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第8話 風のように去るならこんな風に

「それでは、こちらの書類に、クエスト失敗の証明となるサインをお願いいたします」  はい、ええっと、と、メルゥがギルドの受付嬢に促されて、カウンターに噛り付いている。  どうやら筋金入りに箱入り娘だったらしい。  バッドから何も教わっていなかったのだろう、彼女は受付嬢の説明にいちいち目を回しながら、それでも何とかその不名誉な手続きをこなしているようだった。  さて。  そっと、彼女から離れるのならば、今がチャンスなんじゃないだろうか。  皆さんどう思うだろうか。  自分のことを旦那さまと呼んで、慕ってくれるコボルト娘。  そんなのを、彼女が残務処理にかまけている隙におきざりにして、とっとと帰ってしまうというのは、流石にまっとうな冒険者ではないと、非難されるだろうか。  しかし、そんなこと、関係ないねぇ、俺には。  何度も何度も言っているが、俺はソロハント専門の冒険者である。  他人とツルむのは大嫌いだ。というか、苦手なのだ。  人に話をあわせるのも、人に話題を提供するのも、ごめんこうむりたい。  もくもくとただ一人で物事に取り組む方が、生の実感を感じられる。そういうちょっと人間として終わっちゃってる、ダメな感性を持っている人間なのだ。  だからあえて言おう。  パーティメンバーを募集するつもりもない。  嫁さんだって貰うつもりもない。  俺は常に、一人で自由気ままに生きていたい。それを邪魔する――束縛するようなものは、出来うる限り持ちたくないのだ。  パーティを組めば情が移る。  それこそ、さきのバッドのように、不安のあるクエストに無理やり付き合うなんてことも起こりうるだろう。  嫁さんなんて貰えばなおのことだ。  ドラゴン討伐なんて、失敗すれば大地に還るだけよと、気軽にほいほい受けていたが、戻る先があるとなったら、うかうかと危険なクエストに手を出せなくなる。  いや、別に、クエストにスリルを求めているタイプの冒険者でもないのだけれど。  それでも、確実に俺の冒険のスタイルの幅は狭まることだろう。  メルゥはいい娘だ。  ちょっとだけの間一緒にいたのに、それはよく分かっている。  けれども――いや、だからこそ、情が移るようなことはしたくない。  パーティメンバーになるのもそうだし、旦那さまになるなんてもってのほかだ。  彼女が隣に居ると思うだけで、俺の剣先は鈍り、普段の三割減の力しか出せなくなる。  そういう予感がした。  いやもう、実感と言っていいような気がした。  ゆっくりと、音を立てないように、冒険者ギルドの出入り口の方へと、俺はその身体を移動させる。  コボルト族は耳がいい、俺の動きを察知するかと思ったが、どうやら、受付嬢とのやりとりが思いのほかに難航しているらしく、とてもそれに気付く余裕はメルゥにはなさそうだった。  悪いな――旦那さまの反対語は、なんになるんだろうか。  まぁいい。 「メルゥ。もっといい旦那を見つけろ。俺みたいなコミュ障冒険者なんかに関わっても、お前のお兄さんは喜ばないぞ」  そして、できることなら冒険者稼業からも身を引け。  正直彼女のセンスでは、足手まとい、荷物運びにもなるかどうかだ。  よっぽど優秀な師匠にでもつかないか、それとも、よっぽど優秀なパーティーメンバーに恵まれない限りには、彼女が冒険者をやっていくのは難しいだろう。  どっちも、それは、俺じゃない。 「んじゃぁな。また、どっかで顔を合わしたら、その時には、恨み節でもなんでも聞いてやるよ」  俺は彼女を残して、冒険者ギルドを後にしたのだった。  そうだなこんな夜には、エールを浴びるようにして飲むのがいいかもしれない。  なんだか今日は、寝るのに苦労しそうな、そんな気がするんだ。
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