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第7話 肉親の不幸を語るならこんな風に

 聞き耳のバッド・ウォーレン。  彼はこのギルドで一番重宝された、凄腕のスカウトであった。  いわく、その耳は、千里先の馬が立てる足音を聞き取る。  いわく、その鼻は、千里先の戦争の趨勢を嗅ぎ分ける。  探索系のクエストにはなくてはならない名スカウト。ありとあらゆるトラップを看破し、モンスターの背後を取って先制攻撃をしかけ、仲間に勝利を約束する。  幸運をもたらす金色の毛並みの気高きコボルト。  そんな彼に思わぬ不幸が訪れたのは、海を越えての遠征クエストへと古馴染みの仲間と出立してのことだった。  それは普段の彼ならば、こなす事になんの問題もないだろう、簡単な討伐クエストだった。  群生するアルラウネを駆除する。  確かに奴等は、可愛らしい見かけに反して、凶暴な攻撃をしかけてくる。  だが、遠巻きに攻撃を仕掛ける、罠にはめる、幾らでも対処のしようはあったのだ。  問題は狩る対象にはなかった。  むしろ、赴いた土地の方に問題があった。 「狂化病(バーサク・シンドローム)。あの国はその防疫に関していささか不備のある国だった。実際問題、年間にそれによる死者が、他国の倍くらいは出ている」 「それを知っていながら、バッドさんは出て行かれたと聞きましたが」 「おせっかいな奴だったからな。俺も、何度か声をかけられたことがあるから、アイツの性格みたいなのは知ってるつもりだ」  兄と会ったことがあるのですか、と、不思議そうにメルゥが俺を見上げてきた。  そりゃ、狭いギルドである。  幾ら俺が重度の人見知りで、ソロハント専門の冒険者だと言っても、酒場に行けば嫌でも絡んでくる奴はいるし、こうして冒険者ギルドに顔を出せば顔をあわさない訳にはいかない。  バッドの奴とも、別にたわいのない話だが、何度か話したことはあった。  そうだ、あいつ、言っていたな。  自分には歳の離れた妹が居るのだと。  彼女を立派に育て上げるのが、今の自分の生きがいなのだと。  どういう席で、どういう話の流れで、そんなことを彼の口から聞いたのか、もう、とんと思い出すことはできない。  基本、俺は人見知りで、他人とのやり取りなんて特別覚えちゃいないんだ。  けれどもそうだな。  バッド・ウォーレンの死に方だけは、あんまりにも惨めで、覚えていたよ。 「狂化病にかかったバッドさんは、仲間パーティに向かって襲い掛かり――そして、事情を察したパーティリーダーが、彼を介錯して事態は収束しました」  しかし、その確証はない。  あくまでそのパーティリーダー、そして、メンバーが、そう証言しているだけだ。  確かにその大陸は、狂化病の衛生対策がしっかりと行われているとは言いがたいような、そんな衛生状況の国ではあった。だが、ワクチンの用意などができない訳ではない。  もしかしたら、バッドの取り分をピンハネするために、わざと、狂化病にかかったということにして殺害したのではないか。  そんな話まで出回る始末だ。  なんにしても胸糞の悪い話である。 「その時のパーティリーダーやメンバーとは会ったのか?」 「いえ。向こうも、随分と怖がっておられましたから。代理人の方から、兄が、そういう病気で死んだと、そう告げられただけで」 「そうか」 「……兄は、私を育てるために、色々と無茶をしていました。狂化病にかかったのもきっと、ワクチンの摂取を、私の食費だとか生活費にあててくれたんだと思います」 「考え過ぎだ。冒険者ってのは、自分の身を守ることに結構神経を使う」  実際にそう思う。  バッド・ウォーレンほどの手練が、自衛行為を怠るとは考えられない。  だからこその暗殺説なのだが、実際衛生状況が悪いのは事実、ワクチンがあると言っても、百パーセント、狂化病の発症を防げる訳ではない。  そして取り分けて、コボルト族の狂化病の発症率は、他の種族の倍くらいに高い。  もともと、かかりやすい体質なのだ。  だから、バッド・ウォーレンの死については、このギルドにおいて、一種のタブーとなっていた。 「暗い、話に、なってしまいましたね」 「しかたねえだろ。明るい顔して、お兄ちゃんが狂化病で死んじゃって、なんていわれたら、俺はお前がその病気にかかってるんじゃないかて、心配になるわ」 「旦那さま!! それって、冗談にしてはあんまりじゃないですか!!」  ぎゅっと、俺の手を強く握り締めるメルゥ。  その力には一切の容赦がなかった。  けれども。 「――もっと、強く握っても構わないんだぜ」 「え?」 「俺はこれで、筋力ステータスに能力値を全振りしてきたんだ。お前ごとき小娘が、爪を立てようが、歯を立てようが、びくともしねえ」  そう言って、俺はメルゥの頭を撫でた。  泣きたいだろう、怒りたいだろう。  その理不尽なタブーとされた兄の死について、彼女はきっとわだかまりを持っている。  それを少しでも、解消してやれるのならば。それに付き合ってやるのは男の役目だ。  別に、旦那だからとか、そんなことは関係ない。  男の甲斐性って奴だと思っている。  モテたことなど、これまでの人生一度もなかったから、さっぱりと、これが正しいのかは分からないけれど。  しかしメルゥは、そうしなかった。  ゆっくりと、俺の腕から手を離すと、むっと、また、意外と力強い顔をこちらに向けて、ぷくりと頬を膨らませた。 「旦那さま!! 私は、そんな風に、人に八つ当たりするような、安っぽい女ではありません!!」 「そうか」 「……けど、旦那さまが、そう言ってくれたこと、私は、とても嬉しいです」  そうか。なら、男として、俺は本望だ。  旦那様ではないけれど。  君の悲しみを少しでも癒すことができたのなら、男として合格点をくれてやってもいいんではないだろうか。 「あらやだ、見せ付けてくれちゃって。ここがギルドだってこと、忘れてません」 「うっさい、耳年増」
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