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第47話 嫁が発情したならこんな風に

 メルゥの奴を家に背負って帰った俺は、さっそく、彼女を板間の布団の上に転がすと、そのまま安静にさせた。 「馴染みの酒場で飯を造ってもらってくる。お前はもう今日は家事はいいから寝てろ」 「けど、旦那さま」 「いいから!!」  申し訳なさそうにして、無理に立ち上がろうとするメルゥ。  その肩を押さえつけて、布団の上へと押しとどめる。  嫁と言っても、調子の悪い時に無理までして、なんやかんやとやる必要まではない。俺もそこまで亭主関白をするつもりはないのだ。  というか暫定だしな。 「調子が悪いときに身体を休める。それもまた冒険者には必要なことだ」 「けど、旦那さま。私は冒険者である前に、旦那さまの妻ですから。旦那さまに買出しにいかせるなんて」 「じゃぁ、お前が来るまで、俺はいったいどうやって飲み食いしてたんだ」  いいから黙って寝ていろ。  そう言いつけると、俺はメルゥを家に残して酒場へと向かった。 ◇ ◇ ◇ ◇  コボルト族がどういう食べ物を好きかはよく知らない。  ただ、まぁ、見た目からして明らかに肉食であるのは間違いないだろう。  肉料理を頼んでおけば間違いないだろうと、まずは、鳥の骨付き肉を二人分頼んだ。  酒場である、パンは流石に出てこない。  俺一人ならこの骨付き肉一つで、十分に満足できる。だが、メルゥのことを考えると、もう一品何か欲しいところである。  がっつり食べれるもので、しかも肉とかぶらないもの。  となると――ピザあたりが妥当だろうか。  とりあえず、その二つを造ってもらい、持ち帰り用の皿に盛ってもらった。  二人分のそれに、馴染みの酒場の店主は少し怪訝な顔をしていたが、それにはあえて答えず、俺はさっさと自分の家へと戻った。  なんと言ってもメルゥが心配だ。  一応、寝ておけと命令しておいたが。あの生真面目コボルトだ、動けるようになった途端に無茶をしかねない。  魔力切れが完全に治っていればいいが、無理をしてまた調子を崩されてはかなわん。  なにせ、明日もまたクエストには出向かなければならないのだ。  週に一度の安息日を除いて、俺たち冒険者に休みはない。  いや、下手をすれば、安息日さえも休みではない。  受けたクエストの内容によっては、一週間、一ヶ月、はては一年と拘束されることも、そうそう少なくない話だ。  体調を崩して寝込んだら、その分、仕事ができなくなる。  仕事ができなくなれば、当然、お給金がなくなる。  どんな仕事だって同じだが、取り分けて冒険者はそのあたり、シビアだ。  その辺りの心構えを今のうちからメルゥにも……。 「いや、違うな」  単純に、あの無茶しいなコボルト娘の体調が心配なのだ。  いろいろと理由付けして考えてみたが、結局のところ、彼女が自分の経験したことのない状態に陥って苦しんでいるのを見ていて耐えられない。そういう所に話としては落ち着くんだと思う。まったくもって、俺も随分骨抜きにされたものである。  何がそんなに彼女に対して、保護欲を掻き立てさせるのか。  別に、犬なんか飼ってた経験はないし、むしろ、嫌いだと思っているくらいだ。  けれどもどうして――旦那さまと、澄んだ目で見られると、俺は彼女のことを放っておくことができなくなる。 「重症だな。今までここまで、人に執着したことなんて、あっただろうか」  他人なんてどうでもいいと思っていた。  できることなら誰とも関わらず、ひっそりと生きて行きたいと願っていた。  そんなことを思っていた俺が、今、あんなコボルト嫁を相手に、本気で心配しているのが、なんだかこっけいでしかたなかった。  それこそギルド嬢が、俺のことをからかった気持ちが、今では分かる。 「これが恋って奴か。うぅん、分からん。女とか、別にどうでも良かったからなぁ」  初めて経験する状態に戸惑っているのはメルゥだけではない。  どうやら俺も極度の異常状態にあるらしい。  どうやったら治るのか。とりあえず、家に戻ってメルゥの顔を見れば、少しくらいは落ち着くだろう。  そんなことを考えているうちに、愛しいか、それとも恋しいか、暫定妻が待っている我が家へと、俺はたどりついたのだった。 「ただいまぁ。ほれ、メルゥ、飯買ってきてやった――」  戸を開きすぐに確認したのは、彼女を置いてきた布団の上。  俺の心配は杞憂だったらしくメルゥはその上に、寝てこそいないが、ぼんやりとした顔をして座っていた。  しかし、その視線がどうにも妙だ。  とろりとなんだか心ここにあらずという感じに、ぼけているように見えるのだ。  おまけにどうしたことか、家を出る前にはきっちりと着こなしていた、彼女の私服であるワンピース。その胸元が、ざっくりと、かきむしった様に開かれている。  なんだ、これは。  いったい彼女の身に何が起こったというのだろうか。 「……旦那、さま」  うつろな瞳が俺の方を向く。  そして、俺の姿をその黒い瞳孔の中に捉えたと見るや、にんまりと、彼女の口が開いた。  笑っている……のか? 「……メルゥ。どうした。まだ、調子が悪いのか」 「……旦那さまぁっ!!」  次の瞬間、メルゥはひょいとその場に飛び上がると、俺に向かって飛びついてきた。  いきなりのことで、俺はその場にしりもちをつく。手にしていた居酒屋から持ってきた食事が、鈍い音と共にあたりにぶちまけられて――。  そして、気がつけば、いつの間にかメルゥが俺の体の上に馬乗りになっていた。 「……旦那さま、すみません」 「いっ、いったいどうした、何があったんだ? まさか、物盗りにでも入られたか?」 「……違うんです」 「じゃぁいったい」  俺が尋ねるより早く、メルゥは、押し倒した俺の身体に抱きついた。  そして、はっはっ、と、熱く激しい息を耳元に吹きかけてきたのだった。  これは、もしかして、と、思っている俺の腹の上で、小さい彼女の身体がもぞりもぞりと、切なげに揺れた。 「……メルゥさん、もしかしてこれは?」 「……はしたない娘と幻滅したでしょうか」  どうやら、嫁はらしかった。  なんで、どうして。  なにを、どうしたらいいの。  コミュ障の俺にはちょっとこれ、荷が重い展開なんですけれども。  というか、いきなりいろんなのすっ飛ばしてませんか。    そもそも相手コボルトさんなんですけれど。 「……だ、旦那さまぁ。切ない、です」  うえぇえぇ、ちょっと、勘弁してくれよ。  そんな本当に切ない目でこっち見られても、その切なさを解消する方法なんて、俺、なんも知らないよ。だって、恋愛経験もないなら、女性経験もないから。  やだ、誰か助けて。ヘルプミー。
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