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第22話 唐辛子を探すならこんな風に

 さて、次はレッドチリの収穫である。  竹籠を一旦、イエローマッシュルーム畑の横に置くと、俺とメルゥはそこから近い林の中へと入った。 「さて、レッドチリは知っているかな、メルゥくん?」 「あの辛くて長い食べ物のことですよね。料理の調味料として時々使いますが――私はあまり好きではありません」 「そうか、辛いの苦手なのか。ちなみに、俺は結構好きだ」 「むぅ、夫婦間の好みの溝は埋めるのが大変ですね」  どうしようもないことを無理に変えようとする必要はないのではないだろうか。  まぁ、辛いものがなくても俺は生きていける、そこは家事を全面的に任せることにした、メルゥの好きにすればいいだろう。  悩む彼女に、ほれ行くぞと声をかけて、俺はずいずいと森を進む。  するとほどなくして――林の中に鮮やかに、紅色をした実を天に向かって突き出している、レッドチリの姿を見つけた。  ほぁ、と、メルゥが間の抜けた声をする。 「こんな風に生ってるんですね、レッドチリって」 「そうだな。比較的背の低い林の中に、ポツリと生ってることが多い」 「――これって観賞植物としてもちょうど良い感じですよね。家や畑で育てたりはできないんですか?」 「良い質問だなメルゥ。ではその理由を知ってもらうために、このレッドチリを収穫してみたまえ」  掌大の麻袋を取り出して、メルゥに渡す。  そんなのお安い御用ですと、自信満々にコボルト娘は言ってレッドチリに近づいたが――すぐに、うっという呻き声と共にそれから顔を背けた。  こちらを振り向いた彼女の離れた目からは、ぽろりぽろりと涙が出ている。 「旦那さまぁ」 「どうした」 「なんだか、見ているだけで目が痛く、口の中が辛くなってきました」 「そう、レッドチリってのは、そういう植物なんだよ」  実ってすぐのレッドチリは、強い刺激臭を持つ。  それは、近づいただけで、その者の鼻腔と口腔を麻痺させる。  そのため、比較的育てやすい植物であるにも関わらず、レッドチリは畑で栽培されることがない。考えても見てくれ、大量に実を付けたレッドチリの畑。そこからなびいて来る、赤い風の光景を。  考えただけで大惨事である。  街の被害になるからと、このためにレッドチリの栽培は、法律で禁止されている。  ちなみに、一般に流通しているレッドチリは、実を摘んでから一週間、天日干することにより、その芳香を抑えるように作られている。こうすると、水で戻したり、あるいは口にしない限りは、その辛さの影響を受けることはない。  うえぇえぇ、と、ぼろぼろ泣きながら、こちらに駆け寄ってくるメルゥ。  彼女は俺の身体に抱きつくと、涙と鼻水だらけになった顔を、ごしごしと俺の顔にこすりつけた。やめなさい、コボルトとはいえ、いい年頃の娘さんがはしたない。 「という訳だ。レッドチリの収穫が、冒険者ギルドの仕事になっている意味が分かったか」 「――わかりました。ぐすん」 「いよし。そしたら、ほれ、マスクを付けろ。あんまり酷いときには、ゴーグルを付けたりもするんだが、流石にそこまではしなくて大丈夫だろと持ってきていない」  ゴーグル欲しいです、と、懇願するように俺に言うメルゥ。  見れば、彼女の目は既に真っ赤に充血していた。  鼻の方が敏感なのは分かっていたとして、目まで敏感なのは想定外だった。  とりあえず、我慢しろ、と、そこは冷たく言い放つ。  ぐすりと鼻を鳴らしてマスクを付けたメルゥは、再び、そして、おそるおそるながらも、自生するレッドチリへと近づいていくのだった。 「ちなみに、その袋一杯で、銀貨一枚だからな」 「そんなに取らなくちゃいけないんですか?」 「乾燥させると半分くらいに縮まるからな。数が要るんだよ。あと二・三房はみつけないと、いっぱいにならないぞ」 「ふへぇ」 「それと、レッドチリを収穫した麻袋には、エキスが染み付いているから。迂闊に触った手で、鼻やら目やらに触れると痛い目に合うから注意しろ」 「わかりましたぁ――ぐしゅん」  まぁ、鼻の利くコボルト種である。  触れることなくレッドチリの芳香の餌食になるのは想像に難くなかった。  彼女にやらすにはきつい仕事だが――最初に言ったとおりに、初心者のうちは仕事を選ぶなが基本だ。レッドチリの収穫は、初級クエストの中でも、まだ割りの良い方に入る。  覚えておいて損のない仕事だろう。 「ちなみに、こいつは誰かが栽培している訳でもないから、多く収穫した分は、持って帰ることができるぞ。嬉しいか、メルゥ」 「嬉しくありません!! 辛いの嫌いです!! くしゅん!! はっぷ!! えっぷ!!」  大きな声を出してえずくメルゥを笑い飛ばす。  さて、彼女ばかりに辛く、そして辛い思いをさせる訳にはいかないなと、俺もマスクを被って、もう一つあったレッドチリの株へと向かったのだった。
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