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第10話 目覚めるならこんな風に

 朝。  一番鶏の泣く頃に起きだすと、俺は身支度を整える。  空気が澄み渡り、まだ多くの人が寝静まっている間に、瞑想を行い、心身の合一をはかるためだ。これが結構、冒険者にとって馬鹿にならないルーティンだったりする。  特に俺のようなソロでやっている冒険者は、いつも死が背中に張り付いている。  それを振り払って前に進み、剣を握る手に力を込め、踏み込む足に力を入れるのに必要なのは体力だけではない。どのような状況においても揺るがない、精神力こそ必要なのだ。  と、ガッタガッタに冒険が終わった後、緩んでいた俺が言っても仕方ない。  いつものように目が覚める。  暗い部屋の中で、徐々にその暗さと瞼の裏との判別がつくようになり、混濁した意識が戻ってくる――。  いつもならそうだった。 「おはようございます。旦那さま」  しかし今日は、にこにこにこーっと、こちらに喜びに打ち震えるような笑顔を向けた、コボルト娘が俺の視界に真っ先に飛び込んできた。ピンク色したエプロンに黄色い鍋取り手袋をはめて、垂れ耳の犬っころの鼻先が、ずいと近づく。  そのままべろりと、顔を舐められるのではないか、そんなことを思った俺は、女みたいな悲鳴と共にそこから起き上がった。  二番鶏だろうか。  俺の悲鳴に合わせるように、鶏が鳴く声が街に響いた。 「近い!! 近いぞ、メルゥ!!」 「ごっ、ごめんなさい。けど、そんなに驚くことでしょうか?」 「驚くだろ、お前――起きたら、見知らぬ女がいきなり自分の顔を覗き込んでいてみろ。そんなのホラーじゃないか、ダンジョンだって起こらない話だ」 「けど、見知ってますよね」 「昨日な、知り合ったばかりの相手をな、そんな簡単に見知ったといえたら、俺はここまで人見知りをこじらせてないの!!」  そうなんですか、と、くすんと鼻を鳴らすメルゥ。  そんな彼女の背中の向こうに、もくもくと立ち上がる白い湯気が見えた。  鼻腔をくすぐるのは、コンソメスープの匂い。  これはもしかして。いや、考えるまでもない。 「それより旦那さま!! ごはんの準備は出来てますよ!!」 「いつの間に!?」 「それはもちろん。旦那さまがお休みになられている間に」  ふふんと自慢げに鼻を鳴らして、その長い尾っぽがふりふりと横に揺れる。  腰に手を当ててどうだというポーズをとると、彼女はもっさもっさと毛で覆われて、ちょっとだけボリューミィな胸を張ってみせた。    この娘、昨日仮面で顔を隠していた時には分からなかったが、意外と表情豊かだな。 「旦那さまの生活を支えるのは、妻の一番大切な仕事ですから」 「いや、妻じゃないし、支えて貰わなくて結構だし」 「今日の朝食はウィンナーと春キャベツのスープ。あと、バケットを切り分けて、ベーコンとチーズ、それとオニオンを挟んでおきました」 「優雅な朝食だなぁ――」  俺、毎日そのバケットを、まるかじりにして食べてるってのに。  さぁさぁ、早く食べましょうよ、と、メルゥ。  しかし、俺は首を横に振った。  ここは冒険者として譲れない、どうしても優先しなくてはいけないことがあるのだ。 「メルゥ、冒険者にはルーティンというのがある。俺は、これから瞑想をしなくちゃならんのだ。食事はそれを済ましてからだ」 「えぇ!? せっかくあったかいのに、冷めちゃいますよ!!」 「ダメだ、冒険が最優先だ」 「食べて、お腹がいっぱいになってからでもいいじゃないですか」 「その内に街の奴等が起き出して来る。騒がしくなったら精神集中の邪魔だ。せっかく一番鶏が鳴いた時間に起きた――」 「五番鶏ですよ?」  へっ、と、俺は間抜けな顔をした。  五番鶏だと。  いや、待て待て。  慌てて俺は外の様子を見た。  それはいつも、俺が瞑想をしている時間の光景と変わらない。  いつもの一番鶏が鳴く頃合の風景だ。  けれど、五番鶏というのは――。 「旦那さまが起きるまでに、五回鶏は鳴きました。あぁ、さっき鳴いたから、もう六回目ですかね」 「――まじか」  てっきり、俺は一番鶏が鳴く頃に、起きているのかと思っていた。  けれど、まだそれでも遅かったのだ。全て、俺の勘違い、独りよがり。  なんだか急に恥ずかしくなった。  一番鶏が鳴く頃に起きだして、瞑想をする、それが冒険者として大切なこと。  そんなことを思っていた、心の中のタフな冒険者な俺の像が、がらりがらりと音を立てて、崩れていくのを感じた。 「一番鶏が鳴く頃に起きたいのでしたら、今度からそうしますが」 「――コボルトって耳がいいんだな」 「違います!! これは愛です!!」 「――愛?」 「一番鶏と共に目を覚まし、朝食の準備をし、旦那さまがもっそりと起き上がってきたところに、温かい料理を提供する。これこそまさしく、良妻賢母の鑑です」  むふぅー、と、鼻を鳴らしてこちらを見るメルゥ。  彼女の頭がずいとこちらに差し出される。  撫でて、撫でて。褒めて、褒めてと、その眼が煌いているように俺には見えた。  あぁ、あかん。  今日は冒険はお休みして、二度寝しようかな。  とりあえず、このよく出来た押しかけコボルト妻の頭を、俺はおもいっきり撫で回しながら、今後について考えることにした。 「あぁ、旦那さま!! ちょっと、朝から激しいですぅ!!」 「――あぁ、もう、どうしよう、ほんとこれ。厄介なことになっちまったなぁ」
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