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第41話 こっそりと話をつけるならこんな風に

「あらお帰りなさい。早かったですね」 「そらどういう意味だ」  受付嬢がいつもの笑顔で俺たちを出迎える。  昼前のクエスト完了報告ラッシュを避けて、冒険者ギルドに戻ってきた俺たちを出迎えたのは、顔なじみの受付嬢の意味深なねぎらいの言葉だった。  というか、こいつこんな奴だったっけ。  こんな嫌味を言うような女じゃなかったように思うんだけれど。 「新婚だから、森の中でいちゃいちゃしたりとか、あるかなと思って」 「しねえよ!!」 「けど、四六時中一緒に居たいから、パーティ組んでるんでしょ!!」 「こいつがいっぱしの冒険者としてやってけるようになるまでのもんだ!! そんなんじゃねえよ――なぁメルゥ!!」 「おはようからおやすみまで。妻である私の身体は、旦那さまのものですから」  ぽっと顔を赤らめていうメルゥ。  ぽっ、じゃないよ、ぽっ、っじゃ。  冒険者ギルドに残っていた、冒険者たちの刺さるような視線がこちらに向く。  ついでに、カウンターの向こうに居る、ギルド職員のおばちゃんたちの視線も向く。  一人、満足そうに笑顔を浮かべている受付嬢にからかうのはよしてくれと怒鳴ると、俺はメルゥの背中から、ミドリバチの巣が入った麻袋をひったくって、受け取り口に渡した。  ふむ、と、受付嬢は顔を仕事モードに切り替えると、受け取り口に移動して中を確かめる。  麻袋の口からのっそりとその中を覗きこむと、蓋も閉めずに、すぐに顔を上げた。 「たしかに、ミドリバチの巣ですね」 「そうだろそうだろ」 「なんだか普通に駆除クエストをこなされて、こちらとしては面白くないです」 「面白さなんてもとめるなや。こちとら命かけてやってんだぞ」  冗談ですよ、と、笑いながら彼女は麻袋の口を縛った。  そうして蜂の巣を再びこちらにつき返すと、さて、と、前置いてカウンターの前に戻る。 「それじゃあ、報酬額の計算をしますので少々お待ちを」 「あぁ、ちょっと」 「はい?」  俺はそれとなく小声で受付嬢を呼び寄せる。  そうして、ちょっと耳を貸せ、と、手で合図を送った。  ここはかって知ったる彼女と俺の仲である。嫁に聞かせられない話だと察したのか、彼女は素直に耳を差し出してきた。 「ブラウンベアを仕留めた。メルゥの手前、森の中に置いてきてある」 「あら、やっぱりあったんじゃないですかハプニング」 「嬉しそうに言うな」 「えぇ、それはもう。それで、こうしてひそひそ話で済まそうとする辺り、メルゥさんにその経緯は内緒なんですね」 「あぁ」 「分かりました。回収人員は、うちの方で手配しておきます。だいたい仕留めた場所と、あとは、ブラウンベアの査定ですが」 「任せる。回収費なんかは差し引いて、後日差額請求で」 「まいど」  にっこりと笑ってこちらにウィンクする受付嬢。  やれやれ、持つべきものはなんとやらだが、先ほどのあのからかわれようである。断られたらどうしようかと、気を揉んだが――そこは職業意識はしっかり持っていてくれたようだ。 「では、査定がありますので」  そう言って、カウンターから引っ込んだ受付嬢。  ほっと一息ついて、後ろを振り返ると、なぜだかぷくりとメルゥが頬を膨らませた。  なんだこれ。俺、何かまずいことしたっけか。 「旦那さま、今、何をひそひそ話をしていたんですか?」 「えっ、いや、別に世間話だけれど?」 「だったらひそひそする必要なんてないじゃないですか!! なんなんですか!! 浮気ですか!! 妻の前で堂々と、浮気なんですか!!」  浮気って。  お前、そんな訳ないだろう。  あぁやきもち妬いてくれてるのか。それはなんだか、ちょっと男として嬉しいな。 「心配しなくてもそんなんじゃありませんよ」  と、作業をしながら受付嬢が口を挟む。  ほへと、その言葉に暫定嫁がマヌケな顔をした。 「ギュスターさんみたいなコミュ障ごく潰しの自堕落男と、恋愛関係になりたいなんて思う女性なんて、そうそう居ませんって」 「おいちょっと!! 酷くないか、フォローが心を抉ってくるんだけれど!!」 「……たしかに」 「納得するな暫定嫁!!」  けど、ちょっとくらいはいいところあるんですよ、と、フォローするメルゥ。  だったら、最初から、たしかになんて納得しないでくれ。  酷い暫定嫁だよ、まったく。しくしく。
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