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第46話 嫁(暫定)をおぶるならこんな風に

 魔力切れを起こして、足腰が立たなくなったメルゥ。  しばらく休んでいれば動ける程度には回復するものだが、どうにも、初めてのことでなかなか治りが悪い。  そこに加えて、俺たちのやろうとしていた収集クエストをかっさらっていった、初心者冒険者たちのパーティと見える一団が、この修行場に顔を出した。  別に、修行場は誰のものという訳ではない。  複数のパーティで共同で使うなんてこともよくある話だ。  だが。  俺のコミュ障ぶりを舐めてもらっては困る。  若々しくて、きゃぴきゃぴとした、若者冒険者たち。  きっと彼らは、なんだあのおっさんとコボルト、なんて、鬱陶しく思っているに違いない。  その証拠に先ほどからちらほらと、こちらに視線が向けられている。  ダメだ、耐えられない。  俺はその場に嘔吐のごとくため息を吐き出すと、座り込んでいるメルゥの前に背中を向けて座り込んだ。 「――旦那さま?」 「メルゥ、帰るぞ。ほれ、はやく乗れ」 「えぇっ!?」 「こんなところで休むより、家のベッドで寝た方が回復は早い。魔力切れになったことは俺はないが、辛いんだったら無理はするな」 「でもでも……いいんですか?」  振り返ると、なんだか申し訳ないような、恥ずかしいような、もじもじとした感じで指先をつついているメルゥの姿があった。  なんておくゆかしいコボルトだろう。  しかしね。  そういう反応を俺は今、求めている訳じゃないんだ。  そう、俺が求めているのはただ一つ。  この場所からの速やかなる脱出、若手冒険者たちの視線からのエスケープ、それだけだ。 「いいから、つべこべ言わずに早く乗れ!! 指導者命令だ!!」 「はっ、はい、旦那さま!!」  俺は声を荒げてメルゥをせかした。  もちろん、そんな声をあげておいて、パーティ連中の視線が飛んで来ない訳がない。  何を揉めているんだろかという感じの視線が一斉に突き刺さる。  痛い、イタイイタイ。  もっと加減をしてくれ、頼むから。  というかお前ら俺より年下だろう。もうちょっと、年長者を敬った視線を向けろ。  ダメだまったく耐えられない。  コカトリスと睨みあっても逃げない自信はあるが、人の目だけはどうしてもダメだ。  メルゥがしっかりと、俺の首に手を回したのを確認すると、俺は脱兎のごとく、その場から一目散に逃げ出したのだった。  あぁ、いやだいやだ。  どうして人ってのはこう、好奇心の目で俺を見てくるかね。そんなに面白い顔をしてるだろうか。別に普通の冒険者だろう、これくらいどこにだって居るだろうに。 「……旦那さまぁ」 「なんだメルゥ」 「このまま、本当に家まで帰るんですか」 「そうだよ!! 特急便でな!! しかも人目につかないように裏路地を使ってだ!!」  なんだかもじもじと、背中で身を揺らしていたメルゥだが、その言葉にほっと息を吐いた。  彼女にしても、こんな姿を誰かに見られるのは嫌なのだろう。  俺だって嫌だよ。ちくしょう。  できることなら後から家に帰って来いと、彼女を置いてどこかに行く所だ。  しかし――暫定とはいえ嫁をほっぽりだして、そんなことできるだろうか。  さすがにコミュ障といっても、そこまで、俺も深刻な状況じゃない。  嫁――暫定の世話くらい、ちゃんとするさ。  そんなことを思ったとき、旦那さま、と、ふと背中から声がかかった。  俺は脚も止めずに、なんだ、と、メルゥのその言葉に返事をする。 「さっきの、修行場に来た人たち、私たちのこと見てましたね」 「あぁ、見てたな」 「どう見えたんでしょう」 「知らん」  変なおっさんと、変なコボルトが、なんかしてるなくらいに思っているんだろう。  ろくでもない風に今頃仲間内で噂にしているのは、なんとなく想像がつく。  あぁ、そう思うとなんだか腹が立つ。  だというのに、メルゥはどこか間の抜けた感じで、ふふっ、と、俺の背中で笑った。 「ちゃんと夫婦だって、分かってくれましたかね」 「……そりゃ無理だろ。人間とコボルトだぜ」 「けど、夫婦でもないのに、背負って家まで運びますかね?」 「……じゃぁ、仲のいいパーティとか、それくらいに思っただろうよ」 「恋人くらいには、見てもらえたでしょうか?」  やめろよお前、そういうの、考えたくないから俺はさっさと修行場を飛び出したのに。  あぁ、やだやだ。  頼むから変な噂は広がらないでくれよ。  俺はできるだけ静かに、心穏やかに、周りにとやかく言われることなく、きままに暮らしたいだけなのだから。まったく、成り行きとはいえ、とんだ拾い物をしてしまったよ。 「旦那さま」 「もう黙ってろよメルゥ」 「……恥ずかしがり屋さんなんですね。けど」  ふふっ、と、笑って、それっきりメルゥは何も言わなくなった。俺の背中に顔をうずめて、どうやら彼女は眠ってしまったらしい。  勝手なもんだ。  けどの続きくらい、言ってから、せめて眠ってくれよ。気になるじゃないか。  黙っておけって言ったのは、俺だけれどもさ。やれやれ。
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