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第36話 蜂の巣を採るならばこんな風に

 さて。色々な誤解などもありつつ、防護服姿に着替えたメルゥ。  流石にSサイズといっても、それは人間用。丈の余ったその服は、もっこもっこの、なんともしまらない格好であった。 「……旦那さまぁ」 「どうしたメルゥ?」 「……これ、動き辛いです」 「我慢しろ。その代わり、ミドリバチからの攻撃を防いでくれるんだから」  のっしのっしと重そうに、そのぶかぶかな足を大仰に上げ下げして、メルゥが言う。  まぁ、たしかに重装備には違いない。フルプレートメイルとはまた違った重厚さがある。  俺も昔はよく着たっけかな。  結構実入りはいいんだよなこのクエスト。  しかも蜂の巣が持って帰れる。  蜂蜜が搾り取れれば瓶につめて売れる。  蜂の子なんかは精力剤として重宝される。  加工は手間だが、ミドリバチの毒針を抜いて、塩漬けにすればちょっとしたつまみだ。  巣以外は金になるので、ほんと、悪いクエストではないのだ。  一点、を除けば。  枯れ木の束と練り香をぶかぶかなメルゥの手へと預けると俺は淡々と指示を出す。 「こいつを巣の真下で焚くだけでいい。ミドリバチは、近づいてきたらすごい勢いで襲ってくるが、その服を着ている限り刺される心配はない」 「本当に、大丈夫なんでしょうか」 「大丈夫だ心配ない。俺もかれこれ百回はこのクエストをやったが、この通りだ」  百回、と、俺がふっかけた言葉に反応して、メルゥが間の抜けた顔をした。  もちろん大嘘である。そんな回数をこなす前に、俺はソロ専――討伐クエスト専門に移行したのだ。  しかしまぁ、十回以上は確実にやっている。  それだけやっても一度も刺された経験はない。  メルゥが着ている服は、彼女の身体よりも幾分と大きく、ちょっと隙間がないか心配ではあるが、リスクにおびえていたら冒険者なんてできない。 「という訳だ、いっちょ頑張ってやって来い」 「……わ、分かりました」  ごそりごそり、と、藪を掻き分けてメルゥが歩いていく。  ふと、ついて来ないのかとばかりに、俺の方を振り返った彼女だったが――防護服を着ていないのだ、ついていく訳がないだろう。  一人でやるのだ、と、眼でメッセージを送る。  すると、暫定嫁はしぶしぶという感じで林の中に姿を消したのだった。  さて――。 「一応、周囲の確認をしておくか」  ショートソードを背中に背負って、近くにあった木に足をかける。微妙にある節くれに足先をひっかけて、そこを登ると、ちょうどいい塩梅に太い枝の上に腰掛けた。  ふらりふらりと、林の中を歩いていくメルゥが見える。  その先には――やはり彼女の鼻がいいからだろう――蜂蜜の匂いを察してか、ミドリバチの巣があった。なかなかに大物である。  これなら、蜂蜜も、蜂の子も、期待できそうだなと思ったその時。  林の影にメルゥとは違う、動くモノの姿を俺は捉えた。 「……問題はこれなんだよな。ソロ専でやるとなると、防護服付けてるから、相手するのが面倒なんだよ」  黒い毛並みに人間を遥かに上回る大きな体躯。  肥え太ったコボルトだったらどれだけ相手が楽だろうか。  メルゥに説得して貰うところだが。  生憎、嫁さんを危険に晒すわけにはいかない。  彼女とそれが会敵しないように、俺はすぐさま木を降りると、その黒い影が見えた茂みへと向かって、音も立てずに駆けた。メルゥにも、そいつにも、俺の気配は気付かれちゃならないからな。  まったく、こんなことばっかりやってるから、ますます人との距離が遠くなるんだろう。  どうしてこうなっちまうのかねと、自暴自棄な笑いが口から飛び出してしまった。  けれどもまぁ、嫁のためなら、そういうのも仕方ないか。  お互い、影ながら支えあうのが夫婦のあるべき姿――ってもんだろう。
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