熱くて、火照って、切なくて、寂しくて」  とりあえず、どこで人が見ているとも分からない。  落ち着け、と、コボルト嫁に声をかけると、えいやと俺は彼女を簡単に組み伏せた。  不意をつかれて押し倒されたとは言っても、彼女は初心者冒険者。  そして、俺は玄人冒険者である。  その差を考えれば、こうして、ポジションを替えることなど造作もないこと。  俺はとりあえず、床にぶちまけた料理は置いておくことにして、まずは開けっ放しになっていた、扉を閉めた。そして、硬く冷たい板張りの床の上から、メルゥを抱いたまま布団の方へと移動する。  しかし――。 「……はぁっ、はぁっ」 「なんでそんな期待に満ちた顔をするんだよ」 「……いえ、そのぉ」  逆に組み伏せられたことで、メルゥの顔が愉悦に歪んでいた。  こいつはどうにも重症みたいだ。  どこか、こういうことに詳しいお医者さんはいらっしゃいませんか。 「……マジで、どうすりゃいいのこれ」  俺は困惑して、しばしメルゥに馬乗りになったまま、布団の上に押さえつけた。  もぞもぞと、俺に戒められながらも、何かを求めてコボルト娘の身体は動く。  どうしようか、どうしたらいいのか。  おそらく自分で掻き毟って開いたのだろう。ワンピースの中から見える、小ぶりなふくらみが目に付いた。薄い毛に覆われているが、人間のそれとなんら変わらないそれ。犬と同じで複数あるのかなんて、思っていたが――。 「あっ、旦那さま、そんなまじまじと」 「あぁっ、ごめん、ごめんごめん!!」  つい、なんだか珍しいモノを見たような感じで見入ってしまっていた。  失礼だろうお前。メルゥも年頃の乙女なんだぞ、それをまじまじと見て。  って、違う、そうじゃない。 「……ち、小さくって、がっかりしましたか」 「いや、そういうのを別に考えてた訳じゃ」 「……あの。コボルト族では、その、婚前交渉はご法度で」 「そ、そうだよな。コボルト族って、野生的に見えて、そういう戒律とかって結構厳しいもんな。うん、分かった、じゃぁ、俺も今日はなんというか、もう……寝るよ!! 全力で!!」  よかった。コボルト族が真面目な一族で本当に良かった。  俺は心の底から、コボルト族の気質に感謝した。  身体の火照りを冷ますのにどうしようもなくって、メルゥのため、一線を越える――なんてことに成ってしまったら、もう暫定がどうとか言い訳がきかなくなるところだった。  別にメルゥがどうこうと、コボルトがどうこうというつもりはない。  ただ、そのなんだ。  コボルトにもそういう礼節があるように、人間にもそういう礼節というかなんというか。  というか、心の準備的なものがあるのではないでしょうか。 「……けど」 「え?」  コボルトの厳しい掟で、婚前交渉はナシと結論は見えた。  しかし、それでもなおどうして、メルゥは切なげな視線を俺に向けたままだ。  ぼうと紅く火照った頬がこちらを向く。どこか遠くを見ながら、メルゥは、ぼそりと呟くように言った。 「……暫定でも、嫁は嫁ですから」 「えっ、けど、コボルトの掟的には、ダメなんでしょ!?」 「……けど、暫定でも、お嫁さんですからぁ」 「ダメ!! メルゥ、もっと自分の身体を大事にしなくちゃ駄目よ!! 貴方!!」 「……ありやなしや、なら」 「ありやなしやなら!?」  ほう、と、熱いため息を吐き出して、メルゥが、ちらりとこちらに視線を向けた。  どうしてその瞳の奥に、ピンク色をしたハートマークが、見えた気がした。 「……ありや、ありや、かと」 「ありや、ありや!?」  そう言って、上半身を起こして俺の身体に抱きついてくるメルゥ。  ダメ、メルゥさんだめ。体格差的に、そんなことしたら、危ないところに顔が当たるから。  あぁ、ダメです、あぁ、ダメ。 「旦那さまは、メルゥのこと、お嫌いですか」 「嫌いじゃないよ、嫌いじゃないけど、こういうのはまだちょっと早いかと」 「私もそう思います……」 「だよね!! だよね!! そう思うよね!!」 「……けど、夫婦ですから。いつかはすることじゃないですか」  あかん。  あかんあかん。  あかんあかんあかん。  そう思いつつも、メルゥが俺の下腹にその鼻先を突きつけるのを止めることができない。  ありやなしや、ありやなしや。  コボルトの嫁と、一線を越えるのは、ありやなしや。  結論の出ないまま、俺たちはそうしてしばし、夫婦の抱擁を続けたのだった。  ありや、なしや。  いやまぁ、将来的にはありだと思うけど、現時点ではなしやだと、思うんだけどなぁ。  そう思う俺は、やはり、コミュ障なんだろうか。
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