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第37話 熊を狩るならこんな風に

 ミドリバチの巣に溜まる蜂蜜はすこぶる甘い。  普通の蜂と違って、モンスターとしてこいつが広く認知され、駆除クエストの対象になっているのは、この特性によるところが大きい。  すなわち、この蜜こそが駆除される最大の目的なのである。  甘い蜜に誘われて、やって来るのは野生動物からモンスターと多種多様。  そして、大挙して現れるミドリバチの攻撃を意に介さず、木に登ってそれを採取できるとなると――そうできる生き物は限られてくる。 「ブラウンベアか。いいねぇ、高級素材だ」  林の陰にうごめいているその影が、近づくにつれてはっきりとしてくる。  灰色の毛に覆われたそのケダモノは俺の接近には完全に気が付いていないようだ。  出来得る限り、穏便にことは済ましたい。  メルゥのクエストを邪魔したくないという思いがあったからだ。  手にしたのは道端に落ちていた苔むした小石。  それを前方、ブラウンベアが居る林の後ろに緩やかに放り込んだ。  頭上を越えてそれが飛んだことに気が付かないブラウンベア。いきなり背後に音がしたことに驚いた彼は、さっとその場に立ち上がると、音がした方向を振り向く。  そうして背中を無防備に晒したのが命取りだ。  音もなく鞘からショートソードを抜き出す。  まだ年齢は幼いのだろうモンスターサイズではない。人の身長より少し高いくらいだ。胴回りもそれほど太くはない。  これならば十分刺し貫ける。  毛に覆われたそこから、広背筋の筋目を読み、肋骨の付け根を読む。  最小の一手で、心臓を一つきすると、コハァと、何がなんだかわからないという声をブラウンベアはあげた。 「悪いな。特別報酬としていただくぜ」  研ぎ澄まされた刃先は吸い込まれるように獣の皮を裂き、肉を裂き、心臓を貫いたそしてまた、正面側の獣の皮を裂くと、ちょうど柄がすっぽりと、熊の体の中へと納まっていた。  うかうかとはしていられない。  背中の痛みにすぐに振り返ろうとしたクマの首元に、今度はサブウエポンの斧を叩き込んだ。  渾身の力を込めて喉元を打ち砕く。  振り向きざまにそんな目に合うとは思っていなかったのだろう。  しかし、心臓と頸動脈を断ち切られれば、どんなに巨大なバケモノだろうと――いやだからこそ失血死は免れない。  怒りに震えるブラウンベアから離れると、俺は頬についた血をこんなこともあろうかと持って来ていたボロ布で拭った。 「せっかくいい毛並みをしているんだ、あんまり暴れないでくれ。お前らの毛皮は、レザーメイルにするにしても、コートにするにしても高く売れるんだ」  そんなことを言ったところで、わかる相手ではないだろう。  虚ろに揺れる瞳をこちらへと向けて、低く唸ったブランベア。  さて、もう一手、おとなしくさせるためには必要かな、と、手近にあった石を手にした時だ。どさりち、灰色をした大熊はその場に横向きに倒れこんだのだった。  ふぅ。 「手間はかからなかったな。上々の出来だ」  コヒューコヒュー、と、まだ粗い息遣いが聞こえてくる。  いつまでもそんな状態で放置してやるのは忍びない。力を失った熊に近づき、その背後に回り込むと、俺は勢いよく、その背中に刺さっている剣を抜く。  剣が抜かれたことにより、その傷口からおびただしい量の血が流れだした。  ブラッディベアなんて呼称の方が似合うんじゃないだろうか、そんなくらいに、全身に血が広がっていく。  人数が居れば――あるいは催眠魔法を使える魔法使いがいれば、こんな時に、眠らせて体勢を変えてから剣を抜くのだが、こればかりはしかたない。 「これはレザーメイルかな」  そんなことを考えてため息をつく。  けっこういい毛並みをしていたから、そのままコートにでもできるかなとも思ったのだが、まぁいい。  今日のメインクエストは、あくまでミドリバチの駆除である。 「なんにせよ、昨日の歩きマンドラゴラといい、お前といい、こっちからすればありがたい限りだぜ」  ありがたや、そう拝んでクマに手を合わせる。  その頃にはブラウンベアの体からは、息遣いも、体の動きも完全になくなっていた。
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