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第32話 照れ隠しならこんな風に

 店を出てから家に帰るまでというもの。  メルゥの奴は鼻歌を口ずさんで終始ご機嫌であった。  武器一つで現金なやつである。  なにがそんなに嬉しいのかよくわからないが……なんにしたって、嫁の機嫌がいいことはいいことだ。 「これでもう、旦那さまと肩を並べて戦えますね!!」 「そんないきなり武器が使えるようになる訳ないだろ。暫くは収集クエストメインだ」 「えぇっ!? せっかく武器も防具も揃えたのにぃ……」  潤んだ瞳でこちらを見るメルゥ。  どうやら俺の仕事を手伝いたいという、純粋な動機からきているようだ。  だが、一朝一夕。  武器を手に入れたくらいで劇的に冒険者として何かが変わるなぞない。  伝説の剣を持っていたとして、それを扱う奴がよぼよぼの爺さんだったら、戦うまでもなく彼がどうなるかは想像に難くないだろう。  調子に乗るな、と、俺はメルゥの頭をピンとはじいた。  金色の毛並みが夕闇に揺れて、きゅぅ、と彼女が小さく鼻を鳴らした。 「明日からは、クエストが終わったらその後に基礎練習だ」 「わかりました!! 旦那さま!! メルゥ、頑張ります!!」 「ほう、威勢がいいな。マラソン5kmに、腕立て100回、スクワット100回、腹筋100回だが……はたしてその元気がどこまで続くかな」 「が……頑張ります!!」  メルゥは少し苦々しい顔をしてはいたが、気丈な返事をしてみせた。  てっきり、量を減らしてくれなんていうかと思ったが、根性があるな。  いやいやこれまでのやり取りで、彼女がそういう性格だというのは、俺もよくよく知っていただろう。  びびらすつもりで、冗談で言ったんだが……これはしくじったかもしれん。 「やっぱり、半分くらいにしとこうか」 「いいえ!! 旦那さまに一刻も早くおいつけるように……頑張ります!!」  頑張りますだけでは、どうにもならないことなんて、世の中いっぱいあるのにな。  まぁ、その辺りは実際にトレーニングをしていくうちで、学んでいってもらおう。  なにせ頑固者のコボルトだ。  彼女のこうと決まった意思をいまさら覆すのは難しそうだった。 「さて。そうと決まれば――」 「決まれば?」 「家までダッシュだ!! 全力疾走でいくぞ、メルゥ!!」  へっ、と、間抜けな声を上げたメルゥを置いて俺は駆け出した。  人にトレーニングを課しておいてなんだが、今日はこいつの付き合いで、午後からの筋力トレーニングがおろそかになってしまった。  これを補うためにも、これくらいのことはしておきたい。 「ままっ、待ってください、旦那さま!!」 「ははっ!! コボルトが、人間に脚で負けてたら笑われるぞ!!」 「……言いましたね!! わかりました、コボルトの本気、見せてあげます!!」  はたして、ぐん、と、俺を一瞬ぬかす勢いで、メルゥが本気の走りを見せた。  跳躍力もさることながら、脚力はそこそこにあるらしい。  しかし、持久力が足りない。  すぐに失速して、俺の背中へと隠れるメルゥ。  そんな様子を振り返るように見ながら――俺は、ほれほれ、頑張れと、無責任なエールを、彼女に送るのであった。 「早いですよ、旦那さま!!」 「別にこれくらい普通だ。これくらいのペースで走れんと、いざ、ドラゴンに出会った時に逃げ切れないぞ」 「まだしばらくドラゴンを狩るような仕事はさせてくれないんでしょう!!」 「そうだが……俺の隣に立つつもりなら、これくらい喰らいついてこい」  また、メルゥが額に汗を流して、俺を追い越す。  ほうほうこんどはどれだけ持つだろうか。    夕闇に波打つたれ耳と、長く伸びたその影法師を眺めながら、俺は余裕を込めた笑いを暫定嫁の背中に浴びせたのだった。 「ぷはぁっ、もう、無理ですぅ!!」 「ほれほれ、頑張れ!! もうちょっと!! あきらめたらそこで終わりだぞ!!」 「旦那さまは優しいのか、厳しいのかよくわかりません!!」  優しくはないと思うよ。  少なくとも、お前と一緒に肩を並べて歩くのが、こっぱずかしいからこんなことし始める時点で。
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